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厚生労働省 今後の労働契約法制の在り方に関する研究会
「中間取りまとめ」に対する意見

2005年6月20日
(社)日本経済団体連合会
労働法規委員会
労働法専門部会

今後の労働契約法制の在り方に関する研究会「中間取りまとめ」
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/04/s0413-8.html

1.労働契約法の性格等に関わる問題点について

(1) 労働契約法は任意規定であるべき、実体規制に反対

[1] 実体規制には反対

労働契約法は契約法であるから、契約自由の原則を最大限尊重し、労使の自主的な労働条件の決定を補完する法律であるべきである。
したがって、罰則が付加されないのは当然として、その性質は任意規定であるべきであり、実体規制をすべきではない。
この点、「中間取りまとめ」にある、試用期間の上限を規制すること、兼業禁止を制限する規定や個別合意を無効とすることは実体を規制するものであり、反対する。

[2] 書面化による規制について

「中間取りまとめ」は、懲戒処分、有期雇用契約、採用内定の留保解約事由、試用制度、転籍、競業避止、秘密保持などの各労働契約について書面化を要求し、書面で明らかにされていない場合は、無効等使用者側に不利に取り扱うとしている。
これらの強行法規化による規制は、労働契約法の性格に合わないばかりか、かえって労使紛争を誘発するおそれがあるため、反対である。

(2) 契約法であるから、使用者側の義務に偏することなく、労使双方の義務を規定すべき

今日、労基法制定当時とは異なり、労働者は必ずしも社会的弱者ではない。したがって、法律で労働者が専ら経済的弱者であるとの前提で、使用者のみに義務を課すことは妥当でない。
中間取りまとめは使用者の付随義務(安全配慮義務、個人情報保護義務)を法律で明らかにすることを適当としている。
これに対し、契約法であるならば、労働者の誠実義務(企業秩序遵守義務、秘密保持義務、競業避止義務、自己健康保持義務等)についても積極的に定めるべきである。

(3) 労働基準法の改正について

[1] 改正・削除すべきもの

労働契約法制と併せて、労基法の改正を行い、不要な罰則規定の削除を行うべきである。
たとえば、減給の制裁については、労働基準法第91条により1回の額が平均賃金の半日分という上限が設けられているが、このような厳しい上限規制は必要性も合理性もなく、少なくとも公務員と同程度の減給処分(人事院規則 12−0 (職員の懲戒)第3条 減給 1年以下の期間、俸給月額の5分の1以下の額)が可能とすべきである。
また、昭和22年に制定された労基法に定められた刑罰法規について、現在、本当に必要かどうかという点から見直し、この機会に不要な罰則規定を削除すべきである。
さらに民法の雇傭の規定との関係についても整理すべきである。

[2] 導入すべきもの

逆に今日の時代に必要な制度は導入すべきである。
現在の労基法の制定当時と労働者の働き方は大きく変化しており、労働時間法制の見直しを行い必要な制度は新設すべきである。
一定の労働者について労働時間規制の適用除外とする、「ホワイトカラー・エグゼンプション」制度を導入すべきである。

(4) 解釈指針・考慮要素は必要最小限にすべき

労働契約法は、「わかりやすいシンプル」なものであるべきである。
したがって、「中間とりまとめ」に想定されている多くの解釈指針や考慮要素については、必要最小限のものに削るべきであり、就業規則の不利益変更の考慮要素の指針、整理解雇の指針については不要である。
また、指針については、契約法の指針であることから「使用者が講ずべき」とするような行政指導的なものが定められることについては反対する。指針はあくまで、情報提供的なものに限るべきである。よって、「解雇にあたり使用者が講ずべき措置の指針」についても反対する。

2.その他の個別の問題点について

(1) 対象者の範囲を限定すべき

労働契約法制の対象とする者の範囲については、対象者について明確性を図るべきであるので、基本的には現行労働基準法が定める労働者、使用者とすべきである。

(2) 就業規則について

[1] 業規則の合理性推定の要件を緩和すべき

「過半数労働組合が合意した場合、変更後の就業規則の合理性が推定される」ことを規定することには賛成である。
但し、不利益変更について、現行判例法理以上の厳格な制約を課すことには反対する。
たとえば、「中間取りまとめ」にある「一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更の場合を除き」とする要件を付加する意見は、規定を不明確にすることから反対であり、このような事情は原告が主張立証し、合理性の推定を覆す仕組みとするべきである。

[2] 就業規則の効力発生要件としての行政官庁への届出義務化に反対

行政官庁への届出を就業規則の効力発生要件とすることは、判例上もまったく求められていない新たな規制を使用者側に課すことになるので反対である。

(3) 解雇の金銭解決制度について

[1] 解雇の金銭解決制度は早急に導入すべき

但し、解雇か金銭解決かを選択することは労働者個人の選択する問題であることから、個別的な使用者側からの申立てについて「中間取りまとめ」にあるような、「事前の集団的な労使合意」を要件とすることには反対する。
また、「雇用関係を継続しがたい場合」に要件を限ることにも反対する。
さらに、紛争の早期一回的解決の観点から、解雇手続の中で、金銭解決の申立ても可能とすべきである。

[2] 有期労働契約の雇止めと金銭解決制度

紛争になった場合、一定の有期労働契約の雇止めについては、裁判所によって解雇の法理が類推されることがあり、期間の定めのない労働者の解雇と同様 の利益状況が生じる。したがって、有期労働契約の雇止めにも金銭解決制度を導入すべきである。

(4) 有期労働契約期間中における解雇について

期間途中に解雇された有期労働契約者が使用者に対して損害賠償請求をする場合に使用者の過失について立証責任を転換することについては、労働者を過度に優遇し使用者に「過失の不存在」という証明困難な過度な負担を課すものであり、労使対等を基本とする労働契約法に馴染まないので反対である。

(5) 辞職の効力発生時期について

辞職の効力発生時期に関しては、現在、民法第627条1項により、2週間経過日に雇用契約が終了することとされているが、同法は一般に強行規定と解されるため、引継ぎ・後任の手当て等の準備のため、就業規則などで2週間より前に定めることはできず不都合である。
したがって、少なくとも1ヶ月以上の期間が可能とすべきである。

(6) 合意解約、辞職に関するクーリングオフについて

「中間取りまとめ」にある「合意解約、辞職に関するクーリングオフ(おおむね8日)」は、民法理論・現行の判例の立場に反するものであり、反対する。
合意解約や辞職は、これまで長期にわたって契約関係のあった者からの契約の打ち切りであり、売り手の巧みな口車に乗せられ契約をしたばかりの軽率な消費者を保護する「クーリングオフの制度」とは適用場面を異にする。

(7) 配転命令、昇進、昇格(降格)について

昇進、昇格、降格については、企業によって制度内容が大きくことなり、その法制化は不適切、困難である。したがって法制化に反対する。
また、配転命令について権利濫用法理を法律で明らかにする点についても、判例上、配転命令が権利濫用とされる場合は極めて例外的であり、立法の必要はなく反対である。

(8) 懲戒の権利濫用規定について

懲戒について権利濫用規定を設け均衡論等の要素を盛り込むことについては、服務規律や慣行など企業によりさまざまであることを考えれば不要な立法の介入であり、反対である。

(9) 個人情報保護義務について

すでに、個人情報保護法が今年4月に施行されたばかりであること、顧客情報等にも要保護性の高いものがあり、労働者の個人情報のみをそれらに比して特に保護すべきことは適当ではないことなどから、使用者の個人情報保護義務を定めることには反対する。

(10) 雇用継続型契約変更制度について

雇用継続型契約変更制度は、要件・効果を具体的に検討する必要がある。不十分な検討状況のまま拙速に取り入れるべきではなく、慎重な検討が必要である。
同制度が、本来認められるべき解雇に対する新たな規制となる制度になるのであれば反対である。

(11) 労働者代表制(新しい常設的な労使委員会制度)について

労使関係のあらゆる場面に手続的要件として労使委員会における同意等を要求することは疑問である。
労使委員会については、「まず労使委員会ありき」ではなく、必要性や現在の労使協定の活用、労働組合との関係なども十分考慮した上、導入の是非については、慎重に検討すべきである。
なお、仮に導入するとしても、組織・決議要件、画一的な多数決(4/5)要件などについては疑問であり、労使自治に委ねるべきである。

3.おわりに

(1) 今回のパブリックコメントについて

今回実施されたパブリックコメントの回答期間は問題の重さに比し余りにも短く、遺憾である。

(2) 十分な議論が必要

「中間取りまとめ」が示す内容は、大変広範にわたり、かつ、仮に法制化されれば、ひとつひとつの項目が労使に多大な影響を及ぼす重要なものである。
したがって、法案の提出時期を決めてタイムスケジュールを組み、そこから遡って決められた期間でのみ検討をするのではなく、審議会において十分な議論を尽くす必要がある。
なお、その際、審議会では今回の「中間取りまとめ」、さらには秋に出されるであろう「最終取りまとめ」をもとに議論がなされるであろうが、これらはあくまで研究会の取りまとめであるので、これに縛られることなく、よりよい法制化に向けて自由な議論がなされることが肝要である。

以上

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