わが国では、政府のe-Japan戦略の下、2005年までに世界最先端のIT国家になることを目指し、官民による取り組みを進めてきた結果、高度なITインフラの構築や電子政府の制度的な枠組みの整備をはじめ、経済社会のIT化が着実に進みつつある。e-Japan戦略に続く2006年以降のIT国家戦略など、今後のわが国のIT政策の最大の焦点は、ITの利活用の推進を通じ、国民生活の質の向上や産業競争力の強化等の目に見える成果につなげていくことである。そのためには、安全で信頼性の高いIT利用環境の整備とともに、ITを活用して高い付加価値を創造できる高度な情報通信人材(以下、「高度ICT人材」と略す)の育成の成否が重要な鍵を握っている。
いまやソフトウェアやシステム・インテグレーション技術は、パソコン、携帯電話、自動車、家電、産業機器等から、産業・行政・社会の基幹システムに至るまで活用され、わが国の中核技術として、産業全体、及び国家の競争力を支える存在になりつつある。そして、ソフトウェア(以下、組み込みソフトウェア #1 を含む)の開発・利用に携わる情報サービス産業 #2 (以下、「情報サービス産業」とする)の競争力は、わが国産業全体の国際競争力にも大きな影響を及ぼすようになっている。情報サービス産業の競争力は人的資源の質に大きく依存しているが、現在、情報サービス産業における高度ICT人材の質・量の不足が深刻になっていると言われており、今後のわが国のIT化のアキレス腱となることが懸念される。
高度ICT人材の育成については、政府のe-Japan戦略、IT政策パッケージ-2005、科学技術基本計画等において、関連施策が提示されてはいるものの、高度ICT人材育成に係る国家としての戦略は欠如しており、国をあげて強力に推進を図るための施策、体制が十分整備されているとは言えない。
一方、近年、中国、インド、韓国などは、国策として高度ICT人材の育成を強化し、今や人材の世界的な供給基地として、わが国だけでなく世界に対する人材の供給や市場拡大を急速な勢いで進めている。技術革新が急激なこの分野では、国の人材戦略の成否によって競争優位が短時間に逆転する。このままでは、わが国のソフトウェア市場は海外企業・人材に占められ、わが国情報サービス産業が市場からの撤退を余儀なくされるばかりか、ITの基幹システムの開発・利用の中核部分を自国で担うことができなくなる。そうなれば、わが国は急速に進化を遂げるITの世界的動向に取り残され、世界最先端の高度なITインフラの構築と利活用に遅れをとり、高度なIT社会の実現や産業全体の国際競争力の強化に重大かつ深刻な影響を及ぼすこととなる。さらには、自国で国家の基幹的セキュリティシステムの構築・保守を担うことができなくなり、国家安全保障上も大きな問題を抱えることになる。
このように、高度ICT人材の育成は、今後のわが国の産業競争力、及び国家の発展、国家安全保障をも大きく左右する重要な国家的政策課題であり、産学官連携による取り組みを早急に進めなければならない。21世紀に入り、工業社会から知価社会への移行が進むなか、人的資源にその競争力を依存するわが国においては、ソフトウェアやシステム・インテグレーションは、産業の国際競争力強化を図るための戦略分野といえる。今後、世界レベルの高度ICT人材が多数生まれ、ITに係る技術と市場の国際動向を先取りする形で、わが国発の国際競争力のあるソフトウェア、システム・インテグレーション、セキュリティ技術の開発を担い、ひいては、わが国が世界のIT市場を中心となって牽引していくことが望まれる。
このような問題認識から、今般、日本経団連では、e-Japan戦略に続くIT国家戦略、次期科学技術基本計画など、今後の政府の検討に先駆け、高度ICT人材の育成に対する産業界の見解をとりまとめた。
本提言では、今後、国をあげて育成を強化すべき高度ICT人材として、具体的には、産業界が早急に必要としている、高度なITの専門能力を持ち、経済社会活動の基盤となるソフトウェアの開発、セキュリティを担う人材、また、そのシステムを用いて、企業の業務の効率化や事業革新に繋げることができる人材を取り上げる。
これらの人材を対象として、まず、ソフトウェアの開発・利用に携わる産業の現状、人材育成の状況を整理した上で、企業に対する人材の最大の供給源であり、現在、高度ICT人材の育成機関として期待が高まっている、大学・大学院教育の現状と企業が求めるニーズとのギャップを明らかにする。その上で、今後、大学・大学院における実務教育機能の強化に向けた、産学官連携による具体的なアクション・プランを提示する。
ソフトウェアの開発に携わる情報サービス産業は、10兆円近い市場規模と30万人を超える雇用 #3 を抱え、わが国経済の一翼を担う産業にまで成長を遂げている。しかし、その売上の大部分は、言語や文化の違いに守られた国内市場におけるものであり、現状では、その国際競争力は極めて低位にある。現に、組み込みソフトやゲーム専用機向けソフトウェアを除く、わが国のソフトウェアの輸出入額は、大幅な輸入超過 #4 の状況にある。近年、OSやパッケージソフトに加え、受注開発型のソフトウェアについても輸入が拡大している。いまや国内市場は成熟し、今後も大きな成長が望めない上、海外からの競争にさらされている。これまでの国内市場に安住してきた姿勢を改め、国際市場で通用する競争力を身につけなければ、わが国情報サービス産業の未来はない。
一方、海外に目を移すと、特に、中国、インドでは、情報サービス産業がリーディング産業と位置づけられ、目覚しい勢いで発展を遂げている。中国は国策の下、情報サービス産業の振興に取り組んでおり、情報サービス産業の市場規模は、2003年には対前年比約2割増の1兆2,267億円となっている。インドにおいても、情報サービス産業の市場規模は、2003年には前年比約3割増の1兆3,696億円に達している #5 。
このような状況のなか、わが国では情報サービス産業における人材のレベル低下が急速に進んでおり、とりわけ、各社のITの中核業務を担うトップレベルの質を備えた高度ICT人材の不足が深刻な問題として顕在化している。
企業においては、社内外のIT技術に係る教育研修、職場内教育(OJT)等を通じて、人材育成の強化を図るとともに、中途採用、外国人技術者の活用、海外も含めた外部委託等を含めた広範な手段で対応を講じている。特に、昨今、コスト削減、高い専門能力への期待等から、外国人技術者の活用の動きが急速に高まっており、中国、インド、韓国などアジア諸国への業務発注(アウトソーシング)とわが国企業における外国人技術者の受け入れが急速に進んでいる #6 。
国内外における人材獲得競争の激化、少子・高齢化社会の到来、学校教育の質の低下など、今後、わが国全体として有能な人材のパイの縮小が予想されるなか、現行の動きが続けば、今後の国内外の市場の拡大、国際競争の激化、顧客ニーズの多様化、技術革新等の動きに対応できなくなることが懸念されている。特に、中途採用、外国人技術者の活用、海外を含めた外部委託などは、企業にとって、教育コストをかけずに即戦力を得る、有効な手段と考えられているが、このような手段に依存していては、わが国としての競争力ある人材のネット増にはつながらず、将来的に、わが国産業の国際競争力の低下を招くことになる。
米国では、各大学が自らの特色に合った形で世界最高水準の教育研究拠点(COE:Center of Excellence)となることを目指し、研究と教育を一体的に捉え、人材教育への取り組みを強化している。IT技術教育についても、大学は、産学官連携の下、企業の実プロジェクトに基づく教育プログラムの導入、インターンシップの積極的活用、民間の外部教員の活用等を通じて、企業や社会の要請にかなった実務教育を行なっており、世界最先端のIT技術・製品を創造する、高い実務能力を持った人材が絶えず創出されるような仕組みが形成されている #7 。
一方、中国、インド、韓国など、アジア各国では、国家が高度ICT人材の育成に関する明確なビジョンを掲げ、自国の競争力強化に直結する人材の育成を進めている。その結果、わが国や欧米など世界市場に対する高度ICT人材の供給を増やすとともに、海外企業からの受託開発を進め、自国のIT関連市場の拡大を図っている。
例えば、中国は、2000年に「ソフト産業と集積回路産業発展を促進する諸政策」を公布し、国をあげてソフト産業の育成・強化に取り組んでいる。人材育成に関しては、大学教育を充実させるとともに、全国35大学にソフト学院を設置し、海外の大学、国内外の企業とも連携の下、企業の実務に直結する高度なIT専門教育を重点的に実施し、高い専門能力を備えた人材を多数輩出している。
韓国では、1998年に、IT分野の国際競争力向上を担う高度ICT人材の育成機関として、政府(情報通信省)、IT企業、公的研究機関(電子・通信研究所)が共同で、ICU(Information and Communications University)を設置した。産学官連携の下、予算、インフラ、人材、ノウハウ等を集中的に投入し、世界最先端の研究教育施設、教育プログラムの下、世界トップレベルの質を備えたICT人材が輩出されている。ICUは既存の大学との競争による相乗効果も生むなど、韓国のICT人材教育に大きな貢献を果たしている。
一方、わが国においては、高度ICT人材育成に関する国家戦略がなく、国としての司令塔も不在で、省庁間の連携が十分でなく、国全体として一貫性のある体系的な施策・体制がとられていない。高度ICT人材の育成を担う中心的主体である、大学・大学院等の高等教育機関、及び企業における取組みも、先進諸国と比較して十分なレベルに達していない。
特に、わが国の大学・大学院教育は、米国のような資金、人材、ノウハウ等を含めた産学官の協力体制ができていないこと、教員の評価において教育よりも研究が評価される傾向があること等もあり、学術的な研究・教育活動に重きが置かれ、企業の実務につながる実践的な教育が行われていない。実務教育を担う人材も数少ない。産学連携の下、IT技術に関する実践教育を行ない、実務能力を備えた高度ICT人材を輩出している成功事例 #8 もわずかながら存在するが、点に留まっている。
そのため、わが国では、高度ICT人材の育成過程において、大学・大学院教育と就職後の企業の実践教育・実務の間には大きな溝があり、学生教育、企業内教育・研修、OJT、社会人再教育と続く、連続的な人材育成システムが構築されていない。
現在、IT技術に関するわが国の大学・大学院教育は、諸外国と異なり、企業の求めるニーズと大きなギャップがある。例えば、情報工学について、米国の大学では、学部教育は企業実務に直結するエンジニアリングに徹し、学問的な科学領域については、大学院以後に実施される。一方、わが国の大学教育は、学問的なコンピュータ科学に徹し、実務的な分野は就業後、一からやり直すことになる。そのため、わが国の大学・大学院新卒者の質は、企業が求めるものとは大きな差が生じている。
この状況を明らかにするべく、日本経団連では、2005年4月から5月にかけ、情報通信委員会高度情報通信人材育成に関するWGの委員企業を対象にアンケート調査 #9 を実施し、新卒者に対して企業が求める具体的なIT知識・スキルについて検証するとともに、新卒採用に関する企業のニーズと現実のギャップの定量化を行なった。
ソフトウェアの開発に携わるITベンダー企業、組み込みソフトウェア企業は、本来、情報工学関連の学部・学科から、企業内の実践教育・業務に耐えうる、ITの高度な専門知識・スキルを備えた新卒者を採用したいと考えている。しかし、同調査の結果によれば、現状では、情報工学関連の学部・学科出身の新卒者のうち、新卒者向けのIT技術研修を受けずとも、即業務に対応可能な即戦力たる人材は、わずか1割弱に留まるなど、情報工学関連の学部・学科専攻者のIT知識・スキルは、ITベンダー企業、組み込みソフトウェア企業が求めるレベルには到底及ばず、情報系の専門教育を受けていない他学部・学科の専攻者と比較しても大差がない状況に大きな不満を感じている。
ソフトウェアのユーザー企業については、ITを通じた業務の高度化、事業革新の実現に寄与する人材を少数精鋭で確保するため、専攻の専門能力に加え、ITの専門能力に長けた人材を、情報工学を含む幅広い学部・学科から選りすぐって採用したいと考えている。しかし、調査結果によれば、現状では、情報系・システム系の業務に携わる新卒者のうち、新卒者向けのIT技術研修を受けずとも、即業務に対応可能な即戦力たる人材は、4割程度しか確保できておらず、新卒者のIT知識・スキルが求める水準に達していないことに不満を感じている。
このように、現状では、新卒者のほとんどが企業の求めるレベルに到達していないため、新卒時のIT知識・スキルに対しては、ほとんど期待を寄せていない。むしろ、「よい素材」を採用して、企業内で実践的な教育を施し、求める人材へ育て上げればよいと考えている。即戦力については、中途採用や中国、韓国、インドをはじめとする外国人技術者の活用によって確保している。
そのため、新卒者選考の段階では、人間性、コミュニケーション能力、プロジェクト遂行能力、リーダーシップ、精神力、英語能力、問題発見・解決能力など、社会人として必要とされる基本的な能力、ITも含めた基礎的な教養などが採用の判断材料となっており、ITの専門的知識・スキルはほとんど念頭に置いていない。その結果、情報工学関連の専攻者に加え、文系も含めた幅広い学部・学科から採用を行なうことで、結果的に必要人員を確保している。入社後、数ヶ月から数年程度の相当期間、企業内研修、OJTを重ねることで、ITの実務知識を蓄積させるとともに、スキルを磨かせ、企業内で活用可能な人材へと育てあげている。ほとんどの企業においては、入社後数年の経験を積ませ、その適性を見極めた上で職種分けを行ない、自社の基幹業務を担う人材へと育成を図っている。
しかし、昨今、若手の専門知識・スキル不足に伴い、人材育成にかかる期間が長期化し、人材の流動化も進むなか、自社の中核業務を担うトップレベルの高度ICT人材の質的、量的な不足を招いている。上記調査によれば、昨今、新卒者向けのIT技術研修を受けても、業務に従事できない人材が新卒者全体の約2割もおり、企業としても、対応困難な状況を迎えつつある。
このように、本来、大学・大学院が担うべきIT教育を、企業が入社後の企業内教育・研修、OJT等を通じて果たしてきた。しかし、昨今、国内外の情報サービス市場を巡る競争が激しさを増すなか、企業は、新卒段階で即戦力たる人材を求めている。各国が大学・大学院教育における高度ICT人材育成に向けた取り組みを強化し、ITの高度な専門的知識・スキルを備えた人材を多数輩出するなか、国際標準レベルの質を備えた人材を新卒段階で輩出してもらわなければ、わが国は世界と対等に戦うことができない。
わが国としても、世界で通用するトップレベルの高度ICT人材の育成、供給の拡大に向けて、大学・大学院におけるITの実践的教育機能を向上させることが急務である。勿論、大学において、より社会の必要性を踏まえた教育システム、組織体制などの改革が求められるが、一方で、企業においても、大学教育に関して、大学側と積極的に対話と連携・協力を図る姿勢に欠けていた面もあった。今後、産業界としても、自らが求める人材の具体的な姿、そのような人材育成に資する大学・大学院教育のあり方など、より具体的な企業ニーズを大学側に提示し、産学の連携・協力の下で、高度ICT人材育成に向けた取り組みを強化する必要がある。
産業界としては、ソフトウェアの開発・利用を巡る内外の市場動向、人材需給・育成の状況、技術革新の動向、企業の経営戦略等に照らし、特に、(1)プロジェクトマネージャー(専門的なITスキルを有し、各種プロジェクトをマネージメントできる人材)、(2)組み込みソフト、ソフトウェアエンジニア、特定技術等のスペシャリスト(高度な専門のITスキルを有し、自社のソフトウェアの品質と生産性の向上に寄与できる人材)、(3)ユーザー企業におけるシステム開発要求やBPR(Business Process Reengineering) #10 を担うスペシャリスト(専門的なITスキルを有し、ITを活用して自社の業務の効率化や事業革新を実現する人材)、(4)セキュリティ人材(専門的なITセキュリティに関するスキルを有し、円滑な業務遂行を担保しつつ、自社のITシステムのセキュリティを確保する人材)、(5)CIO(Chief Information Officer:高度なITスキルを有し、企業経営を実施できる人材)といった、企業のIT業務の中核を担うトップレベルの高度ICT人材を必要としている。
このような人材は、大学教育に加え、企業における社内教育・研修、OJT、さらには、一定のキャリア後の大学院等高等教育機関におけるキャリアアップ教育等を通じて、ITに関する技術的な専門知識、スキル、ノウハウ等を蓄積することで育成される。大学・大学院教育の段階において、高度ICT人材になりうる素質・素養を備えた学生が、基礎的なITの専門知識、スキルを持ち、それを実行する能力を身につけることができれば、入社後、企業内の教育研修、OJTとあいまって短期間のうちにレベルアップを図ることが可能となる。
勿論、企業におけるIT実務の遂行において、最も求められる要素は、人間性、コミュニケーション能力、意欲・やる気、精神力、英語能力、論理的思考力、問題発見・解決能力、プロジェクト遂行能力、リーダーシップ等といった基礎的な職業能力であり、ITを知り、理解し、使いこなす能力の基盤でもある。これは、IT分野に限らず、広く社会人として当然、求められる能力であり、その能力形成にあたっては、大学・大学院教育のみならず、初等・中等教育、企業、家庭、地域等各々が役割を果たす必要がある。本提言は、この能力を前提とした上での議論である。
産業界としては、入社後、ソフトウェアの開発・利用に携わる、特に、情報工学関連学部・学科の学生については、入社後の企業の実践教育に対応できるよう、在学中に、最低限、以下のようなIT知識・スキルを習得し、実務レベルで実行できるようにしておく必要があると考える。
これらに加え、将来的に、企業のITの中核業務を担うことが期待されるトップレベル層の人材については、入社後、即戦力として、企業の実務に対応できるよう、さらに、以下のようなIT知識・スキルを身につけ、実務で実行できるようにしておくことが期待される。
このようなIT知識・スキルを持ち、企業実務において実行できる、トップレベルの人材確保は産業界にとって急務の課題であり、このような人材の養成を担う、大学・大学院の体制整備が急がれる。
そのためには、米国のように、産学官連携の下、大学において企業のニーズに即した実務教育が行われ、絶えず、高度ICT人材が創出されるような、大学・大学院教育の仕組みづくりが必要であり、そのモデルを早期に確立するためには、まず、中国、韓国に見られるような、国家戦略の下での体制整備が求められる。
前述のアンケート調査に基づく試算 #11 によれば、現在、ソフトウェア開発に携わる情報サービス産業の大学・大学院新卒者は年間1万4,000人程度とみられるが、産業界 #12 としては、このうち、新卒段階で上記のIT知識・スキルを身につけ、将来的に企業の中核業務を担うことが期待されるトップレベル層の高度ICT人材を約1,500人必要としている。現状では、このようなトップレベル層の人材はわずかしか確保できていない。さらに、今後の市場環境を見越した各社の事業戦略に照らせば、将来的には、このようなトップレベル層の高度ICT人材は新卒者として毎年3,000人程度必要になる。
このような人材を早期に育成するためには、従来の大学・大学院にはない、高度なITの専門教育や、ソフトウェアの開発手法等の研究開発を行なう、実践性を備えた世界レベルの先進的IT拠点(先進的実践教育拠点)を、意欲を持った大学・大学院から選抜、もしくは新設し、産学官連携による重点的な資源投入の下、トップレベルの高度ICT人材を育成する必要がある。仮に、このような拠点で、産業界として必要とするトップレベルの高度ICT人材の2割を担うとすれば、まず、10校程度 #13 の大学・大学院を先進的実践教育拠点として指定し、産学官連携による高度ICT人材育成の先進モデルを確立し、拠点を拡大していくことが必要である。
このような世界レベルの高度なITの専門教育を担う先進的実践教育拠点において、産学官連携による取り組みにより、トップレベルの高度ICT人材の育成が着実に図られるよう、具体的なアクション・プランを提案する。高度ICT人材育成はわが国にとって焦眉の課題であることから、本年度中に具体的な行動を始める必要がある。
まず、政府主催の産学官連携の関係会合などの場を活用し、産業界、意欲ある大学、政府関係者が一同に会し、高度ICT人材育成の戦略、具体的方策について対話を進め、企業側のニーズと大学側の受け入れ体制のマッチングを図る。産学官の合意の下、トップレベルの高度ICT人材養成のための先進的実践教育拠点を指定する。
先進的実践教育拠点として指定された大学・大学院においては、産学官の意を受けたカリキュラムに基づき、実践的な学生教育を実施する。企業としても、大学・大学院における実務教育の運営に資するよう積極的な協力を行なう。
大学・大学院において実施された教育内容に関して、産業界をはじめ、第三者による厳正な評価を行ない、大学側にその評価結果のフィードバックを図る。大学側はそれに基づき、カリキュラム、体制等の見直しを継続的に実施する。
以上のような形で、企業ニーズと大学側の受け入れ態勢のマッチング、それに基づく大学のカリキュラムの作成、先進的実践教育拠点の指定、講座運営、厳格な第三者評価とそのフィードバックに至る、産学官連携の下での高度ICT人材育成にかかる好循環モデルを形成する必要がある。
そのためには、産学官連携の下、先進的実践教育拠点のモデルとなる拠点を新設し、産学官が各々、予算、インフラ、人材、ノウハウ等を集中的に投入し、海外の大学とも提携する形で、世界レベルの、わが国産業の競争力強化に寄与する人材を輩出する必要がある。本拠点では、企業で蓄積したノウハウ、海外の先進事例を元に、より実践的な教育カリキュラムを組み、企業の第一線の専門家、経験者、海外の大学教員等を教員とし、企業の教育・研修、海外大学の先進教育に基づく教材、e-Learning、テレビ会議など新たなメディア媒体等も活用する。加えて、プロジェクトベースの実習、インターンシップをはじめ、積極的に実務・実践経験を積ませる等、従来にはない革新的な試みを行なう。
さらには、他拠点の教職員も招き、本学で経験を重ね、そこで得た知識、ノウハウを所属大学に持ち帰る形で、本学の実践教育モデルの普及を図る。
世界的に猛烈な勢いでIT化が進展するなか、資源に乏しいわが国にとって、今後、ITを通じて高付加価値の製品・サービスを提供し、国際競争力を高めていくために、その基盤を支える高度ICT人材の育成強化は待ったなしである。今後の重要課題として産学官で意識共有を図る必要がある。企業は大学・大学院教育への関心を高め、大学側への積極的なアプローチを図るとともに、大学においても、そのような企業の姿勢を受け入れ、産学双方が信頼関係を高めていかなければならない。政府もその行事役として積極的な役割を果たすことが期待される。
日本経団連としては、今回の提言をもとに、大学、政府関係者との対話と連携を具体的に進め、高度ICT人材の育成機関としての大学・大学院の実践教育機能の強化に向け、産学官連携による取組みを進めていく。