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わが国の基本問題を考える

〜 これからの日本を展望して 〜

2005年1月18日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

戦後、わが国は、現行憲法や安全保障体制をはじめとする諸制度の下で、国民の懸命な努力により、経済産業面において先進諸国へのキャッチアップを果たし、国際的にも重要な一翼を担うに至った。未だ改善されるべき部分もあるが、衣食住や文化、社会インフラなど個々の国民生活のレベルにおいても、総じて国際的に遜色ない。
占領下の廃墟から、官民一丸となって多くの困難を克服し、今日の世界第二位の経済大国を築き上げた事実に対し、我々はまず、改めて自信と誇りを持つべきである。そして同時に、先人の築いた礎の上に、次の世代に向けた新たな国づくりを進めていくことが、まもなく戦後60年を迎える我々に課された今日的課題である。
経済社会の中心的なプレーヤーとして、企業は、公正な競争を通じ、従業員の雇用・所得の維持・向上を図り、納税と相俟って国の繁栄を支えている。また、経済や産業のグローバル化、さらには、これを通じた社会文化のグローバル化においても、重要な役割を果たしている。
外交・安全保障、教育、少子化への対応、国・地方の財政、科学技術やエネルギー・環境といった基本的課題に対する国の取り組みは、企業の活動にも多大な影響を与えている。それ故、企業としても、国の大きな方向性を形づくる基本的課題への意見をとりまとめ、発信していく意義があると考える。
そこで、日本経団連では、経済界の視点から、わが国の基本的枠組みを検討し、これからの日本が目指すべき方向についての考え方をとりまとめることとした。
なお、日本経団連では、2003年1月にビジョン「活力と魅力溢れる日本をめざして」を公表している。また、個別問題については、各委員会で検討を深めてきた。本報告書は、これらに加えて、これまで触れてこなかった外交・安全保障や憲法などについても検討を加えたものである。
折しも、衆参両院、与野党などにおいて、憲法改正に向けた検討が本格化しつつある。また、イラク派遣をはじめとする自衛隊の海外での活動、日米安全保障条約の下における米軍の再編問題、日中関係、北朝鮮問題、国連改革など、わが国の将来に大きく係わる対外方針も再検討の時期にある。こうした時機を捉えて、経済界の意見をとりまとめ、発信していくことは、次の世代に対する我々の責務でもあると考える。
経済界の考え方を示すことにより、わが国の基本問題に関する国民的議論の気運が高まり、これからの日本を創造するための一助となることを期待する。

第I章.わが国を取り巻く現状と問題認識

わが国は、内外において、かつて経験をしたことのない数多くの環境変化に直面し、これまでの枠組みを大きく変えるべき時期を迎えている。

1.国民や企業を脅かす危機

今日、東西対立による冷戦の終焉により、巨大国家間の軍事紛争の懸念は低下したものの、宗教・民族に起因する紛争・内戦の頻発、ミサイル・大量破壊兵器の拡散など、脅威の内容は複雑で予測困難なものへと変化している。とりわけ、9.11に代表される非国家主体によるテロは、世界の平和に対する大きな脅威となっている。また、東アジア地域においては、朝鮮半島や台湾海峡など、未だ、冷戦期の対立関係が残っており、国家間の紛争の危機は去っていない。実際に、北朝鮮によるミサイル発射、武装工作船の侵入、領土問題、海洋権益を巡る問題など、わが国の主権に係わる事件が多発している。
グローバルな活動を進めるわが国企業や国民にとって、これらの脅威は他人事ではなく、自らに対する直接の脅威である。
さらに、国内においては、犯罪の増加、凶悪化、低年齢化の傾向が顕著であり、地震や台風などの自然災害も国民の安心・安全に対する大きな脅威である。
こうした内外の脅威から国民の生命や財産を守り、平和と独立・主権および繁栄を確保するという、最も基本的な国の機能に関し、わが国の制度や体制をより強固なものとしていく必要がある。

2.将来の発展を支える基盤への懸念

少子化の結果、わが国の人口は2007年以降、確実に減少していくことが予想されている。同時に、急激な高齢化が進行し、社会保障給付費の増大による財政の悪化、企業負担、国民負担の増大が懸念される。また、人口減少の中で、国の将来の発展を支える人材を育成するための教育のあり方、経済の活力を支える科学技術の発展に向けた政策、資源・エネルギーの安定的な確保への方策といった国の基盤的な政策についても、再構築する必要がある。

3.現行の基本的枠組みの問題点

現行憲法や1960年改定の日米安全保障条約、省庁縦割り・官僚主導の統治システム、また、55年体制と呼ばれる国内政治体制は、右肩上がりの成長期において、わが国の繁栄の基礎を支えてきた。しかし、今日、わが国が直面する諸課題は、こうした歴史的枠組みの下では、十分な対応が困難となりつつある。
第一に、外交や安全保障に関する対応が不十分で弥縫策に終始しがちであり、国際社会における発言や主体性の発揮への制約となっている。今日、世界の平和を脅かすテロなどの共通の敵への対応や冷戦期の対立関係が残る東アジア地域でのわが国の主体的な取り組みが緊急性を増しているが、わが国が国際的にどのような役割を果たし、世界の平和・安定に協力していくべきかといった根本的な議論を十分に尽くしていくことが必要である。
第二に、高度成長を支えてきた官主導型・省庁別の国家運営体制では、わが国が今後克服していかねばならない政策課題に対し、迅速に対応できない懸念がある。今後、わが国では、租税負担・社会保障給付のあり方、規制改革・民間開放・地方分権といった行政改革の推進など、全体と個々を調整し、結果として、国民負担の増大を求めたり、省庁の権限を削減したりする課題が増える。また、外交や安全保障、経済連携協定の締結、海洋権益、宇宙利用、総合科学技術政策の確立など、特定の省庁に属さない新たな課題や国家として省庁横断的に迅速な対応を必要とする課題も増大している。政治の強いリーダーシップの下で、国家的対応を可能とする、透明で効率的な統治システムの構築が求められる。
また、与党一党体制が長く続き、政権交代がほとんど見られなかった結果として、国民の政治に対する関心が薄れ、投票率の低下などの現象を招いている点も極めて問題である。民主主義、自由、平和について、深く考え、議論し、行動する機会が少なくなり、国家に対する無関心、無責任な利己主義が目立つことにも繋がったともいえる。国民の国づくりへの参画や一票の格差是正などを通じた民主主義による政治の徹底も必要となっている。
21世紀を迎え、わが国は、内外の荒波を受けながら、依然として進むべき大きな方向性を見出しかねている。次世代のためにわが国の新たな基盤を築いていくためには、辻褄合わせの対応を積み重ねるのではなく、これまで前提としてきた基本的枠組み自体にもメスを入れていくことが強く求められている。

第II章.これからの日本が目指すべき道

1.わが国が堅持すべき基本理念

戦後から今日に至るわが国の発展は、我々経済界にとっても、また、日本国民全体にとっても、世界に誇り得るものである。今後とも、「民主」「自由」「平和」という、これまでのわが国を支えてきた基本理念を、わが国の幹として堅持すべきであることに変わりはない。
民主とは、自立した個人の意志が等しく政治に反映され、国民の付託を受けた政府が公正・透明に行政を執行することである。自由とは、自由放任ではなく、基本的人権の尊重を基本とした社会における責任を伴う自由である。平和とは、自らの平穏のみならず、隣人、国、国際社会の平和の実現である。
重要なことは、こうした理念に対する挑戦が、常に我々の近くに存在することを強く認識し、これまでのように理念をただ唱えるのではなく、実現に向けて主体的に行動しなければならないという点である。
「唱える理念」から「実現する理念」への転換を目指すにあたって、我々は、日本の歴史や伝統を十分に踏まえ、常に誇りをもつことが重要である。国際社会においては、単に他国に追随するだけではなく、日本人が伝統的に持つ和の心、変化に対する柔軟な対応や応用能力といった面を大切にしながら、責任と自覚をもって、自立性や自主性を発揮すべきである。

2.これからの日本が目指すべき国家像

これからの日本が目指すべき「民主」「自由」「平和」という基本理念に基づいて、これからの日本が目指すべき目標としての国家像を三つ掲げてみたい。

(1) 国際社会から信頼・尊敬される国家

わが国は、国際社会の一員として、世界平和や国際社会が抱える課題の解決に主体的に関わり、国際社会から信頼・尊敬され、同時に国民自らが誇れるような国家を目指さなければならない。
そのためには、国家理念をベースに国際社会の現実を踏まえ、外交の基本戦略を構築し、実行するための体制を整備する必要がある。また、紛争などの国際社会の課題解決への対処についても、わが国の国益に沿った基本原則を明らかにしなければならない。

(2) 経済社会の繁栄と精神の豊かさを実現する国家

経済成長は国民福祉の源泉であり、国は引き続きそのための基盤作りに努める必要がある。戦後の高度成長期において、わが国は、通商と科学技術の発展を国の繁栄の糧としてきた。資源やエネルギーに乏しいわが国としては、引き続き、科学技術を基礎とした有用で良質な財・サービスを内外に提供すること、すなわち、科学技術創造立国と通商立国が、繁栄を維持する基礎となる。
そのため、国は、将来の技術革新に向けた継続的な研究開発投資や高コスト構造の是正、自由貿易体制の強化などへの継続的な取り組みを行うことが求められる。同時に、将来にわたって持続可能な豊かさを実現するためには、少子化問題や国・地方の財政の問題、また地球環境問題やエネルギー問題にも長期的観点から戦略的に取り組まねばならない。さらに、精神の豊かさを実現する国家を目指して、他の者への思いやりの涵養や文化の創造、教育の充実などを図る必要がある。

(3) 公正・公平で安心・安全な国家

わが国は、自立した個人、企業が個性や能力を発揮できる公正・公平で安心・安全な国家を目指さなければならない。
民主・自由・平和の理念の下での国家の役割は、個人や企業が各々の責任の下で自由な競争を展開し、その能力を発揮できるための基盤を整備することにある。個人は、国家に頼ることなく自らの個性や能力を自由に発揮するとともに、社会や他者に対する責任や義務を全うする。また、企業は、企業倫理やルールを遵守し、公正で公平な市場の下で競争を通じて国の繁栄に貢献する。
そのために、国家は、その大前提となる法治国家としての公正なルール整備、市場の透明性の確保、機会の均等、セーフティーネットや再挑戦への制度整備、生命・財産の保護をはじめとした安心や安全を確保し続けること、その実施のための透明で効率的な統治システムを構築することが責務であり、課題である。

3.優先的に取り組むべき基本問題

以上、我々は、基本理念と目標としての国家像について、それぞれ三点に絞って整理してみたが、これらを具体的な問題と課題として捉え直してみたい。理念・目標を実現するために特に注力しなければならない基本問題の第一は、全ての活動の前提となる安心・安全の確保のための安全保障であり、国際社会への積極的な関与、信頼の獲得に向けた外交である。
第二に、これらの理念・目標を具体化するためには、国の基本法である憲法の見直しが避けられない。
第三に、理念・目標を実行するための、民主的・効率的な国の統治システムのあり方である。
第四に、これ以外にも、国をあげて取り組みを強化しなければならない個別の重要政策課題がある。
次章以下では、これら四つの基本問題について、各々の課題と今後の方向性について、基本的な考え方を述べていきたい。

第III章.外交・安全保障を巡る課題

1.わが国外交・安全保障を巡る認識

これまで、わが国は、主として経済力を背景とした外交により、諸外国との相互関係を深めるとともに国際経済社会の発展に貢献し、信頼と存在感を高めてきた。また、安全保障面では、平和主義を掲げる現行憲法の下で、専守防衛を基本方針として、日米同盟並びに必要最小限の防衛力としての自衛隊の存在により、侵略の未然防止を図ってきた。国内においては、警察組織の整備強化によって世界最高水準の治安を維持してきた。その結果、戦後半世紀以上にわたって、わが国の平和と安全は安定的に維持され、国民や企業の自由な活動を通じた国の順調な発展の基盤が確保された。
反面、自衛隊活動に係る制約もあり、国際紛争など世界の安全保障を巡る諸問題に対し、国益を踏まえた戦略的な主張や、主体的な関与、貢献が不足してきたことは否めない。例えば、湾岸戦争時には、巨額の金銭的負担にもかかわらず、わが国の貢献は国際的にはほとんど評価されなかった。日米同盟の下で、自衛隊は存在することによる抑止力としての機能が中心であり、様々な制約の下で内外の安心・安全の確保や世界平和のための協力・貢献、ひいては国益に資する国民のための組織として有効に機能することは、いわば否定されてきた。
冷戦下の55年体制や報道などの影響もあり、多くの国民は平和主義を「非軍事主義」と考え、軍事力を平和を維持、実現するための必須の要素として直視せず、結果的に「一国平和主義」と言われる無責任な主張が通用することもあった。安全保障の議論は、常に憲法第9条の制約の下で神学論争として繰り広げられ、冷戦の終焉以降、わが国を取り巻く外交・安全保障環境は劇的な変化を遂げているにもかかわらず、国家の本質論や環境変化に対応した国民の安心・安全確保、また国際社会の平和・安定にどのように関わっていくべきといった議論に至らなかった。

2.国際社会との向き合い方に関する基本的考え方

(1) 世界の平和・安定に向けた主体的取り組みの必要性

資源に乏しく、通商に大きく依存するわが国の繁栄は、国際社会の平和と安定、また他国との協調なくしてはありえない。企業にとっても、内外の平和と安定は全ての活動の大前提である。企業自らが世界中の国々との相互関係を深めるなか、政府レベルでの相互関係、信頼関係の改善、強化は、企業活動にも大きなメリットを及ぼす。
経済大国として世界経済の一翼を担う今日、わが国が世界の平和と安定のための明確な提案、主張を行い、その実現のために行動していくことは国際社会の一員としての責務でもある。また、わが国の安全保障は、同時に他国や地域の安全保障に大きく影響しているという点も認識しなければならない。
冷戦の終結後、国家間の競争は軍事力のみならず、経済力、情報力、文化的魅力といった国の総合力の優劣、いわば実質的な中身が問われる「外交戦」の時代となっている。わが国の平和と繁栄、ひいては国際社会の秩序安定に貢献していくためには、複雑な国際情勢を的確に判断し、自主自立を基本に、自らの針路を自らの意志と責任により決断し、国際社会の抱える問題に主体的に取り組んでいくことが不可欠である。

(2) 経済・産業を中心とした相互関係の強化

わが国にとって、国際的な優位性を維持する最も重要な要素は経済力であり、これを支える技術力である。今後とも、国際社会での存在感を高めていくためには、経済・産業・金融を背景とした連携・協力関係を諸外国との間で深めることが重要である。
経済面における相互依存の深化は、安全保障面での国際秩序の安定にも寄与する。わが国としては、政府のみならず企業レベルでの連携強化も含め、東アジア諸国を中心に経済面での連携・協力関係をより深め、積極的に政治・安全保障面での関係強化にもつなげていくべきである。
そのためには、自由貿易体制の維持発展が、重要な鍵を握る。世界の通商環境は、WTO(世界貿易機関)などの国際的な枠組みをはじめとして、地域連携、二国間の協定まで多層的に進展している。世界的なルール体系、紛争処理などの調整機関として、WTO体制の強化、活用に努めると同時に、地域連携や友好国とのEPA(経済連携協定)の締結に向けた取り組みを強化していくべきであり、農業や人の移動といった国内問題についても、早期解決を図る必要がある。長期的な国益の確保のために、今、何が求められるかという総合的な視点に立ち、時宜を逃さない迅速な政策決定が求められる。

(3) 外交力の一層の強化の必要性

これらの取り組みを強化していく上で、外交力の一層の強化、担い手としての国家的な視野と意志を持った人材の強化が急務である。複雑化する国際社会において、信頼を得るためには、卓越した国際感覚、構想力、交渉能力、専門性、幅広い見識、柔軟性、経験の蓄積などがこれまで以上に求められることは言うまでもない。場合によっては、主要国駐在大使には、閣僚クラスの人材の政治任用も検討すべきである。
また、例えば、EPA締結を巡る対応など、国をあげて取り組むべき外交に関しては、国内の担当省庁縦割りを排除する必要がある。省益を越え、常に国益を価値判断の基準とする外交が可能となるよう、政府が一体的に取り組む体制が不可欠である。

3.わが国外交を巡る重要課題

(1) 日米同盟の重要性

わが国周辺に未だ存在する核やミサイルなどの軍事的脅威からわが国を守るため、さらに東アジア地域全体の安定を維持するために、今後とも、日米安全保障体制を維持・強化させていくべきである。
米国は、戦後以来、わが国と理念や価値観を共有し、また、わが国の繁栄の基盤を支える最大のパートナーである。安全保障面以外においても、貿易投資、技術交流、人的交流など、さらにはEPA締結も視野に入れた緊密な協力関係を構築し、相互の信頼醸成を図る必要がある。それがまた、日米安全保障条約の基本的精神でもある。
わが国としては、米軍の再編などをはじめとして、安全保障にかかわる情勢と戦略目標について、共通の認識をもつよう努めながら、国益、および世界の平和と持続的発展への道筋を自ら判断し、国際社会全体の利益の観点から、米国に対して必要な意見を述べることで相互信頼を深めていくべきである。

(2) 国連活動への取り組み強化

国際社会の平和・安定の実現に向けた国連の機能を活用しつつ、わが国は、平和国家としての立場を活かし、紛争の未然防止や復興支援活動を中心に、途上国支援、軍備管理・軍縮をはじめとする国連による国際秩序の維持活動に主導的な役割を果たすべきである。
そのためには、国連において、わが国の国際的地位に相応しい発言権を確保できるよう、安全保障理事会の常任理事国入り実現を目指し積極的に取り組むべきである。

(3) 東アジア地域との連携強化

わが国にとって、東アジア諸国は、もはや単に地理的な隣国に留まる存在ではない。東アジア諸国は、世界の成長センターであり、国際的な競争相手であるとともに、相互依存関係を深めるパートナーでもある。同時に、国際安全保障において、日本のみならず世界を脅かすリスクを内在する地域である点にも留意しなければならない。
世界では、25カ国からなるEU、また、NAFTA(北米自由貿易協定)に代表されるとおり、近隣諸国との地域連携強化により、自国の利益と地域の利益を共に増大させる動きが進んでいる。通商立国であるわが国が、国際化と地域化という世界の大きな流れの中で繁栄を続けていくためには、今後、東アジア地域の連携を早急に強化していく必要がある。
わが国としては、体制が異なる国々との協調に留意しつつ、早期に韓国、中国やASEAN諸国とEPAを締結し、民間による投資や貿易を通じた、経済面での連携を一層深めていくことが重要である。さらに、わが国がリーダーシップを発揮し、東アジア自由経済圏を早期に構築し、地域経済全体のさらなる発展の基盤を築くことが急務である。将来的には、東アジア地域の経済連携を政治・安全保障面での連携・協力へと発展させていくことで、相互関係の深化を、わが国のみならず、地域、ひいては世界の繁栄、平和・安定につなげていくべきである。わが国は、東アジア自由経済圏の構築と日米同盟の強化を外交政策の軸として、地域の安定と発展に最大限の努力を果たしていかなければならない。
東アジア自由経済圏を構築する上で、日中関係は極めて重要である。中国はわが国にとって、経済面では、米国に次ぐ重要なパートナーとなりつつある。政冷経熱と言われる現下の状況の改善に向けて、日中両国政府が、相互の価値観や立場の相違を克服するための前向きの努力を積み重ねることが望まれる。対中ODAについても、中国経済社会全体の実態や日中両国の関係を勘案しつつ対応すべきである。同時に、科学技術や文化の交流、若年層の大規模な人的交流といった様々な面での連携・交流を地道に進める必要がある。

4.国際安全保障への積極的協力

(1) 紛争の未然防止、復興・発展支援への協力

平和を希求するわが国にとって、今後とも、安全保障面での国際協力・貢献は、軍事力によらない平和的手段を通じた紛争の未然防止と復興・発展支援を中心に据えた活動を積み重ねていくべきである。
そのためにも、わが国の経済力や技術力を最大限有効に活用することが重要である。ODAなどの政府支援や民間の経済交流などによって、人道支援、社会インフラ整備などを図ることで、紛争の主たる原因となる貧困の撲滅に努めるとともに、軍備管理・軍縮推進への貢献などを積極的に進める必要がある。
同時に、これらのわが国の協力・貢献活動を国際社会において、十分に周知することが重要である。

(2) 自衛隊による活動

紛争の未然防止への努力にもかかわらず現実に紛争が発生した場合や、紛争の早期終結にあたっては、わが国として、国際社会の平和・安定への主体的な関与という国家目標に沿った協力・貢献活動を行わなければならない。
その際、中心となるのは自衛隊による活動である。自衛隊の活動は、カンボジアにおけるPKO(国連平和維持活動)への参加を皮切りに、平和協力活動や人道復興支援活動へと継続し、国際的にも高い評価を得ている。国際社会や同盟国との協力を前提とした、自衛隊の国際活動を今後とも一層強化していく必要がある。
一方で、国内外の平和の実現に向けた自衛隊の活動が、軍事大国化、あるいは他国への脅威と受け取られることがあってはならない。この点に細心の注意を払いつつ、自衛隊の海外派遣の活動内容・範囲について、基本方針を明確にし、現在のような特別措置ではなく、一般法を早急に整備すべきである。また、自衛隊活動に係る基本方針などについて、内外に十分な周知を行うことで透明性を確保し、信頼を得る必要がある。
自衛隊による国際活動は、国際社会の一員たる国家として当然の責務であり、国際社会の平和・安定の実現の観点からも、シビリアン・コントロールの下で強化していくべきである。そのためには、何より、後述の通り、憲法における自衛隊の役割や集団的自衛権についての明確化が必要である。
なお、紛争予防、紛争後の平和構築・復興支援に関しては、自衛隊のみならず民間の協力も重要な役割を占める。社会インフラ整備、文化・技術交流、制度整備などについて、民間の活動を支援するよう、政府としては、資金面、安全確保などの環境整備を行うことが重要である。

5.総合的な安全保障体制の確立

(1) 国民の安心・安全確保の重要性

今日、わが国が直面する脅威は多様化、複雑化しており、安心・安全な国家の実現という目標に向け、政府として、総合的な機能強化が求められている。
そのためには、防衛は自衛隊、海上安全は海上保安庁、犯罪は警察といった従来型の対応だけでは万全とは言えない。防災、治山・治水、情報、資源・エネルギー、技術、輸送、出入国管理、衛生、金融、食料などを含むあらゆる面において、国民や企業の安心・安全を確保する諸施策を講じなければならない。各省庁の連携はもとより、企業、非政府組織など民間、地域、住民、個人を含めた連携強化、政府内の体制整備が必要である。

(2) 総合的な安全保障の実現に向けた体制整備

国民の安心・安全を確保することは、国民への責務として国が実現せねばならない基本的な課題であり、省庁を超えた戦略を策定し、強力な権限をもって実行する体制が欠かせない。
現在、総理大臣を議長とし、防衛政策、防衛上の重要事項、武力攻撃事態などに対応するよう、関係閣僚をメンバーとする安全保障会議が設置されている。これを抜本的に強化し、総理による強力なリーダーシップの下、わが国の安全保障について総合的に常時取り組む体制を整え、省庁や自治体間の調整・連携を強める必要がある。
抜本的強化の一環として、防衛のみならず、国の重要課題である経済安全保障、技術安全保障、資源・エネルギー安全保障、食料安全保障、海洋権益問題などの各政策が、国家目標や国民の安心・安全の確保の観点から、総合的な国家意志の形成に繋がる体制を整える必要がある。また、総合的に情報を収集・分析・管理する専任部門も必要になろう。その際、省庁縦割りに陥ることのないよう、あくまで政治のリーダーシップの下で国益の観点からの検討が可能となる体制とすべきである。
さらに、武力攻撃のみならず、テロ、大規模災害といった幅広い脅威・危機に迅速に対応できるよう、総理大臣への権限集中などを定めた緊急事態への対処法の整備が急務である。

(3) 防衛力のあり方

自衛隊の任務は多様化する一方、厳しい財政状況の下、いかに効率的・効果的に防衛や国際協力・貢献活動を担っていくかが大きな課題となっている。そのためには、新たな時代に対応する防衛力の実現に向けて、法制、装備、組織、運用などの様々な改革が不可欠である。
国際安全保障環境の変化に対応した防衛力のあり方に関し、昨年12月に新たな防衛計画の大綱がとりまとめられたところであるが、今後、特に重点的に対応すべき自衛隊の任務として、テロやミサイルなどの新たな脅威や国際活動への対応がある。防衛力に関しても、この対応に重点を置くとともに、人員の削減を装備・システムの能力向上でカバーすることも含めて、防衛生産・技術基盤の強化に配慮しつつ、改革を進める必要がある。また、多様な事態への対処のためには、陸海空各自衛隊のみならず、外務、警察、自治体、海上保安庁などの他省庁との連携による総合的な体制の確立、さらには同盟国である米国との相互運用性を高めていく必要がある。

(4) 治安水準の回復

国民生活に不安をもたらす最も身近な課題は、治安の悪化である。刑事事件の件数は大幅に増大の傾向にあり、かつて、世界一安全な国といわれたわが国でも、その検挙率は低下傾向にある。
犯罪の主体も、個人、国内組織、国際犯罪組織に至るまで多様化している。国民が日常的に安心・安全な社会生活をおくれるよう、捜査体制、地方自治体の連携の強化、水際対策の強化など、治安の維持、強化策を講ずる必要がある。
とりわけ、世界共通の敵であるテロ行為に対する取り組みの強化は、喫緊の課題である。国内外の秩序を脅かすテロに対しては、わが国としても、国際的な連携の下で毅然とした態度をとり、資金・物資などの支援源を断つための措置、およびテロの温床となる貧困の撲滅などへの貢献が欠かせない。また、国内においても、重要施設の警備などの取り組みとともに、最新技術の有効活用による出入国管理の一層の強化が必要である。
なお、治安水準の回復のためには、健全な地域コミュニティーの構築が不可欠であり、社会の構成員として、企業の積極的な参画が求められる。

(5) シーレーンの安全確保など

海上交通の安全確保は、わが国の通商活動を支える重要な課題である。わが国の輸出入は、量においてほぼ全てを海上輸送に依存しており、その輸送ルートであるシーレーンの安定確保は死活問題である。とりわけ、中東からマラッカ海峡を経て、わが国に至るシーレーンは、原油調達の8割以上を中東に依存するわが国の生命線であり、沿岸国との協力の下で、テロや海賊などへの対応を強化すべきである。
また、国連海洋法条約に基づき、わが国周辺の大陸棚に関する精密調査を行い2009年までに申請することにより、200海里を越えて国土の1.7倍と推定される大陸棚にわが国の新たな経済的権利が発生する可能性がある。領土の拡大という国益に係る本プロジェクトを、国をあげて完遂させる必要がある。隣国との領土問題や東シナ海における海洋権益の問題に関しても、大局的な外交・安全保障戦略の下で正当な主張を行っていくべきである。

(6) 情報収集・分析・管理政策の重要性

戦略的に外交を展開し、危機や脅威の未然防止、被害の最小化、迅速な復旧・復興を行っていくためには、あらゆる面での情報収集・分析・管理の能力を強化する必要がある。
各省庁ごとに閉じ込められがちな情報を、国家全体として有効に活用し、高度な情報に基づいた戦略を構築することができるよう、安全保障会議の強化策とも関連させつつ、人材の育成や専任組織の設置を検討すべきである。
さらに、友好国や民間の持つ情報力を有効に活用すること、また、情報収集に係る最先端の科学技術を積極的に活用することが、安全保障政策の効果的な展開に繋がる。高度な情報収集能力を持つ米国などとの協力関係を深めると同時に、わが国独自の情報収集衛星や人的情報など、自立的な情報源を充実させることで、主体的な外交・安全保障政策を確立していく必要がある。
一方、現代社会が情報通信システムへの依存を深めているなか、情報セキュリティーが、国家・経済・社会運営を支える前提条件となっている。国家機密、ネットワーク化された社会インフラ、個人情報、知的財産権など、幅広い情報・知的財産の保護に関する対応が急がれる。

第IV章.憲法について

1.綻びが目立つ現行憲法

現行憲法については、翻訳調でわかりにくい前文の表現、第9条にみられる規定と現実の乖離、国際平和に向けた主体的活動への制約、実質的に機能していない違憲立法審査権、厳格すぎる改正条項など、様々な問題を抱えている。とりわけ、第9条の解釈をめぐっては、長らく神学論争が続けられ、結果として、一国平和主義や国際問題への消極的関与にもつながることとなった。さらに、これらを長らく放置したことから、国民の間に、憲法への信頼感が大きく薄らぎ権威が揺らぐ事態を招いている。法理と現実の乖離を埋めるために多くの解釈改憲がなされ、解釈がさらなる制約につながっているが、これ自体が民主の理念に反する。
現行憲法が制定された1946年当時と比べ、国内の経済社会やわが国を取り巻く国際安全保障環境は大きな変化を遂げた。21世紀に生きるこれからの日本を創造するため、憲法の歴史的価値を棚卸しし、引き継ぐべきもの、新しく創造するもの、変えるもの、捨てるべきものを整理し、新たな国の針路に関して国民的な議論を行った上で、合意を形成すべきである。

2.憲法第9条について

(1) 自衛隊の役割の明確化(憲法第9条第2項)

自衛隊の創設から50年が経つ現在、その役割は、過去の「存在する自衛隊」から、侵略からの防衛、テロなどの新たな脅威への対処、災害派遣に加え、国際的な平和協力へも拡大し、国民の安心・安全の確保と国際貢献のために幅広く「機能する自衛隊」へと大きな変革を遂げつつある。これらの活動は、自立する国家として当然の機能であると同時に、国際社会の平和・安定の実現に向けた協力・貢献の観点からも、シビリアン・コントロールの下で強化していくべき機能である。自衛隊の活動を通じた内外の平和・安定への協力や、これを通じた国際社会における信頼性の向上は、既に示した基本理念と国家目標の実現にも欠かせない。
現行憲法第9条第1項で規定されている国際平和の希求、侵略戦争の放棄が、わが国の基本理念である「平和」に根ざすものであることは言うまでもない。従って、第1項は引き続き存置されるべきである。
しかし、戦力の不保持を謳う第9条第2項は、明らかに現状から乖離しているとともに、その解釈や種々の特別措置法も含め、わが国が今後果たすべき国際貢献・協力活動を進める上での大きな制約にもなっている。
従って、憲法上、まず、自衛権を行使するための組織として自衛隊の保持を明確にし、自衛隊がわが国の主権、平和、独立を守る任務・役割を果たすとともに、国際社会と協調して国際平和に寄与する活動に貢献・協力できる旨を明示すべきである。
さらに、既に述べた通り、自衛隊の海外派遣の活動内容・範囲について、基本方針を明確にし、場当たり的な特別措置法ではなく、一般法を早急に整備すべきである。

(2) 集団的自衛権

現在、わが国では、主権国家として当然に保有する集団的自衛権は「保有するが行使できない」という解釈に基づき、自衛隊による国際的な活動が制約されている。しかし、集団的自衛権が行使できないということは、わが国として同盟国への支援活動が否定されていることになり、国際社会から信頼・尊敬される国家の実現に向けた足枷となっている。今後、わが国が、世界の平和・安定に主体的に関わっていくためには、必要な場合には、自衛隊によるこうした活動が可能となるような体制を整備しておく必要がある。
従って、集団的自衛権に関しては、わが国の国益や国際平和の安定のために行使できる旨を、憲法上明らかにすべきである。同時に、安全保障に関する基本法を制定し、その行使にあたって、国際情勢、活動地域、活動内容を踏まえて、国会の事前承認を原則とすることなど、限定的、かつ、その歯止めとなる措置を整える必要がある。

(3) 緊急的な対応の必要性

憲法改正を待つが故に、必要な改革が遅れるようでは本末転倒である。憲法改正は目的ではなく、基本理念や国家目標に合致した国づくりを進めるための手段であることを念頭に置き、国の改革に向けては、あらゆる可能な手段を講じていくことが必要である。
また、何時発生するかも知れない予測不能な多様な事態への対処を憲法改正に委ねてはならない。例えば、緊急事態への対処や自衛隊の国際活動の拡大、集団的自衛権の行使などは、昨今の国際情勢の変化を踏まえれば、一刻を争う課題である。
現在の憲法解釈が制約となっているもの、新たな立法により措置が可能なものなどについては、内外諸情勢の大きな変化を踏まえ、憲法改正を待つことなく、早急に手当てすべきである。

3.憲法改正要件(憲法第96条)

現行憲法第96条では、憲法改正には、国会の各議院の三分の二以上の賛成による発議を経て、国民投票の過半数を得ることとなっている。わが国とほぼ同時期に憲法が制定されたドイツやイタリアにおいて、戦後、数十回から十数回にわたる憲法改正が行われているのに対し、わが国で未だ一度も改正が行われてこなかった原因の一つには、改正要件が厳格に過ぎたことがある。憲法が国家の最高法規である以上、朝令暮改は厳に慎むべきではあるが、必要な時に国民の意志に基づいて必要な改正が出来ないようでは、民主的な国家とは言えない。国の進むべき針路と憲法の規定との間に齟齬が生じた場合、適正に両者の溝を埋めるための改正が行えるよう、発議要件などの改正要件を緩和すべきである。
さらに、憲法改正を具体的に実現可能なものとして議論する前提として、まずは、憲法改正のための国民投票法の早期成立が不可欠である。

4.憲法改正へのアプローチ

憲法は決して「不磨の大典」ではなく、わが国を取り巻く環境の変化に的確に対応しているか、国家理念を実現する上で必要な規定が具備されているか、などの視点から不断の見直しをしていくべきものであり、必要な時に必要な改正を行うことは、法の支配を貫徹する上でも重要である。
憲法に関する国民的な議論が湧き上がることが必要であり、これを通じ、国民一人一人が、わが国の理念や伝統について思いを巡らせ、今後の発展や国家意思の形成・遂行のあり方をより深く考えることも期待される。
当面、最も求められる改正は、現実との乖離が大きい第9条第2項(戦力の不保持)ならびに、今後の適切な改正のために必要な第96条(憲法改正要件)の二点と考える。まず、これらの改正に着手し、あわせて、第V章以下で述べるようなこれ以外の憲法上の論点について、議論を展開していく必要があるのではないだろうか。
また、憲法として定めるべきは、真に国の基本原則として定めるべきものとすべきである。一般の法律に比して、相対的に改正が困難な憲法に委ねることは、却って法規範の硬直化を招く危険があり、憲法上の規定として何がふさわしいかを精査しつつ、改正議論を進めるべきである。
加えて、憲法は、全ての国民、また諸外国にとっても、可能な限り分かりやすく、無用な解釈論議を招かないような内容とする必要がある。特に、憲法前文は、理解が困難である。前文を置く目的も検討しつつ、前文を置く場合には、わが国の歴史、文化、伝統などの固有性、独自性を十分に踏まえた国家理念の提示が求められる。
今般、皇室典範に係る検討が開始されたが、場合によっては、憲法上の議論も必要となろう。

第V章.より民主的で効率的な統治システムの実現

我々は、民主主義という基本理念が真に実現しているのか、また、国家目標の実現に向けた国のシステムが透明かつ効率的に運営されているのかを常に自問しなければならない。
こうした観点に立てば、戦後、大きな役割を果たしてきた官僚主導型の国家運営や立法システムを、新たな環境に適合した、より優れた仕組みに再構築すべく、憲法改正も含めた、抜本的な改革が求められていることは明らかである。

1.国と国民の関係

(1) 一票の格差是正と政治・社会教育の充実

民主主義の最も基本的な条件は、国民一人一人が等しい権利を持ってその意思を政治に反映することである。そのため、一票の格差是正は極めて重要な課題であり、人口の増減を把握し、これを速やかに反映する仕組みを早急に実現する必要がある。
同時に、民主主義の本旨を実現するためには、国民一人一人が実際に投票に行くことが必要不可欠である。とりわけ、将来の日本を担う若い世代の「政治」への関心を高めるように、例えば、中学・高校での公民教育を一層充実させ、政治に参加する国民としての社会ルールや社会的責任のあり方を教育していく必要がある。同時に、選挙権・被選挙権の開始年齢の引き下げなど、投票を通じた政治参加を早くから体験させていくことも検討に値する。

(2) 政治寄付を促進する制度整備

投票同様、政治寄付は、国民にとっての重要な政治参加の手段である。また、企業も法に則り、「良き企業市民」としての社会的責任の一端を果たす観点から、応分の支援をすべきである。
現在、主要政党は、党本部収入の大半を公的助成に依存しているが、これは、民主主義の根幹である政党の自立性・主体性の確保の上から、決して好ましい事態ではない。本来政党は、その思想・信条に賛同するものによって支えられるべきであり、民間の自発的な政治寄付の意義を再認識し、これを促進していく必要がある。
日本経団連では、政策本位の政治を実現すべく、政党の政策を評価するとともに、会員企業に対して政策評価を参考にした政治寄付の実施を呼びかけている。また、企業人政治フォーラムの活動を通じて、企業人の政治意識の高揚と個人寄付の促進に努めている。
今後、政治寄付を通じた個人や企業の政治参加をより拡大するためには、公正・透明な形で、政治寄付を行いやすい環境を整備する必要がある。このため、政党は、民間からの寄付を政策立案・推進能力の強化に充てるとともに、その使途を公表すべきである。併せて、政治資金規正法の抜本的な見直しを含め、法制・税制の整備を行うべきである。

(3) 国民の権利と義務

国民の価値観の多様化や個人の権利・自由の拡大につれて、国民の間では、責任を伴う個人主義でなく、無責任な利己主義が蔓延しつつある。また、個人自らが社会に対して主体的に関与し、「公(おおやけ)」を担う気概が失われている傾向もある。
憲法上、権利や自由については個別の規定が設けられているが、義務に関しては、教育の義務(第26条)、勤労の義務(第27条)、納税の義務(第30条)のほかは、公共の福祉とのかかわりの中で付随的に言及されているにとどまる。
一方、国民の権利や自由と公共の関係を律する規範としては、現行憲法第12条において、憲法によって国民に保障されている自由および権利が濫用されてはならないこと、そして、国民は、「常に公共の福祉のためにこれを利用する『責任』を負ふ」と規定されている。また、同じく第13条において、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、『公共の福祉に反しない限り』、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定されている通り、国民の権利も絶対的なものではなく、公共の福祉に反しない範囲、という一定の限定が課されている。さらに、財産権については第29条において、「公共の福祉に適合するやうに」法律で財産権の内容を定めることになっており、私有財産も、正当な補償の下で公共の用に供されることが定められている。しかし、実態としては、例えば、国として必要な様々な公共プロジェクト推進に際して、私権との調整に手間取り、公共の利益の実現に支障をきたしている例もある。
個人の権利、自由が最大限確保されなければならないことは言うまでもないが、戦後の日本社会においては、行政や教育において、権利や自由に重きが置かれすぎてきた側面は否めない。国家が個人の集合体である以上、権利と義務、自由と責任は表裏一体をなすものであることについて、再確認する必要がある。

2.効率的な統治システムの構築

(1) 立法府に関する課題
  1. 衆参両院の役割の明確化
    一般に、二院制のメリットとしては、両院の選挙制度の違いに基づく民意反映の相互補完、慎重な審議の実現、一院による独断独走の抑制、議会解散時の民主的国政運営手段の確保などが挙げられている。しかし、現在の衆議院・参議院の二院制は、そのいずれにおいても意義が不鮮明である。それぞれの院の役割を再設計し、その役割をより実効的に果たすのに相応しい議員の選挙方法、選挙区の決定方法などを検討すべきである。

  2. 閣僚の議院出席義務の緩和
    憲法第63条において、閣僚は「答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」と定められている。もとより、議会に対する内閣の説明責任は必須であるが、この規定により、国会会期中、国務大臣自身が答弁・説明の要請に応えるため、国際会議に参加できないなど、それ以外の重要な業務が停滞するという弊害がある。副大臣制度、政務官制度により、閣僚自身によらずとも一定の説明責任を果たすことが出来る仕組みが整えられた現在、閣僚の答弁・説明義務を緩和すべきである。

  3. 議員立法の活性化
    現在、国会に提出される法案の大半は内閣提出法案が占めている。激変する時代の流れに応じて、国民や企業のニーズを直接反映したダイナミックな政策実現を図るためには、議員立法を一層活性化させるべきである。
    現行の内閣提出法案策定を支える人材である官僚を、省益を代弁しない形で立法サイドへ活用する仕組みを構築するなど、議員立法活性化の基盤を強化する必要がある。

(2) 行政府に関する課題
  1. 省庁再編の総点検
    国は、内外の急激な情勢変化に応じて、長期的な国益を確保しつつ、重要課題に対して機動的かつ効率的に対応を図っていかなければならない。民間企業においては、経済環境やグローバル化の進展などに伴い、全世界的な視点からグループの再編や再構築、組織・権限の見直しなどを進めている。これに対し、わが国の官僚機構を中心とした現行の行政システムは、基本的には明治以来、大きな変更は無い。また、安全保障や危機管理といった、国の基本的な機能へのニーズの高まりに対して、省庁の垣根を越えた対応力の強化が急務となっている。戦後の復興から高度成長期においては、各省庁ごとに細分化された分担に基づく、予算配分と法規制を通じた省益の拡大が、結果として国全体の利益の拡大につながってきた。しかし、バブル崩壊による歳入の減少や、右肩上がりを前提としたシステムの崩壊の中で、国のリストラの断行にあたり、これまでの仕組みは障害にすらなりつつある。その改善のために90年代以降の行政改革論議の中で取り組まれてきた省庁再編や総理のリーダーシップの強化策などが、所期の目的を達成しているかどうか、現行の省庁の在り方を所与とせずに改めて総点検し、必要な改革を断行すべき時期が到来している。

  2. 内閣府機能の強化と省庁縦割りの排除
    先の中央省庁等改革では、総理の「内閣の重要政策に関する基本的な方針」の発議権が内閣法に明記され、内閣官房がその企画立案を所掌し、その事務を補佐するために内閣府が新設され、総理がリーダーシップを発揮し得る体制整備が図られた。
    内閣府には、総合的な政策審議のための諮問機関として経済財政諮問会議、総合科学技術会議などが設けられ、これらの合議体には、それぞれ一定の範囲で民間有識者が参画し、省庁横断的な総合政策形成に効果をあげている。
    しかしながら、内閣府は各省庁からの人材で構成され、また、予算配分権限がないため、最終的な政策執行の段階で従来型の各省庁別の政策に陥りがちであり、期待された総合調整機能は未だ十分に機能するには至っていない。従って、例えば、総合的な安全保障に係る分野など、省庁横断的な対応が必要とされる重要分野については、政策の企画立案から予算要求に至るまで、総合的な観点から内閣府が政策執行できるような体制を整え、総理が掲げる政策方針を機動的に実現し得る仕組みを強化すべきである。
    また、内閣の閣僚は、憲法第68条に規定されているように、総理によって任意に罷免され得る存在であることを踏まえ、各省庁の代表ではなく、総理のリーダーシップの下に行政事務を分担しているという認識を基本に、行政権を行使すべきである。

  3. 公務員制度の抜本的な改革
    公務員制度改革大綱(2001年12月25日閣議決定)において、2003年中を目標に国会に提出するとされた国家公務員制度改革関連法案は、関係者の合意が得られず、法案の国会提出の目途が立たない状況が長く続いている。
    これまで明らかにされた改正法案の中身は、もっぱら能力等級制の導入と再就職管理の適正化が柱とされているが、それらだけでは、国益よりも省益の追求を優先する国家公務員の意識や行動原理を根本から変えるものとはならず、あくまで改革の一歩に過ぎないと考えられる。
    中央省庁等改革の総仕上げと位置付けられる公務員制度改革をこれ以上遅らせるべきではない。政府は、徹底的な情報公開の下で、納税者の視点を踏まえつつ、早期に抜本的な公務員制度改革に向けた検討体制を整備するとともに、法案の策定作業を急ぐべきである。加えて、地方公務員制度の改革についても同時並行的に議論していく必要がある。

  4. 政治任用、民間人登用の拡大
    与党と政府の連携を強化するため副大臣・政務官制度が導入され、また、府省間の人事交流や、官民交流制度、任期付任用制度の導入などによる公的部門と民間部門の人的な交流の取り組みも始まっているが、いずれの制度も未だ真価が発揮されるに至っていない。官民の各種人事制度の差異の解消など、一層の交流促進に向けて制度的に整備すべき課題が多く残されており、改善が必要である。
    政治任用に関しては、その範囲を一層拡大し、人事面における総理のリーダーシップを強化すべきである。さらに、民間部門などでの多彩な経験を持つ優秀な人材を積極的に公的部門に登用することにより、固定観念や前例主義に囚われない政策運営を図るべきである。一方、民間部門においても、政策立案に係る人材育成や人材のプール制度などで、その下支えを強化する必要がある。

  5. 行政における法治主義の徹底
    行政分野における法治主義の徹底のためには、明確なルールに基づく行政の実施(裁量行政の排除)、アカウンタビリティとディスクロージャーの一層の推進が必要である。行政機関が制定する政省令、告示、通達などの行政立法に関しては、行政手続法の改正法案が2005年の通常国会に上程され、いわゆるパブリック・コメント手続の法制化が実現する見込みである。同法の施行により、行政機関並びに国民や企業は、従前にも増して、パブリック・コメント手続の活用を図り、行政立法の公正性、透明性の向上に努める必要がある。
    また、行政府の内部自律的な行政評価システムとして、政策評価システムが導入され、各省庁や総務省などによる複層的な政策評価が始まっている。しかし、現行の制度は、評価の妥当性を外部の専門家が容易に検証できるような十分な情報提供がされていないなどの問題がある。こうした点の改善を図り、政策評価の実効性、迅速性を高めていく必要がある。

(3) 司法府に関する課題

憲法の立法意図を尊重するためには、行政による判断ではなく、司法制度を通じた法治主義の貫徹が欠かせない。にもかかわらず、これまで最高裁は、いわゆる統治行為論に基づき、高度に政治性を持つ法律問題に対し違憲審査を自制する姿勢を示してきた。このため、最終的な憲法判断を下すことが出来る唯一最高の機関である最高裁判所は、その違憲立法審査機能を十分に果たしてこなかった。とりわけ、現行制度の下では、具体的な訴訟が提起されなければ違憲審査が行われず、範囲が限定されている。そのため、行政部局である内閣法制局が憲法解釈を行い、実質的に政府見解を拘束してきた。司法による判断を充実させるためにも、具体的な事件や争訟がなくとも法律などが憲法に合致しているかどうか判断できるように抽象的違憲審査権を付与するなど、最高裁における違憲立法審査機能の強化を図るべきである。
また、法治主義徹底の観点からは、通常の各種裁判手続が迅速に行われ、違法状態の早期是正や権利侵害などに対する迅速な救済を実現することが不可欠である。

(4) 国と地方の関係

社会が豊かになるにつれ、国民一人一人の生き方や生活ニーズが多様化しており、中央政府による行政サービスの画一的な提供では不十分な側面が出ている。これからの中央政府は、外交・安全保障、地球環境・エネルギー問題など、国全体として整合的・一体的に取り組むべき課題に集中して政策資源を投入し、国民生活や企業活動に密着したインフラ整備や住民サービスについてはできるだけ受益者に近い地方の所管とすべきである。その際、地方行政の肥大化や都道府県の縦割り行政を回避するため、地方レベルにおいて、官と民の役割分担の考え方に基づく行政サービスの整理削減や効率化を図ることが重要である。
併せて地方行革の観点から、ある程度の規模に地方公共団体を再編する必要があり、市町村合併の推進や、複数の地方自治体が共同で行政サービスを提供する一部事務組合の活用を強力に推進すべきである。将来的には、州制の導入も視野に入れ、さらなる行政主体の広域化を図ることも検討に値しよう。

第VI章.政策別の重要課題

前述の外交・安全保障、憲法に関する課題、統治システム以外にも、企業や国民の日々の活動に係わる国の基本問題は数多く存在する。様々な環境変化の下で、同時並行的にこれらの問題を解決することも喫緊の課題である。日本経団連では、既に主要政策ごとに、各々の委員会において提言、要望を行っているところであるが、本章では、それらの提言を踏まえつつ、特に国の基本に係わる問題である教育問題、少子化問題、科学技術政策、国・地方の財政問題、エネルギー・環境・食料問題について基本的な考え方を示す。

1.教育問題

(1) 現行の教育の問題点

わが国の戦後の教育は、国民に平等な機会を提供し、全国共通の内容を教えることで、基礎的な学力水準の高い国民を産み出し、わが国の成長を支え続けてきた。しかし、21世紀は、異なる価値観や文化、伝統などを有するさまざまな国や人々との間で、国際的な競争を展開する時代であり、多様な価値を創造する力が求められる。こうした時代の変化に的確に応え、均質な人材の育成を目標とする教育から脱却し、学力面では世界のトップクラスを目指すとともに、個人の個性や能力を伸ばす教育へ、「多様性」「競争」「評価」を基本とした大胆な改革を行う必要がある。
戦後の教育の成功体験に安住した結果、国は、時代の変化に対応した大胆な改革に踏み出していない。公教育は公立学校が担うという考え方のもと、私立学校は補完的存在とされ、学校経営や教育ノウハウのある者の参入を拒んでいる。また、教育の質にかかわらず教育予算が配分されるため、社会のニーズに対応しないまま学校が存続している。OECDの学習到達度調査結果などから明らかなように、わが国の子どもたちの学力は低下傾向にあり、教える力(教育力)の低下も顕著である。子どもたちの塾通いも常態化しており、塾や予備校の存在なしには、学校の授業が成立しないような状況に立ち至っている。
また、日本人として備えておくべき基本的な教養に関する教育も不十分である。グローバル化の進展により、諸外国の人々と交流する機会が増える中、自国の伝統・文化・歴史を学ぶことを通じて国を愛しむ心を持つことは、国際人として不可欠の要件であるが、戦後、これらの教育は遠ざけられてきた。
さらに、いじめや学級崩壊、青少年の生活態度の乱れなどに見られる通り、人間としての基本的な倫理観や道徳観が低下している。学校教育以前の問題として、基本的なしつけや生活習慣、倫理観を身につけることが必要であるが、家庭や地域社会がこれらを学校任せにしてきた点も大きな問題である。

(2) 教育改革の方向性

次世代の国づくりを確実なものとするには、わが国全体の教育力を向上させていく必要があり、以下の点について大胆でスピード感のある教育改革を断行しなければならない。

  1. 多様な主体による教育への参入
    現在、小中学校の在学者の9割以上が公立学校に在籍している。公立学校では、ほぼ同一の方法で標準的な内容を教えることが期待されているため、独自色の強い教育を実践することは難しい。多様な教育を実施するためには、私立学校の比率を高めるほか、公設民営型学校の促進や株式会社立学校、NPO立学校などによる学校の設置・運営を促進し、教育の質の向上に向けて相互に競争、切磋琢磨する必要がある。
    そのためには、学校の設置者を国と地方公共団体、学校法人に限定した教育基本法第6条、学校教育法第2条を改正すべきである。

  2. 生徒の選択結果を反映する補助
    社会のニーズに応えた質の高い教育を行っている学校に、予算を重点的に配分しなければならない。そのためには、生徒の選択結果を反映して学校への補助金を交付するバウチャー制度が有効と思われる。
    例えば、初等中等教育では、児童・生徒や保護者に教育バウチャーを渡し、通学する学校を選ぶ権利を与えるようにすれば、多数から支持された学校に多くの補助金が配分され、社会や教育の受け手のニーズに合致しない学校は、自然淘汰されることとなる。
    併せて、これからの教育予算のあり方を検討する上で、私学への助成根拠を明確にする観点から、法的な見直しを行うべきである。

  3. 時代の変化に適合した教育内容
    優れた人材の育成には学校の教育力の向上が不可欠であるが、何を子どもたちに教えるかという問題も極めて重要である。21世紀のグローバル社会において、日本人はこれまで以上に国際社会において積極的に役割を担っていくことが求められる。国際社会で活躍するためには、国際人である前に日本人としての素養をしっかりと身につけていることが必要である。こうした観点から教育内容を見直す上で、教育基本法の見直しが求められる。
    第一に、戦後の教育で不十分であった日本の伝統・文化・歴史に係わる教育を充実させることである。郷土や国を誇り、他国の人にも魅力ある国にしようという気持ちを育むための教育である。また、戦後の教育では個人の権利の尊重に重きが置かれてきたが、その結果、権利のみを主張する無責任な利己主義の弊害も見られることから、権利と義務は表裏一体であることを教育の中でも強調していく必要がある。こうした点を、教育基本法に示された教育理念の中に盛り込むべきである。
    第二に、政治に関する教育である。現在の教育では、有権者としての権利を行使することなどの重要性を十分教えていない。従って、教育基本法に、政治に関する教育の重要性を追記すべきである。
    第三に、宗教に関する教育である。自然や生命に対する畏敬の念を育むことや、異文化理解の素地となる宗教に関する知見を深めることの必要性が高まっている。しかしながら、公立学校の教育現場では特定の宗教のための教育を行わないとする教育基本法の規定に基づき、宗教に関係するあらゆる行為を排除するという極端な運用がなされるケースがある。従って、教育基本法の中で、社会生活における宗教の持つ意味を理解することの重要性をより明確に示すべきである。
    このほか、国が、教育内容の方向を示すことについての正当性を明らかにすることが必要であり、条文解釈をめぐる教育現場での混乱を解消することが望まれる。

  4. 組織的な学校管理・運営と評価
    教育主体の多様化、教育予算や教育内容面での改革が、教員や学校の教育力向上に結びつくためには、教員や学校の取り組みに対する評価を徹底することが不可欠である。特に、高等教育機関においては、研究のみならず教育にも注力することが求められ、教育への取り組み実績についても評価する必要がある。こうした観点から、教育基本法に、高等教育機関における教育機能の重要性について新たに規定を設けるべきである。
    また、学校運営にあたっては、外部ノウハウ・人材を積極的に活用することが求められる。このほか、教員に関する問題として、教育基本法に教員の自己研鑽努力義務を規定するとともに、教職員組合が職場環境、待遇の改善などの活動に徹することを期待する。

  5. 家庭や地域の役割
    教育の基本は家庭であり、基本的な生活習慣、基本的倫理観などを身につけさせるのは保護者の義務である。また、児童、生徒、学生や保護者など教育サービスを受ける側が、学校と協力して教育を良くしていこうという姿勢も必要である。さらに、家庭でのしつけを補う上でも地域社会の果たす役割は大きいこと、産業界が学校と交流・連携することを通じて教育の質を高めることも求められることから、教育基本法に、家庭教育の重要性や学校、家庭、社会の交流・連携の重要性、教育を受ける側の責務を規定することが望まれる。

2.少子化問題

安心・安全、持続可能な繁栄、国際社会への主体的な関与等々、いずれの国家目標の達成にあたっても、今後のわが国の少子化問題は大きな影響を与える。少子化を問題と捉えるのか、前提条件として捉えるのかも含め、今後のわが国が抱える最も大きな課題として、あらゆる面からの検討が必要である。

(1) 労働力人口の長期減少

わが国の合計特殊出生率は、人口減少の分水嶺である2.1を割った1974年以来、すでに30年以上にわたって低下が続いており、直近(2003年)は1.29まで落ち込んだ。これに伴い、総人口は2006年にピーク(1億2,700万人)を迎えた後、以降は継続的に減少を続け、今世紀末には6,400万人と半減が見込まれている。総人口が減少する中にあっては、労働力人口の減少も避けられない。日本経団連の推計によれば、労働力人口は2003年の6,316万人から2050年には4,161万人と、50年弱で2,000万人以上減少する。
わが国は、いまだかつて経験したことのない人口減少社会に突入する。国の持続的な成長のために最低限必要とされる労働力を安定的に確保していくとともに、少子化世代においても繁栄と豊かさを実現できる国家となるよう、短期、中期、長期の政策を効果的に組み合わせていかねばならない。

(2) 女性や高齢者の一層の活用

中長期的に安定的な労働力を確保していくためには、現在、有効に活用できていない女性、さらに高齢者をいかに活かしていくかが鍵になる。特に女性に対しては、「仕事か育児か」といった二者択一を迫ることなく、社会進出を支援することが、結果的に少子化対策にも繋がる。年齢・性別を問わず、それぞれのライフスタイルに応じた柔軟な働き方が可能となる社会的仕組みを構築する必要がある。

(3) 少子化対策の拡充

同時に、より本質的に問題を解決するため、少子化対策に取り組まねばならない。政府は90年代から、育児休業法の策定やエンゼルプランなど、種々の少子化対策に取り組んでいるものの、出生率は依然として減少し続けている。個人の価値観やライフスタイルの多様化により、少子化に直接効果がある政策の最適解を見つけるのは困難であるが、従来型の就業形態や家族の価値観を前提とした政策にとらわれない柔軟な政策メニューを用意すべきである。育児施設の拡充や就労システムの見直しとともに、まず、出産や育児に伴う経済的な負担の軽減に重点を置き、育児休業手当ての充実、育児コストの軽減、教育コストの軽減といった経済面での措置について、財源配分の見直しを通じて、公費を重点的に投入することも重要である。

(4) 外国人労働者の受け入れ

また、少子化の影響を軽減するとともに、わが国経済社会の活力の源として多様性によるダイナミズムを高めるため、質と量の両面でのコントロールや外国人の人権擁護などに配慮しつつ、外国人の受け入れを進めるべきである。そのためにも、専門分野における受け入れの円滑化や、社会保障協定の締結などにより、オープンで柔軟な労働市場を確立しなければならない。同時に、不法滞在者の対策なども強化する必要がある。

3.科学技術政策

(1) 科学技術創造立国の重要性

戦後の経済成長の過程と同様、資源に乏しいわが国が将来にわたり持続可能な繁栄を実現するためには、科学技術の発展を国の糧として位置付けていく必要がある。科学技術の発展は、わが国の国際競争力の源泉であると同時に、エネルギー・環境問題といった人類共通の問題を解決する上での鍵であり、国際社会に対する貢献の鍵となるものである。
さらに、外交・安全保障面においても、高度な技術力の保持は、国の優位性を確保するとともに潜在的な抑止力としても機能する。
政府においては、科学技術基本法に基づく科学技術基本計画を通じて、科学技術水準の向上による経済社会の持続的発展に向けた種々の施策を講じている。現在、第3期基本計画に向けた検討が始められているが、科学技術創造立国の実現に向けて、引き続き、国として優先的な資源配分を進める必要がある。

(2) 科学技術政策の一層の強化に向けた今後の課題

科学技術政策における国の役割は、民間企業がカバーできない長期、巨大な研究開発プロジェクトの推進であり、国が技術安全保障上、保持しなければならない技術の維持発展である。また、科学技術を産業へと結びつけ、国の繁栄を図るための基盤を整備することである。さらに、技術交流を通じた関係強化の観点から、科学技術面における国際間の連携を強化していくことである。とりわけ、わが国としては、中国や東アジアにおけるエネルギーや環境関係技術での連携を通じて、予想される東アジア地域におけるエネルギー・環境問題の解決に向けたリーダーシップを発揮していくべきである。
わが国ではこれまで、平和主義の観点から、防衛関連の科学技術と他の科学技術とを区分して扱う傾向にあった。今後、国家目標である国際社会への主体的な関与という観点から、科学技術面においても防衛、民生の垣根を超えて、国民の安心・安全の確保や国際平和の実現につながる取り組みを進めるべきである。これに関連し、最先端技術の防衛目的での活用を制限している宇宙の平和利用原則や武器輸出三原則は、わが国の先端科学技術発展の観点から、見直しやさらなる緩和が必要である。
また、科学技術の発展を支えるのは言うまでもなく優秀な人材である。急激な少子化の中で、国や産業の将来基盤を支える重要分野における人材育成の強化を図る必要がある。産学官連携を強化し、人材や情報の国際交流を通じて、技術系人材の教育システムの改革を急ぐ必要がある。
さらに、産業の国際競争力の強化を図るために、戦略的な知的財産政策を推進することが求められる。わが国発の技術の国際標準化によって、競争力を高めて行く上でも、知的財産権の扱いは重要な課題である。

4.財政の持続可能性の確保

(1) 財政破綻の危機

現在、わが国の国・地方の長期債務残高はGDP比で1.4倍を超え、先進諸国において突出した危機的な状況にある。今後、高齢化の急速な進展による社会保障給付の増大、歳入の伸び悩み、成長率の低下などを受け、日本経団連の試算では、2025年の政府債務残高はGDPの5倍近くに達し、事実上デフォルト状態に陥る危険がある。仮にそうなった場合、金利の高騰、インフレ、大幅な増税が余儀なくされ、わが国財政は自由度を失い、政策運営は不可能となり、国家目標の達成は画餅に帰すこととなる。財政の健全化は、将来の問題ではなく、直面する国の基本問題であり、持続可能な豊かさを実現するための前提であるという点を強く認識しなければならない。
かつて赤字財政の代表国の一つであったイタリアは、EUの財政規律協定を受け、財政悪化に一定の歯止めがかけられ、政府債務残高のGDP比も1.2倍程度と、日本よりもはるかに健全な状況にある。わが国においても、憲法に財政規律に関する規定を置くなど、一定の歯止めに係る制度整備を検討する必要がある。

(2) 改革の方向性

財政の持続可能性を確保するためには、歳出の徹底した抑制、歳入強化策、財政の拠って立つ経済の安定的成長の三つの改革を同時並行的に進めなければならない。

  1. 歳出抑制に向けた改革
    歳出改革における最重要課題は社会保障制度改革である。急激な高齢化の結果、2025年度の社会保障給付費は2004年度の1.8倍にも増大すると予想されており、財政の悪化のみならず、企業負担の増大や国民負担率の増大につながり、活力の低下、税収の減少を招く。「自立・自助・自己責任」を社会保障の原則としつつ、年金、医療、介護の各制度について、公的保障の範囲見直しなどを進めるべきである。また、地方財政は、現在、国庫補助負担や地方交付税交付金といった国から地方への巨額の財政移転により賄われており、地方のコスト意識の希薄化と同時に、特色ある自治体づくりや創意工夫による行政効率化の妨げとなっている。まず、国と地方の役割、事務区分、財政責任の明確化、国・地方の公務員数の徹底的な削減を進め、同時に税源の移譲を含む見直し(いわゆる三位一体改革)を図るべきである。その際、地方の行政サービスは、その受益者である住民自らが受益と税負担に照らして選択することを原則に、地方税制改革を同時に進める必要がある。

  2. 消費税拡充による歳入の確保
    少子・高齢化、低成長といった制約の中で、わが国が国際競争力を維持していくためには、景気や国際競争力に直接的な影響を与える個人所得税、法人税の引き上げの余地はない。経済成長への影響を極力抑えつつ、歳入確保による財政の再建を進めるためには、欧州諸国に見られる通り、消費税の拡充が最も有効な手段である。第一段階としては、2007年度頃までに10%程度にまで引き上げ、その後も段階的に引き上げ、欧州並みの税率とする必要があろう。

  3. 経済成長に向けた政策
    財政の持続可能性を回復・維持するための最善の方策は、いうまでもなく経済成長とこれに伴う歳入の確保である。財政再建は国の重要な基本問題であるが、併せて、将来の成長の芽を涵養することも忘れてはならない。他章で述べた通り、科学技術政策や少子化対策といった、重要政策を同時に展開しつつ達成されるものでなければならない。

5.エネルギー・環境・食料問題

(1) わが国にとってのエネルギー・環境問題

わが国の一次エネルギーの自給率は僅かに4%、原子力を国産エネルギーとみなしても20%程度に過ぎない。(2000年ベース。国際エネルギー機関調べ)
また、一次エネルギーの約半分は石油の輸入に依存しており、うち9割近くを政情の不安定な中東に依存している。World Energy Outlook 2004によると、今後の見通しとしては、2002年から2030年までの間に、わが国では少子化や省エネの進展により、エネルギー需要はほぼ横ばいの傾向が見込まれる一方、中国の需要は倍増することが見込まれるなど、東アジアを中心とした大幅な増大が予想される。わが国は、エネルギー面において、どの先進諸外国よりも脆弱な環境下に置かれているという点を改めて認識した上で、国民生活や産業の基盤として、総合的なエネルギー国家戦略を構築・推進していく必要がある。また、京都議定書の発効を控え、地球温暖化への本格的な対応も一層重要性を増していく。エネルギー・環境問題に関しては、安定供給の確保、環境適合性、経済性という三つの課題の同時解決を念頭に取り組む必要がある。また、エネルギー源やその供給源の多様化を進めることで過度の集中によるリスク回避を図るべきである。

(2) 今後のエネルギー・環境政策における課題
  1. 東アジアを中心とした国際的な枠組み強化
    エネルギー・環境問題は、国内問題ではなく人類共通の問題であるという観点からの取り組みが重要である。昨今の東シナ海における中国による天然ガス開発に見られる通り、各国の急激な需要拡大に伴い、エネルギー問題は国益のぶつかり合いとしての性格をますます強めていく可能性がある。わが国としては、エネルギー安全保障の観点、また国際平和の維持の観点からも、中国を含む東アジア諸国との間で、エネルギー備蓄や資源開発、技術協力などを通じた積極的な連携を進めていく必要がある。

  2. エネルギー・環境技術への取り組み強化
    わが国の自立を支えるエネルギー自給率の向上と環境との融合を図る最も重要な方策は、技術開発である。特に、安定供給、環境への適応の両面に優れた基幹的準国産エネルギーである原子力については、核燃料サイクルも含めてさらなる活用が必要である。さらに、水素社会の構築に向けた取り組み、風力・太陽光発電、バイオマスといった新エネルギー、クリーンコール・テクノロジー、メタンハイドレートの活用など、エネルギー・環境分野に係る総合的な研究開発を展開すべきである。また、省エネルギーに係る技術開発も、環境への対応と同時に、間接的なエネルギーの創出であるとの観点から取り組みを強化すべきである。エネルギー・環境分野において世界最先端の技術を維持・発展させることは、わが国の安全保障上の優位性を高めるとともに、それを国際的に活用することにより、人類共通の課題に対する積極的な貢献を果たすことにつながる。

  3. 民間の取り組みを重視した政策展開
    エネルギー・環境問題は、最終的には、エネルギーの最終消費者である個々人の意識改革が鍵を握る。国家の役割は、国民や企業の自由な活動に必要なエネルギー源を安定的に供給するための環境整備であり、また、エネルギー・環境問題の重要性を周知し、民間の取り組みを支援していくことである。一国内での規制的な手段や税制では、何ら本質的な解決につながらないばかりか、国際競争力の低下などを招きかねない。

(3) 食料の安定供給の確保

エネルギーと並んで、食料の安定供給の確保は国民の生命維持と生活の安定にとって不可欠である。
わが国はカロリーベースでみて食料の6割を海外に依存する世界最大の食料純輸入国であり、平素より国内生産の競争力向上と輸入・備蓄、国際協力を適切に組み合わせることで、食料の安定供給の確保を図っていく必要がある。
このため、国内農業については、農業従事者の高齢化による退出の増加、深刻な後継者難、耕作放棄・不作付地の増加など危機的な状況を克服するため、意欲ある担い手への農地の集積と施策の集中化など、構造改革の加速化を急ぐ必要がある。EPAへの対応を含め、健全な競争力のある国内農業と自由な国際通商体制との両立を図る観点から、国境措置による保護ではなく、欧米と同様に国内対策として対象を絞った担い手への直接支払の導入に取り組む必要がある。
また、有事の際の食料確保は、国家が行う危機管理政策、有事法制の一環として位置付けて検討する必要がある。

おわりに

本報告書では、内外の環境変化に対し、戦後のわが国を支えてきた枠組みの問題点を指摘し、基本理念に基づく新たな国家目標を提示するとともに、その基本理念、国家目標の実現のために必要な基本的課題として、外交・安全保障、憲法、統治システムおよび国の基本に係る重要政策ごとの課題について概観し、基本的な方向性を示してきた。
新たな世紀を迎え、すでに4年の歳月を経た。
激変する内外の環境の中で、わが国は、過去経験したことのない数多くの難題に直面し、これに取り組み、また、国際社会においても、これまでに無い幅広い国際協力、貢献活動を進めている。
我々経済界は、これらに加え、さらに、外交・安全保障や憲法を中心とする国の基本問題に取り組むことを期待する。そして、その取り組みは、ここ数年内に着実に実を結ばなければならない。
その理由の第一は、漸く、わが国経済の先行きに明るさが見えてきたが、中長期的にはわが国を脅かす危機や発展を支える基盤への懸念材料があり、戦後の基本的な枠組みが限界を迎えている点である。今後の少子化・高齢化の進展を考えれば、わが国は今こそ中長期的道筋をつけておく必要がある。
第二に、与野党、衆参両院において、国の基本問題への取り組みの気運が高まっており、世論調査などでも憲法改正に対する国民の意識が高まっている点である。初の憲法改正の実現のためには、国会議員三分の二の発議と国民投票が必要となる。国民が必要と判断したときに、適切な改正が可能となるような仕組みをこの機を捉えて整えておくことを最優先すべきである。
第三に、世界情勢の激変に呼応してわが国の基本的枠組みを一刻も早く整備しないと、国際的な信頼を損ないかねない。同盟国、国連との協調はもとより、近隣諸国との関係を確固たるものにしていくためには、わが国が進むべき基本的方向性を早急に内外に明確に宣言しなければならない。
本報告書で取り上げた課題以外にも、国の基本的方向性に係わる政策課題は数多い。
日本経団連としては、本報告の理念や国家目標を基礎として、企業を取り巻く諸課題について、一層、取り組みを強化していく。

以上

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