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WTO新ラウンド交渉・香港閣僚会議の成功を望む

―各国は政治的決断を―

【分野別詳論】
2005年9月20日
(社)日本経済団体連合会

1.非農産品市場アクセス(NAMA)

(1)フォーミュラ(関税削減方式)

わが国経済界は、途上国及び先進国にも一部に残る高関税(欧州の自動車10%、エレクトロニクス製品14%、米国の商用車25%等)の引下げを重視している。
この観点から、フォーミュラの形態に関しては、スイス・フォーミュラを基本とする案を支持する。また、関税削減方法が明確となり、各国間の比較が容易となることから、簡素なフォーミュラが望ましい。ジラール・フォーミュラまたはその変形は、平均関税率が高い国の削減幅が小さくなり、各国間の関税格差の是正が図られないため、支持できない。
途上国のフォーミュラによる削減への参加を促すためには、「枠組合意」で示された配慮規定に加え、途上国に対して緩和された係数の適用を認めるべきである#1
途上国に配慮・柔軟性を認める条件に関しては、貿易量・貿易構造・発展段階等に基づいて判断すべきである。
各国とも一部に関税引下げが困難な産品(わが国の場合は林水産物等)を有するが、わが国を含む各国の適切な対応により、交渉を進展させることが重要である。

(2)分野別関税撤廃・調和

これまでの分野別交渉における取組に一定の成果が見られることを踏まえ、フォーミュラにおける交渉と合わせて、産業界を含めた各国間の分野別の関税撤廃・調和の取組が行われていることを支持する。
具体的には、自動車・同部品、情報家電を含む民生電子製品・電化製品・事務機器及びこれらの部品、化学に関してはゼロゼロ・ハーモナイゼーション、繊維についてはハーモナイゼーションの取組を支持する。
分野別の取組の効果を高めるためには、上記分野について、クリティカル・マスによる合意形成を目指すべきである。

(3)非関税障壁

関税引き下げによる市場アクセス改善の効果を高めるためには、非関税障壁を可能な限り撤廃することが重要である。なお、貿易円滑化等、他の交渉会合で議論されるべき案件との仕分けを早期に行い、非農産品市場アクセス分野の交渉における論点を明確化することが望ましい。

(4)その他

国によっては、恣意的又は不適切に関税の高いタリフラインに分類して適用する例があり、こうした慣行を是正すべきである。例えば、情報・家電分野の技術進歩に伴い、複数の機能が融合された商品に、こうした例が見られる#2。急速な技術進歩に対応するために、非農産品市場アクセス交渉において、適切な関税分類について議論を進めるべきである。また、ITA(情報技術協定)対象品目の拡大、分類の見直しを進めるとともに、同協定の参加国の拡大が必要である。

2.サービス貿易

金融、IT・電子商取引、流通等、サービスは経済発展に不可欠な基本的インフラを形成するものであり、統合的なサプライチェーンを構築するためにも極めて重要な役割を担っている。モノの貿易や投資の自由化から最大限の利益を得るためには、加盟国がサービス貿易の自由化に積極的に取り組む必要がある。
2004年7月の「枠組合意」以降、各フレンズ会合において自由化を求める一連の共同声明が発出されたことは、一定の評価に値する。
他方、農業や非農産品市場アクセスといった交渉分野の進展を見ながらサービス貿易交渉に臨む加盟国もあるが、他の交渉の状況に関わらずサービス貿易交渉が具体的に進展するよう各国はリーダーシップを発揮すべきである。

(1)ルール

(1) 国内規制
免許付与条件の透明化、パブリック・コメントの導入等で規制の透明性を向上させるとともに、不必要に貿易制限的となる規制が導入されないことを求める。

(2) セーフガード(ESM)
サービス貿易の交渉はモノの貿易と異なり、各国が実情に合わせて自由化分野を選択するポジティブ・リスト方式であること、貿易量の計測が難しく輸入急増による国内産業への損害を客観的に立証することが極めて困難であること等から、セーフガード措置は設けるべきでない。

(2)最恵国待遇(MFN)免除

GATSの発効後10年以内を原則に撤廃すべきとされている最恵国待遇免除に関しては、今年がその節目を迎えることから、撤廃へ向けた作業が行われることを期待する。

(3)リクエスト・オファー交渉

2005年5月末に改訂オファーの提出期限を迎えたが、未提出国は早期にこれを提出するとともに、よりレベルの高い自由化へ向けた議論に参画することを求めたい。また、イニシャル・オファー未提出国が未だ多く残っていることに鑑み、先進国を中心とした既提出国は途上国への働きかけを強めるとともに、途上国の関心分野についても配慮し、交渉を主導していく必要がある。
サービス交渉を促進させるため、フレンズ会合を一層活発化させるとともに、交渉対象セクターの重点化とその中でのクリティカル・マス形成に努めるべきである。また、交渉の進捗状況を客観的に測る何らかの指標の導入等も検討に値する。

(1) 分野横断的課題

  1. 投資
    「海外における業務上の拠点の設置(第3モード)」を通じたサービスの提供は、サービス貿易の中核を占め極めて重要である。また、サービス産業における投資は、サプライチェーンの観点から製造業投資と深く結びついている。このため投資受け入れ国の製造業の競争力強化の視点に立って、サービスの第3モードについてレベルの高い自由化を目指すことが望ましい。

  2. 人の移動
    財、サービス、人、資本、情報の経営資源が国境を越えて、自由で円滑に流れることにより、効率的な経済活動が実現すると考えるが、人の移動については、他の資源に比べて自由化が遅れている。
    そこでまず専門的・技術的な分野の自然人が自由に世界中を移動できるような制度の実現を求める。特に各国が、(a)経営者や管理職、教育訓練や能力開発目的を含む全ての企業内移動、(b)企業間や個人ベースの契約に基づく専門的・技術的な分野の人の移動、(c)一時的な滞在の自由化、について自由化約束することを望む。
    なお、人の移動は、サービス貿易の一つの形態として交渉が進んでいるが、こうした人材はサービス貿易に従事する分野に限定されるわけではなく、各国がサービスを含む全ての分野において門戸を開放することを求める。また、サービス貿易の約束表を超えた入国・滞在関連規制の透明性の確保、手続きの簡素化・迅速化も必要である。

(2) セクター別課題

  1. 金融サービス
    「金融サービスに係る約束に関する了解」に基づき、約束表を改善することを各国に対して求める。特に、多くの金融サービス分野において実質的な参入障壁となっている、外資出資比率制限、支店・子会社の設立制限、役員・従業員の国籍・居住要件、地理的制限、業務範囲の制限、特定の再保険会社への強制出再等の再保険に係る制限、経済需要テスト等に基づく内外差別的規制を撤廃すべきである。

  2. IT関連サービス・電子商取引
    各国に対して、(a)コンピュータ関連サービス、電気通信サービスの中の付加価値電気通信サービスに関する完全な自由化、(b)技術進歩による新たなビジネス形態の発展を促進する自由化約束の達成、(c)日本政府がリクエストで提示したITサービス事例に関して、当該サービス全般をコンピュータ関連サービスとして全面的な自由化を約束するオファーの提出、(d)IT関連サービスは約束表の様々なセクター分類の組み合わせにより達成されることに鑑み、約束表の枠組みを最大限に活用した包括的な自由化約束、を強く求める。なお、改訂オファーの期限を既に過ぎているにも関わらず、分類問題を新たに扱うことは混乱を招くことから、既存の分類で交渉を進めていくべきである。
    電気通信サービスでは、基本電気通信交渉を踏まえた約束表の改善を求める。特に、外資出資制限の改善、免許付与条件の透明化、内外差別的な国内規制の撤廃等が重要である。また、参照文書は基本電気通信サービスにのみ適用され、付加価値電気通信サービスには適用されるべきではない。
    コンピュータ関連サービスでは、全てのサブセクターとモードとを網羅した自由化を求める。コンピュータとネットワークを活用したITサービスは、コンピュータ関連サービスと位置付けるよう求める。
    また既存の約束表上、複数のセクターにまたがる新たな形態のサービスについては、原則として関連するセクター(例えばコンピュータ、電気通信、コンサルティング等)全ての自由化約束を達成することを求める。

  3. 海上運送サービス
    2005年2月に発出された41カ国による共同声明において求められているように、加盟国は質の高い自由化を約束すべきである。特に、国際海上運送サービス及び海上運送の補助的サービスの自由化、ならびに港湾サービスへの無差別なアクセス及び利用の確保が重要である。

  4. 航空運送サービス
    いわゆるソフト・ライト3分野(価格設定を除く販売活動、コンピュータ予約サービス、航空機整備)について、各国における約束表の実施、ならびに自由化約束の推進を求める。

  5. エネルギーサービス
    交渉に当たっては、エネルギー・セキュリティや供給信頼度の確保、ユニバーサル・サービスの維持等の公益的課題と効率性の両立を図ることが不可欠である。また、未解決の分類問題の議論を、まず速やかに収束させるべきである。

  6. 流通サービス
    各国に対して、外資参入制限、出店規制、用途規制等の改善を求める。特に、製造業と流通業が不可分な関係であることに鑑み、製造業者による自由な流通(自社製造品、他社製造品を問わない)を保障することは、国際競争力強化の上でも重要である。

  7. 音響映像サービス
    先進国においてもほとんど約束がなされていない国があり、約束表の大幅な改善を求める。特に、内外差別的な国内規制の改善が重要である。

  8. 建設・エンジニアリングサービス
    各国に対して、外資出資比率制限、事業形態の制限、内外差別的な国内規制等の改善を求める。

3.電子商取引

情報化社会の進展とデジタル化、グローバル化に伴う新形態のビジネスの創出やこれからの貿易のあり方を踏まえ、IT及び電子商取引分野の自由化やルールの策定を包括的かつ具体的に進める必要がある#3。その際には先進国と途上国の間に存在するデジタル・デバイドを解消するために、先進国は情報化社会に向けた途上国の取組を支援していくことも重要である。
なお、ソフトウェアの取り扱いについては、物理的な媒体#4による取引がネットワークを利用したデジタル化#5された取引に変わっても、GATTが適用されることを求めるが、少なくとも従来と同等の自由化約束の取り扱いは確保されるべきである。また、関税不賦課については、早急にその恒久化を明示すべきである。

4.貿易円滑化

貿易円滑化は、先進国途上国を問わず、企業の負担軽減・政府の行政効率向上等、全ての関係者にとって利益につながるものであり、積極的に推進すべきである。
2004年7月の「枠組合意」以降、同年11月に採択された作業計画に基づき、GATT5条(通過の自由)、8条(輸出入に関する手数料及び手続き)、10条(貿易規則の公表及び施行)それぞれについて、わが国をはじめとする各国から、具体的提案が出されてきている。
これらの内容は、総じて個々の企業の負担軽減に資するものであり、支持する#6。わが国経済界としては、通関手続きの透明性向上の観点から、標準処理日数の導入・公表が重要であると考える#7
重要分野のルールのあり方について、早期に各国の共通理解が形成され、わが国経済界の関心事項#8が協定上の義務として合意されることを望む。
また、途上国も積極的にルール策定に尽力することを前提に、キャパシティ・ビルディングを並行して推進すべきである。
キャパシティ不足による義務不履行に対する紛争解決手続への付託については、柔軟性を持って対応する必要がある。

5.アンチ・ダンピング

近年、恣意的・保護主義的なアンチ・ダンピング(AD)措置が頻発しており、先進国だけでなく途上国にも拡大している。ADの濫用は、市場アクセス改善の効果を減殺し、輸出企業、輸入国のユーザーや消費者が被害を蒙ることとなる。また、AD措置の発動への予見可能性が著しく損なわれ、多角的貿易体制の不安定化をもたらす。こうした悪影響を防ぐため、合理性、公正性、適正手続き、予見可能性の確保の観点から、AD協定を改定し、規律を強化・明確化すべきである。
2004年7月の「枠組合意」において、AD交渉を進展させるとの加盟国のコミットメントについて確認され、現在ルール交渉会合において、各国の提案に基づき実務的な議論が進められている。わが国を中心とするADフレンズ国は、2005年2月、交渉を通じて達成すべき「6つの広範な目標」#9を提案している。
経済界としては、これらの目標にも沿うものとして、以下のようなルールの改善を要望する。
第一に、AD措置の恒久化防止は、極めて重要な課題であり、5年間で文字通りAD措置がサンセットする原則が徹底されるよう所要の改正をすべきである。仮に不当なAD措置が発動されたとしても、一定期間内に終了すれば、当該措置への対処や、コストの予測等が可能となる。
第二に、AD措置の行き過ぎた影響(特に、輸入国のユーザーや消費者への悪影響)の軽減のため、措置が公共の利益に反しないことの要件化、レッサー・デューティの義務化(国内産業の損害除去に必要なマージンがダンピングマージンを下回る場合には、損害マージンを限度とする)等とともに、ユーザーや消費者の意見がより反映される手続の整備を図る必要がある。
第三に、不当な調査の早い段階での防止は、調査対象企業や国内ユーザーへの悪影響軽減のために不可欠である。調査開始または仮決定の段階で、事実上、輸入が停止してしまうことも多く、不当な調査開始・仮決定により、ビジネス上回復不可能な損害が発生しかねない。そのため、調査開始時の対象品目の明確化や調査の提訴資格の確認等のため被提訴者が調査開始時前(少なくとも価格調査開始前)に意見を述べる機会を与えること等が必要である。加えて、調査開始から暫定措置導入までが不当に短期間とならないよう、暫定措置導入の時期に関しても議論を深めるべきである。
以上に加え、ADフレンズ国が既に提案している多くの規律強化・明確化のための改善点について、その実現を望む。

6.開発(途上国配慮)

途上国も、多角的貿易体制への参画が自国の利益につながると認識し、新ラウンド交渉に積極的に参加していくべきである。貿易自由化やルールによる規律は、貿易の拡大による経済成長の促進と経済の効率化とともに、外資流入の活発化による技術移転の促進や雇用の増加にも資する。
しかし、途上国に参画を促し、新ラウンド交渉を実質的に進展させるためには、先進国が途上国に対して適切に配慮することが重要である。
そのため先進国は、第一に、人の移動の自由化、農産品市場の開放、農業補助金の削減等、途上国の関心分野に一層努力すべきである。第二に、貿易と開発分野等において議論されている「特別かつ異なる待遇」(S&D)、実施問題(協定履行上の特別な配慮)に関し、途上国からの提案について真摯かつ前向きな検討を行うべきである。
なお、S&Dの適用に際しては、卒業問題(WTO協定履行能力のある途上国に対してはS&Dの適用を終了する)について、新ラウンド交渉において具体的議論を開始すべきである。
他方、途上国のルール遵守・交渉参加能力の向上の観点から、技術支援(キャパシティ・ビルディング)を積極的に進めることが重要である。WTO事務局は、「技術協力計画」に基づき、セミナー、ワークショップ等のプログラムを実施しており、こうした取組を評価する。わが国も、ODAにより官民が協力してアジア・アフリカ諸国を重点とする技術支援を実施しており、こうした取組を引き続き実施していくことを支持する。わが国のODA大綱においても「持続的成長」が重点課題に位置づけられており、「貿易・投資分野の協力」が例に挙げられている。そのなかでも特に、途上国のWTO新ラウンド交渉への前向きな姿勢を引き出す観点から、途上国のルール遵守・交渉参加能力の向上に重点をおいたODAの積極的な活用を望む。経済界としても、民間企業の知見・経験を活かし、途上国支援に積極的に協力していきたい。

以上
(日本経団連貿易投資委員会企画部会ポジション・ペーパー「WTO新ラウンド交渉の成功を望む」(2005年6月15日)をもとに作成)

  1. 米国案では、途上国には先進国より緩和された係数を適用する代わりに、「枠組合意」における途上国配慮規定の適用を認めていない。
  2. 欧州は、多機能液晶ディスプレイモニターについて、テレビ等に課される14%を適用しているが、パソコンの液晶ディスプレイモニターは、ITA(情報技術協定)において0%とされている。
  3. 例えば電子署名の有効性実現
  4. 例えばCD-ROM
  5. 例えばダウンロード
  6. わが国は、下記の内容で提案を公表している。
    ガット10条に関する提案:
    透明性(貿易関連法令・手続きの官報・ウェブサイトによる公開等)、予見可能性(法令案について民間の意見聴取、施行前の公表、事前教示等)、公平性(貿易規則の全国一律の適用、異議申立制度の整備等)
    ガット8条に関する提案:
    手数料(手数料の公表、定期的な見直し等)、輸出入手続・所要書類(貿易制限的でない手続、国際標準の使用、事前審査、リスク管理手法、シングル・ウィンドウ、コピーの受理等)、罰則(罰則の明文化、書類不受理の理由説明等)
    ガット5条に関する提案:
    無差別原則、手数料等の公表、合理的な通過手続及び書類要求とその定期的見直し等、国境を越えた協力体制の構築
  7. ガット10条に関する提案(日本、モンゴル、台湾、ペルー及びパキスタン)においては、公表すべき貿易規則の範囲の明確化・改善に関し、「主要な手続きの平均所要時間の公表」が盛り込まれている。
  8. 具体的な要望として、日本経団連は「WTO貿易円滑化ルールの早期策定を求める」(2004年4月20日)を公表している。
  9. (1)AD措置の行き過ぎた影響の軽減、(2)AD措置が恒久化することの防止、(3)適正手続きの強化及び透明性の確保、(4)調査当局及び対象企業のコスト削減、(5)不当な調査の早い段階での防止、(6)ダンピング損害にかかる実質的な規律の強化及び明確化

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