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WTO新ラウンド交渉・香港閣僚会議の成功を望む

―各国は政治的決断を―

2005年9月20日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

危機的状況にあるWTO新ラウンド交渉

2001年11月にドーハで開始されたWTO新ラウンド交渉は、危機的状況にある。2003年9月のカンクン閣僚会議は決裂し、交渉期限は当初の2005年1月から2006年中へと延期された。しかし、期限まで残された時間が僅かとなったにもかかわらず、依然として合意形成への道筋が明らかでない。2005年12月の香港閣僚会議において、大枠への合意が実現できなければ、2006年中に予定される交渉終結は困難となる。仮に、香港閣僚会議がカンクンの二の舞となり、2006年中の交渉終結が困難となれば、自由貿易体制の根幹をなすWTOへの信頼と、多角的交渉による自由化への支持は、大きく揺らぎかねない。そればかりか、保護主義の台頭により、世界経済の持続的成長と国際社会の政治的安定を脅かす懸念が生じる可能性も否定できない。

経済界は危機感を強めている

欧米をはじめ主要国の主な経済団体#1は、交渉の停滞への危機感を早くから共有している。香港閣僚会議の成功に向けて、本年春以降、共同声明の発出や、加盟各国の交渉当局・WTO執行部などへの働きかけのための合同ミッション派遣などにより、連携の強化を図っている。
しかし、これまでの交渉の経緯をみると、各国当局やWTO執行部は総じて危機意識に欠けると言わざるを得ない。主要交渉分野における意見対立を収斂させようとする各国の積極的な意思の欠如から、7月末に予定された香港合意の「たたき台」の作成が安易に断念されたことは遺憾である。経済界は、これにより香港合意に向けた道のりが一層険しくなったものと、非常に深刻に受け止めている。

新ラウンド交渉成功のため、各国とも今すぐ政治的決断を

対立する意見を収斂させ、交渉を実質的に進展させるためには、加盟各国それぞれが今すぐに、たとえ困難であろうとも強い意思を持って、政治的決断を行わなければならない。交渉終結期限の先送りは、二度と許されるべきではない。
新ラウンド交渉では、各交渉分野を一括して合意を図る方式が採用されており、一分野での交渉の難航が、他分野の交渉の進展を阻害している#2
こうした現状を打開するため、主要交渉分野のそれぞれにおいて、実質的な自由化進展に寄与する政治的決断を、各国が相互に行うとともに、自由化の恩恵を特に享受してきた先進国そして新興途上国が、交渉進展に向けたリーダーシップを発揮しなければならない。
先進国は、途上国の開発と交渉参加能力の向上を可能な限り支援するとともに、途上国の関心分野の自由化に配慮する必要がある。途上国も「貿易自由化が自国の経済発展に資する」との認識に基づき、交渉に建設的に関与することが求められる。
わが国は、第二の経済大国そして通商立国として、WTO交渉をリードしていくべきである。そのためには、WTO交渉に臨む総合的な戦略を早急に構築し、関係各省庁が一体となって交渉に臨むことが不可欠であり、交渉の進捗に応じ、必要な決断を迅速に下していかなければならない#3

2.WTOの意義の再確認を

わが国各界においては、EPA(経済連携協定)への高い関心と期待が寄せられる一方、WTOの現状に対する認識自体が薄れている。そこで改めて、WTOの意義を確認したい。
通商立国であるわが国にとって、WTOによる多角的自由貿易体制こそ、戦後の経済発展を支える制度的基盤となってきた。WTO体制の維持・強化は一貫して通商政策の基軸であり、将来に向けても、世界規模での自由かつ円滑な経済活動を支え、わが国経済の発展に寄与するものである。
具体的には、第一に、WTOにおいてのみ、グローバルな自由化とルールの形成が実現する。関税引き下げやサービスの自由化、煩雑・不透明な貿易手続きの円滑化、アンチ・ダンピング協定の改定などについて、全加盟国が一括して交渉相手国となるとともに、交渉の結果は、全加盟国に対し、原則として一律に適用される#4
第二に、WTOでは、整備された紛争解決手続きが機能しており、全ての加盟国が、国際社会における影響力の大小を問わず公平に、協定上の権利・義務の履行確保を期待できるようになっている。1995年のWTO設立以来、300件を超える案件が申し立てられ、処理済みまたは係争中である#5
第三に、WTOに基づくグローバルなモノやサービスの自由化は、先進国のみならず途上国にとっても利益をもたらす。先進国からの製造業やサービスへの投資によって発展が著しい途上国が、グローバル経済の新たな成長のエンジンとなっている。
もっとも、WTOでは、加盟国拡大等に伴い、迅速かつ踏み込んだ意思決定が困難となっていることは事実である。そこで、WTOによる自由化・ルール形成を補完する政策手段として、わが国も、東アジア諸国をはじめ貿易相手国として重要な国・地域との間で、EPAの締結を進めている。ただし、EPAはWTO体制の内部に位置づけられる制度であり#6、グローバルな自由化・ルールを実現するWTOそのものに、EPAが代替することはできない。また、EPA交渉においては、相手国の中には、特にサービス分野等で、WTO以上の自由化に消極的な対応も見られる。EPAの締結推進は引き続きわが国通商政策の重要な要素ではあるが、そのことによってWTO体制の維持・強化への取組がおろそかになってはならない。

3.個別交渉分野

(1)農業

新ラウンド交渉では、農業交渉が主要な交渉分野となっており、わが国経済界は、同交渉の進展を強く望んでいる。
交渉においては、市場アクセスの改善(関税引き下げ等)のみならず、国内助成等や輸出支援の削減・規律の強化も主要な論点である#7。輸出国と輸入国の双方にとってバランスのとれた交渉が必要であり、わが国は、主に輸出国に対し、国内補助金#8や輸出信用、輸出国家貿易#9等について、削減ないし規律強化を積極的に主張すべきである。
一方、農業交渉の柱の一つである市場アクセスにおいては、わが国は、真に守るべき品目は守り、譲る品目は譲るとの立場に立ちつつ、自由化の進展に向けて政治的決断を行い、交渉を主導していく必要がある。
そのためわが国は、「国境措置に過度に依存しない政策体系の構築」を盛り込んだ新たな「食料・農業・農村基本計画」(2005年3月閣議決定)に沿って、国内対策を着実に実現すべきである。日本経団連は、国内の農業競争力の強化と構造改革への取組を支持するとともに、改革の着実な進展を強く期待する。

(2)非農産品市場アクセス(鉱工業品等)

日本経団連は、途上国と先進国にも一部に残る高関税の引き下げを重視し、これを実現する関税削減方式であるスイス・フォーミュラを支持している。わが国をはじめとする先進各国の外交的努力により、途上国にもスイス・フォーミュラへの支持が広がりつつあることを歓迎する。わが国を含む先進各国は、スイス・フォーミュラに反対する一部の途上国に対する説得のため、一層努力するとともに、削減方式及び途上国支援に関し、途上国に十分かつ適切な配慮を行う必要がある。
併せて、関税引き下げによる市場アクセス改善の効果を高めるため、分野別関税撤廃・調和への取組、非関税障壁撤廃に対する取組を、引き続き積極的に進めていくべきである。

(3)サービス貿易

サービス貿易は新ラウンドの重点項目として早くから交渉されてきたにも関わらず、他分野に比べ交渉が停滞していることを深く憂慮している。サービスは雇用創出などそれ自体の経済効果もさることながら、サプライチェーンの観点からも他産業への波及効果が非常に高い。サービス自由化によるメリットが農業、製造業など広範囲に及ぶことから、モノとサービスの表裏一体となった質の高い自由化を行うことが肝要である。
改訂オファーの未提出国は、速やかにこれを提出するとともに、既提出国もより質の高いオファーの提出に引き続き努めるべきである。しかし、加盟国の自発的なオファーの提出を基本とする現状の交渉方式では、広範かつ質の高い自由化が難しいことから、リクエスト・オファー方式を尊重しつつも、重点セクター方式によるクリティカルマスの形成や、「リクエスト・オファー方式の補完的アプローチ」などを具体的かつ速やかに検討し、交渉を加速すべきである。その際には先進国はもとより、世界経済の主要なプレーヤーとなりつつある途上国の参加が必須である。

(4)貿易円滑化

GATT5条(通過の自由)、8条(輸出入に関する手数料及び手続き)、10条(貿易規則の公表及び施行)それぞれについて、各国から協定の具体化に関する提案が概ね出揃った。内容にも多くの類似性があり、協定の明確化・改善のための具体案作成に向けた素地が形成されつつあることを歓迎する。
途上国を含む加盟国が、拘束力を有する新たな貿易円滑化ルールに合意することは、企業のグローバルな経済活動が円滑に展開する上で、非常に有意義である。円滑化ルールのあり方により貿易実務が直接の影響を受ける民間企業の立場から、可能な限りレベルが高くかつ具体的なルールの作成に向けた加盟国の努力を切に希望する。
途上国がこうした基準を受け入れる努力を後押しするため、先進国は、途上国が求める優先課題特定のための支援と、優先順位に応じた技術支援に関する調整メカニズムのあり方について、早急に検討と具体化を進める必要がある。

(5)ルール

貿易自由化の推進とともに、WTOをベースとした公正かつ透明なルールの作成及び強化は、新ラウンド交渉における重要な交渉事項である。民間企業がグローバルな経済活動を進める上で、合理的かつ効果的な協定により、他の加盟国の措置とそれによる経済活動に対する影響への予見可能性を高めることは、わが国経済界にとって重大な関心事項である。
なかでも、日本経団連は、恣意的・保護主義的アンチ・ダンピング措置を防止するため、アンチ・ダンピング協定の改定による規律の明確化・強化を強く求めている。

(6)開発(途上国配慮)

開発(途上国配慮)は、途上国を含めた多角的自由貿易体制において、自由化及びルール交渉を推進するために不可欠であり、新ラウンド交渉の全分野に共通する論点となっている。
わが国をはじめ先進国は、途上国のルール遵守・交渉参加能力向上の観点から、ODAの活用#10を含め、技術支援(キャパシティ・ビルディング)に積極的に貢献すべきである。
途上国に対するS&D(特別かつ異なる待遇)や実施問題(協定履行上の特別な配慮)に関して、先進国は途上国の提案に真摯かつ前向きに検討する必要がある。なお、現に著しい経済成長を遂げている途上国は、WTOによる自由化の恩恵を十分に享受しつつあり、先進国と同様のルールの適用に向けて準備を行っていく必要がある。こうした観点から、卒業問題(WTO協定履行能力のある途上国については、S&D(特別かつ異なる待遇)の適用を終了する)に関しても、交渉と並行して議論を開始すべきである。

4.おわりに

多角的自由貿易体制の根幹をなすWTOへの信頼の維持と、多角的交渉による更なる自由化実現の可能性は、香港閣僚会議における大枠合意の成否にかかっている。日本経団連は、全加盟国が一致し、実質的交渉の進展に向けた政治的決断を行うことを強く求める。

以上

  1. 日本経団連は、下記の団体を中心に、国際的な連携を図っている。
    米国:ビジネス・ラウンドテーブル、全米製造業者協会(NAM)、CSI(Coalition of Service Industries)、欧州:European Roundtable of Industries、UNICE(欧州産業連盟)、ESF(European Service Forum)、オーストラリア:Business Council of Australia、カナダ:Canadian Council of Chief Executives 、メキシコ:Consejo Mexicano de Hombres de Negocios (Businessmen's Council)ほか
  2. 新ラウンド交渉では、農業、非農産品(鉱工業品)、サービス、貿易円滑化やアンチ・ダンピング等のルールについて並行的に交渉が行われ、一括合意を図ることとされている。分野が多岐にわたることから、ギブ・アンド・テイクの選択の幅が広がるメリットがある。反面、一分野での交渉の難航が、他分野の交渉の進展を阻害するデメリットも内包しており、現状では、それが露呈している。例えば、新興途上国のブラジル等は、先進国の農業分野での譲歩がない限り、自国の鉱工業品・サービスの更なる自由化には応じないとの姿勢をとっている。
  3. わが国は、新ラウンド交渉終結に向けて、総合的な対外経済戦略を構築するための体制を早急に整備する必要がある。
  4. 新ラウンド交渉では、後発開発途上国(LDC)に対する配慮から、先進国とは異なる自由化を行うことが認められている。
  5. わが国が申し立て、協定違反が認定された米国のバード修正条項(アンチ・ダンピング関税及び相殺関税による収入を、提訴した米国内企業に分配することを規定)は、議会に廃止法案が提出されている。
  6. GATT24条には、関税同盟及び自由貿易地域について規定があり、これらは、域内関税等を「実質的上全ての貿易について廃止すること」を条件として、認められている。
  7. 農業交渉における3つの柱は、(1)市場アクセス(関税削減等)、(2)国内支持(国内農業助成のための補助金や価格支持政策等)、(3)輸出競争(輸出補助金、輸出信用、輸出国家貿易等)とされている。
  8. 農業交渉において、米国は、2002年、国内助成政策である「価格変動対応型支払制度」を導入し、これを「青の政策」に位置づけようとしている。「青の政策」とは、生産調整を前提とする直接支払いを言う。緑の政策(貿易を歪める影響や生産に対する影響が、全くあるいはほとんどないもの)に準じて、ウルグアイ・ラウンド合意では、削減対象外とされた。この新制度は生産調整に基づかないため、米国は、これを「新たな青の政策」と位置づけるとともに、青の政策自体の規律の見直しを主張している。こうした主張には、わが国をはじめ他国から異論が出されている。
  9. 輸出信用は米国が多用する。輸出国家貿易とは、国等による排他的輸出入、特権を認められた機関による輸出入を言う。豪州等が小麦・酪農品等で実施する。
  10. わが国のODA大綱においては、「貿易・投資分野の協力」が盛り込まれているものの、これを具体化した「政府開発援助に関する中期政策」においては、WTOにおける途上国ルール遵守・交渉参加能力の向上に関する明示的な記述はない。

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