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医療制度のあり方について

〜制度存続のための公的給付費の効率化・重点化〜

2005年5月17日
(社)日本経済団体連合会

社会保障制度は経済社会の基盤の上に成り立っており、制度を持続可能とするためには、経済と整合的な制度を構築していくべきである。さらに、社会保障制度は、相互の支援によって国民の幸福の実現をめざすものであることから、その持続可能性を確保することは最も重要な課題である。その制度が今、高齢化の進展等により破綻の危機に瀕している。破綻を未然に防ぐために、公的給付費についての効率化・重点化を一刻も早く推進しなければならない。日本経団連の試算では、増税・制度改革を行わない場合、2025年度に、潜在的国民負担率が115%、政府長期債務残高が対GDP比478%になり、経済・財政は破綻状態となる。
そのため、現在、経済財政諮問会議や社会保障の在り方に関する懇談会では、社会保障給付費の伸びをマクロの経済指標等にあわせて目標設定し、管理することについての議論を行っている。
日本経団連は、昨年9月12月の意見書 <PDF> で、社会保障制度の一体改革の必要性と、公的給付費に目標値を定めたうえで、改革工程を明確にして短期及び中長期の改革を進めるべきである旨を提言している。本意見書では、特に喫緊の課題である公的医療保険給付費の効率化・重点化を推進するための考え方を提案する。

1.効率化・重点化の必要性
〜歯止めのかからない公的医療費の増大〜

(1) 公的医療保険に関する現状認識

わが国の公的医療保険は国民皆保険とフリーアクセスという特徴を持ち、その給付費の多くを現役世代からの保険料等で賄う仕組みにより、国民の健康を高める効果を果たしてきている。しかし、この手厚く給付する仕組みが、高齢化の進展、ライフスタイルの変化に伴う疾病構造の変化などによる医療費の増大により、制度そのものの存続の危機を招いている。
そもそも医療における情報の公開は遅れており、様々な観点から増大する医療費の検証が行われてこなかったことも、この危機を招いた大きな要因である。
この危機に直面し、公的医療サービスは、通常の市場原理による効率化(需給バランス、競争原理、生産性向上等)が極めて効きづらいという大前提に立ち、対策立案の本質を考えていかなければならない。
給付費の抑制のために、国は老人医療費の伸びの適正化「指針」を出しているものの、強制力がなく、医療給付費の総額を抑える効果は未だに不明である。また、保健事業を推進し、医療費を適正化するために各都道府県に「保険者協議会」を設置することについても、効果は未知数である。
このままでは、増大する医療給付費に対し、保険料負担・税負担といった国民負担が増大し続けていくことになりかねない。これ以上の国民負担の増大は限界が見えており、抜本的に公的医療保険の給付費の効率化、重点化を断行することが課題となっている。

(2) 伸び率を抑制する効率化・重点化策の推進(基本的な考え方)

公的医療保険制度が現役世代の負担により成り立っている以上、公的給付費については、現役世代の支払能力の指標である名目GDP成長率を基軸にして伸び率を抑制することが重要である。支払能力を超えて公的給付費が伸びていけば、制度は破綻する。
日本経団連の試算では、2025年度において、非改革ケースと改革ケースの給付額(名目)を比較すると、医療については2割程度の抑制が最低限必要となる(改革ケースでは一定の歳出抑制と消費税率の引上げが前提)。特に、2010年度までの間は、高齢者層の急増に伴う公的給付費の大幅な増加に耐えられるように大きく抑制しなければ、制度は持続可能とならない。
また、公的給付費の伸び率を抑制する方法には、唯一の切り札はなく、経済的誘導や規制の見直しなど、様々な施策を結集し、実効性ある効率化・重点化策を確立することで、公的医療保険制度の持続可能性を担保しなければならない。その際、例えば、医療の標準化や医療資源の適正配分など効率化・重点化により、安心で安全でかつ質の高い医療の提供と両立させるべきであることは言うまでもない。

2.公的医療保険給付費の効率化・重点化への取り組み
〜経済の伸びと整合的な公的医療費の運営推進〜

(1) 効率化・重点化策の全体スキーム

  1. 経済・財政の中長期目標と社会保障給付費の中長期目標の設定
    一定の経済前提から、「2010年代初めにプライマリーバランスの黒字化を達成する。将来の潜在的国民負担率を高くても50%程度にする」ために、慎重な経済見通しに立って、政府全体の歳出抑制及び歳入増の目標を設定する。それに基づき、社会保障給付費全体の到達目標、さらに、個別制度ごとの到達目標を設定する。
    社会保障給付費等の到達目標を設定するにあたっては、中長期の名目成長率を基軸に設定する。

  2. 個別制度ごとの目標設定と実施計画の策定(PDCAサイクル)
    公的給付費の到達目標については制度を詳細に分解し、課題ごとに設定すべきである。そして、目標を達成するための具体的対策を立案し、各々について達成時期、手順を決める(Plan)。各対策を実行し(Do)、取り組み状況、成果を把握して評価。未達成分野については、要因を見極めて対策を立てて(Check)実行する(Action)。その結果をみて、次の目標と計画を立てるというサイクルを毎年ローリングしていくことが必要である。さらに、課題ごとにPDCAをまわした結果について、個別制度全体にフィードバックし、必要に応じて、新たな到達目標と具体的対策を設定する。
    こうしたスキームを制度に組み込み、実施主体(国、地方公共団体、保険者、医療機関、国民)が、効率化・重点化のための計画を自ら策定し、その取り組み状況を公表する必要がある。

(2) 個別課題ごとの目標の設定 <別紙1・2参照> <PDF>

上記のマクロ目標と整合的になるよう、個別課題ごとに、5カ年(あるいは10カ年)の到達目標を設定する。PDCAのサイクルをまわす中で、整備された各種データや医療の標準化の成果を踏まえ、個別課題ごとの目標設定も精緻化する(5年間を目途に精緻化)。
効率化関連の課題(平均在院日数の短縮、外来受診回数の適正化等)は、国内で効率的に行っている地域、保険者や医療機関の比較可能なデータ、または外国との比較可能なデータを踏まえて、一定期間で全体(あるいは一定割合)がトップに追いつくものとして目標を立てる(トップランナー方式の導入)。
一方、重点化関連の課題(公的医療保険の守備範囲見直し、高齢者の一部負担割合の引上げ等)については、効果の概算が可能であり、即効性があるため、迅速に実現する必要がある。したがって、最初の5年間においては、この対策を中心とすべきであり、世代間の不公平を助長しないためにも、早期の実施が不可欠である。

(3) 実施計画の策定

  1. 個別課題の達成手法と実施計画の策定
    個別課題の目標を達成するためには、国を中心に様々な施策をパッケージ化し、毎年どこまで達成するかの目標を立て、それに要する費用概算を列挙するとともに、実施主体(国、地方公共団体、保険者、医療機関、国民)を明確化することが必要である。
    入院日数の短縮を例にとれば、当該年度の目標を数値化して、入院費包括払いの推進、病院病床の機能分化、食費・居住費の自己負担化、介護保険との連携及び在宅医療の推進など関連施策を講ずる。その際、国(厚生労働省)、地方公共団体、保険者、医療機関等の具体的役割も明記する。

  2. 毎年の評価実施と施策のフィードバック
    国及び各実施主体は、毎年の到達目標と達成度合いを公表する。そして、自ら評価を行い、達成していない部分については、その要因を分析・明確化し、翌年の施策に織り込むように、PDCAのサイクルをまわすことにする。

(4) 計画の実効性を確保するための事後調整措置

目標未達成の場合の費用負担・調整ルールを予め定めておくことは、計画の実効性の確保に資することから、必要不可欠であり、中長期的な課題としてルール化を検討すべきである。
現段階で取り得る施策としては、諸対策を推進・強化することが中心となる。保険料・自己負担の引上げ、公費配分の見直し、公的保険給付の範囲見直しなどの他、診療報酬にメリハリを効かせて全体水準を適正化することも検討する必要がある。

3.公的医療保険給付費の効率化・重点化のための基盤整備
〜検証・分析を前提にした対策推進の環境づくり〜

効率化・重点化のためには、国民一人ひとりが自分の健康に責任を持って増進するという意識改革を促すことが必要である。食事、睡眠、運動、喫煙等といった生活習慣を見直すことにより、個々人の健康づくりや医療機関の適正な利用などの責務を果たすことが求められる。その際、疾病予防、とりわけ健康づくりに積極的に取り組む者とそうでない者とは、医療保険制度上、差異を設けることも検討に値すると考える。
また、生涯にわたる健康づくりの観点からは、家庭や学校における教育を通じて、健康づくりの習慣や知識を身につけていくことがとりわけ重要である。
その上で、前述の計画の実効性を確保するには、次のような共通の施策、基盤を整備することが必要である。

  1. 保険者機能の発揮・強化
    保険者機能の発揮は、様々な効率化策の実現のカギとなる。例えば、そもそも医療を必要としないよう、被保険者に対する健康づくり運動などの健康増進活動、疾病予防活動の充実が重要である。また、レセプトをはじめとする医療内容のチェック、被保険者等に対する様々な情報提供、優良な医療機関との直接契約などの機能発揮・強化が必要である。そのためには、保険者の再編・統合、拠出金の廃止によって、組織的、財政的に基盤を強化して保険者の自主性・自律性を高めることが不可欠である。さらに、民間事業者等への外部委託化を積極的に図るなど医療資源の有効活用や、直接契約における地方の社会保険医療協議会の審議を不要にするなどの規制改革が求められる。
    特に、制度改革により、保険者・被保険者に負担と給付の関係を実感できるようにすることが重要である。保険給付費の一定割合について公費や拠出金により補助が行われている場合、国費等の配分方法の見直しにより、保険給付費の多寡が保険料に反映される制度にすべきである。

  2. 医療の標準化に基づく「包括払い」「評価」「競争」の促進
    医療の標準化は、診療報酬の包括払い化の基礎となり、また、保険者等が医療機関の医療の効率性と質を評価する尺度となるため、国は早急にこれを進めるべきである。このため、国は、ITも活用して、疾病別・病態別の医療費データの収集・分析を早急に開始する必要がある。標準化と平行して、最も効率的に医療を行った場合をベースにして、入院・外来を問わず、疾病別・病態別の包括払いにすることを原則とすべきである。
    こうした取り組みにより、保険者等による医療機関の医療行為の効率性や質的チェックが強化される。
    診療報酬については、医療機関の機能や医療サービスの質に応じたものにするとともに、政策誘導や経営保証的に導入されたものを見直し、国民にわかりやすい簡素な体系化を図るべきである。

  3. 目標と整合的な提供体制づくり
    現在、地域医療計画については、疾病の発生率や、在院日数、治癒率など、様々な指標を設定して、医療費の効率化と質の確保を目的とした取り組み・検討が始まっている。こうした地方レベルの目標は、トップランナーである地域の数値も踏まえて、地方公共団体が国全体の目標と整合的に設定し、保険医療機関・医療従事者の数量適正化や、健康増進活動の推進などに取り組んでいくべきである。
    保険医療機関等の数量適正化のためには、患者から選択される医療機関が保険医療機関として存続できる環境を整えることが必要である。具体的には、保険者等による医療機関の評価結果について被保険者への提供が求められる。また、広告規制は、ネガティブリスト化して、例えば、治癒率、生存率、再入院率等の情報提供を可能とすべきである。患者の選択に資する医療情報(例えば、医療機関間の連携等)については、公開義務を設けるべきである。さらに、医療の質の確保という観点からも、保険医資格の更新制などを実施する必要がある。

  4. 情報基盤の確実な整備
    上記計画の達成状況のチェックや保険者等による医療機関の評価、そして医療の標準化の推進など様々な施策が機能するためには、カルテ、レセプトの電子化が必要である。
    電子カルテは、患者への十分な説明、医療機関内外での患者情報の共有・連携に役立ち、また、電子レセプトは、保険者における審査・分析に資するものである。国の掲げた導入目標が確実に達成されるように、普及、促進を早急に図るべきである。
    また、医療機関の経営状況を迅速に把握することが不可欠である。国は、少なくとも四半期ベース(中長期的には月次)で、情報の把握と開示ができるように法整備を図るべきである。少なくとも2006年度内には完了することが求められる。
    患者や保険者の選択に資する有用な医療情報の電子化と、情報開示による透明化に取り組む医療機関に対しては、国民の信頼が厚くなることが期待される。

  5. 厚生労働省の責任体制の確立
    厚生労働省には、公的医療保険給付費の効率化・重点化に向けて部局横断的に取り組む組織はなく、部局間の連携が不十分である。したがって、組織体制を見直し、専門部署を設けて、様々な施策を強力に総合的に推進すべきである。
    また、厚生労働省は、医療費の適正化が必要であると認識し、都道府県が「医療費適正化計画」(仮称)を作成する方向性を出している。これを実効性あるものにするためには、まず国全体として、数値目標と工程表を今秋までに作成・公表し、国民に示すことが不可欠である。

上記の各種基盤の整備自体も、前述の5カ年計画や10カ年計画と整合性を保ちつつ、到達目標と推進計画を設定してPDCAのサイクルをまわしながら、着実に進めていくべきである。

以上

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