[ 日本経団連 ] [ 意見書 ] [ 目次 ]

わが国の宇宙開発利用推進に向けた提言

2006年6月20日
(社)日本経済団体連合会

宇宙開発利用は、通信・放送・観測・測位など広範な分野の社会インフラを提供し、国民生活の向上に貢献する。同時に、安全保障、防災、環境保全など国民の安全・安心の確保、外交・国際貢献の手段としても重要な役割を担う。また、最先端の技術開発を伴い、将来のリーディングインダストリーとしての宇宙関連産業の育成にも寄与する。こうしたことから、欧米はもとより、ロシア、中国、韓国、インド等においても、国家戦略の一環として国の強い関与の下で宇宙開発利用が推進されている。

わが国においても、宇宙開発利用は重要な国家戦略として、国が主導的に進めていくことが基本である。民間企業は、技術開発基盤の維持・強化を図りながら、高性能で信頼性の高い衛星・ロケット等の開発・製造・運用ならびに利用を推進し、産業競争力を高めていくことで国家戦略実現の一翼を担う。

わが国では、2004年度においてH-IIAロケットの打ち上げが再開され、その後、H-IIA、M-V合わせて5機の打ち上げに連続して成功するなど、宇宙分野において信頼性を回復し、明るい展望が拓けようとしている。これは、宇宙開発利用の更なる発展に向けた第一歩といえる。

本年4月に、自民党の宇宙開発特別委員会において、安全保障、産業化、研究開発の3本柱からなる総合的な宇宙開発利用の国家戦略を構築すべく、「宇宙基本法」の策定など関連法制・体制の整備を目指した「中間報告」が発表された。こうした、政治のリーダーシップは極めて有意義である。また、政府では、本年3月に「第3期科学技術基本計画」をとりまとめ、宇宙関係を「推進4分野」の一つとして位置づけた。同時に決定された5つの国家基幹技術のなかで、2つが宇宙関係から選ばれるなど、今後5年間に集中的に予算が投入される環境が整備された。政府の宇宙開発委員会では、こうした動きを踏まえ、「宇宙開発に関する長期的な計画(2003年9月)」の見直し作業を開始した。

いまや、宇宙は単なる研究開発にとどまらず、有効活用、産業化を幅広く展開する段階に差しかかっている。その第一歩として、今年度からH-IIAロケットの民営化が開始された。また官民連携による衛星・ロケットの開発も進められており、日本の宇宙開発利用は大きな転換期に差しかかっている。官民が適切な役割分担のもとで、円滑な推進を図ることが重要である。

以上の観点から今後の宇宙開発利用を推進するうえで、産業界として、下記を提言する。


1.宇宙開発利用推進のための法制・体制整備―「宇宙基本法」の策定―

(1) 宇宙産業の国際競争力強化

宇宙空間という過酷な状況において、与えられたミッションを実現することができる究極の機器を開発、利用するのが宇宙産業であり、こうした高度な要素技術やシステムインテグレーション技術は、他産業にも大きな波及効果をもたらす。まさに、わが国の21世紀のリーディングインダストリーに相応しいといえる。
わが国の宇宙産業が、欧米だけでなく、ロシア、中国、韓国、インドといった低コストによる機器やサービスを提供する国々との国際競争を勝ち抜くためには、まず、国の衛星のシリーズ化によって、衛星の信頼性を高めるとともに、安定的、継続的なデータ・サービスの提供を行い、利用の拡大を図る必要がある。また、小型・中型・大型の衛星といったユーザーの様々なニーズに合致したロケットのラインアップを揃えることも重要である。衛星・ロケットの確固たる技術・製造ノウハウ等を獲得・蓄積し、打ち上げに関する自在性、自律性を確保・向上させることが大きな課題である。
諸外国では、官民が一体となって宇宙産業の競争力強化を図っている。わが国においても、宇宙産業をリーディングインダストリーとして育成するため、生産・技術面での基盤強化と産業の活性化策が重要である。とりわけ、国際市場における競争力の強化には、毎年一定の公的需要による受注確保が不可欠である。

(2) 安全保障への活用

テロ、ミサイル攻撃の脅威といった安全保障をめぐる環境変化、大規模災害、環境問題への対応など、国民の安全・安心の確保がますます重要となっている。諸外国をみても、安全保障問題への対応を含め、国が総力を結集して最先端技術を投入しているのが宇宙の開発利用である。宇宙からの観測・監視・測位などを通じた有益な情報の迅速な入手は、安全保障・危機管理に不可欠である。また、こうした情報を外国に提供することは、国際貢献にもつながる。
この障害の一つとなっているのが、わが国の宇宙利用を「非軍事」に限定した1969年の宇宙の平和利用に関する国会決議である。2003年には情報収集衛星が打ち上げられたが、これは一般化原則(衛星の性能を利用が一般化した範囲内に限定)という制約が課せられた衛星であり、衛星が本来持つ潜在能力が十分に発揮しきれていない可能性がある。
宇宙条約では、平和利用の解釈を「非軍事」ではなく、「非侵略」としており、わが国もこうした国際的なスタンダードに合わせていく必要がある。これにより、防衛庁が既存の衛星等を利用するだけでなく、より効果的・効率的な仕様の衛星を直接、開発・保有できるようになる。
宇宙の平和利用原則の解釈の見直しに対応して、総合的安全保障の観点から的確かつ効果的な情報収集、通信手段としての衛星の開発利用の検討、自在な打ち上げができる設備、環境の整備を進める必要がある。

(3) 「宇宙基本法」の策定

研究開発から利用、産業化という一連の流れを円滑に進めるとともに、安全保障のための宇宙開発利用を進めていくには、宇宙開発利用推進体制の強化が不可欠である。こうしたなか、自民党宇宙開発特別委員会では、宇宙開発戦略本部の設立等を目指し、政治主導で議員立法による「宇宙基本法」の制定を進めようとしている。宇宙の産業化、安全保障への活用等のため、「宇宙基本法」の策定が必要である。
総合的な国家戦略としての宇宙開発利用の重要性を明確化したうえで、予算の拡充・適正配分を図るとともに、関係省庁・機関が一丸となって、宇宙産業の活性化・国際競争力の向上、国民の安全・安心の確保、戦略的ODAの活用などによる外交・国際貢献を実現する抜本的な体制の構築を目指す「宇宙基本法」の一刻も早い成立を求める。

2.宇宙開発利用予算の拡充と利用の拡大

(1) 適正な予算の確保

宇宙開発利用は重要な国家戦略であり、国家が投入するヒト、モノ、カネが、発展の大きな鍵を握っている。わが国の宇宙開発利用予算は、ピークであった2002年度の約3,000億円から大幅に減少して、2006年度予算では約2,500億円となっている。これは、米国(NASA)の6分の1程度にすぎず、欧州(ESA:欧州宇宙機関)よりも低い水準である。また、米国は国防省がNASAと同程度の宇宙予算を持っているといわれている。
こうした影響を強く受け、わが国の宇宙産業の従事者は、1997年の9,000人から2004年には6,400人へと減少するなど、疲弊感が出つつある。国の衛星・ロケット等の開発を技術および製造面で支えているのは企業であり、宇宙産業の健全性が損なわれ、技術基盤が揺らげば、国の技術基盤そのものが脆弱になる。宇宙開発利用の産業・技術基盤の維持・強化に向けて、国は関連プロジェクトの円滑な実施のため、過去のピーク時の水準への回復をまず目指し、国家予算を拡充する必要がある。

(2) 「開発」と「利用」の連携強化

予算の拡充にあたっては、「開発」と「利用」との連携の強化が重要である。すなわち、開発した成果のユーザーによる効率的・効果的な利用を進めるべく、開発だけでなく利用に関連する予算への配慮が必要である。また、開発にあたっては、サプライヤー(開発者)オリエンテッドでなく、ユーザーオリエンテッドな視点に立ち、将来の有効利用を十分に考慮したものにしていくことが重要であり、ひいては国民への成果の還元につながる。以上の観点にたち、防災・減災や測位等の衛星のアンカーテナンシーとしてユーザー官庁による宇宙利用の積極的な開拓を期待する。

3.官民連携による宇宙開発利用の推進

H-IIAロケット、準天頂衛星システム、GXロケットなどのプロジェクトが官民連携により推進されている。宇宙プロジェクトは、巨額な資金を必要とすることに加え、高度で最先端の技術開発のため、スケジュールや開発費用など、技術面・費用面で高いリスクがある。プロジェクト期間が当初の予定から延びれば延びるほど、ビジネスチャンスは減少し、代替技術の進歩によって、想定していたビジネスそのものが成立しなくなる危険性もある。スピード感をもって、柔軟にプロジェクトを進めていく必要がある。
官民連携の大前提として、まず宇宙は国家・国策事業であるという認識の下で、官が開発、実証を行い、その成果を踏まえ、産業化の視点にたって民が利用、事業化を進めることが基本である。また、利用にあたっても、国が重要な顧客として継続的に有力なユーザーとなることが重要である。実際に衛星が打ち上がり、軌道上で実証され、事業性の観点から効果が判断できれば、民は本格的に資金を負担し、リスクを負ってビジネスを展開することができる。
自民党宇宙開発特別委員会の「中間報告」では、顧客としての政府(アンカーテナンシー)の立場の確立、政府の関与方法の明確化、民間が負う宇宙開発リスクの限界などを指摘している。

4.国家基幹技術の具現化

「第3期科学技術基本計画」において、重要な研究開発課題として、衛星・ロケットの高信頼性の確保のための戦略重点科学技術が選定されるとともに、国が主導して推進する国家基幹技術として、宇宙関係では、災害監視衛星、地球観測衛星による「海洋地球観測探査システム(衛星系)」、基幹ロケットによる「宇宙輸送システム(輸送系)」が決定された。
関係省庁では、具体的プロジェクトの円滑な実施、ならびにユーザーによる有効利用を進めるため、必要となる予算を確保することが重要である。

以上

日本語のトップページへ