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「独占禁止法改正の施行に伴い整備する公正取引委員会規則の原案」に対する日本経団連コメント

2005年8月3日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会
競争法部会

今般の独禁法改正において、課徴金が大幅に引き上げられ、その法的性格が「行政上の制裁」に変更されたことや、排除措置命令手続の変更に伴う審判が事後手続に変更されたこと、犯則調査権限や、課徴金減免制度が導入されたこと等により、独禁法の執行力は大幅に強化されることとなった。したがって、憲法第31条の適正手続の確保が今まで以上に強く求められ、今般の諸規則の整備においては、このことを念頭に置いて行う必要がある。

適正手続の確保にあたっては、特に次の2つの視点が重要であり、今般の諸規則の整備においては、これらの視点からの配慮を十分に払うべきである。

(1)課徴金が制裁性を帯びたこと、犯則調査権限の導入、課徴金と刑事罰との併課がなされうることから、適正手続の下で関係当事者(法人・個人)の正当な防御権行使を保障する観点で、規則やその運用を設計すべきである。

(2)コンプライアンスの確保が企業の存続を決すると言っても過言ではない時代の趨勢からみて、企業にとって独禁法違反の疑いが浮上した後は、当該事件関与者と企業そのものとが対立関係にたち、公正取引委員会を加えた3者による緊張関係が生じるとの認識の下で、規則やその運用を設計すべきである。

上記視点を主眼に、以下の通り、日本経団連経済法規委員会競争法部会としてコメントする。

公正取引委員会
独占禁止法改正の施行に伴い整備する公正取引委員会規則の原案
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/05.june/05063003.pdf

I.審査に関する規則案

1.審尋調書(第11条)

被審人の防御権を確保するため、米国・EUの例に倣い、審尋における弁護士又は法務担当者の立会いを認めるべきである。

2.供述調書(第13条)

供述調書は、「審査官が、必要があると認めるとき」に作成するとしているため、供述人が調書を作成してもらいたい旨を審査官に要請しても、審査官のシナリオに合わない供述を記録に残さない等、適正手続を欠く審査活動が行われる例がみられる。
実務においては、法9条にいう審尋のための出頭命令書を出すまでもなく、関係人は本条の任意の聴取に応じており、強制力ある審尋であれば調書を取る義務が生じ、任意聴取であればその義務がないとすることには、合理的な根拠がない。これらのことから、「必要があるとき」という文言は削除すべきである。
なお、被審人の防御権を確保するため、第11条と同様に、供述時における弁護士又は法務担当者の立会いを認めるべきである。

3.提出物の閲覧・謄写(第18条)

(1)第1項において「当該事件のうち事件関係人又は参考人が事業を行う上で必要なもの」についてのみ、閲覧・謄写を認めることとしているが、本来、物件の提出は、今回新たに導入された法第102条の「差押え」とは根本的に異なるため、物件の写しを対象とすべきである。仮に本紙の提出を命じるとしても、自ら提出する物件について事前に謄写をした上で提出することは当然の権利である(4.第20条への意見参照)。
仮に、提出時に謄写ができなかったときであっても、立入検査後の行政調査において、事件関係人等が友好的かつ効果的に協力し、手続の充実で及び促進を図る上でも、全提出物件を事件関係人等が把握できるということは当然のことであるから、提出物件の閲覧・謄写は原則として全てを対象とすべきである。「事業を行う上で必要なもの」との文言を削除すべきである。ただし、円滑かつ迅速な調査を行うために、閲覧・謄写に対して、必要最低限の範囲内で制限するという例外を設けることについてはやむを得ないことと考えられる。したがって、「当該物件の閲覧及び謄写を認めることにより、調査に著しい遅延等の障害を生じさせることとなるときは、日時、場所及び方法を指定して閲覧又は謄写をさせるものとする」とし、調査手続に過度の障害を生じさせる場合に限定して、日時、場所等の指定をすることはありえよう。

(2)第2項において「閲覧又は謄写をさせる場合、日時、場所及び方法を指定することができる」としているが、「指定」は書面で行われることを明確化し、手続に要する費用、窓口等の具体的な手続内容について、規則において明らかにするべきである。その上で、これらの手続を適切に運用すべきこと及びこれに対する委員会への異議申立てが可能であることについて、明記すべきである。

4.被疑事実の告知(第20条)

(1)立入検査に際し、公取委は「法の規定に違反する被疑事実の要旨」等を記載した文書を「関係者」に交付するとしているが、「関係者」の範囲が不明確である。「関係者」とは、事件関係人との関係において、事件関係者を代理できる立場にある者に限られることを明確化すべきである。

(2)第2号において、被疑事実の「要旨」では、公取委側の調査対象が広範囲にわたる可能性があるため、不十分である。立入検査の妨害等に対しては罰則が規定されており、公取委の立入調査は、事実上の強制力を有する。したがって、適正手続の確保の観点から、被疑事実については、事件を特定するために必要となる具体的内容(対象商品・役務、対象市場、被疑行為の態様、被疑行為者の範囲等)を記述した文書を交付するとともに、調査対象箇所(場所、部署等)を明確化し、調査範囲が不当に拡大することがないようにすべきである。

(3)第3号の「関係法条」については、できる限り詳細な記載を求める。特に、不公正取引の場合には、一般指定の該当号数をも明記すべきである。

(4)なお、本条は、立入検査時の手続を定めるものであり、第18条と同様の趣旨から2項を新設して、例えば、「前項の検査をする場合で、法第47条第1項第3号の処分を行うときは、提出者の請求に応じて、提出を命じた物件についての謄写を認めなければならない。但し、謄写を行うために著しく手続遅延等の障害を生じさせることとなるときは、日時、場所及び方法を指定して謄写させるものとする。」という条項を追加することとしていただきたい。

5.検査調書(第21条)

第2号で、審査官の検査調書の作成にあたって、「事件名、検査の目的、日時及び場所、検査に立ち会った者の氏名及び職業並びに検査の結果を記載しなければならない」としているが、審査官の恣意的な運用を排除するため、検査に立ち会った者がいる場合には、その氏名及び職業を記載するだけでなく、当該立会人に検査調書内容の確認・署名を求め、謄本を交付することとすべきである。

6.排除措置命令前の通知(第24条)

(1)第1項第1号「予定される排除措置命令の内容」及び同項第2号「委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用」について、被通知人の防御権確保の観点から、具体的な記載が不可欠である。また、事実認定の前提となった証拠も併せて記載しなければならないこととすべきである。

(2)第1項第3号で「委員会に対し、文書により意見を述べ、及び証拠を提出することができる旨並びにその期限」が記載されることとされるが、公取委の指定する具体的な期限が示されておらず、被審人側が準備を行う上で、相当な期間が与えられるのかが不明である。例えば「30日を下回らない期間」等、最短期間を明示すべきである。

(3)第2項において、委員会は、「正当な理由があると認めた場合」には、期限を延長することができるとしているが、どのような場合が正当な理由として認められるのかについても、明確化すべきである。

7.排除措置命令前の説明(第25条)

「当該説明を行うために『必要な範囲内で』」説明するとし、被疑事業者への説明の機会が付与されるか否かが公取委の裁量に委ねられているが、不利益処分を受ける者に対して、有意な意見申述の機会を与えるためには、公取委が処分を適法であると判断するに至った事実を基礎付ける全ての証拠に対するアクセスが保障されなければならない。したがって、「当該説明を行うために必要な範囲内で」を削除すべきであり、少なくとも被通知人が求める場合には、公取委が排除措置命令を適法であると判断するに至った事実を基礎付ける全ての証拠を開示、説明すべきである。
なお、排除措置命令前の説明について、実施方法(主体、方式、場所等)を明らかにするとともに、「代理人」も説明を受ける対象となることを明確化すべきである。

8.意見申述等の方式(第26条)

(1)意見申述に対しては、(1)公取委の排除措置命令の送達にあたって、委員会は申述された意見を考慮すべき義務を負う旨、及び(2)排除措置命令の理由中で、当該意見に対してどのような判断をしたかを、実質的な理由を記載して、文書により明らかにする義務を負う旨を、それぞれ規定すべきである。
また、被審人が提出した証拠により、排除措置命令案の基礎となる事実に誤りがあった場合の取扱いについても明確にする必要がある。

(2)第3項では「委員会は、特に必要があると認める場合には、口頭で意見を述べさせることができる」とし、委員会に対する直接の意見申述の機会を「委員会が特に必要であると認める場合」に限定している。これは、適正手続の保障に著しく欠けるものであり、「特に必要があると認める場合」を削除し、被通知人から申出があった場合には、委員会への口頭による意見申述の機会を認める必要がある。

9.代理人による意見申述等(第27条)

弁護士又は弁護士法人以外の代理人の承認基準を明確化すべきである。

10.排除措置命令書の送達(第28条)

勧告制度の廃止に伴い、今般、審判手続を経ないで排除措置命令が出されることになる。防御権の確保及び被審人に対する説得性を増すためにも、従来の勧告よりも緻密な事実認定を記載すべきである。

11.排除措置命令の執行停止等(第34条)

「委員会は、法第54条第1項に基づいて排除措置命令の全部又は一部の執行を停止したときは、審判請求をした者に対し、その旨を通知しなければならない」としているが、どのような場合に、排除措置命令の執行停止が認められるのか、法54条における「公取委は、排除措置命令に係る審判請求があった場合において必要と認めるとき」の要件を、規則において明示すべきである。

12.その他

(1)「警告」の際の、事前の意見陳述の手続について、明文化するとともに、異議申立手続を明確にすべきである。また、事業者名を公表する場合、警告は独禁法違反ではないこと及び指名停止処分の対象とすべきではないことを明確にしていただきたい。

(2)改正法では、第7条第1項「排除措置命令」において、排除措置命令を出すことができる期間を1年から3年に延長しているが、改正法の参議院経済産業委員会附帯決議でも指摘されている通り、原則として、排除措置命令は、従来同様、立入検査を行った日から1年以内に行うように努力しなければならないこととすべきである。

II.審判に関する規則案

1.審判請求書(第9条)

第2項で、被審人に対して「できる限り、審判請求を理由づける主張を具体的に記載し、『かつ、立証しようとする事由ごとに、当該主張に関する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない』」と求めているが、審査規則で定める事前手続において、事前説明や証拠の開示が十分になされていることが大前提である。事前説明や証拠の開示が十分になされるという担保がないまま、このような詳細の審判請求書を要求することは、当事者主義に反し片務的であるとともに、防御権の確保の観点から認められない。

2.審判官の指定(第12条)

第3項で「複数の審判官に審判手続を行わせること」は、委員会の判断に委ねられているが、被審人の求めがあった場合は、審判官複数制を必須とすべきである。
また、被審人による審判官の忌避手続を設けるべきである。

3.審判官の職務権限(第13条)

審判官は、審査官及び委員会からの独立性と中立性が完全に保障されなければならないことを、明確に規定すべきである。

4.審判事務職員(第14条)

審判事務職員について、審判官同様、その職務を公正かつ中立に遂行し得るよう、当該事件の審査に関与した者を指名することはできない旨の基準を設けるべきである。

5.代理人(第15条)

弁護士又は弁護士法人以外の代理人の承認基準を明確化すべきである。

6.適正かつ迅速な審理の実現(第18条)

(1)第1項で「審判官は、二年以内のできるだけ短い期間内に審判手続を終結させることを目標として、充実した手続を実施することにより、当該目標を実現するよう努める」としているが、審理の迅速化によって、被審人が不利益を被ることがないよう担保する必要がある。例えば、裁判迅速化法第2条第3項にあるように、「迅速化にあたっては、当事者の正当な権利利益が害されないよう、手続が公正かつ適正に実施されることが確保されなければならない」との規定を追加すべきである。

(2)第2項で「審判官、審査官及び被審人又はその代理人は・・・審判手続の計画的な進行を図らなければならない」とし、被審人や代理人にも、審判手続の計画的な進行を図る責務を課している。本来、適正かつ迅速な審理の実現は、審判官の責務であり、被審人やその代理人に対して、審判の迅速化を過度に求めれば、被審人の防御活動を阻害するおそれがある。したがって、被審人等については、裁判迅速化法第6条、第7条第1項・2項にあるように、「可能な範囲で協力する」旨の規定に変更すべきである。

7.審査官の主張変更(第28条)

(1)審査官が主張変更を行った場合、第3項において、審判官は「これによって被審人に不利益が生ずることがないように配慮する」としているが、審判官が配慮さえすれば、結果的に被審人に不利益が生じても構わないものと解釈されるおそれがある。これは、法第58条第2項の但書で「被審人の利益を害することとなる場合は、この限りではない」とされていることに反するものと考えられる。したがって、「事件の被審人の防御に実質的な不利益が生ずることとならない」ことを、第1項の主張変更の要件として規定すべきである。

(2)仮に(1)が入れられないとしても、同様の主張変更に関する刑事訴訟法第312条第4項が定めるように、被審人側が変更された主張に対して反論準備を行うことを可能とするように、少なくとも、一定期間、審判手続を停止すべきである。

(3)主張変更について、被審人による異議申立手続を明記すべきである。

8.審判官に対する異議の申立て(第34条)、委員会に対する異議の申立て(第35条)

審判官の行った審判手続に関する処分に不服のあるときの異議申立てを、処分の決定を行う当事者である審判官宛に行うのでは、実効性が期待できないため、従来通り、委員会宛とすべきである。

9.文書等提出命令等の申立て(第46条)

審査官は、法第47条第1項各号に定める強制処分により証拠を収集することができるが、被審人側にはそれが認められていない。したがって、被審人が文書等提出命令の申立てを行い、審判官がその提出を命じたにもかかわらず、審査官側がその命令に従わない場合には、民事訴訟法第224条に準じて、一定の不利益処分を課すこととすべきである。また、申立てが認められない場合の基準を明確に規定するとともに、申立てが却下された場合の被審人による異議申立手続を明記すべきである。

10.速記録(第70条)

原則、速記録手続を廃止しているが、審判が事後手続になり、適正手続の保障の観点から後退することを踏まえれば、むしろ速記録による詳細な記録が必要である。したがって、「被審人の要求があるとき」については、速記録を作成することが義務とされる旨を明定すべきである。

III.犯則事件の調査に関する規則案

1.犯則事件の調査開始(第4条)

第4項において「審査官は、直ちに事務総局審査局長に報告し、その指示を受けるものとし、当該事実を直接犯則事件調査職員に報告してはならない」としているが、このような規定だけでは両者間のファイアーウォールとしては不十分である。行政調査において収集された情報を犯則手続において利用する場合は、委員会自身が判断を行うべきであり、事務総局内で提供の可否を判断することは禁止されるべきである。
また、行政調査手続の過程で収集した証拠が犯則調査に使われる場合について、被審人の異議申立てを可能とする必要がある。

2.犯則事件から行政調査事件への変更

犯則事件として調査を行ったが、刑事告発に至らなかった場合、どのように一般の行政調査事件へ切り替えるかが不明である。その際の手続(証拠物等の提供方法を含む。)を明示すべきである。
特に第5条において、犯則事件に至らなかった場合、安易に犯則調査手続きで得られた情報を行政調査部門に提供することがないように、犯則調査で収集した情報や証拠物が、原則として所有者に返却される旨を規定するとともに、犯則事件調査職員が作成した調書など、還付対象ではないものの取扱いについても、厳正な手続を規定すべきである。

3.ファイアーウォール違反に対する処罰

犯則事件と行政調査事件とのファイアーウォールが機能していない場合、告発や公訴の却下事由とはならず、専ら「国家公務員法違反として処断する」との説明であるが、手続の瑕疵が、告発や公訴の効力に影響を及ぼさないとするのは法制度として異例であり、どのように周知徹底するのかなど、具体策について明らかにすべきである。

IV.課徴金の減免に関する規則案

1.事前相談と正式な報告書提出との関係

匿名による事前相談を可能としているが、規則において一切規定されていない。事前相談の「窓口」はどこか、公取委が事前相談で得た情報を端緒として事件の調査に着手してはいけないこと及び当該情報について審査部局からのファイアーウォールを厳格に確保する旨を明文化する必要がある。

2.調査開始日以後の報告及び資料の提出(第4条)

調査開始日以後の報告及び資料の提出が認められるのは、法第7条の2第9項第1号において、「その他により既に公取委によって把握されている事実に係るものを除く」としているが、その判断基準を明確化すべきである。

3.虚偽の報告の取扱い

(1)課徴金減免手続において、「虚偽」の記載をした場合は、本制度が適用されないとのことだが、報告書(様式2号)の提出期限内に、事業者が当該事件の全容を把握することは困難である場合もあり、後日、社内調査を進める中で、報告書記載事項と異なる事実が発覚する可能性は十分想定できる。したがって、虚偽の記載と認められる範囲は「意図的に事実を隠蔽した場合」に限ることを、明記すべきである。

(2)「虚偽」の報告を行った者がいた場合の対応(順位変動等)について、規則で明確化すべきである。

4.報告を行った事実に関する守秘義務

(1)報告書(様式第1〜3号)では、「公取委の承認を受けないで、下記の報告を行った事実を第三者に明らかにはいたしません」とし、事業者に対して守秘義務を課しているが、法律上の根拠なく、このような要件を設けるべきではない。親子会社間においては、子会社の法務コンプライアンスの徹底を、親会社の法務部門が一括して行っているケースが多いことから、内部統制上、親子会社間の連絡や、その他弁護士に対する情報開示は、当然認められる必要がある。

(2)措置減免制度では、「違法行為の停止」を要件とする一方で、措置減免報告を行ったことが外部に公表できないこととされており、制度上の矛盾が生じる。この場合に、違反行為の「終期」との関係を明確にする必要がある。

以上

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