独占禁止法の抜本改正に向けた提言

−審査・不服申立ての国際的イコールフッティングの実現を−

2007年11月20日
(社)日本経済団体連合会

日本経団連「独占禁止法の抜本改正に向けた提言
−審査・不服申立ての国際的イコールフッティングの実現を−」のポイント
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はじめに

経済のボーダーレス化が進展し、グローバルな市場が形成されるに伴って、市場経済の基本ルールを定める独占禁止法の重要性はますます高まっており、各国制度の国際的整合性が求められる時代となっている。しかし、わが国の独占禁止法に係る行政処分にいたる手続及びその後の不服申立手続は、欧米諸国の制度と比べて、法の支配が貫徹する国家として当然備えるべき適正手続、制度運用の予見可能性が十分に確保されているとは言い難い状況にある。

この差異について、日本のその他の行政調査・刑事手続において同様の制度・運用が採用されていないことを理由に、こうした手続の独占禁止法への導入は時期尚早とする考えもあるが、昨今のように国際的な経済活動が進展し、日本企業が海外で活躍する一方で外国企業の日本における存在感が増してきていることを考えれば、現状の「適正手続」に関する観念の差異を放置し続けることは、ことに競争政策を推進すべき独占禁止法における手続において許されるべきではない。

しかるに、独占禁止法の根本的課題を検討すべく内閣府に設置されたはずの独占禁止法基本問題懇談会は、2年間という長期に渡る審議にもかかわらず、21世紀の競争法のあるべき姿を根本に立ち返って見直すとの基本理念を見過ごし、また独禁法の執行にあたっての適正手続の確保に関する国際的な比較や各界からのコメントへの対応も十分になされないまま、本年6月に報告書を公表した。これをもとに独占禁止法の見直しがなされるならば、さらに問題が深刻化するおそれがあるといわざるを得ない。

そこで、独占禁止法の抜本改正に向けて、欧米諸国の制度・手続をも参考に、公正取引委員会による審査手続およびその行政処分に対する不服申立手続のあるべき姿について以下のとおり提言する。

I.基本的考え方

1.予見可能性を確保した、国際的に整合性のある適正手続

一昨年の独占禁止法の改正により、違反行為に対する制裁の水準は大幅に引上げられ、国際的に見ても遜色のない抑止力を確保したものとなった。

しかし、その一方で、厳しい制裁を課す以上は、当然の前提として法執行における適正手続(Due Process)が十分に確保されるとともに、その運用の公正性が制度的に担保され、事業者はもとより国民全般からも高い予見可能性のあることが必要不可欠である。前回の法改正の際に、課徴金の性格は不当利得の返還にとどまらず、違法行為の抑止を目的とする行政上の制裁であるとされ、刑罰に準じた性格が明確となったことからしても、課徴金を課す際には刑罰と同程度の適正手続が確保されなければならない。

適正手続の保障や、運用の透明性、予見可能性が確保されなければ、当局による恣意的な制度運用が可能となり、調査を受ける者の基本的権利である防御権を不当に侵害することになるばかりか、誤った事実認定を導き、調査を受ける事業者の自由な事業活動を阻害したり、財産権等を不当に侵害したりするおそれがある。経済活動の国際化が進展する中で、外国企業を含む個々の事業者に予期せぬ不利益が及ぶ可能性があり、新たな国際摩擦を生むことを懸念する。

2.迅速で明確な課題の解決

適正手続に基づく行政調査を実施し、それにより収集した証拠を行政機関側に有利か不利かを問わずアクセスができる状態に置くことは、行政調査の効率を高め、不服申立てにおいても行政機関の認定の正当性を強く証明することができる。このことは行政機関及び当事者双方にとって争点を明確化するメリットをもたらし、ひいては不服申立手続の迅速化と早期の紛争解決に結びつく。

3.摘発・行政処分へのリソースの集中

現在の公正取引委員会による行政処分に対する不服申立手続においては、公正取引委員会による審判手続の後に裁判に移行するものとされているが、独占禁止法違反事件の多くはカルテル・談合事件など、違反事実の有無が争点となるものであり、この判断に習熟した裁判官に委ねるのが適切である。経済事犯特有の事情が認められる独占禁止法違反事件があったとしても、事実認定は一般事件と同様の基準で行われるべきであり、裁判官が納得しうるものでなければならない。

かかる前提に立ち、国家財政が逼迫する中で、より簡明で信頼されかつ効率的な制度とすべく、公正取引委員会は、違反事件の摘発及び行政処分に、その限られたリソースを集中することが出来るようにするべきである。

II.望ましい法改正の姿

上記の基本的考え方に基づくならば、独占禁止法改正のあるべき姿は、以下の通りである。

1.不服申立手続の公正・公平性の確保

(1) 公正取引委員会の審判の廃止

自ら審査を行い、排除措置命令・課徴金納付命令を下した公正取引委員会が、自ら行った行政処分の当否を自らの審判において判断する構造の下では、公正な審理の確保に関する不信感は払拭されず、運用の改善のみでは根本解決にはならない。
かかる構造は、国内の行政機関においても例がなく、海外主要国の競争当局との比較においても日本にしか見られない制度である。公正取引委員会の現在の審判は廃止し、公正取引委員会の行政処分に対する不服申立ては行政訴訟の一般原則に立ち返って、地方裁判所に対する取消訴訟の提起により行う仕組みに改めるべきである。

(2) 専門的な審理機関の整備

独占禁止法の執行に関する専門性を理由に、公正取引委員会による審判制度の必然性を主張する考え方もあるが、既に特許訴訟の事案では、必要に応じて専門家を招いて訴訟に関与させることができる制度が存在しており、独占禁止法違反事案においても、同様の制度を創設することにより対応することが可能である。
さらに、独占禁止法事案に関する経験の集積を図るべく、一定の地方裁判所のみが競争法を専門的に取り扱うものとすることが考えられる。その際、遠隔地の利用者に配慮し、例えば専門的な判断の必要がない場合は通常の管轄裁判所へ移送するなど、事件の円滑な処理、利便性向上に向けた措置も考えられる。加えて、全国の競争法に関する事案を集中的に取り扱うよう東京高等裁判所を第二審の専属管轄として、統一的な判断を行うようにすべきである。

(3) 専門的人材の育成・確保

独占禁止法課徴金事件等の審理を、一定の裁判所における専門部に限定したとしても、その案件は当面は年間数十件程度であると考えられるが、将来の事件増の可能性に備え、専門的人材を育成・確保するための裁判所の予算の確保、法科大学院等の教育課程における競争政策関連科目の充実も併せて実施すべきである。

(4) 公正取引委員会の保有する証拠の開示

行政調査においては、裁判所からの令状なしに証拠の収集が行われ、これに対する妨害行為には罰則が強化されている。こうした手法で収集された証拠については、裁判所の命令の下で収集された証拠の取扱いとは明確に区別すべきである。行政調査の下で司法判断という客観的な抑止措置もないまま、一方的な証拠収集が行われてしまうおそれがある。また、審査段階で公正取引委員会が収集した証拠については、諸外国の取扱い同様、提出者の指定により、企業秘密を開示しないこととする取扱いとした上で、審査対象の事業者及び代理人がすべての関係証拠を閲覧できることを、法律上明記すべきである。

(5) 現行法上の排除措置命令が出されるまでの適正手続の確保

現行法においては、排除措置命令が出る前に事前通知がされ、意見申述・証拠提出の機会が設けられている。しかしながら、実際上この意見申述・証拠提出は、短時日に行われるものであって、排除措置命令という重い処分が下されるについて、これを担保しうる適切なプロセスとはなっていない。事前通知から一定期間を確保した上で意見申述・証拠提出の機会が開始され、双方向の議論がなされるような手続にすることを、法律上明記すべきである。

2.国際水準に適う新たな審査制度の構築

(1) 弁護士立会権等の確保

欧米の制度に倣い、かつ会社の従業員など個人の防御権を保護する観点からも、立入検査の際には検査を受ける者に対し、検査範囲を適切に限定するような事前予告を行うべきこと、立入検査時・供述時を問わず調査を受ける者に弁護士が立会うこと、及び調査を受けた者(法人を含む。)と弁護士との間の会話・通信に関する秘匿特権を保障することを法律上明記すべきである。

(2) 自己負罪拒否特権の創設

欧米の制度に倣い、かつ会社の従業員など個人の防御権を保護する観点からも、供述者に対して、わが国憲法が規定する「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という自己負罪拒否特権及び黙秘権を与えることを法律上明記すべきである。

(3) 審査の透明性の確保

欧米の制度に倣い、供述者の求めに応じて、審尋調書及び供述調書の写しを交付すべきことを法律上明記すべきである。

3.その他の公正取引委員会の考え方に関する意見

その他、公正取引委員会が提示した「独占禁止法の改正等の基本的考え方」(10月16日)の中で、特に以下の事項について意見を述べる。

(1) 萎縮効果を生じさせない課徴金の対象範囲の見直し

課徴金の対象範囲の見直しに際しては、事業者の正当な競争インセンティブひいてはわが国経済の持続的な成長を阻害することのないよう是非を含めた在り方の検討をすべきである。さらに、やむを得ず見直しをする場合には、法的安定性・予見可能性の観点および罪刑法定主義的観点から、私的独占における競争の実質的制限の意味を法律上明記するとともに、不公正な取引方法については、これまでの実例に照らし、行為規制のあり方自体の見直しも含め、新たに対象となる行為の要件を法律上明記すべきである。

(2) 公正取引委員会による警告・公表要件の明確化

事業者名を含めて警告内容を公表することについて、警告の対象となる事業者から見れば、違反の疑いがあるというだけで事業者名が公表され、不当にブランド価値を損なうおそれがある上、当該警告について争う手段も確保されていない。かかる事態を取り除くために、警告・公表の要件を法律上明記すべきである。

(3) 証拠文書等の適正な取り扱い
  1. 1. 文書提出命令の特則の提出文書の限定
    不公正な取引方法に係る差止訴訟における文書提出命令の特則の創設については、特許事件等とは異なり、提出文書の範囲が際限なく広がるおそれがあることから、対象となる文書が適切に限定されるように規定すべきである。

  2. 2. 公正取引委員会の保有する証拠の私訴に対する開示
    供述調書は伝聞証拠に過ぎないものであり、調書に記載されている内容は、本来、当該供述者に対する証人尋問において明らかにするべきものである。供述者死亡等、その利用が真にやむを得ない場合を除き、私訴の場合において開示をする必要がないものとすべきである。

  3. 3. 海外競争当局との情報交換
    各国競争当局間で整合的な競争法運用が目指されること自体は望ましい。しかし、現行法制のままでは各国の法制間に基本的な枠組みの相違が残っており、他国の競争当局に公正取引委員会の審査情報が漫然と提出されることとなれば、他国では弁護士秘匿特権等で保護される文書に相当するものが提出されるおそれがある。公正取引委員会が審査手続で収集した情報は、本来、日本の独占禁止法の適用を判断するためのものであり、海外競争当局との情報交換の目的であっても、開示前に、被疑事業者に対して開示の可否及び開示範囲に関する意見を述べさせる等、適正手続を保障すべきである。

(4) 実務に配慮した株式取得の事前届出化等

株式取得の事前届出化にあたり、届出対象となる株式保有割合を引き上げるなど実務の対応に配慮すべきである。
併せて、使命を終えた一般集中規制の廃止を行うべきである。

以上

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