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科学技術をベースにした産業競争力の強化に向けて

−第3期科学技術基本計画への期待−

2004年11月16日
(社)日本経済団体連合会

1.基本認識

わが国では、科学技術基本計画に基づき、科学技術を活用した経済・社会の持続的発展の実現に向けて、政府の総合科学技術会議を中心に、各種の施策が展開されてきている。とりわけ第2期基本計画では、第1期の17.6兆円に続き、投資額が平成16年度までの4年間で約17兆円に達する見込みであり、着実に予算の拡充が図られてきている。また、効果的・効率的な資源配分の観点から、科学技術の戦略的重点化とそれに沿った予算配分、科学技術関係施策に関する予算編成過程での優先順位付けが行なわれている。制度、システム面でも、研究開発促進税制の改革、産学連携の推進や国立大学の非公務員型の法人化など改革が推進されている。
こうした取り組みにより、科学技術創造立国実現への基盤は整いつつあり、産業界からも、「技術の種が生まれてきている」、「産学連携が結実しつつある」との意見が出されるなど、これまでの研究開発投資によって、成果の芽が生じつつあるところである。
今後は、これまでの蓄積を存分に活用し、「知の創造」と長期的・国際的な視点による戦略に基づく総合的な政策を、府省の縦割りを排除して展開することによって、世界最高水準の技術の開発と絶え間ない技術革新を促していく必要がある。そうすることによって、「知の創造」と産業競争力の強化や国民生活の向上といった「活力の創出」の好循環を生み出し、豊かな社会の構築、いわば目に見える形での国民への具体的な成果の還元へと結びつけていくことを目指していくべきである。
一方、わが国をとりまく環境は、対外的には、アジア諸国、とりわけ中国の成長が世界的に見ても著しく、産業におけるグローバルな競争がより一層激化するとともに、エネルギーや食料の需要が大幅に増大すると予測されている。アジア諸国と信頼関係を醸成しつつ、共生や連携を図ることは、わが国にとって極めて重要な課題となっている。
また、国内的には、世界に例のない速さで少子化、高齢化が進行しており、2006年頃をピークに人口が減少するという、大きな変革に直面する中、人材の活用を含め、生産性の維持・向上が求められている。
資源の乏しいわが国は、将来的にも、貿易立国として一定規模の輸出の維持、資源・エネルギーの安定確保によって、国民の豊かさの維持・向上を図っていかなければならない。このような厳しい環境の下、わが国が直面する課題を解決し、将来的に、環境と調和した持続的な発展を遂げるとともに、国際社会に貢献し、諸外国と友好的な関係を構築しつつリーダーシップを発揮していく上では、科学技術、またそれに立脚する産業技術こそが力の源であり鍵を握っているのである。

2.目指すべき経済・社会の姿

わが国が厳しい環境の下、直面する課題を解決し、世界に貢献していくには、まず、2020〜2030年頃の経済・社会のあるべき姿を設定し、これを科学技術の力によって実現すべく、これまでの取り組みによる成果を明らかにするとともに、「知の蓄積」を存分に活用し、その実現を図っていくことが必要不可欠である。
既に、目指すべき国の姿ということでは、現行の基本計画において、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「安心・安全で質の高い生活ができる国」が示されているが、今後は、この3つの基本理念をベースとして、より具体化した経済・社会の姿を明示し、その実現に向けた施策を一貫して展開することが必要である。
具体的には、次のような経済・社会を目指すべきであると考える。

(1) 「国際競争力があり持続的発展ができる国」

  1. 「強みのある製造業を核にした価値創造型『モノ』創り国家の実現」
    資源の乏しいわが国が、エネルギー、資源、食料を確保するためには、産業技術力を高めて、将来的にも、一定規模の輸出を維持し続けなければならない。そのためには、高付加価値製品や新しいサービスの開発を進め、世界の「モノ」創りの中心であるアジアのリーダーであり続ける必要がある。
    日本が強い材料やデバイスとの融合・連鎖の下で、製造技術に支えられたハードをベースとして、新しいシステム、ネットワーク、サービスなどソフトとの融合を図り、情報家電、次世代移動通信システム、次世代自動車など、イノベーションを進める必要がある。さらに、加工・組立が海外に移ったり、海外で類似のサービスが行なわれたとしても、それを支える材料やソフトも融合されたデバイスに関する産業競争力を維持することを目指すべきである。また、新しいシステム、サービスについての先行者利益を確保していくことも大切である。
    さらに、安心・安全なネットワークに裏打ちされたユビキタスネットワークなどの構築を前提に、情報通信を活用して、サービス産業をはじめとした産業全般における生産性・利便性を向上させることも重要である。このことは少子化、高齢化の進展による経済成長の鈍化への対応としても大変重要である。

  2. 「エネルギーの安定供給と省エネ・省資源型の環境立国の実現」
    世界のエネルギー需要は、特に中国を中心にアジアで急速に増加する見込みである。(財)日本エネルギー経済研究所によれば、アジア地域のエネルギー需要は、2020年には2000年実績に比して約2倍に拡大し、特に中国は、2000年の9.3億トン(石油換算)から、20.6億トンへと急拡大すると予測されている。
    石油・天然ガス価格の一層の上昇や地球温暖化への対策として、一次エネルギー源の多様化と高効率利用、エネルギー供給システムの改革、資源の循環利用技術の開発など、エネルギーの安定供給と省エネ・省資源型の環境立国を実現する必要がある。
    さらには、資源を有する開発途上国の技術発展によって、わが国に資源を輸出せずに、自ら材料開発に取り組むことも十分に想定され、このことが材料産業に悪影響を与えるおそれもある。限られた資源からの効率的生産や高付加価値化が求められるところである。
    環境・エネルギーについて制約が拡大する中で、省エネ製品や環境配慮製品の開発、生産システムの改革などにより、わが国製造業の競争力の強化を図ることも重要である。

(2) 「安心・安全で質の高い生活ができる国」

  1. 「高齢化の下でも、健康長寿で、活力のある社会の実現」
    前述したとおり、わが国は世界に類を見ないスピードで少子化、高齢化が進展し、2006年からは人口が減少に転じる見込みである。このような状況において、予防や効果的治療法の開発等により、国民の健康寿命を延伸し、高齢者が健康で元気に活躍でき、豊かな国民生活を実現できるようにすることが重要である。

  2. 「広義の安全保障の確保による、安心・安全な社会の実現」
    国民の安全・安心の確保は、国の持続的発展を維持する上で最も基本的な要件である。テロやネットワーク攻撃の脅威、インフラの脆弱性を含む災害への対応、アジア諸国の急速な成長や世界全体の人口増加に伴う食料需給の変化などに備えておくことが求められる。

(3) 「知の創造と活用により世界に貢献できる国」

  1. 「世界の科学技術の発展にリーダーシップを発揮できる国家の実現」
    世界のフロントランナーとなった今日、特定の科学技術分野で世界をリードしていくことが求められており、さらにはその成果を国際社会への貢献につなげていくべきである。そうすることによって、国際的なプレゼンスの向上、リーダーシップの発揮につながると考えられる。日本が重要な基礎研究分野において、人材交流や知的ネットワークの要となることが重要である。

3.第3期科学技術基本計画で望まれる政策

上記2.(1)〜(3) で示した経済・社会の姿の実現に向けて、第3期基本計画では、以下に示した政策の展開が求められる。産業界としても、科学技術をベースにした国際競争力の強化を通じて、新産業の創出、雇用の確保に全力で取り組むとともに、将来の目指すべき経済・社会の実現に向けた政策の推進に、積極的に協力していく所存である。

(1) 目指すべき経済・社会の実現に向けた一貫した科学技術政策の推進

  1. 産業や国家の持続的発展の基盤となる重要技術の設定
    第2期基本計画では、重点4分野への投資が進められたものの、これらは基礎・基盤の強化が中心であり、出口指向の研究は必ずしも十分に行なわれてこなかった。また、重要な科学技術に関しても戦略的な推進が十分に図られていないため、さらなる優位性を発揮しえず、国際競争力へと結果的に結びついていないとの指摘も出されている。一方、米国では、国家安全保障とともに経済活性化や産業競争力強化の観点から、長期的な国の発展に資する技術を選定し、これについて予算を優先的に配分するなど、トップダウンで戦略的に推進している。
    科学技術をとりまく環境が大きく変化する中、科学から技術、技術から産業へと研究開発投資を国民生活に活かしていくことが必要である。第3期基本計画では、第2期基本計画の下で蓄積された重点分野の科学技術を「活力の創出」へと結びつけるため、従来の重点分野に横串を刺す形で、21世紀の日本が目指すべき経済・社会の姿を見据えつつ、国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術のイメージを明らかにすべきである。さらに、それを実現するための手段として重要技術を設定し、新産業の創出を始めとした「活力の創出」に向けたバリューチェーンを形成することによって、その開発を強力に推進すべきである。
    将来の経済・社会の姿の実現に向けて、持続的発展の基盤となる不可欠な重要技術のイメージは、次の通りである。

    (ア)強みのある製造業を核とした価値創造型「モノ」創り国家
    1. 価値創造型「モノ」創りを実現する技術(材料やデバイス、プロセス、システム・ソフト設計など)とその融合や技術のナノテク化
    2. ハードとソフトを融合させる技術(システムLSIとソフトの連鎖など)
    3. 信頼性の高いネットワークなど情報通信を活用して、サービス産業をはじめとした産業全般の生産性・利便性を向上させる技術(ユビキタスネットワークなど)
    (イ)エネルギーの安定供給と省エネ・省資源型の環境立国
    1. エネルギーの安定供給、環境適合、経済性の3Eの問題を同時に解決する技術
    2. 次世代のエネルギー・資源の安全保障に関わる技術(アジア地域全体のエネルギー安全保障への貢献を含む)
    3. 限られた資源・エネルギーからの効率的生産を可能とする技術(バイオプロセスを含む)
    (ウ)高齢化の下でも、健康長寿で、活力のある社会
    1. 高齢者が元気に活躍できるようにするための技術(個人の体質に応じた、食品などによる予防、医療・診断、情報サービスなど健康管理、生活支援)
    (エ)広義の安全保障の確保による、安心・安全な社会
    1. セキュリティに関する技術(いわゆるデュアルユース技術を含む)
    2. 食料の安全保障に関わる技術
    3. 安全・安心な生活空間を実現する社会インフラ・システムに関する技術(衛星測位インフラなど)
    (オ)世界の科学技術の発展にリーダーシップを発揮できる国家
    1. 科学技術の発展への大きなインパクトが期待できる技術(ITER、スーパーコンピューティングなど)
    2. フロンティアの開拓に関する技術(宇宙など)

  2. 重要技術に関する総合科学技術会議のリーダーシップの発揮
    国や産業の将来の持続的発展の基盤となる重要技術の研究開発は、総合科学技術会議がリーダーシップを発揮して、府省連携、分野融合により、総合的に推進すべきである。その際、研究成果を出すためのサイエンス・ポリシーにとどまらず、技術革新により社会を変革するためのイノベーション・ポリシーへの発展が重要である。
    具体的には、まず、達成されるべき数値目標、スケジュールと官民の役割分担を明確にした上で、基礎研究から応用研究、実用化研究・実証実験、知的基盤の整備、さらには、規制改革、政府調達や国際標準化など市場環境整備、大学における世界トップレベルのCOE ( Center of Excellence ) の新設、中心となる公的研究機関の明確化、人材育成、国民の理解増進に至るまで、総合的かつ一貫した政策を推進することが重要である。その際、科学技術は常に世界との競争であり、わが国の強みと弱みについてのベンチマークをしっかりと行ない、強固な競争優位を築き得る戦略分野への重点配分に迅速に反映させる仕組みを強化することが重要である。
    また、重要技術ごとにその目標達成のために各府省の研究開発及び規制改革等の関連施策を横断的・一体的に進めるべく、イニシアティブを発揮することが総合科学技術会議に期待される。
    例えば、広義の安全保障の確保により、安心・安全な社会を目指す重要技術は、国の任務の遂行のために開発・調達されるべきものであり、米国の国土安全保障省や国防省、エネルギー省のように、行政責任を負う府省が研究開発にも主体的に関与すべきである。今後重点投資されるべきこの分野の研究開発について、府省の壁を越えた密接な連携の下、政府調達まで見据えて予算措置がなされ、明確な官民の役割分担の下で推進することが必要である。
    今般、平成17年度において、水素利用/燃料電池やユビキタスネットワーク−電子タグ技術等の展開−などの8テーマを科学技術連携施策群として府省連携で推進するとされたことは、総合科学技術会議のリーダーシップを発揮する上での試金石である。その際、各府省の予算措置や取り組みとともに、府省連携のための科学技術振興調整費の活用やコーディネーターの設置など、その実効ある推進が行なわれ、総合的かつ一貫した政策へと発展するよう期待したい。

  3. 重点分野の再整理
    第2期科学技術基本計画では、ライフサイエンス、環境、情報通信、ナノテクノロジー・材料といった分野への重点化が図られてきたが、これらの結果、技術の種となる成果も生まれていると考えられる。棚卸の意味で、まずは、目的基礎研究から始めて、その実現に向けてどの地点まで至っているのかという観点から、その成果を確認すべきである。
    さらに、今後は、重点4分野に横串を刺す形での重要技術への取り組みを踏まえ、重点4分野をライフサイエンス、情報通信、サステイナブルテクノロジー(環境・エネルギー)、ナノテクノロジー・材料の4分野に再整理し、引き続き、基盤的研究開発に取り組むべきである。その際、上記以外の重点分野については、国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術の中で位置付けていくことが望まれる。

(2) 経済・社会への貢献に向けた日本型R&D体制の構築

  1. 知の創造を活力の創出につなげていく道筋や予算の仕組みの確立
    研究開発投資を経済・社会に活かしていくためには、「知の創造」によって技術の種を生み出し、「活力の創出」につなげていく道筋や予算の仕組みを確立させることが重要である。
    特許1件あたりの論文の引用件数であるサイエンスリンケージについては、わが国は諸外国に比して低い値となっている。国全体として、「知の創造」から技術の種が生まれ、「活力の創出」へと好循環を生み出していく上では、大学が、基礎研究を通じた技術の種の創出を行ない、公的研究機関が、政策目標に応じて技術開発を行ない、産業界は、高付加価値の製品やサービスの提供を通じて、経済活性化や雇用確保を果たす、というそれぞれの基本的役割を踏まえつつ、産学官が有機的に連携していく仕組みが必要であろう。
    第2期においても、産学のマッチングファンド、TLO、知的財産本部をはじめとする産学連携、大学や公的研究機関を核にした地域の活性化、大学発ベンチャー、大学発成果の育成支援など様々な取り組みが行なわれている。まずは、これらを総合的に評価し、一貫した戦略的の下で研究開発段階に応じたファンディングシステムを構築するなど、第3期に向けてあるべき姿を探っていくべきである。
    産学の連携をさらに推進していくためには、重要な技術領域において、大学と産業界が同じ土俵で、10年先をにらんだ目的基礎研究をレビューし、認識を共有することも重要である。また、大学が、国から支援を受けて行なった研究開発から得られた知的財産権を活用し、それによって得られた収入を、知的財産権のさらなる確保を含め組織としての産学連携活動に充当し、その成果がさらに収入を生むような好循環が出来ていくことも期待される。
    国立大学が法人化し、公的研究機関が独立行政法人化するとともに、企業での基礎研究が大きく変化している今こそ、技術と人とが好循環するという日本型の新しいR&D体制を構築すべき時である。

  2. 大学における「先端技術融合型COE」の新設
    技術の種を創造する大学に求められることは、世界トップレベルの研究の推進であり、そのためには、一流の研究者が世界から集まるような研究拠点の整備が不可欠である。大学を核としながら、重要技術を含め10年先をにらんだ先端的で重要な技術領域を設定し、有能なメンバーを結集して、その研究開発を強力に推進する研究拠点である「先端技術融合型COE」を産学協働の下に作り上げていくことが、日本の将来のために重要である。
    その際、求められるのは、既存の学問領域ではなく、将来をにらんだ新融合領域の研究であることから、大学が、産業界と相互に補完しつつ、十分な議論を経た上で研究領域を決定していくことである。また、学部・学科の枠を越えて、海外も含め、有能な教授・助教授陣を結集することも大変重要である。わが国企業が海外の大学に人を派遣するのは、こうしたCOEに参加することにより、世界トップの研究に触れることができるとともに、そこに世界中から集まる研究者や産業人から得るものが非常に大きいことに要因があり、わが国でもこうした知的融合と人的融合に優れたCOEの出現が望まれる。公的研究機関が、人材育成機能を併せ持つ形で、「先端技術融合型COE」の役割を果たしていくことも期待される。
    また、10年先をにらんだ先端技術融合型のCOEが新設され、有能な人材が世界から、さらには産業界からも集まるようになれば、産業界と大学の双方にとって非常に有益な人材の育成へとつながっていくものと考える。

  3. 国民への成果の還元の観点からの民間活力の活用
    知の創造から活力の創出につなげる資金は、これまで大学を中心に提供されてきたとの意見も出されている。今後は、産学官の有機的連携を推進する観点から、例えば、民間主導で研究全体を管理しつつ、大学がこれに参加したり、あるいは民間企業が政府の資金を直接受け取り、大学に再委託したり、さらには、大学の研究開発の成果の企業における実用化を支援したりする仕組みを充実することが望まれる。目的基礎研究分野におけるさらなる民間活力の活用も重要である。
    ナノテク・材料やバイオ分野においては、「知の創造」を「活力の創出」につなげる観点から、用途開発や素材のスケールアップへの戦略的支援も必要である。
    また、平成15年度税制改正において、研究開発促進税制につき、試験研究費の「総額」を基準にした「総額型試験研究税制」が創設され、研究開発促進税制が抜本的に拡充されたことは高く評価できる。今後とも、税制による研究開発の促進を重視すべきである。
    なお、基盤研究分野は、事業化までの期間が長く、リスクも大きいことから、技術開発制度における収益納付のあり方を検討すべきである。

  4. 政策目標達成への公的研究機関の役割発揮
    公的研究機関は、そもそも政策目的を遂行する機関である。まず、それぞれの政策目的を再確認するとともに、評価により常にスクラップアンドビルドが求められなければならない。その上で、達成目標とスケジュールを明確化し、技術の種を重要分野の技術に育てていくことにより、高いレベルで経済・社会に貢献すべきである。併せて、それぞれの目的と投入予算に応じた成果の国民への説明が求められる。
    また、中期計画の内容、資源配分状況や達成状況も、科学技術政策全体の観点からチェックされ、選択・集中が行なわれるとともに、将来的には、科学技術基本計画の期間と、中期計画の期間の整合性を確保すべきである。
    併せて、産業競争力の強化に役立つ先端研究施設について、産業界の使いやすい環境の整備が求められる。
    なお、科学技術については、厳しい財政事情の中でも将来への投資の重要性から配慮がなされているが、独立行政法人については運営費交付金の制約(キャップ)が例外なく適用されており、本省が管理する予算が増えている。資金の配分機関の独立行政法人であるファンディングエージェンシーについては、柔軟な措置が必要である。国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術について中心的な役割を担うべき研究開発型法人についても、政策目的に応じた対応が必要である。

(3) 研究開発投資の増額と効率的・効果的な政策の推進

  1. 研究開発投資の増額
    現行計画では、欧米主要国の動向を意識し、科学技術振興の努力を継続する観点から、対GDP比率で少なくとも欧米主要国の水準を確保することとされ、対GDP比1%、GDPの名目成長率3.5%を前提とした上で、総額約24兆円の政府研究開発投資を行なう必要があるとされた。現在、科学技術関係経費の対GDP比率は約0.8%であり、わが国が直面する課題を解決し、世界に貢献していくには、科学技術こそが鍵を握るとの認識の下、引き続き厳しい財政状況ではあるものの、次期計画では、諸外国を上回る水準を目指して、現行水準以上に政府投資額を引き上げていく必要がある。現行計画の前提とされた対GDP比率の1%を実現するとともに、目標とする具体的な総額の規模を明示すべきである。
    その際、GDP比算定の対象となった研究開発投資の定義や範囲について国際比較を行ない、より精緻なベンチマークを行なうことも必要である。

  2. 総合科学技術会議の予算配分権限の発揮
    科学技術予算の府省配分比率はほとんど変わっておらず、時代の変化に応じて科学技術投資の成果を国民に還元していく観点から、柔軟な対応が必要である。
    そのためには、各府省において、科学技術の重要性をより一層認識し、施策の充実に努めるとともに、科学技術振興調整費の大幅増加と積極的活用、あるいは、総合科学技術会議が十分な指導性を発揮する特別枠の設置により、例えば千億円規模で、府省の縦割りを排した予算配分が行なわれるようにすべきである。また、総合科学技術会議のSABC評価については、その結果を各省の予算に十分に反映させることはもとより、特に重要と思われるプロジェクトについては、総合科学技術会議において予算上のインセンティブを与えていくべきである。
    他方、わが国の研究開発投資の約7割は民間企業が負担していることからも、民間企業が、わが国の科学技術を担い、支え、さらなる発展を遂げる上で重要な位置を占めている。したがって、今後の科学技術政策を立案、実行する上では、産業界の意見がより反映されるような仕組みを構築する必要がある。総合科学技術会議有識者議員の産業界枠を拡大することを含め、総合科学技術会議をはじめとする関係審議会等の場に民間人が積極的に参加し、政策立案やその実行にあたるようにすべきである。

  3. 透明性の確保と評価結果の予算への反映
    運営費交付金を含めて、資金や人材の配分状況が必ずしも正確に把握されていない。また、特定の個人や特定の組織に潤沢な予算が投入されているとの批判もある。資源の効率的な配分を実現する観点から、その状況を明らかにするとともに、あるべき方向を検討すべきである。
    透明性の確保とともに、達成目標とスケジュールの設定、外国とのベンチマークを含め適切な評価と、期間途中での見直し、あるいは上乗せなど評価結果の予算への反映が必要である。
    その際、テーマの内容が科学なのか、技術なのかを明示した上で、それに相当した評価を実施、公表することが望まれる。
    特に、経済・社会への貢献を明確に意識したプロジェクトについては、事前評価、中間評価、事後評価にあたって、コストパフォーマンスを含む研究開発や事業開発のシナリオをベースにした評価など、産業界の視点が十分に入るようにすべきである。
    また、政府全体としての重畳的な評価システムのあり方も検討すべきである。

  4. 事務処理のさらなる簡素化・合理化
    透明性の確保と併せて、政府の研究開発資金の利便性向上を図る必要がある。独立行政法人化によって、複数年度契約が可能となるなど、一定の進展は見られるものの、物品購入の際に多くの帳票が必要、詳細な研究日誌が必要など、詳細なルールが定められているため、事務負担が大きく、その分研究に費やす時間が減ってしまうとの意見もある。また、清算払いであるため、体力のない中小企業では活用しにくいとの指摘もある。帳票や日誌の簡素化、中小企業への柔軟な対応など、事務処理のさらなる簡素化・合理化が必要である。

(4) 大学・産業界連携による世界に通用する人材の育成

  1. 世界に通用する人材の育成
    わが国が将来において科学技術創造立国を目指す上で、人材の育成が極めて重要かつ緊急な課題である。特に、人間力があって、基礎・基盤となる土台の学力を有するとともに、専門分野で秀でた技術力を持ち、結果として、グローバルな競争の中で力を発揮できる人材が求められている。社会に出てからの教育では手遅れであり、大学などの高等教育機関の改革はもとより、初等中等教育段階での対策などを含めて、世界に通用する人材の育成に向けた施策が重要である。
    特に、今後の新領域を切り開くマネジメント能力も備えたドクタークラスの人材育成が重要である。わが国の博士課程の学生の能力は海外に比して低い、との指摘もあり、企業・大学双方のミスマッチの解消に向けた協働を含めて、システムの見直しが求められる。世界のトップレベルとネットワークの構築ができる人材を輩出していくためには、前述したように、大学を核とする「先端技術融合型COE」の新設により、高度な研究開発を通じた人材育成が期待される。このようなCOEが成長すれば、産業界への技術の流れ、人材、特に博士課程人材の流れもより加速されよう。大学での人材育成は、やはり教授・助教授の影響が大きい。特に新しいCOEについては、有能な一流の人材を世界から集めることが鍵である。

  2. 経済や社会にとって役立つ創造的人材の育成
    経済や社会にとって役立つ創造的な人材の育成に向けて、産学の協働を一層推進する必要があり、インターンシップの制度化や単位取得面での包括的な連携、大学と企業との人材交流の推進、MOT教育の推進、アントレプレナーシップ教育の実施、実践的で多様な教育プログラムの導入などカリキュラム改革が急務である。
    そのためには、産学連携による高等専門教育の強化の観点から、インターンシップ制度の充実が必要である。大学院生など一定の専門性を有する学生を対象に、大学と企業とが一体となって、将来、企業活動等で中核的な役割を果たす人材を育成することが重要である。その際、企業と大学とが契約を締結し、従来のように短期間での就業体験にとどまらず、一定期間、産業界で実践的トレーニングを実施できるようにするのが望ましい。
    また、大学教員、特に若手教員が、国内外の企業での就業や世界トップレベルのCOEを体験し、世界の動向や潮流を肌で感じることが重要であり、サバティカル制度を含めて、具体的な仕組み作りが求められる。さらには、海外の優秀な研究者がわが国において活躍できるような環境の整備にも力を入れるべきである。
    一方、学問分野によっては先端の研究成果は期待されなくとも、わが国の技術力を維持する上で人材育成が重要である分野もあり、研究だけでなく実践的な教育についても適切な評価を受けるシステムが必要である。特に、大学において、「教育」と「研究」を区分し、費やした資源を区分するエフォート管理を行ない、教育活動が適正に評価される仕組みの整備が必要である。

  3. 重要分野における人材育成策の推進
    現在、情報通信分野、とりわけソフトウェアに関する人材のレベルは、欧米諸国に比して非常に低く、産業界として人材不足に陥っている。高度な人材の育成に向けて、例えば情報通信、バイオ、ナノテク分野などの先端産業分野や産業の基盤となる分野において産業界が必要とする人材について、高度技術者育成プログラムの確立などの育成策を講ずるべきである。その際、研究者、技術者、技能者、研究管理者、コーディネーターなど必要とされる人材の種類に応じた対応、異分野の技術を習得した融合型人材の育成、女性の活用が重要である。
    国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術に関する政策の総合的推進の中での人材育成の位置付けも重要である。

(5) グローバルな視点に基づいた施策の展開

  1. 戦略的国際協調における科学技術の活用
    アジアの急成長などの国際社会が大きく変化する時代において、わが国は国際社会との共生を図る中で、国際社会におけるわが国のプレゼンスを高め、広い意味でのわが国の安全保障の確保を図っていくことが求められている。
    科学技術に関する政策面でも、わが国の国際社会における位置を認識しつつ、特に、アジア諸国と協調関係を構築し、世界におけるアジアのリーダーシップの発揮に主導的役割を果たしていくべきである。
    例えば、地球規模で対応が迫られているエネルギーや環境分野においては、日本国内のみの政策の実施では効果が期待できず、とりわけアジア諸国と積極的に連携を図ることが必要である。エネルギー・環境関連技術分野で、積極的に貢献・協力することで、諸外国との友好な関係構築にも寄与することが期待される。
    さらには、食料の安定供給、新感染症などに関する技術を含む広義の安全・安心分野、ソフトウェア開発分野などでの国際協調や国際貢献も重要である。

  2. 総合科学技術会議におけるベンチマーク(比較分析)機能の強化
    科学技術政策の立案、遂行、評価にあたっては、ベンチマーク、特に、海外とのベンチマークが重要である。例えば、米国では、科学技術分野において大きな政策を打ち出す際には、世界各国へ調査団を派遣して調査をしているが、第2期基本計画の下では、十分なベンチマークがなされた上で各種の施策が展開されたとは言いがたい。
    今後は、特に、経済・社会への貢献という観点から、関係府省とも連携しながら、政策に関するベンチマークを行ない、定量的な分析を経た上で実効ある施策へと結び付けられるようにすべきである。その際、総合科学技術会議による海外調査の実施や、事務局における国際的な科学技術動向や政策の分析機能の大幅な強化を行なうことが重要である。さらには、現在、ベンチマーク機能を担う様々な政府組織が存在するが、総合科学技術会議が全政府ベースの調査・分析機能を果たすとの視点から、政府全体としてのベンチマークの実施システムのあり方について検討すべきである。
    なお、海外調査の実施にあたっては、産学による共通認識を醸成する意味から、民間企業と大学の研究者がチームを組んで調査を進めることが望まれる。

  3. 国際的な知的財産権の確保、国際標準化との連携
    研究開発を進めるにあたっては、国際市場を視野に入れた知的財産権の確保と国際標準化活動の展開が重要である。
    特許制度は、国ごとに整備されてきた経緯から、現在でも属地主義が大原則とされているが、一方で特許制度の活用はグローバルに行なわれている。日米欧3極特許庁間で、先行技術調査結果の相互利用などを進めているが、これをさらに進め、特許明細書の記載様式の統一、さらには、審査の統一といったステップを踏んで世界特許への取り組みを加速すべきである。
    国際標準化に関しては、産業化、特に、グローバル市場を想定した産業化を目指した国の研究開発プロジェクトにおいては、その研究開発の成果の普及に際して国際標準化が必要か否かを必ず検討し、研究開発の開始の時点から国際標準化に関する戦略を立てて取り組むことや国際標準化活動の支援に資する予算措置を講ずることが期待されるところである。
    また、国際標準化機関における国際標準の決定は一国一票で投票されることから、国数が多い欧州が有利になるケースが指摘されてきた。わが国としては、アジアとの連携活動の充実に努め、アジア諸国の市場の実情を十分に反映した国際標準作りが行なわれるような環境を整備すべきである。
    さらには、国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術に関しては、総合的政策推進の一環として、国際標準化への戦略的取り組みが求められる。

(6) 国際的に評価される知の創造の推進

  1. 技術の種を生み出す知の創造と説明責任の確保
    科学技術創造立国が成り立つには、常に世界レベルの技術の種が創出されることが必須である。将来の技術の種を生み出す上で、大学における知の創造が重要であり、このためにも大学の活力が鍵となる。
    大学における「知の創造」に関しては、(a) 純粋な真理の探究、(b) 経済・社会への貢献を念頭に置いた真理の探究、のいずれを重視すべきかについて、様々な意見が出されているが、大切なのは両者の位置付けの違いを踏まえた政策の展開とバランスの確保である。前者については、国際的に評価される研究の推進と多様性の確保、説明責任の遂行が期待され、後者については、これに特許取得を含め経済・社会からの視点を加えることが重要である。経済・社会の視点からの評価にあたっては、その前提として、知の創造の出口イメージやその実現へのロードマップについて産学で共有することが重要である。
    いずれにせよ、税金である政府投資を利用する以上、投入される額、国際的に評価される研究成果、投入額と具体的な成果の関係などについて、当然に、国民への説明責任を果たしていく必要がある。

  2. 若手研究者への資金配分と新領域への挑戦の重視
    競争的研究資金については、プログラムオフィサー、プログラムディレクターによる一元管理・評価体制の整備などを含んだ具体的な改革や競争的資金倍増目標に向けた重点的拡充が打ち出されたところである。
    競争的研究資金は、競争的な研究開発環境を整備するとともに、研究者の能力を最大限に発揮させ、世界最高水準の研究開発成果の創出に貢献することに資するものであり、今後は、定義と趣旨の明確化を図りつつ、さらなる競争的な環境の整備に努めるべきである。
    その際、研究者の自由な発想に委ねるものと、トップダウン型で戦略領域を設定するものとを分けて考える必要がある。研究者の自由な発想に委ねる競争的資金は、若手研究者を含む多様なレビューアーを活用し、若手研究者への配分を増やせるようにすべきである。トップダウン型で戦略領域を設定するものについては、新領域への挑戦を重視するとともに、経済社会の動向が十分に反映できるようにするため、テーマ選定や審査にあたって、産業界の意見が十分に取り入れられるようにすべきである。
    また、競争原理のさらなる導入による大学の活性化の観点から、人材の流動性確保も重要である。

(7) 科学技術と社会との関わりへの取り組みの強化

科学技術の成果を市場に還元するとともに、科学的視点にたった政策決定を行なえるようにしていくためには、国民が科学技術に対する理解を深めていくことが不可欠である。しかしながら、内閣府が行なった「科学技術と社会に関する世論調査」によれば、科学技術に関するニュースや話題への関心度は、科学技術への投資が増大しているにもかかわらず、前回調査の1999年に比して全体的に低下傾向にある。特に20歳代で関心があるとした割合は1999年の48.3%に対し、2004年は41.3%であるなど、科学技術に対する関心、理解が低下するという結果になっている。
こうした事態を解決する上では、科学技術が社会に与える影響について積極的に研究を行ない、情報を公開していくことや、初等中等教育を含め国民に対する理解増進活動を精力的に進めることが重要である。
具体的には、バイオテクノロジー応用食品を含む食品の安全性など、科学技術の国民に与える影響についての科学的研究とその情報公開を進めるとともに、ELSI ( Ethics, Legal and Social Issues ) への取り組みを強化し、パブリック・アンダースタンディングを醸成すべきである。
また、理解増進活動に関しては、これまで行なわれてきた様々な取り組みをベースに、質的にも量的にもさらなる充実が必要である。その際、今後、特に求められるものは、最先端の科学技術やモノ創りの現場の体験、課題を解決させるような取り組み ( PBL: Project Based Learning ) である。また、産業界においては、理解増進に対する活動が様々な形で行なわれているところであるが、今後は、こうした取り組みをさらに促進するとともに、企業と教育現場とのコーディネーション機能の充実など、政府の支援措置を拡充させるべきである。
これらの取り組みを強化するために、科学技術予算の全体に占める社会との関わりに関する予算の割合の目標値を定め、その確保を図るべきである。また、国や産業の持続的発展の基盤となる重要技術に関する総合的政策推進の一環として、科学技術の社会に与える影響の研究や理解増進活動の推進が求められるところである。

(8) 技術力を持った中堅・中小企業やベンチャー企業の育成

地域における技術力をもった中堅・中小企業やベンチャー企業の創出により、わが国全体としての技術の裾野を広げていくことも大変重要である。
例えば、政府の研究開発から生み出された分析機器、計測機器、加工機器を大学、公的研究機関が率先して調達するとともに、これらの機器をベンチャー企業や中小企業に開放し活用を支援していくべきである。また、地域の大学や公的研究機関が地域産業育成の中核的役割を果たすことや官民でファンドを立ち上げ、新融合領域や重要分野の技術開発の一端を担う中小企業に資金供給、経営支援を行なうことも一案である。

以上

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