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人的ネットワークと地域クラスターを通じた
新産業・新事業の創造へ

2006年4月18日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

総務省の事業所・企業統計調査によれば、わが国では94年、99年、04年と3期連続して開業率が廃業率を下回っており、新規の企業が生まれにくい状況が続いている。一方で、2002年度から3カ年計画で行われた大学発ベンチャー1000社計画は予定よりも早いペースで計画を達成し、直接効果で約1.1万人の雇用と約1,600億円の売上高をみせるなどの成果も現れている。しかしながら、それら企業の間でも株式公開を果たした企業が現れる一方で、実態は休眠状態の企業も少なくないなど、早くもその成果にも差がつきつつある。
経済産業省が2010年までに大学発ベンチャー100社のIPOを目指すとしているように、これからは、ベンチャー企業の量を競うのではなく、将来的に日本の産業を担う質の高い企業の醸成が必要となる。

これまで日本経団連新産業・新事業委員会では、95年、98年と2回にわたり訪米調査を行い、その成果は、ストック・オプション制度の導入やエンジェル税制、会社法の改正などの制度改正、大学発ベンチャーの拡大などの政策に結びついている。しかし、このように制度整備が進んだにもかかわらず、2005年のWORLD COMPETITIVENESS YEARBOOKに拠れば起業意識の広がりの度合いが60の調査対象国・地域のうち59位であるなど、依然として日本国内の起業をめぐる動きにはアメリカ、特に代表的なベンチャー・クラスターと比べて大きな差がある。
もはやこの違いの要因を制度の不備に求めることはできず、アメリカにあってわが国に欠けている何かについて、実態に即して解明しなければならない。そこで、昨年1月に三たび米国の東海岸、西海岸のクラスターを訪問して自治体、大学、大企業、ベンチャー企業、起業ネットワーク支援組織などからITバブル崩壊後の米国ベンチャー事情を調査し、バブル崩壊の波を乗り越えた米国のベンチャーの強みを探った。この訪米調査で得られた重要な知見は、ベンチャー起業やベンチャー・クラスター形成における人的ネットワークの果たす重要な役割である。
ここから、わが国に欠けているものとは、ベンチャー起業やベンチャー・クラスター形成における人的ネットワークや、人材の流動化、メンタリングの有無などの人的な要因と、オープンなイノベーションシステムではないかと考える。

そして、人的ネットワークを活かす環境として、われわれが注目したのはクラスターである。クラスターとはハーバード大学のマイケル・ポーター教授の定義によれば「ある特定の分野に属し、相互に関連した企業と機関からなる地理的に近接した集団」である。法律や会計制度などの社会システムや科学技術の高度化が進み、一つの主体のみで競争力を発揮することが難しくなるなか、新産業育成・創造の観点からはクラスターの形成を通じて競争力ある産業を生み出すことが必要である。
「集団の結びつきは共通点と補完性にある」というポーターの指摘のとおり、整った事業環境の下で共通した分野に携わる関係機関が相互に結びついてそれぞれの強みを発揮することによって、地域全体の競争力を高めることができる。また、クラスター内の活発な人的交流は起業の創出にもつながっている。
そこで、アメリカにおける代表的なベンチャー・クラスターの実態と、国内で進められている地域クラスター政策とを比較し、クラスターを通じた産業創出に必要なことは何かを探るべく、経済産業省、文部科学省の行っているクラスター創成事業において現在までに一定の成果を収めている仙台地域、神戸地域を訪問調査し、自治体、大学・研究施設、ベンチャーキャピタル、地元企業などからクラスター形成に対する取り組みを聴取した。

以上の取り組みを通じて得られた、ネットワークの形成による起業支援体制の構築と将来にわたり競争力を維持し地域の産業集積の核となりうる質の高い企業の創出のために必要な事項について改めて整理し、問題提起を行うこととしたい。

I.成功するクラスターの要因

訪米調査および国内クラスター調査を踏まえれば、成功するクラスターの要因は次の点にあると考えられる。

1.リーダーシップとビジョン

クラスター形成の初期段階において最も重要な要素は、地域内で利害の異なる様々な人々や組織をまとめ上げ、共通の目的のもとに糾合できるリーダーシップである。たとえば、中央とのパイプを持ち研究を進めるとともに、製品開発のためにベンチャー企業や大企業の大連合を形成した東北大学の大見忠弘教授や、京都・大阪・神戸の大学をまとめ、地元産学官をも牽引する井村裕夫先端医療振興財団理事長のような強力なリーダーシップとビジョンを有する核となるべき人物の存在である。

大見教授は省電力回路を利用した半導体やディスプレイ製造の研究に携わっており、インテル社をはじめ多くの企業の技術指導経験を持つ。文部省、通産省(当時)の受託研究や民間企業との共同研究の実績も多い。ラジカル反応ベース製造装置プロジェクトではベンチャー企業を含めた20社による技術連携体制を構築しつつ、統一的なビジネス交渉窓口を設けることで技術の切り売りを防ぎ研究価値の確保を実現している。

井村理事長は京都大学総長を退官後、神戸市民病院長として招聘されたことを機に神戸医療産業都市構想懇談会の座長に就任した。京都・大阪・神戸の三大学の医学部長などが集まった懇談会をまとめ神戸の医療産業都市構想の枠組みを定めるとともに、地元の360企業や文部科学省、経済産業省、厚生労働省が参加した医療産業都市構想研究会で医療産業都市構想を具体化させ現在も医療産業都市構想の中核を担っている。

そのようなリーダーは理想を掲げるとともに長期的なビジョンを持っており、関係者はそのビジョンに向かうことで一致協力しやすくなる。強いリーダーシップとビジョンを有する人材の存在が、クラスター形成の立ち上がり段階の成否を左右する。

2.核となる機関

その地域が競争力を発揮するためには、人を呼び込めるだけの高い技術水準を持つ機関が必要である。仙台地域においては半導体研究や微小電気機械を実現するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)研究を行っている東北大学、神戸地域においては再生研究と臨床機関が一体化した先端医療センターやミレニアムプロジェクトの一環で設立された理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターがそれにあたる。

とりわけ、大学の果たす役割は重要である。アメリカでも、シリコンバレーはスタンフォード大学なくしてはあり得なかったし、ボストン周辺におけるマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学のように、大学が多くのクラスターの核を担っている。特に大学院での研究成果が起業へとつながり、それが学部の学生を集め、結果として大学の裾野を広げる効果をもたらしていることから、質の高い大学院研究に重点を置くべきである。

また、核としての魅力を高めるには、東北大学がリチャード・B・ダッシャーMIT教授を招聘したように、海外をも含め外部から積極的に人材を招き入れることもひとつの方法である。

3.危機から生じる改革意識と継続的な取り組み

恵まれた環境からはクラスターは生まれにくい。仙台地域における地域経済の縮小や神戸地域における震災といった逆境から生じた強い危機感は、自治体をはじめとする地元関係者の意識改革につながり、それがクラスター形成の力ともなる。環境整備に多額の支出が必要とされる割に産業が根付くにはリスクが高く、また、既存の利害を超越しなければならないクラスター推進においては、相当程度の熱意が必要になってくるためである。

そのようにして立ち上がったクラスターも、一応の域に達するまでには20年、30年といった長い年月が必要である。短期的な成果にとらわれず、長期的なビジョンを持つことが重要である。初期段階のビジョンが魅力的なものであればそれを継承したいと考える人材が後に続くと考えられるので、先述のリーダーシップとビジョンを兼ね備えた人材の存在はより一層重要になってくる。

4.特定分野への特化

クラスター形成においては核となる産業の存在が不可欠であるが、実際に成功するクラスターでは、IT、バイオといった大きな括りではなく、仙台地域のMEMS技術、神戸地域の再生医療のように、通常考えられているよりもさらに詳細に分野を絞った形で取り組まれていることは注目すべきである。

ただし、クラスターの長期的な発展という観点からすると、将来的にはその周辺分野をも含んだ裾野の広い産業が集積されることが望ましい。特定の狭い分野での盛衰が生じても、周辺分野からそれに代わる次世代の産業が生まれることによってそれまでの研究成果や技術蓄積の継承が期待されるためである。

5.既存地域資源のクラスター内への効果的な組み入れ

地場産業で培われた技術など、既存の地域資源を活用することはクラスター形成において意識されていることではあるが、地域にある資源に固執しすぎる必要はない。実際、神戸地域では大阪のように製薬企業の集積がないものの研究所を誘致することで取り戻している。

一方で、核となる機関の求めに確実に対応できる技術水準などを有する地元企業等の既存資源があれば、それらをクラスター形成過程の中に効果的に位置づけていくことにより、クラスター形成の成功可能性を高めることができる。

II.競争力あるクラスター形成のために

これらのクラスター成長の要因を踏まえつつ、競争力あるクラスターの形成に必要な施策について言及する。

1.人的ネットワーク環境の整備 【起業を支える人材の育成】

シリコンバレーのクラスターの核を担っているものは人的ネットワークである。アジア系をはじめとするさまざまな民族が融合するアメリカ西海岸にあって、起業への支援は公的セクターの役割ではなく、民族ネットワークの中での、成功した起業家から後輩起業家への支援に拠るところが大であった。

(1)起業家支援ネットワーク組織の設立支援

シリコンバレーのTiEやSVJENのような起業成功者や起業家ネットワークの役割のひとつが、起業家の人脈形成である。TiEはもともとインド系移民からなるシリコンバレーの民族系ネットワークであったが、現在では国籍を問わない起業家ネットワークとして世界各地で活動を行っている。TiEは、起業家同士、あるいは起業家と専門家とのネットワーク構築を支援することで大きな成功をおさめている。SVJENもまた、シリコンバレーにおける日本人ネットワークとして活動している。
人的資源に限りがある中で設立手続や資金調達、雇用などスタートアップ段階の起業家がなすべきことは多く、事業に十分専念できなくなってしまいがちである。起業家は自らのアイディアを市場で試すことが本来求められているため、それらの負担は先行者の経験や専門家のアドバイスを参考にすることで可能な限り軽減すべきである。
TiEは東アジア地域においては香港に支部が置かれているのみで、日本での活動拠点はいまだ設立されていない。TiEが蓄積した起業ノウハウを日本の風土に即した形で取り入れることで、日本における起業家ネットワークを充実し起業家活動に資するためにも、わが国でのTiE支部設立を積極的に支援すべきである。

(2)起業家の精神的支えとなるメンターの組織化

TiEでは専門家等の人脈形成を支援することとともに、成功した起業家が後進起業家の相談相手や指導者(メンター)になるメンタリングによって起業サイクルが維持されている。
起業家がマスコミ等で取り上げられ、徐々に書籍や講座などを通じて起業までのプロセスについては一定程度の情報が提供されてきてはいる。しかし、実際の起業においてはテクニック的なものと同時に倫理観や経営者としての心構えといった精神的支柱が重要となる場面があるにもかかわらず、精神面をも含めた全人的なサポートを担う仕組みが、わが国には欠けている。
メンタリング制度は起業家の様々な不安を軽減し、起業の成功率を高める効果がある。日本経団連においてメンター研究会を設け日本の風土に合ったメンタリングのあり方を検討しているように、今後日本においてもメンターの考え方を活かし、根付かせていく取り組みが重要である。

(3)起業ネットワークを通じた起業意識の醸成

漠然と起業に関心のある人材、起業に興味を持ってもどのようにアプローチすればよいか分からない人材に対し、起業から成功までの道筋を示す役割を担うことも起業ネットワークの役割であり、ネットワークから生まれた成功体験が、その起業家に続けと更なるネットワークへの参加をすすめる好循環を生み出すことができる。
大学などで起業教育を行い、ネットワークの中でフォローアップができる仕組みが整えば、起業への幅広い関心を醸成し、起業に果敢に挑む人材の可能性を引き出すことが期待できる。

(4)地方における専門家の充実

また、地方においては依然として起業家を支援する法曹、会計、IPO支援などに携わる専門家の不足が指摘されている。確かに大都市圏に比べて起業家の絶対数も少ないために、起業ノウハウを蓄積するどころか、事務所の経営を維持することさえ難しい地域もあるが、クラスターにおいて起業家を支える専門家の果たす役割は大きい。ゼロ・ワン地域解消のための弁護士会の取り組み等を参考にしつつ、起業支援の経験を積んだ専門家のUターンを促すなどしてノウハウを持つ専門家が地域に根付くように取り組む必要がある。

(5)双方向チャネルを備えたインターネットによる人的ネットワークの利用可能性

一定の地域に人材が集まり、お互いが直接対面し意見を交換できることで得られるメリットが、クラスターにはある。
その一方で、ソフトウェア分野などでネットワークを介し不特定多数の人物が意見を寄せ合いアップデートを重ねる新しい形の製品開発が生まれつつある。
また、WEB上ではソーシャルネットワーキングサービス(SNS)やBlogをはじめとする情報の相互送受信の機会が増えるなかで、情報の送受信者が依然として固定されがちであったこれまでと比べて様々な専門家が集うコミュニティが徐々にネット上に形成されだしてきている。このような手段では直接対面することに比べて時間的、場所的制約が少ない分、意見を集めやすい魅力がある。
直に対話することで得られる情報量・インパクトの大きさというメリットを考慮するとクラスター内で実際に対面できるシステムを基本とすべきであるが、このようなWEB上のコミュニティをあわせて利用することで技術開発や起業家を支援できるような仕組みの構築を同時に進めるべきである。

2.各主体が連携したオープンなイノベーションシステムの構築 【競争力ある産業の創出】

(1)有機的なイノベーションシステムの構築

大企業は過度な自前主義(NIH症候群:Not Invented Here)から脱却し、基礎研究を担う大学・研究機関、試作品開発を行うベンチャー企業、製品化を進める大企業の各主体がオープンなイノベーションシステムを構築することは技術開発の効率化につながる。
一方で、外部委託に頼りすぎるあまり大企業内の技術の空洞化を招き、開発力を殺いでしまうことは望ましくない。そこで各々の役割が完全に分離独立するのではなく、共同研究やスピンオフなどで有機的に結合したイノベーションシステムを築くことが望ましい。さらに親密なネットワーク関係のもとで、研究成果や性能評価、市場の反応などを相互にフィードバックしあいながら基礎研究とプロトタイプ開発、実用化をほぼ同時並行的に進めるといったより複雑化した研究開発のあり方に対応できるようになることが必要である。

(2)学問に裏打ちされた技術によるクラスタリングの推進

大見教授が研究した省電力LSI研究のように、これまでの技術を基にした改良では数十パーセントの性能向上しか見られなかったものが、新しい技術の利用により数十倍、またそれ以上の性能向上が見込めるようになった。学問に裏打ちされた確かな技術が持つ競争力を考慮すると、学術的根拠を持った新しい技術をクラスターにおけるイノベーションの核として重点的に支援することでクラスターの成長につなげるべきである。
支援のあり方についても、米国では研究資金の提供だけでなく大学・研究機関での成果をもとに自ら起業して研究を続ける際には資金援助がなされるなど起業の受け皿が用意されているように、多様な選択肢を用意するべきである。

(3)主体間の人材交流の更なる促進

大学発ベンチャー1000社計画の達成や社内ベンチャーに取り組む企業の増加など、徐々に大学・ベンチャー企業・大企業相互の人材の流動化が進んできてはいるものの、未だに一方通行の人材交流にとどまっている。
米国の産学の人材交流では、大学発の起業家が再び大学に戻る事例が見られる。これには自身の経験を学生に伝えられる等のメリットがあり、同じメリットは大企業とベンチャー企業の間においても生じる。主体間を相互に行き来しやすくなるよう、人材の流動化システムを整備するべきである。

3.クラスター振興のための各主体の施策 【起業家と事業が結びつく場の充実】

[1] 政府・自治体の役割 〜起業環境と理念の長期的醸成〜

(1)産業育成を目的とした長期的な政策展開

自治体がクラスター形成にかかわる際には、当然に雇用の創出や税収の拡大を意識するが、あくまでもそれは産業集積の結果であり、それを目的とするのであれば旧来型の産業誘致策となんら変わるところがない。
長期的な視野が必要な新産業・新事業の創出においては他の営利主体に比べ景気の影響を受けにくく長期的プランを設定しやすい行政の強みを発揮すべきである。

(2)起業環境の提供者としての自治体

米国東海岸のクラスターはシリコンバレーとの対比では自治体主導による人為的クラスターという色彩が濃く、「産業政策」的な制度的支援が州政府によって講じられている。しかしながら、先進的とされてきたマサチューセッツ州においても、州立のベンチャーキャピタルは、株式の保有などに制約があり、その活動には限界がある。
わが国でも95年の創造的中小企業創出支援事業に基づき、自治体が設立したベンチャーファンドがリスクマネー供給を担おうとしたが、投資先や投資判断のできる専門家の不足で事業の成果は上がっていない。投資機関が自治体色を強めると投資先が自治体内に限定される恐れがあるため、自治体は、むしろ税制優遇や手続の簡略化などの各種支援制度の設計、マッチングイベントの運営やインキュベーション施設の提供など起業環境の整備に務めるべきである。あわせて、ベンチャーや大学の成功事例の紹介に務めるなどして、職業観や人生観の啓蒙にも取り組むべきである。
とりわけ自治体による金融支援は民間ファンドへの出資などの間接的なレベルにとどめ、実際の運営においてはコスト意識が高く機動性のある民間部門が担当し、それぞれの強みを活かすべきである。

(3)商品調達によるベンチャー企業の経営支援の実施

起業への公的支援は重要であっても、安易なバラマキ型の補助金はかえって起業家の成長意欲を殺ぐ。自治体がベンチャー企業からの商品調達で経営を支援しているアメリカの事例をわが国の政府・自治体はより参考にすべきである。政府・自治体による調達が経営体力の劣るスタートアップ時のベンチャー企業の経営を支援するだけでなく、納入実績の存在は他企業との取引において有利に働く。加えて、政府・自治体が製品使用を通じて性能評価を行うことで、とりわけ研究開発型ベンチャー企業との取引を困難とする要因のひとつである製品性能の不透明さを解消することが期待できる。
製品の適切な評価を前提に、一部自治体が実践しているように、納入される製品の一定割合について政府・自治体はベンチャー企業からリスクをとって積極的に調達すべきである。

(4)寄付金を通じた研究支援を普及させるための取り組み

研究機関に対する支援においても、研究資金を提供するだけではなく、民間からの資金を活用した技術開発を推進するような制度が重要になってくる。
この点、欧米の研究所では私人・企業からの寄付金による研究所設立や大学での講座開設が活発に行われており、それらが公的研究機関の研究活動を補完している。日本においても、大学や研究機関に対する寄付金は所得控除や損金算入の対象となっているが、制度の割には実際の寄付には結びついていない。
政府は税制を見直し寄付金控除の範囲を拡充するなどして寄付に対するインセンティブを充実させるとともに、寄付が社会に及ぼす効果を周知させるなどして、国民に対して寄付文化を根付かせるように努めるべきである。

[2] 大学・研究施設の役割 〜より一層の産学連携関係〜

(1)研究施設のオープン利用で産学の関係強化や資源の有効活用

先端的な研究施設の共同利用は、研究開発コストの軽減にもつながるほか、施設利用を介した人的ネットワーク構築や情報共有にも資する。情報の機密性保持は前提としながらも、共同研究を通じて大学への研究経験を蓄積させるとともに、交流関係を積極的に保つことで産学の連携を一層強めるべきである。

(2)大学・研究所の高い研究水準に対応でき協力関係を築ける地元企業の発展

研究レベルの高い大学ほど、その提携先は全国的な大企業になりがちで、大学の高い研究成果が地元に還元されない。そのひとつの原因には、地元における提携先の不足がある。大学の高い研究水準に対応できる技術を持った地元企業の存在はクラスターの競争力を高め、成長につながる。大学の研究成果を基にした企業の創出や、大学研究室による技術指導や人材派遣などを通じて地元の技術水準を向上させることで、研究成果を着実に地元に根付かせるべきである。

(3)大学における研究開発・起業環境の改善

大学発ベンチャーにおいては経営に長けた人材の不足が依然として課題となっているため、大企業などが人材を派遣するなどして起業支援に努める必要がある。さらに中長期的にクラスターを支える主体となる若手研究者が眼前の研究に埋没することなくクラスター内で自由に活動し幅広い観察眼を養える時間を持てるよう、大学はカリキュラム編成に配慮するとともに、企業や研究所等が彼らの受け入れに積極的に取り組むべきである。あわせて、大学同士でも単位相互認定制度の一層の拡大や研究施設の相互利用などで連携を深めるべきである。
また、技術を持つ人材が起業意識を醸成できることが、とりわけハイテク分野では不可欠であり、理系人材に対する起業家教育を積極的に取り入れ、最新の学問に裏打ちされた技術を活かしたイノベーションを生むように取り組むべきである。

(4)起業事例の大学内蓄積

大学発ベンチャー企業が増えるなか、学部横断的な組織を通じて起業事例を蓄積し成功・失敗要因を分析することで、今後の企業に資する研究を行うべきである。とりわけ、失敗事例の比較が欠かせないが、成功した事例を調査するのに比べ資料の収集が難しいことが難点である。大学の起業支援組織などが情報の収集に務め、研究を支援できるような仕組みづくりが必要である。

[3] 金融機関の役割 〜投資判断力を備えた地元密着ベンチャーキャピタル〜

(1)地元を意識した、経営に参画できるベンチャーキャピタル

大手ベンチャーキャピタルの多くは首都圏に本拠地を構え、地方拠点は極めて限られている。地方においては地域金融機関系のベンチャーキャピタルがあるものの、銀行出身者のサラリーマン的なキャピタリストが依然として多くリスクマネーの供給経験に不慣れなために、地銀の強みである地域で培ったネットワークを有効に活かしきれていない。
仙台の東北イノベーションキャピタル(TICC)などのような、地域に根ざし投資経験に長じた独立系ベンチャーキャピタルの育成は、そのひとつの打開策である。TICCや神戸における神戸バイオメディカルファンド、神戸ライフサイエンスIPファンドのように、地元事情に通じ投資経験に長けた人材が役員の派遣や専門家の斡旋など投資からIPOや企業売却までの手厚いベンチャー支援を行うことが期待される。
自治体の枠にとらわれない投資を行うことでファンドの運用益を確保しつつ、人材育成においては、投資経験豊富な人材を地域に招聘するなどして後進の育成に努めるべきである。

(2)投資判断と技術判断を分離した融資審査システム

神戸地域のベンチャーキャピタルでは、投資評価については金融機関が、技術評価については研究者などからなる技術評価委員会がそれぞれ分担して行っている。技術の進歩が加速度的に進むなか、一担当者が投資判断から技術判断までをすべてこなすことは難しい。投資に際しては両者の専門性を活かした評価システムを確立することが必要であり、外部の評価機関などの積極的利用が期待される。

[4] 大企業の役割 〜自社の埋没資産(人、モノ、ノウハウ)の発掘〜

(1)イノベーションの芽となる大企業の知的財産の活用

大企業はNIH症候群を脱してオープンなイノベーションシステムに参加することで、イノベーションがもたらす価値の増大に貢献すべきである。
大企業の持つ不使用特許が、他の技術と結びつくことによってイノベーションの芽につながる可能性がある。そのような特許については、起業家に自社の持つ特許の使用権を与え、当該特許を利用した事業が成功した場合には上場を支援したりその事業を買い取るなどして、企業外からもたらされるアイディアを積極的に活かすべきである。

(2)ベンチャー経営を担う人材の供給

資金調達と並んで、販路開拓やマーケティング、提携交渉を行う経営人材の不足がベンチャー経営者の抱える大きな悩みである。アイディアを持つ起業家を支えるのは、アイディアを具体化してビジネスに結びつける人材である。
シリコンバレーでは起業家と経営者の分離がなされており、起業家自身が株式公開を行うまで経営者であり続けるケースは少ない。企業を成長させるのはむしろ大企業で組織運営、経営企画などに携わった人材の得意とする分野である。人事制度を柔軟化して大企業の人材が、経営人材としてベンチャー企業へ行き来しやすくすることで、ベンチャー企業の機能を最大限に引き出すことが必要である。
また、今後団塊の世代が一斉退職を迎えるなか、これまで大企業内で活躍してきた人材を活用する道のひとつとして、起業の推進やベンチャー企業への経営人材としての参加、メンタリングを含めた後進への様々なノウハウの伝承が期待される。

(3)ベンチャー支援の様々なツールの使い分け

大企業にとってベンチャー企業との提携がもたらす大きな効果は技術開発の効率化である。
ベンチャー企業への支援のあり方として、投資、ライセンス提供、委託開発、共同研究、企業買収などの様々なあり方が存在する。社内資源の豊富な大企業の強みは、これらの手段を選択的に行使できる点にあり、マイクロソフト社では、エマージング・ビジネスチームと称する組織が、自社の各事業部門の製品ロードマップを睨みながら、常に活用できる新しいテクノロジー・素材・パテント等の発掘に努めている。大企業はベンチャー企業の特性を活かした適切な手段をもってベンチャー企業との提携を進めるべきである。

(4)アイディアや人材を結び付ける大企業のネットワーク資源の活用

ベンチャー企業や大学にとって、幅広い事業に取り組む大企業が持つネットワークは大きな資産である。大企業がその資産を有効に活かすためには、産学官連携やベンチャー支援に通じた人材を企業内に配置するとともに、個々の担当者がベンチャー企業や大学のニーズと連携に必要なネットワーク情報を社内に蓄積し、共有できる仕組みを整えるべきである。

(5)ベンチャー企業の意思決定の速さに対応した迅速な経営判断

新産業分野においては、早く業界のなかで地位を確立することが標準規格獲得につながるため、いかに研究から事業化までの期間を短縮するかが重要となる。米国のITバブル崩壊時においても、早期の経営判断が行えたかが企業の生き残りを左右した。
ベンチャー企業の強みである意思決定の速さに対応することで新産業の芽を生かし、またリスクを最小化するためには、大企業側でも経営者が早期に判断を下せるように組織のフラット化や情報チャネルの多様化など企業体質の改善に努めるべきである。

おわりに

新産業・新事業委員会は1994年設立以来、数々の提言を制度改革につなげ、また、起業フォーラムやベンチャーフォーラムなど、実際に起業を支援したり、起業文化を醸成するための活動を行うなど、現実に即した活動を行ってきた。

既に、わが国におけるベンチャー起業のための制度整備はアメリカと比べても遜色のないものとなったが、実際にベンチャー起業への大きなうねりが生じているとは未だできない。

そこで、われわれは、今回の報告・提言を実現していくために、経団連の中にメンター活動を推進する組織を早急に立ち上げるとともに、新産業・新事業委員会の活動を、地域におけるベンチャー・クラスター形成を直接に支援することにも拡げていく。そのために、委員会の名称自体も新たな活動を直截に表す起業創造委員会に2006年5月をもって変更する。その意味では、本提言は、新産業・新事業委員会の発展的改組に向けた自己宣言でもある。

起業創造委員会の今後の活動に、一層のご指導ご鞭撻を願う次第である。

以上

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