イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して

−悪循環を好循環に変える9の方策−

2007年3月20日
(社)日本経済団体連合会

イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して(概要) <PDF>


【はじめに】

日本経団連の新ビジョン「希望の国、日本」は、イノベーションを梃子に新しい成長エンジンに点火することで、成長力を維持・強化し、豊かな生活を実現していくことを目標として掲げている。欧米やアジア諸国との熾烈なグロ−バル競争に勝ち抜くため、わが国は、イノベーション創出の総合力を高めねばならない。そのためには、産学官が密接に連携し、高度な理工系人材を育成、活用していくことが不可欠である。
キャッチアップ時代が終焉し、フロントランナーを目指すわが国において、求められる人材像は大きく変化している。すなわち、特定分野に関する深い専門性に加え、幅広い知識や課題発見力を持つ、いわば「一芸に秀で多芸に通じる」総合力が求められている。
欧米等では、博士人材が産業界のなかでイノベーションを創出し、優れたマネジメントを行う中核的人材として活躍している。わが国においても、大学における理工系の博士課程のあり方を見直し、グローバルな競争力を有するイノベーション人材を創り出す必要がある。
そこで、産業技術委員会産学官連携推進部会に設置した産業界と大学関係者から成る大学院博士課程検討会では、産業界でイノベーションをリードできる能力を持った理工系博士の育成・輩出のシステム作りに向けて、「大学院博士課程の現状と課題(中間報告)」 <PDF> を1月にとりまとめた。
同中間報告では、「優秀な人材が博士課程に進学しない」ことが、「博士人材の能力、付加価値の不明確さやばらつき」の原因となり、「企業が博士人材の採用に消極的」という悪循環の背景等を分析し、好循環に変えていく必要性を指摘した。
また、産業技術委員会委員を対象にした「企業における博士課程修了者の状況に関するアンケート調査結果(2007年2月)」 <PDF> を通じ、博士課程修了者に対する企業の評価、求める人材像などを明らかにした。
悪循環を好循環に変えていくためには、先ず、優秀で意欲あふれる国内外の学生を博士課程に集めた上で、社会のニーズを踏まえたバランスの取れた研究・教育課程を通じて育てあげ、社会に送り出していく必要がある。また、学生自身も、アカデミアのみならず、企業・社会といった様々な可能性に果敢にチャンレンジをする意欲と逞しさを持たなくてはならない。
わが国は、これまでのような博士の量的拡大を目指すのではなく、質的充実へと大きく舵を切る必要がある。そのためには、博士課程の教育機能面の強化に向けた産学官の連携が不可欠となっている。
以上の視点に立ち、われわれは大学院博士課程の入口から出口までの大きな課題を整理し、以下の9項目の提言を行う。

【博士課程へ優秀な学生が進学するための施策】

1.教育理念の明確化と学生の選抜の厳格化(大学など)

  1. (1) 大学は、博士課程において研究・教育を通じて育成する人材についての明確な理念・方針を確立し、博士課程前期までに学生に伝える。学生が、この趣旨を十分理解し、明確な目的意識と意欲を持った上で博士課程後期に進むよう、各学生の指導教官は徹底する。
    大学院の研究・教育内容については、将来の経済社会や世界の動向を見据え、不断のスクラップ・アンド・ビルドを行い、常に新陳代謝を進めることで、学生にとってより魅力的なものを用意する。
    その際、大学自体がグローバルな競争に晒されているとの強い意識を持ち、国内のみならず海外の学生をも多数惹きつけることができるよう、授業の英語化を含め、十分に国際性を兼ね備えた内容とする。

  2. (2) 運営費交付金の確保のため、国立大学法人において無理に学生を勧誘し博士課程の定員の充足率を高めていることの弊害が指摘されている。優秀な学生を博士課程に進ませることが基本であり、入口において学生の質の低下を招くことのないよう、博士課程の選抜を厳しくする。
    これに対応し、政府においても、大学が無理に充足率を高めなくても済むよう、運営費交付金の弾力的な扱いの検討を行う。

2.学生への経済的支援の拡充(政府など)

  1. (1) 優秀な人材が経済的理由から博士課程進学を断念することがないよう、政府は、奨学金制度の拡充をはかる。独立行政法人学生支援機構が貸与する奨学金については、返済時の税制上の優遇措置の導入などによる、返済負担の軽減を検討する。また、大学において、特に優秀な学生の学費免除制度を進められるよう、政府としての支援策を検討する。

  2. (2) 学生が研究・学業に専念できるよう、フェローシップやRA(リサーチ・アシスタント)制度などによる支援を強化し、第3期科学技術基本計画の「博士課程(後期)在学者の2割程度の生活費相当程度の受給」の早期達成を目指す。

  3. (3) 企業においては財団法人の設立等を通じた奨学金の給付や、大学への委託研究費を活用した返済の必要がない奨学金制度の付与など様々な取り組みが行われているが、こうした事例を拡充する。

3.修士課程修了生の採用選考の早期開始の自粛(企業)

企業の博士課程前期における早期の採用活動が、優秀な人材の後期課程への進学や大学院における研究・教育の妨げとなっているとの指摘がある。
企業は、日本経団連の「新規学卒者の採用選考に関する企業の倫理憲章」を踏まえ、大学院修士課程修了者の採用選考において、学習環境の確保に十分留意する。

【博士課程における教育、人材育成の充実のための施策】

4.社会のさまざまな分野での活躍を想定した教育活動の強化(大学など)

  1. (1) 大学は、アカデミアだけでなく、企業を含む多様なキャリアパスを前提とした研究・教育カリキュラムを提供する。
    博士には、社会の変化するニーズに柔軟に対応したフロントランナー型の研究テーマの設定、遂行ができる能力が期待される。
    そのためには、学生が、研究室での狭い分野の研究にのみ閉じこもるのではなく、高度な専門分野(複数が望ましい)の知識とともに、幅広い基礎学力(英語、数学、物理、化学等)をも確実に身につけることができるよう指導・支援する。同時に、PBL(現実の社会の課題を取り扱う問題設定解決型学習法)や産学の共同研究を活用して実践的な能力(課題発見能力、コミュニケーション能力等)を伸ばす。
    こうした教育を大学で行うことにより、入口(サイエンス)から出口(製品・サービス)までの全体のバリューチェーンのイメージを俯瞰しながら、企業において研究・開発をリードできる人材となっていくことが期待される。

  2. (2) 企業・社会で活躍する人材の短期間での育成を目指す修士・博士一貫コースの設置、社会人コースの充実など、学生の多様なニーズを満たせる教育システムを構築する。

  3. (3) 教員の教育面での能力強化を図るとともに、業績の評価に当たっては、研究面のみならず、教育、人材育成の成果も積極的に考慮する。こうした取り組みはすでに一部の大学で始まっているが、政府はベストプラクティスの他大学への横展開を促すべく、情報提供等に努める。

  4. (4) 海外の研究者や企業出身者の積極的な採用を含め、学外からの優れた教員の確保に努める一方、海外からの留学生や他大学、企業からの学生の受け入れ拡大を通じ、大学において、多様な文化や価値観と触れ合い、また互いに切磋琢磨し合う機会を確保する。
    特に、アジアなどからの優秀な留学生や研究者の積極的な受け入れは、大学院のレベルアップと同時に、日本人学生への良い刺激となることが期待される。

  5. (5) 産業界は、企業が求める人材像を、大学に対し積極的に発信するとともに、大学のカリキュラムや教育プログラムの作成・実施を支援する。

5.教育への積極的な取り組みに対する支援の充実(政府)

  1. (1) 政府は、優れた教育プログラム・カリキュラムの開発・実施を行う大学に対して、特別教育研究経費や大学院教育改革プログラムなどの資金面の支援を拡充する。

  2. (2) 特に優れた教育拠点を数ヶ所公募により選出し、競争的資金を集中的に投下することで、大学院博士課程における新しい教育モデルを開発するとともに、他大学への横展開を図る。こうした拠点の選出にあたっては、産業界の意見を十分に反映する。また、海外の研究・教育者を含む、国際性に富んだものとすることが不可欠である。

6.企業・社会を実際に学ぶ機会の提供(企業など)

  1. (1) 企業は、学生に対し、長期インターンシップへの協力、博士に対するセミナーの開催などに取り組み、企業や社会への理解を促す機会作りに貢献する。特に、特定の産業分野の企業が協力し、当該分野を専攻する学生を対象にセミナーを行うなど、大学教育への協力を検討、実施することは有意義である。

  2. (2) 政府は、長期インターンシップやセミナーへの財政的支援の拡充、大学は、インターンシップの単位化、学生に対する機密保持に関する教育の徹底などに取り組む。

  3. (3) 企業と大学は、サバティカル制度(大学教員の留学や研究のための長期休暇制度)の活用による、大学教員と企業との人事交流の促進をはかる。また、産学の共同研究等において、学生やポスドクを積極的に活用する。
    産学間の人的交流や、共同研究の推進は、大学と企業や社会との結びつきを深め、大学の研究・教育の新陳代謝の促進にも寄与することが期待される。

【博士号取得者の活用をはかるための施策】

7.博士号取得者に対する就職支援の充実(大学など)

  1. (1) 大学は、国際競争力を持った質の高い博士の輩出がなされるよう、自らの教育理念に照らし出口管理を徹底し、博士の質の確保をはかる。特に、当該博士号取得者に対する社会の需要や、受け入れた企業等の満足度などが、重要な質の評価軸となろう。

  2. (2) 博士課程修了者のデータベースの整備や卒業後の進路希望を踏まえて、就職に関する情報提供や斡旋など支援体制を整える。さらに、卒業生を一定期間トレースし、その結果をフィードバックすることで、研究・教育システムの見直しにつなげていくというPDCAサイクルをまわしながら、教育の質的向上をはかる。

8.ポスドク等が活躍できる産学協同の場の提供(政府)

イノベーションを実現するためには、出口(具体的な政策目標)のイメージを産学官で共有した上で、先端技術の科学的解明、ナショナルプロジェクト、実証実験などを産学の連携で推進していくことが有効である。政府は、こうしたイノベーション志向の産学協同事業を競争的資金などを活用して、強力に支援することが重要である。
その際、ポスドク等をこうした研究プロジェクトに積極的に参画させることは、単なる研究の場の提供にとどまらず、企業との出会いの場ともなり、将来の活躍の場を産業界にひろげていくことにもつながるものと期待される。

9.優秀な博士号取得者を積極的に採用(企業)

  1. (1) 企業は、高度な専門性とともに、幅広い知識、課題発見能力、コミュニケーション力などに優れた能力を持つ博士号取得者を積極的に採用することで、産業界における活躍の場を提供する。

  2. (2) 学生が企業における自らのキャリアパスのイメージを持ちやすいよう、採用、人材育成、配置等の方針が、よりわかりやすいものとなるよう努める。給与・処遇については、成果主義を基本としつつ、魅力ある職種、企業としていくための努力を行う。

【おわりに】

知の高度化に伴い、イノベーションのプロセスはますます複雑化している。激化するグローバルな競争を勝ち抜く上で、博士等の高度人材の重要性は今後一層高まるものと予想される。理工系博士の育成と活用に向けて、産業界、大学、政府が連携・協力しながら、できることを一歩一歩、着実に進めていくことが肝要である。
こうしたことから、以上のとおり、次代を担う理工系博士の育成と活用に向けた9つの提言をまとめた。経団連では、今後、企業と大学との人事交流の促進、企業による大学教育への支援など、提言内容の実現を目指しながら、産学官の関係者の意識改革を促していく所存である。

以上

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