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2007年版 経営労働政策委員会報告(概要)
「イノベーションを切り拓く新たな働き方の推進を」

2006年12月19日
(社)日本経済団体連合会

第1部 企業を取り巻く環境の構造的変化

世界経済は、従来の常識をはるかに超えたスピードで構造変化を遂げている。冷戦構造の崩壊と前後して、市場主義経済圏の急速な拡大が始まって以降、国内・国際経済は連関(リンケージ)の度合いをますます強め、経済連携・水平分業の動きが加速している。そうした中で、財・サービスの流れは、多様なチャンネルを通じて一層複雑化しつつある。また、ICT(情報通信技術)の発展は、時間の壁、距離の壁、知識の偏在という障壁の克服に寄与した。その結果、国際競争の激化と人類が経験したことがない未曾有の変化が生じている。
一方で、地球環境問題、地域紛争の増加など、経済発展の制約となる課題も増えつつある。
地域ごとにスピードの差はあるものの、世界経済は総じて拡大基調で進んでいる。このような中で、日本経済は2002年初めから、景気の回復基調が続いている。今回の景気回復は好調な輸出を契機に、企業部門へ、次いで家計部門に波及しつつある。しかし、先行きの経済情勢についてはいくつかの懸念材料がある。第1に、原油をはじめとした原材料価格の上昇、第2に、地域間・規模間・業種間における景気回復速度の差、第3に、地域によってまだら模様がみられる雇用情勢、第4に、中東地域や北朝鮮の国際情勢をめぐる波乱要因などである。
景気は2006年11月時点で、「いざなぎ景気」を超える拡大期間を記録したが、先行きは決して楽観できない。日本経済は、外においては世界経済における構造変化への対応、内においては地域間・規模間・業種間における景気回復の格差解消や競争力のさらなる強化など、さまざまな課題を抱えている。これらはいずれも複雑かつ困難な課題であり、変化のスピードが加速する中、こうした諸課題の解決のための迅速な取り組みが求められる。

第2部 経営と労働の課題〜国・企業の競争力の強化に向けた課題〜

1.イノベーションが切り拓く成長の経路

世界経済をめぐる構造変化の中で、日本は解決の容易でない問題を数多く抱えている。とりわけ、わが国全体の成長力・競争力をいかに一段と強化するか、少子化・高齢化へどう対応するかが重要課題である。
今後も日本が発展を続けていくためには、産業・企業が、それぞれの成長のためのビジョンと戦略を明確にし、それを着実に実行していくことで、わが国全体の生産性を向上させていくことが不可欠である。絶えざる技術革新と経営革新および高コスト体質の改善に取り組むなど、イノベーションに邁進し、競争上の優位性を築いていかなければ、世界市場の中で生き残ることは困難である。
企業のレベルでの成長力強化・生産性向上のための取り組みとして求められるのは、第1に、経営トップによる企業理念・戦略の明確化と変化を厭わない企業風土の確立、第2に、研究開発投資への積極化とICTの有効活用、第3に、人材力の強化である。
また、こうした個別企業の取り組みにあわせ、非製造部門の生産性向上が必要である。製造業に比べ非製造業の生産性が低いために、わが国全体の生産性は先進諸国に劣ると指摘されている。第三次産業における人材力の強化等によって、こうした部門の生産性向上に注力しなければならない。

2.新しい働き方を実現するワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)

国際競争の激化、少子化・高齢化が進み、労働力人口が減少する中では、イノベーションの推進が重要課題となる。イノベーションの原動力は人材の力であり、そのためには、従業員個々人が仕事のやりがい、生きがいを実感できるよう、個々の生活ニーズに即した働き方が必要となる。企業と従業員の協力によって、双方のニーズを満たす、いわば新たな働き方の推進が求められており、その挑戦が、「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の実践であるといえよう。
ワーク・ライフ・バランスの基本理念のもとに、「多様な人々の就労参加」と「柔軟な働き方」を推進する必要がある。
仕事の目標を達成するための多様かつ柔軟な働き方を探求し、新しい時代の働き方、生き方を創造することにより、企業は生産性の向上を実現し、従業員は育児や介護など自己の生活ニーズに即してメリハリのある働き方が可能となる。単なる労働時間の短縮や休暇取得に関することではなく、企業労使の、新たな自律的な働き方への挑戦とも言える。こうした取り組みによって、これまで、労働市場の外にいた人々にも、就労の機会を提供できることになる。
ワーク・ライフ・バランスの推進は、急速に進行しつつある少子化および高齢化に企業が対応するための柱でもある。
産業界・企業においては、出産・育児と仕事の両立支援を促進する職場風土の醸成、多様な働き方の選択肢の用意などを、企業の実情に応じて推進する努力が望まれる。具体的には、短時間勤務、裁量労働、在宅勤務などの労働時間や就労場所について、多様かつ柔軟な働き方を可能とする選択肢を用意することである。
また、「多様な人々の就労参加」による柔軟な働き方は、女性、高齢者、若年者、障害者、外国人など、これまで必ずしも十分に活用されてこなかった人々に一層の就労機会を提供することになろう。

3.若年雇用問題への対応

雇用情勢は全体的に改善傾向にあるが、若年層(18〜24歳)の失業率は、依然、高止まりしている。とりわけ、いわゆるフリーター、ニートと呼ばれる多数の若者の年長化は、安定した就業への移行をさらに困難なものとする。こうした若者の活用に効果的な対策を講じなければならない。
90年代後半から2000年代前半にかけての「就職氷河期」に就職の機会を逃した若年者の中には、可能性を持つ人材が数多くいると思われる。企業としては、要員管理や経営戦略を勘案しつつ、個々の能力、適性、意欲を見極めた上で、若年者に就労の機会を提供していくことが必要である。
政府は、若年層に対するさまざまな就業支援の強化を打ち出している。若年者自身にも、職業情報や能力開発、カウンセリング等自立支援の施策・機会を積極的に活用し、就業機会の獲得に努める意欲と行動を求めたい。

4.企業を支える人材の育成

企業活動に求められる人材は、多様化、高度化しつつある。もはやキャッチアップの時代は終わり、新たな市場を開拓し、付加価値の高度化が企業成長を左右する時代においては、企業は、自社に必要な人材像を明確にした上で、適切な人材育成・教育訓練に取り組み、従業員の自己啓発を支援していかなければならない。
低下が懸念されている企業の「現場力」を支えるのは、個々の人材の力である。「現場力」の維持・向上は、生産現場のみならず、販売、研究開発、管理部門等すべての部門組織での課題である。イノベーションを推進し、最高品質の商品やサービスを提供していくためには、現場力を維持・向上させる地道な努力が不可欠であり、こうした努力の積み重ねによって、いわゆる職場の「安全・安心・信頼」が確立されることになる。

5.企業の競争力を高めるための人事・賃金制度

多様な人材の能力を引き出し、企業の競争力強化に結びつけるためには、仕事、役割、貢献度と整合性を持った、公正で納得性の高い人事・賃金制度の整備が急務となる。自社の実態に応じて、人事・賃金管理の複線化も必要となろう。年齢・勤続年数に偏重した年功型賃金制度から、社内のさまざまな仕事、役割、貢献度に応じたきめの細かい人事・賃金制度への移行を検討する必要がある。
パートタイマー・契約社員等の非正規従業員については、長期雇用のいわゆる正規従業員との均衡処遇が問題になるが、仕事、役割、貢献度を一時点でなく、将来に亘る活用の仕方(配置、貢献度、育成など)を踏まえて、個別に適切に評価し、公正・公平な処遇を図るべきである。

6.中小企業が抱える課題と解決策

わが国の産業基盤を支え、大きな雇用・就労機会を提供しているのは中小企業であり、中小企業の活性化なくしては、日本産業の発展はありえない。
中小企業にとっての最重要課題は人材の確保、人材力の向上にあろう。そのためにも、ワーク・ライフ・バランスへの挑戦を期待したい。働く時間や場所の見直し、休業・休暇制度、経済的支援など、施策は多様である。

第3部 企業活動を促進するための環境整備

1.地域経済の活性化

地域経済においても、グローバル化の波は押し寄せている。ICTの普及、居住エリアの多様化に伴い、消費者・生活者のニーズ・行動が不断に変化している。「生活者の視点」に立ち、地域自らが地域の特色を活かしたビジョンをもって創意工夫を発揮することが、魅力的な地域づくりに求められる。
地域経済の活性化には、なによりヒト・モノ・カネ・情報・技術の集まる仕組みをつくることが必要である。地域内における既存の資源(ヒト・モノ・カネ・情報・技術)の効率的な再配分に取り組み、地域の外からヒト・モノ・カネ・情報・技術などの資源を呼び込み、地元の経営資源との新たな結合を図ることが基本といえよう。
さらに、地域の力を結集し、活力を引き出していくためにも、「道州制」の導入を真剣に検討すべき時期にきている。

2.イノベーションの支援政策

イノベーションを推進するためには、企業が活動しやすい環境の整備が重要である。こうした観点から、政府に対し、具体的には、以下の施策対応を求めたい。
第1に、「科学技術創造立国」の推進である。イノベーションの源としての基礎研究の多様性と継続性の確保、世界トップレベルの研究拠点の構築、産学官の連携などを、果敢に実行していくことが求められる。
第2に、規制改革の断行である。官民間の競争条件のイコールフッティングを促進し、官民競争入札や民間競争入札を計画的かつ着実に実行していくことを求めたい。あわせて、公正な競争を確保するために、適正手続、透明性、予見可能性が確保された競争政策の仕組みが整備されなければならない。
第3に、税制の改正である。社会保険料を含む企業の公的負担が増大するなかで、経済成長のエンジンである企業活動をいかに活性化させていくかという観点から、税制の抜本改革において法人実効税率の引き下げを図るべきである。
第4に、対外政策の強化である。EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)の締結の推進、WTO(世界貿易機関)体制へのさらなる貢献が求められる。原材料のほとんどを海外からの輸入に頼る一方、海外での活動の比重を高める多国籍企業が日本においても増大しており、自由貿易体制の維持は日本にとって死活問題である。
第5に、外国からの企業のさらなる誘致である。グローバル化が進む中、内外からヒト・モノ・カネ・情報・技術などの経営資源を集め、相互に交流を図ることによって、国内経済活動の活性化を考えていかなければならない。

3.労働関連の規制改革の推進

  1. (1)自律的な働き方のための労働時間規制の改革
    労働時間にかかわりなく働き、その成果評価による処遇を求めるホワイトカラーが増加しており、その仕事の質・水準が企業の競争力を左右する時代であるが、現行の労働基準法に基づく労働時間規制は、仕事の内容いかんに関わらず基本的に一律的(1日8時間、週40時間)であって、企業や働く者のニーズの変化に対応していない。労働時間の長短でなく、能力・役割・成果で評価されるホワイトカラーについては、労働時間等規制を適用除外とする制度の導入が検討されているが、これは働く人が生活と調和させつつ、仕事を自律的に裁量して成果を挙げることを目的とする制度である。時間外割増賃金の抑止を意図したものではない。
    導入が検討されている新制度は、年収要件等の規制が強く、必ずしも広範な普及が期待できない内容に止まっている。新制度の要件を規定する際には、基本的に企業の労使自治にゆだねるべきである。

  2. (2)労働契約法制等に対する考え方
    日本経団連は、従来から、仮に「労働契約法」を検討するのであれば、(1)労使自治を最大限尊重すること、(2)中小零細企業を含めた日本の企業の多くが円滑に遵守できるようなものであること(複雑な手続規定等は設けないこと)を主張している。
    現在検討されている内容は、使用者側のみに片面的な義務を課す項目も見られる。今後の検討においては、労使当事者双方の権利義務について、バランスを失しないよう修正を求めていく。
    パートタイム労働法の見直しに向けた検討も進められている。パートタイム労働者の処遇のあり方については、企業・職場の実情に即し、将来に亘る活用の仕方も考慮しながら、能力や期待される役割など企業への貢献度を個別に評価すべきものであり、法律で一律に規定することは適当でない。

4.持続可能な社会保障制度の確立

少子化・高齢化が急激に進行するなかで、社会保障制度の持続可能性を確保することが重要である。国民一人ひとりが自らのことは自らが守るという自助努力を基本に、公的な制度へ多く依存する姿勢は是正していかなければならない。
課題の第一は、危機的財政状況の打開である。歳出入一体改革の一環として、わが国の経済・財政と整合性のとれた、かつ身の丈に合った年金・医療・介護を一体とした社会保障制度の実現に向けた改革が急務である。
課題の第二は、負担の抑制に重点を置く改革の推進である。高齢世代は必ずしも経済的弱者ではない。制度の持続可能性を確保するために、現役世代等の負担の抑制に軸足を置いた改革が必要である。

5.格差問題に対する考え方

近年、正規と非正規従業員間の所得格差、成果主義の導入による従業員間の給与格差、所得格差の大きい高齢者世帯の増加、中央と地方との景気回復力の差等々、さまざまな局面に着目しての格差論が台頭している。
規制改革が格差を拡大させているという意見もある。しかし、規制改革は、多くの意欲ある人々が市場に参入できるように競争条件を公正・公平な形に整えること、換言すれば機会の平等や選択肢の拡充を目指して行なわれる政策であり、チャレンジを奨励する政策とも言える。
格差問題に対する考え方のポイントは、格差がもたらされる事由が合理的なものか、その事由の回避が可能であるか否かにある。
公正な競争の結果として経済的な格差が生じることは当然のことである。所得格差は個々人の能力や仕事・役割・貢献度の差異等の合理的事由による場合が多い。
しかし、所得格差が固定化する、あるいは、必要な教育の機会がすべての人に開かれていない、一度失敗した者、機会を逃した者が再び挑戦する機会を得られないということであれば、それは問題とすべきである。格差の固定化をもたらさないためには、公正な競争、機会の平等を促進し、何度でも再挑戦の機会が与えられることが重要である。

第4部 諸課題に対する経営者の姿勢

1.春季労使交渉・協議に対する経営側の考え方

春季労使交渉・協議の場においては、企業を取り巻く環境や雇用の問題等についてさまざまな視点から論議を行ない、認識を深めることが重要である。
賃金決定においては、生産性の向上の如何にかかわらず横並びで賃金水準を底上げする市場横断的なベースアップは、もはやありえない。生産性の裏付けのないベースアップは、企業の競争力を損ねるだけでなく、わが国全体の高コスト構造を温存することとなる。激化する国際競争の中では競争力強化が最重要課題であり、賃金水準を一律に引き上げる余地はない。
個別企業レベルにおける賃金決定は、自社の支払能力を基本として、個別労使で決定すべきである。個別企業の労使の話し合いによって、成果を反映した各社各様の賃金制度への改定が行なわれており、従業員一律のベースアップはもはやありえない。企業の好業績により得られた短期的な成果については、賞与・一時金に反映することが基本である。
また、労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)についても、国際競争力強化の観点から、各企業が自社にとって適正な水準はどの程度であるかについて、中長期的な観点に立って判断していく必要がある。労働分配率の水準は産業、企業ごとに異なるものであり、労働分配率の高低を一律に論じるべきではない。なお、労働分配率は傾向的に、景気低迷期には上昇し、回復時には低下する。これは、賃金には下方硬直性があり、景気の変動に連動して容易には調整されないからである。景気の変動に応じて短期的に労働分配率を調整することは、かえって賃金や雇用の安定性を損ね、企業経営に大きな影響を及ぼす。
今次交渉・協議も引き続き、総額人件費管理の重要性、賃金制度・賃金体系の見直し、ワーク・ライフ・バランスの推進など、賃金以外の人事処遇制度の見直し、人材育成、退職金や企業年金などの退職給付制度の見直しなどの諸点が労使交渉・労使協議におけるポイントとなろう。

2.「日本的経営」の再評価・再構築

グローバル化が進む中、世界的に経営手法の変容が求められる時代になっている。激変する経済環境の中で、日本的経営の理念は崩壊したという意見も聞かれた。しかし、日本的経営の理念とされる「人間尊重」、「長期的視野に立った経営」という哲学は、グローバル化する経済活動においても、従業員の能力を最大限に引き出し、企業の競争力を維持・向上させていくために必要であり、今後とも維持されるべきである。それが、多様な企業構成員だけでなく、株主、顧客等の利害関係者の信頼と支持を得ていく道といえよう。

3.経営者が持つべき「高い志」の継承・発展

企業は、公正な競争を通じて利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在でなければならない。
「企業は社会の公器」という言葉は、企業は単に自社の利益を追うだけでなく、世のため、人のために貢献する使命を負っていることを端的に示している。CSR(企業の社会的責任)の思想の根本はここにあるといえよう。
社会のあり方は、人々の働き方やライフスタイルによって決まるところが大きい。とりわけ経営者は、自らの活動によって、社会のあり方に大きな影響を与える。どのような社会をつくっていくかを考え、それを実行していくことは、企業・経営者の責任・責務であることを改めて強調したい。
企業活動を通じた価値の創造、社会からの信頼の獲得、さらに社会の活力の向上を目標に、公のために働こうとする経営者の志が、具体的な成果として結実したとき、企業は真に社会から評価される存在となる。

以上

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