[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

イノベーションの創出に向けた産業界の見解

−「イノベーター日本」実現のための産学官の新たな役割と連携のあり方−

2005年12月13日
(社)日本経済団体連合会
産業技術委員会

はじめに

総合科学技術会議では、「科学技術に関する基本政策について」に対する答申(案)のとりまとめに向けて検討が深められているが、本答申案において、研究開発の成果をイノベーションを通じて、社会・国民に還元する努力を強化することが基本姿勢として示され、また、政策目標のひとつに「イノベーター日本〜革新をもたらす強靭な経済・産業の実現」が掲げられたことは、高く評価できる。

技術革新などにより経済・社会を変革し、より豊かな生活へと結び付けるイノベーションは、知の創造に始まり、イノベーションの種の創出、種の育成を経て、実現していくものと考えられる。産業界は、イノベーションの種の育成、イノベーションの実現に大きな役割を担うものであるが、知の創造、イノベーションの種の創出などの一連の動きの中で、大学、公的研究機関、政府の果たすべき役割も大変大きい。

科学技術投資の成果が十分に国民に還元されていくためには、イノベーションの創出に関して、産学官で共通認識が得られ、第3期基本計画に基づく政策展開、大学や公的研究機関の活動、産業界の取り組みとがあいまって、知の創造の成果が、イノベーションの実現へとつながっていくことが不可欠と考える。

日本経団連では、昨年の提言「第3期科学技術基本計画への期待」において、「知の創造」を「活力の創出」につなげていくことが重要との指摘を行ったところであるが、総合科学技術会議で取り組みが進められてきていることから、今般、改めて、イノベーションの創出に関する産業界の見解を明らかにすることとした。

この見解をきっかけに、イノベーションの創出に向けた産学官の役割と連携のあり方について、産学官で議論がさらに深まることを期待したい。

1.価値創造型の産業競争力の強化
−イノベーションの創出に向けた産業界の基本認識−

(1) イノベーションの実現に向けた産業界の役割

イノベーションの種を育て、イノベーションを引き起こす最大の担い手は、産業界である。産業界は、国民のニーズを適切・迅速に見極めながら、低廉で多様、かつ高品質なサービス・製品を提供し、利便性・経済的価値の向上を図るイノベーションを継続的に実現すべきである。
そのためには、経営のスピードの確保と人材、技術の集中を図り、価値創造型の産業競争力を強化することが必要であり、そのことによって、グローバルな競争を勝ち抜き、世界のフロントランナーの地位を確立していくことが望まれる。
産業競争力の強化にあたっては、材料とデバイス・高度部材のすりあわせだけではなく、その強みを活かしつつ、新しいシステム・サービスを創出し、両者の価値連鎖の構造で新たな価値を生み出していくことが必要である。その際、材料、デバイス・高度部材のすりあわせの今後の競争力の鍵はナノテクノロジーであり、この強みをシステム・サービスに価値連鎖させる鍵は、ソフト設計力を含むシステム構築力とこれを担う人材である。
科学技術への投資が、成果を生み、それがさらなる科学技術投資につながるという好循環が形成されるためには、産業界が、こうした価値創造型の競争力を確保し、イノベーションを実現することによって、より利便性の高いサービス・製品を国民へ還元し、需要を喚起することが不可欠である。

(2) イノベーションの創出に向けた大学、公的研究機関、政府の役割

近年、科学と技術、技術と経済・社会の相互の関係が一段と強まり、さらに、科学は、経済・社会の将来の方向からも大きな示唆を受けつつある。科学、技術、産業を含む経済・社会を別個のものと捉えるのではなく、科学、技術、経済・社会について、互いに連動した取り組みを進めていくことが不可欠である。
こうした観点を踏まえれば、イノベーションの実現に至るまでの一連の流れにおいて、大学、公的研究機関、政府が果たすべき役割は極めて大きく、そのことを産学官で共通の認識にしていくことが大切である。
また、イノベーションを担う世界に通用する人材の育成が、イノベーションを生み出すシステムの構築には不可欠であり、その意味での大学や政府の果たすべき役割は大きい。

(3) スピード感を持ったイノベーションの創出

これまでの科学技術投資の成果として、大学においてイノベーションの種が生まれ、産学連携を経て、国民に成果が還元されてきた例も存在している。しかし、知の創造から国民への成果の還元にはかなりの期間を要している面も否めない。
米国では、出口に責任を有する府省の予算割合が大きく、こうした府省が大学の基礎研究に資金を提供していることから、知の創造からイノベーションの実現にまでつながりやすい構造となっているが、わが国においては、出口に責任を有する府省の予算割合は低く、知の創造からイノベーションの実現にまでつながる道筋が必ずしも明らかになっていない。
世界各国ともイノベーションの創出に向けて、積極的に取り組み始めている。わが国としては、知の創造からイノベーションへのスピードを加速していく科学技術システムの構築が大変重要である。
企業、大学、公的研究機関、政府が、適切な連携と役割分担のもとに、スピード感覚を持って、イノベーションの創出を図っていくことが期待される。

2.イノベーションの創出に向けた産学官の新たな役割と連携のあり方

企業、大学、公的研究機関、政府が、適切な連携と役割分担のもとに、イノベーションの創出を図っていくためには、以下の視点に立って、科学技術システムを再構築する必要がある。
なお、以下の図において、知の創造から、イノベーションの種の創出、種に育成、イノベーションの実現までを、一連の流れとして示しているが、決してリニアモデルを想定しているわけではない。すでに市場が存在している分野においては、イノベーションの種を育成するにあたって、先端技術のメカニズムを解明するために、知の創造にまでさかのぼった取り組みが求められる、あるいは、イノベーションの種が生まれることで、すでに創出された種の育成への取り組みについて大きく方針が変更がされることがあるなど、知の創造から、イノベーションの実現に至る流れは、相互に関連を持ちながら進行するものである。

(1) イノベーションの種の創出に向けた取り組みの強化

科学技術創造立国として世界をリードする新しい知が多く生まれていくことは、大変重要であり、多様性の確保を図るとともに、説明責任を遂行しつつ、国際的に評価される知の創造を期待するところである。
しかし、イノベーションの種が多く創出されるようにするためには、個々の分野を極めるだけでは不十分である。将来の経済社会のあり方や世界の動向をにらみながら、異分野融合や融合技術領域への取り組みを進めることが重要であり、そのための方策として、学と産の間で、将来の経済社会のビジョンやタイムテーブルを含めて、十分な知のインターラクションを確保することが求められる。
この段階においては、企業の資金的な貢献は、基本的には困難であるが、産業界においては、知恵による貢献の観点から、人材の交流を含めて、イノベーションの種の創出に向けて、大学との知のインターラクションに積極的に取り組む必要がある。
知の創造からイノベーションの種の創出に至る過程では、わが国にとって重要な具体的な政策目標を実現するために、解が見えていない技術領域において、産学官を含めて異分野の有能な人材を集めて、拠点を形成し、知の創造・体系化に取り組み、解となる可能性のある技術を統合的に探っていくことも大変重要である。知の創造・体系化による解の探索の主体はあくまでも大学であり、政府は大学の取り組みを支援することが期待される。企業は、優秀な研究者の派遣や協力、産学の知のインターラクションの媒介役となるマネジメント人材の派遣を含め、知恵による貢献で積極的な役割を果たすべきであり、この段階においての資金的な貢献はあくまでも、ケースバイケースで考えるべきである。
こうした解の見えない課題について、知の創造と体系化に取り組み、拠点を形成し、イノベーションの種を生み出し(フェーズ1)、さらにはそれをもとに種を育成(フェーズ2)していくための仕組みが、日本経団連として提案している「先端技術融合型COE」である。10年先をにらんで、産学の徹底した議論の下に融合研究領域を設定し、異分野から内外の有能な人材を集めて、リーダーの強力なリーダーシップのもとで、イノベーションの種を生み出す世界トップレベルの拠点を形成することが必要である。研究拠点の中で学んだ大学院生が、世界に通用する人材に育ち、産業界を含めて、イノベーションの担い手として活躍していくことが大いに期待される。
さらには、公的研究機関が国としての政策目標の実現に積極的に取り組むことや、政府の資金が、企業を通じて大学に再委託される方式をさらに活用することも、イノベーションの種を多く創出していく上では重要と考える。

(2) 市場環境整備と一体となったイノベーションの種の育成

大学等で生まれたイノベーションの種の育成は、産学が共同して取り組むのが基本である。また、特に、すでに市場が存在する分野において、イノベーション種を育てていくために、新たなブレイクスルーを狙う場合には、基礎研究に立ち返って、イノベーションの種の本質や先端技術のメカニズムを解明していくことが重要であり、これらも、産学連携で推進すべきものである。政府は、こうした産学共同について支援を行っていく必要がある。イノベーションの種の育成にあたっては、ベンチャー企業の果たすべき役割も大きく、政府としての支援策の充実が求められる。
しかしながら、こうした個別の取り組みを支援するだけでは、イノベーションの創出が十分に図られるとは言いがたい。市場環境の整備を取り込んだ総合的な取り組みが不可欠である。

1. ナショナルプロジェクトと市場環境整備との一体的推進

イノベーションの創出に向けては、政府が、政策目標、特に、「イノベーター日本〜革新を続ける強靭な経済・産業」を実現するために、思い切った選択と集中を行いつつ、達成目標とタイムスケジュールを定め、総合的な技術開発を行うナショナルプロジェクトを実施することが重要である。その際、強い分野をより強くするとの観点から、異業種連携を含めて、トップランナーの参加を基本とすべきであり、産業界側も、研究者や資金など資源の迅速かつ積極的な投入を行うとともに、イノベーションの種が育っていった場合には、イノベーションの実現へと結びつけ、フロントランナーとしての競争力をさらに強化する活動を積極的に展開すべきである。
また、ナショナルプロジェクトの推進にあたっては、国際標準化、知的財産政策、規制改革と一体で取り組んでいくべきである。
特に、知的財産権については、わが国が将来に向けて力を入れるべき産業分野においては、個別分野毎の審査ではなく、システムとそれを構成する様々な分野の特許権を俯瞰しながら、審査を行っていくとともに、先端技術分野における知財人材の育成も同時に進めていくべきである。また、研究開発の推進にあたって、国際標準の獲得を強く意識するとともに、その分野において、国際標準化機関での役職などを務められる人材の層を厚くするために、政府は、国際標準化機関の会合への参加に対する積極的な支援や、国際標準化機関の役職経験者の活用を進めるべきである。

2. 政府調達を含む初期需要の創出に向けた関係府省の連携

新技術の活用によって、新しい市場を開拓する、あるいは既存市場において新しい製品やサービスを創出していくためには、研究開発の成果について政府が積極的に政府調達を行うことなどにより、初期需要の創出を支援することが重要である。
イノベーションの種の創出、種の育成を経て、政府調達を含む初期需要創出に結び付けていくためには、これらの過程に関与する様々な府省が連携をしていくことが求められる。その際、初期需要の創出に責任を有する、いわゆるユーザー府省の意見を十分に踏まえて、イノベーションの種の創出、育成への取り組みを行うとともに、ユーザー府省が複数にまたがる場合は、主たる府省を定めることが重要である。

3. 実証実験の推進

イノベーションの種を育成し、イノベーションの実現につなげていく上では、産学官が連携して、実証実験を行うことも、大変重要である。その際、単に研究開発の成果を確認するという視点だけでなく、実証実験を通じて、規制改革課題を明らかにしていくとともに、システム構築力を持つ人材の育成も実現していくべきである。
さらには、試験的に規制緩和を行う特区制度を活用して、実証実験を行なうことも重要である。

4. わが国の産業の競争力上の阻害要因を取り除くための研究開発の推進

わが国は、資源やエネルギーの面で、諸外国に比べて不利な立場におかれているが、例えば、システムのキーとなる材料の代替物質・材料の開発といった競争力上不利な立場に立たされている要因を取り除くための研究開発に積極的に取り組むことが必要である。
なお、こうした観点から、エネルギー問題解決に向けた研究開発の推進も大変重要と言えよう。

(3) イノベーションの創出に向けた横断的な仕組みの構築

イノベーションの創出に向けた各段階の取り組みを進めるとともに、知の創造とイノベーションの種の育成を横断的につないでいくことが大変重要である。

1. 府省間の連携

a) これまでに生まれたイノベーションの種の積極的な育成
イノベーションの種の育成に関する取り組みを進めるに当たっては、例えば、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などにおいて科学技術振興機構(JST)、物質・材料研究機構、理化学研究所などの成果を積極的に活用するなど、第1期(1996〜2000年度)、第2期(2001〜2005年度)の取り組みの中で生まれたイノベーションの種の最大限の活用を図っていくべきである。
さらには、こうしたイノベーションの種の育成による成果を、政府調達などを通じて、ユーザー府省の取り組みにつなげていくことも、大変重要である。

b)段階の異なる取り組みにおける成果目標やシナリオの共有化
イノベーションの種の創出と、種の育成との間で、成果目標やシナリオの共有化を図るべきである。科学技術連携施策群においても、段階の異なる取り組みを連動させることが期待される。
また、イノベーションの種の創出と種の育成が互いに影響をしあうことから、フェーズの違った取り組みを平行して行うことや、それに複数の府省が参加することも、大変重要である。
こうした府省連携などを進めていく上では、リーダーシップが発揮できる仕組みが重要である。

2. イノベーションの各段階をつなぐ産学協働(先端技術融合型COEの推進など)

日本経団連が先に提案した「先端技術融合型COE」は、知の創造から、イノベーションの種の創出(フェーズ1)、さらには、種の育成(フェーズ2)を、統合的に進めるための仕組みであり、政府の積極的な支援が期待される。
先端技術融合型のCOEの形態は、テーマやプレイヤーによって様々であると考える。ひとつの制度で目的を達成するのではなく、拠点の内容に応じた適切な支援が期待される。
企業は、フェーズ1においては、知恵による貢献を基本とし、将来有望となるイノベーションの種が生まれた場合には、イノベーションの種を育成するフェーズ2において、産学共同研究などによって、積極的な資源の投入を行っていくべきである。
また、イノベーションの種の創出と種の育成とを一つの仕組みで進めることによって、イノベーションのスピードを加速することが期待される。
なお、イノベーションの種の創出された段階で、種の育成のステップへ移行すべきか否かを厳格に評価し、適切でないものは支援を打ち切ることが重要である。

3. イノベーションを担う人材の育成

イノベーションを生み出す統合的なシステムを強化していくためには、イノベーションの種の創出や種の育成において、将来の経済社会や世界の動向を見据えながら研究開発ができる人材やダブルメジャーを有する人材の育成が重要な課題である。また、材料、デバイス・システムの融合の視点を含めたシステム構築力やソフト設計力を持つ人材の確保も将来の日本の産業競争力の鍵と言える。
こうした人材を育成していくためには、先端技術融合型COEなどの世界トップレベルの研究拠点や政府の研究開発プロジェクトにおいて、大学院生の参加を推進していくことなどを通じて、ソフト設計力を含めシステム構築力を有する人材を育成していくことが重要である。
また、学生にとって、産業の現場を直接体験する実践的なインターンシップは、大学での研究が企業や社会でどのように活用されているかを理解するために効果的である。若手教授、助教授が、一定期間、サバチカルなどで企業を体験し、世界との激しい競争の前線を実感することは、有能な学生を育成する上で重要である。産業界としても、企業体験・現場体験の機会づくりに努めるとともに、大学においても、兼業など関連する制度について柔軟な対応が期待される。

おわりに

イノベーションの創出に向けた産業界の考えを述べてきたところであるが、先に述べた通り、この見解をきっかけに、産業界、大学、公的研究機関、関係府省において、イノベーションの創出に向けたさらなる議論が進められ、共通の認識が得られていくことを大いに期待するものである。そうした共通認識をもとに、それぞれが適切な役割分担と連携を果たし、イノベーションの創出に向けた取り組みが進められることが求められる。

その際、具体的課題を定めて、産学官の新たな役割と連携のあり方を探っていくことも重要である。日本経団連としても、例えば、ローパワーデバイス・システム、安心・安全ネットワーク、ロボットセル生産システムなど、具体的なテーマを選び、知の創造からイノベーションの実現までを俯瞰し、異なる段階をつなぐモデル事例を、今後提案していくこととしたい。

また、総合科学技術会議においても、基本政策を実行に移す観点から、政策推進司令塔として、イノベーションを生み出すシステムが十分に機能しているかについてのフォローアップを行い、その結果を政策にフィードバックしていくことが期待される。

以上

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