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「独占禁止法基本問題」に関するコメント

−望ましい抜本改正の方向性−

2006年8月1日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会

「独占禁止法基本問題」に関するコメント(概要) (PDF)
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はじめに

規制改革、経済構造改革が進展する中で、市場経済の基本ルールを定める私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、独占禁止法)の重要性はますます高まっており、われわれ経済界も、独占禁止法違反行為の根絶に向けて、法令遵守の更なる取組みを強化していく決意である。
経済憲法である独占禁止法は、違反行為を抑止するために十分成熟したものでなければならないとともに、国民に、より理解されやすい明確なものであるべきであり、厳しい制裁を課すにあたっては、適正手続の確保が、より一層重要となる。
こうした認識の下、前回の独占禁止法改正で積み残された課題を抜本的に解決するために、再度の独占禁止法改正を目指し、昨年7月、内閣府に設置された「独占禁止法基本問題懇談会(以下、懇談会)」において、精力的な検討が行われていることを高く評価する。
しかしながら、今回、意見照会に付された「独占禁止法における違反抑止制度の在り方等に関する論点整理(以下、論点整理)」は、独占禁止法における違反抑止制度の在り方等について、具体的な方向性を示したものではなく、これまで委員から出された意見に沿って、多岐にわたる論点を整理するに止まっている。
そこで、経団連では、独占禁止法の抜本改正に向けて、必要不可欠な論点を中心に、今後わが国における望ましい法改正の姿を具体的に示すことにより、今後の懇談会における検討が収束する方向に向かい、独占禁止法の抜本改正が現実のものとなることを期待して、以下の通り、コメントする。

I.基本的考え方

以下のような基本的考え方に基づき、独占禁止法における違反抑止制度の在り方等について検討する必要がある。

1.適正手続、透明性、予見可能性が確保された仕組みの構築(「1 検討の際の視点・留意点」関連)

昨年の独占禁止法の改正により、違反行為に対する制裁の水準は大幅に引上げられ、国際的に見ても遜色のない抑止力を確保したものとなったが、厳しい制裁を課す以上、当然の前提として法執行における適正手続(Due Process)が十分に確保され、その運用の公正性、透明性が制度的に確保され、事業者はもとより国民全般からも予見可能性が高いものとする必要がある。
さらには、そもそも違反行為の態様、程度に応じた適正な制裁が設けられているかにつき、禁止行為類型の見直し、違反行為に対する制裁内容のあり方など、総合的に検討することが必要である。
適正手続の保障や、透明性、予見可能性が確保されなければ、国際化が進展する中で、外国企業も含む個々の事業者に予期せぬ不利益が及ぶ可能性があり、新たな国際摩擦を招き、また正当な競争行為を萎縮させ、独占禁止法が促進すべき競争がむしろ阻害され、国民経済の発展を阻害し、結果的に消費者をはじめとする国民の利益が損なわれかねない。

2.違反抑止制度全体として抑止力を確保するとともに、手続の二重構造を解消すべき(「1 検討の際の視点・留意点」関連)

上記1に加え、独占禁止法違反に対する抑止制度は、独占禁止法上の課徴金、刑事罰等のみならず、損害賠償(違約金を含む)、不当利得返還請求や業務停止命令、指名停止等、重畳的に様々な手続を経て、様々な処分が行われている。これらを整理し、相互の関連性を明確にすることにより、違反抑止のための制度全体として、十分な抑止力を確保しつつ、違反行為の悪質性との均衡を図るべきである。
また、その手続についても、人的・財政的に限られた国家資源により運用されるものである。そのような中で、実効あるエンフォースメントを行うためには、同一事業者の同一の行為に対して、抑止と制裁という共通の目的を担う課徴金と刑事罰が、別々の機関によって二重に課され、審判と裁判とが二重に必要とされている構造を解消し、より、簡明で効率的な制度とすることが求められる。

II.望ましい法改正の姿

上記の基本的考え方に基づくならば、独占禁止法改正のあるべき姿は、以下の通りである。

1.公正取引委員会の審判の廃止(「3(3)不服審査の在り方について」関連)

自ら審査を行い、排除措置命令・課徴金納付命令を出す公正取引委員会が、自ら行った行政処分の当否を自らの審判において判断することは、如何に審査官と審判官とのファイア・ウォールを強化しても、公正な審理が本当に確保されるのか、不信感は払拭できず、根本解決にはならない。
この際、自らが行った行政処分の適否を自ら判定する公正取引委員会の現在の審判は廃止し、公正取引委員会の行政処分に対する不服申立ては行政訴訟の一般原則に立ち返って、地方裁判所に対する取消訴訟の提起という仕組みに改めるべきである。
これについては、独占禁止法の執行に関する専門性を理由に、審判制度の必要性を主張する考え方もあるが、専門性の高い知的財産分野における訴訟制度の近年の充実に鑑みれば、専門的知識を備えた裁判官の養成等を前提に、事実認定の最初の段階から裁判所で行うことが、むしろ当然の姿である。

2.課徴金と刑事罰との併科の解消(「2(3)イ.課徴金と刑事罰の併科等について」関連)

不当利得相当額以上の金銭を徴収する現行の課徴金は、違法行為の抑止を目的とする「行政上の制裁」であり、その機能は刑事罰と重なる完全な二重構造となっている。このような二重構造は先進諸国に例を見ないものであり、既に、国際的に見ても遜色のない、十分な抑止力を確保した制裁を設けた独占禁止法の抜本改正にあたっては、二重構造を抜本的に解消し、効率的、合理的な仕組みとする必要がある。
具体的には、独占禁止法違反行為に対する制裁については、法人に対する独占禁止法上の課徴金に一本化(法人・個人に対する独占禁止法上の刑事罰は廃止)するか、少なくとも法人については刑事罰を廃止し、制裁を課徴金に一本化することを検討すべきである。

3.課徴金制度の透明性、予見可能性の確保(「2(2)課徴金制度について」関連)

前述の通り、課徴金と刑事罰の併科を解消するため、独占禁止法違反行為に対する制裁について、法人に対しては独占禁止法上の課徴金に一本化することを前提に、公正取引委員会による恣意的な裁量の余地を極力排除し、制度の透明性、予見可能性を確保する必要がある。

  1. (1)課徴金の法的性格(「2(2)エ.課徴金の法的性格、算定方法(不当利得相当額等を根拠とする必要性)等について」関連)
    課徴金の法的性格について、公正取引委員会は、国会答弁において「不当利得相当額以上の金銭を徴収する仕組み」としているが、未だ曖昧な説明である。不当利得相当額以上の金銭を徴収する現行課徴金は、違法行為の抑止を目的とする「行政上の制裁」としか説明できないものであるならば、そのような位置づけであることを明確にすべきである。

  2. (2)課徴金額の決定(「2(2)エ.課徴金の法的性格、算定方法(不当利得相当額等を根拠とする必要性)等について」および「2(2)オ.企業において法令遵守の取組が行われていた場合に、このことを課徴金の算定に当たって考慮する仕組みについて」関連)
    課徴金額の決定にあたっては、行為の態様、責任の度合等に相応した相当性、妥当性を反映するとともに、具体的な状況に合わせて加算・減算するための透明性、予見可能性のある一定の基準を設定(企業の法令遵守の真摯な取組みを反映する仕組みの導入も含む)し、できる限り法律で明定すべきである。

  3. (3)課徴金納付命令の対象となる違反行為類型の範囲(「2(2)イ.課徴金納付命令の対象となる独占禁止法違反行為類型の範囲について」関連)
    課徴金納付命令の対象となる違反行為類型の範囲について、私的独占(排除型)や不公正な取引方法は、構成要件が曖昧であり、正当な競争との区別が難しいことや、特に不公正な取引方法については、公正な競争を阻害する「おそれ」の段階で規制がなされ、競争の実質的制限が要件とされていないことから、制裁としての課徴金を課して抑止すべき必要性に疑問があり、課徴金の対象とすべきではない。

4.適正手続の下での正当な防御権の保障(「3(5)審査・審判と適正手続の保障について」関連)

公正取引委員会による審査手続については、適正手続の下で、事業者に正当な防御権が保障されることが不可欠であるにもかかわらず、現在、審査手続を「公正取引委員会規則」に委ねているとともに、その内容も先進諸国の確立した適正手続と比較して、はるかに見劣りするものであることは問題である。以下の事項を確実に実施するとともに、これを「法律」に規定すべきである。

  1. (1)審尋および供述時における本人の委任を受けた弁護士または法務担当者の立会いを認めるべきである。
  2. (2)提出資料は原則として「写し」とし、提出者が原本を提出することによって防御権の行使や日常への業務運営に支障を来たすことのないようにすべきである。
  3. (3)任意の供述であっても、必ず調書を作成することとすべきである。
  4. (4)審査官が作成した調書については、被調査者の請求があれば、その写しを提供すべきである。
  5. (5)犯則調査権限は実質的に刑事手続に準ずるものであり、被調査者に対する「供述拒否権の告知」を規定すべきである。

5.排除措置命令の在り方の見直し(「3(4)排除措置命令と課徴金納付命令の在り方について」関連)

排除措置は、受命者の自由および財産に対する公権力の行使であるため、競争維持のために必要最小限の範囲に止めるとともに、同様の事案には、同様の措置が講じられるべきである。現状では、排除措置命令に係るルールがなく、大幅に公正取引委員会の裁量に委ねられており、透明性に欠けるところがある。排除措置命令において、どのような範囲の措置を命じ得るか、どのような事案に対してどのような措置を講じるか等について一定のルールを設けるべきである。

6.違反行為のあった会社の代表者に対する罰則の適正な運用(「2(4)違反行為のあった法人の代表者に対する制裁の強化について」関連)

「論点整理」では、「違反行為のあった法人の代表者に対する制裁の強化」が指摘されている。しかし、現行の独占禁止法においても、いわゆる三罰規定(第95条の2)に基づき、違反行為が行われた場合、当該法人および違反行為者に加えて、違反計画または違反行為を知って防止または是正を行わなかった代表者にも、罰金刑が科され得ることとされている。また、会社の代表者が違反行為に加担していた場合には、懲役刑の適用も規定されている。
そもそも会社の代表者(役員)には、企業におけるコンプライアンスへの取組みを徹底することが求められており、万一、このような取組みを怠り、会社に損害を生じさせた場合には、会社の代表者(役員)個人に対して損害賠償責任の追及(株主代表訴訟等)もなされ得る。
会社の代表者に対する制裁の強化を論ずる前に、このような規定の運用状況を総合的に検証した上で、問題があれば、独占禁止法上の制度の実効的な運用方法を検討することが先決である。

7.公正取引委員会が行う警告制度の見直し(「5(2)公正取引委員会が行う警告、注意について」関連)

公正取引委員会は、法律上明文の根拠規定がないにもかかわらず、警告や注意を行って、社名まで公表することは問題である。当該事業者について、あたかも独占禁止法違反行為が行われたかのような報道がなされれば、多大な不利益を被ることとなるが、このような行政指導に対して、事業者が法律的に争う手段がない。
したがって、当該事業者が、違反事実がないことを主張し、公正取引委員会として排除措置命令・課徴金納付命令を出すに至らない警告においては、社名を公表することは廃止すべきである。

8.その他

  1. (1)団体訴訟制度は慎重に検討すべき(「2(5)民事訴訟の活用について」関連)
    「論点整理」では、独占禁止法にも団体訴訟制度を導入すべきとの意見が示されているが、消費者契約法とは異なり、独占禁止法における違反行為を摘発、是正する専門の機関として、公正取引委員会が設置されているのであって、その役割が十分に果たされることこそ重要である。
    しかも、既に2002年の法改正により、独占禁止法には、不公正な取引について、被害者による救済を認めた同趣旨の制度(差止請求)が導入されていることから、消費者契約法における消費者団体訴訟制度の導入とは状況が異なり、独占禁止法に団体訴訟制度を導入する必要性には疑問がある。団体訴訟制度の導入については、慎重に検討する必要がある。
    なお、損害賠償請求に係る団体訴訟制度については、既に個々の消費者が独自に請求権を有している現行制度を前提とすれば、損害賠償請求制度の在り方自体の検討を要するものである。したがって、このような制度の当否については、民事訴訟全体に及ぶ根本的議論と切り離して検討すべきではない。

  2. (2)不公正な取引方法に対する措置の在り方の見直し−規制内容の適正化、明確化−(「4 不公正な取引方法に対する措置の在り方」関連)
    不公正な取引方法は、公正な競争を阻害する「おそれ」にすぎない段階で、個別事情を踏まえ、公正取引委員会が「告示」により指定した行為について規制するものであるから、本来、課徴金や刑事罰の対象とするにはなじまない。そもそも、不公正な取引方法については、従来、法的措置がとられたことのないような行為類型もある中で、競争促進の観点から現行の規制内容自体が適切かどうか、予見可能性を確保するために規制の明確化を図る必要がないか、公正取引委員会の指定に委ねていくことが適切かどうか等について、検討する必要がある。

  3. (3)公共調達における入札談合問題への対応−公共調達制度全体の見直しは喫緊の課題−(「5(1)公共調達における入札談合問題について」関連)
    独占禁止法違反行為を根絶するためには、摘発事案のほとんどが公共調達における入札談合事案であることを踏まえ、入札制度、予算制度、発注者の在り方等、公共調達制度全体について見直し、構造的な問題を解消する必要がある。「論点整理」では、「当面は、改正法の施行状況を注視していくことが適当」との意見があるが、昨今のような入札談合根絶の歴史的好機を逃がすことがあってはならず、喫緊の課題として対策を検討すべきである。
    したがって、懇談会において、公共調達に内在する問題点の改善の方向性について、一定の考え方を示し、国民的論議の深まりを期待するとともに、早急に、内閣に公共調達制度改善のための具体案について集中的な検討を行う省庁横断的な臨時の組織を設置し、経済実態に精通する民間人も含めて検討すべきである。

以上

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