国民全員で支えあう社会保障制度を目指して

−社会保障制度改革に関する中間とりまとめ−

2008年5月20日
(社)日本経済団体連合会

I.基本方向

1.危機として認識すべき社会保障制度

(1) 人口構造の大変化

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2005年から2055年までの50年間に高齢者の総人口に占める割合は20.2%から40.5%へと上昇し、老年人口に対する生産年齢人口の比率は1対3.3から1対1.3になる。このような人口構造のもとでは、世代間扶養を基軸とした社会保障制度の持続可能性はおろか、必要となる給付サービスの確保も難しくなる。

(2) 危機的な財政状況

財政の持続可能性の確保は、引き続きわが国の活力を維持し、豊かな国民生活を実現するための基盤である。しかし、わが国および地方の長期債務残高は2008年度末で778兆円、対GDP比147.6%と先進国中最悪の危機的な水準にある。

(3) 社会保障給付に関する非効率の存在

社会保障給付の効率化、適正化に向けて、様々な取組みがなされてきているものの、ICT化が徹底されていないなど、依然として多くの非効率な事例が存在する。社会保障費の伸びにこうした非効率さが輪をかけて、国民の負担を増している。

(4) 足元での制度運営の綻び

一方、社会保障制度の足元において、国民年金における未納・未加入者の問題や、医療における医師や診療科の偏在、生活に困窮しながらも就労支援や生活保護を受けられない人々の存在など、国民の信頼を損ない、不安を高めるような事象が発生している。こうした足元での綻びを十分点検しないまま、無造作に一律的なコスト縮減策をとるとすれば、格差論とも共鳴して、社会の基盤を揺るがしかねない。

2.社会保障制度改革の基本原則

長期的には、65歳以上の高齢者が4割を占める超高齢化社会の到来を展望すれば、世代間扶養のシステムから国民全体で支える公費負担中心へ軸足を移していくなど、社会保障制度の骨格を根本から改めることが不可避と考えられる。
また、制度の支え手をできる限り確保していくべく、少子化対策を強化するとともに、若年者、高齢者、女性にもより開かれた全員参加型社会を目指して鋭意取り組んでいくことも重要な課題である。
当面、次の3点を基本原則とし、安心で持続可能な社会保障制度の確立を急ぐべきである。

(1) 信頼性、自助努力を重視する制度設計

今後も、活力ある経済社会を構築していくためには、自立・自助を基本にしながらも、自助努力では賄い切れない部分は、相互扶助により、国民の安全・安心を確保していく必要がある。その基盤として、社会保障制度に対する国民の不信感の払拭を急がなければならない。

(2) 経済活力の向上・財政運営との両立

社会保障制度の中長期的な持続可能性を確保するためには、安定した経済成長と健全な財政構造の確立との両立を図る必要がある。経済成長力強化のための基盤整備を進めるとともに、社会保障給付の効率化を徹底しつつ、必要な給付増に応じた安定財源の確保が必要である。

(3) 社会保障と税の一体的見直し

安定財源の確保とともに、真に支援が必要な人に効率的な給付が行われるよう、税と社会保障を通じた所得再分配政策を進める必要がある。所得捕捉の公平性の確保に留意しつつ、別個に設計されている社会保障と税制を一体的・整合的に見直す必要がある。

3.安心・安全な社会保障制度の構築 〜社会保障制度の「見える化」〜

(1) 国民の目線に立った社会保障給付と負担の「見える化」の推進

社会保障制度の運用面で発生している国民の信頼を損なう事態を、二度と起こさないためにも、ICTを活用し社会保障制度の給付と負担の「見える化」を進め、国民一人ひとりが受給可能な給付と負担の現状を自ら容易に把握できるようにすることが必要である。政府が現在検討を進めている社会保障カード(仮称)等の早期の実現が求められる。

(2) 制度の運用実態のモニタリング

社会保障制度が果たすセーフティー・ネットとしての機能に綻びが生じないように、従来以上に目配りをしていくことも重要な課題である。そのために、行政がICTの活用により常に適切な形で各制度の運用状況をモニタリングできるようにし、万一、セーフティー・ネットに不測の事態や綻びが発生した場合には、速やかに個別対策を講じることも求められる。その際、行政の肥大化につながらないよう、民間のノウハウを活用し、効率的なシステムを構築していく必要がある。

4.中長期的な持続可能性の確保

(1) 社会保障給付と負担の一体的改革の推進

セーフティー・ネットの綻びをもたらすことのないよう目配りをしつつ、経済の身の丈に合った持続可能な仕組みとしていくため、社会保障に係る給付と負担を一体的に改革していく必要がある。
その際、給付面では、(1)制度の非効率を省く、(2)財政の健全化を充分に考慮するといった要請がある一方、(1)ナショナル・ミニマムとしてカバーする範囲について国民的な合意を形成する、(2)社会状況の変化に適切に対応して、国民の安心を高めるという視点も考慮することが必要である。

(2) ライフステージに応じた制度横断的な見直し

既存の枠組みにとらわれず、現役期と高齢期を大別したライフステージごとに、国民に対して提供される社会保障給付の機能に着目して、制度横断的に見直すことが求められる。

  1. 現役期−自立・自助を促す方向での見直し−
    現役期における生活保障の面では、就労を通じた経済的自立を促していく観点から、生活保護、雇用保険や、就労支援策などの諸施策の連携を視野に入れて見直しを進めていく必要がある。
    疾病リスクに対しては、国民一人ひとりが若年期から自らの健康を自らで守るという強い意識を持つように動機づけることも重要な課題である。適切な運動を通じた体力の向上、生活習慣の改善などに取り組むことが必要である。他方、公的な医療保険はあくまでも相互扶助の仕組みであり、カバーする範囲を真に必要な給付に重点化することが求められる。
    加えて、将来の老後所得の保障に向けて、若い時期から準備を行えるように、確定拠出年金制度の拡充、特別法人税の撤廃など自助努力に対する公的な支援を強化すべきである。

  2. 高齢期−所得・資産に応じたきめ細かい対応−
    高齢期をカバーする社会保障制度は、高齢者の多様性を考慮しながら、高齢者を一律に経済的弱者とみなすのではなく、所得・資産に応じた給付と負担の仕組みを取り入れる必要がある。
    医療・介護の面では、地域で必要なサービスが確保されるよう、主治医機能の強化や、地域内の医療機関等の機能分化と連携の強化によってきめ細かな対応を図り、重複診療の排除、効率化を図ることが急務である。
    年金の面では、高齢者の最低限の生活水準を確保する観点から、基礎年金と高齢者のための生活保護をパッケージで考えていく必要がある。また、例えばリバースモーゲージなど、ストックを活用したフローの収入確保を支援する制度整備を進めることも検討する必要がある。

(3) 財政健全化、税制抜本改革との整合的な改革の推進

世代間の負担の公平を確保し、今後も経済活力を維持・向上させていくためには、社会保障制度の財源方式について、現役世代等の負担に偏りすぎないよう、高齢者も含めて国民全体で広く公平に支えていく方向に見直すことも必要である。基礎年金、高齢者医療、介護については、既に予算総則において、現行の国費負担分に消費税を充当することが明記されているが、さらに財源方式の見直しを進め、社会保険料負担から税負担へシフトしていくことが求められる。
税制の抜本改革を行うにあたって、社会保障費用を賄うために、国民一人ひとりが広く負担を分かち合うことが可能で、経済活力に対する影響がより小さい消費税で対応するという関係を明確にすることが不可欠である。

5.国民的議論の必要性

現行の社会保障制度の骨格を揺るがす少子高齢化の進行、危機的な財政状況を考えると、残された時間はわずかである。今後の社会保障制度のあり方に関する国民的議論を早急に行っていくことが求められる。その際、道州制の導入など国・地方の行政体制、役割分担の見直しも視野に入れて議論を進めることが肝要である。
経済界としても、自らの課題として、若年者、女性、高齢者の一層の活用、従業員の自助努力への支援など、持続可能で安全・安心な社会保障制度の確立に向けた諸課題に、さらに積極的に取り組んでいかねばならない。

II.各論

1.年金制度

(1) 現状認識と改革に向けた基本スタンス

現在の基礎年金制度の下では、保険料の支払必要期間の問題や未納問題などにより、将来の無年金者あるいは無年金予備軍とも言うべき人が増えていくことが懸念される。これを放置すると、本人にとってはセーフティー・ネットがないということになり、また社会不安を引きおこす要因ともなりかねない。国民のセーフティー・ネットとしてのあるべき制度として、無年金者やその予備軍を無くす制度に改めるべきである。
今後とも高齢者人口は増えつづける一方、世代間扶養を基本とする制度を維持するに足りるだけの出生率の改善は容易には期待できない。活力ある高齢化社会には活力ある現役世代の存在が不可欠であるから、まずは現役世代の負担の増大を抑制し、少しでも余裕をつくると共に、世代間の不公平感を払拭し、現役世代が持つ年金制度への不信を解消しなければならない。加えて、現役世代が行う老後生活資金の蓄積に対する自助努力を支援する必要性もますます高まっている。
先の年金制度の改正によっても未納問題は改善の方向に向ってはいない。支払能力に着目して制度を手直ししただけでは未納問題は解決せず、これは根の深い社会問題である。社会保険庁等の運営機関の徹底改革はもとより、国民年金制度の抜本的な改革によってこの問題を解決する必要性がある。

(2) 改革の方向性

こうした認識に基づき、高齢者世代に安心感を与えるセーフティー・ネットを確保するためには、基礎年金の税方式化は有力な選択肢となり得る。現行制度からの移行措置や事業主負担のあり方に十分な議論の必要はあるものの、財源を、現行の保険料方式よりも広く国民が負担する税目に求めれば、社会保障制度の持続可能性を高めることができる。今後の老年人口の構成比が急速に高まるという方向からもわが国にとっては相応しい。さらに、目的税化すれば財源と給付の関係が明確になり、国民の安心にもつながる。基礎年金制度にかかわる仕組みや、公的年金制度の運営機関も簡素化できるので、国民にとってわかりやすい制度とすることができる。
当面、2009年度に基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げることが予定されているが、国民の安心感を高めるためにもそのための安定的な財源を確保することが求められる。

2.医療・介護保険制度

(1) 現状認識と改革に向けた基本スタンス

公的保険制度は、国民相互の支え合いにより成り立っており、財源にもおのずと限りがある。今後、高齢化の進展に伴い、給付を受ける高齢者世代は増加していく。これに疾病構造の変化や医療技術の進歩に伴う医療ニーズの多様化・高度化などの影響も相まって給付費が増加していく中で、財政面での支え手であるとともに給付サービスの担い手となる現役世代が減少するという構造をいかに克服していくかが大きな課題である。
国民にとっての安全・安心な制度とするためには、国民皆保険の維持と、外国人材の活用を含めた給付サービスの確保を前提に、議論を進める必要がある。

(2) 改革の方向性

こうした認識に基づき、まず、給付面では、レセプトの完全オンライン化を早期に実現し、診療の標準化、包括払い化等の効率化を推進する必要がある。革新的な新薬の開発を積極的に支援する一方で、後発医薬品の使用を促進することも重要である。併せて、国民の多様なニーズに応えるためにも、保険診療と保険外診療の併用を広く容認していく必要がある。
また、保険者機能の強化と医療費適正化を促すためには、医療保険者それぞれの運営努力を今まで以上に強める必要がある。
一方、こうした効率化努力を重ねたとしても、今後の人口構造の変化を踏まえれば、かなりのスピードで給付は増えていかざるを得ない。高齢者医療・介護保険制度として真に必要なサービス給付を確保し、広く国民全体で制度を支えていくとの観点から、同制度への公費の投入割合を、高齢者人口の増加スピードを踏まえて増やしていく方向で見直しを行うべきである。

3.少子化対策と女性雇用の促進

少子化の進展は、わが国の社会保障制度の根底を揺るがしていく。これまでの少子化対策の延長線上では、少子化傾向に歯止めをかけることはできない。子どもを産み、育てたい人が安心して産み、育てることができるような環境を整えるべく、官民の役割分担を明確にしながら、相互に連携し、取り組んでいく必要がある。
同時に、社会保障制度の支え手を増やすべく、全員参加型社会を目指し、女性の就労機会を拡大していくことも重要な課題である。女性の社会参画を進め、出産や育児によって個人のキャリアが断絶しないような手立てを講じていくことが求められる。
企業は、仕事と生活の調和推進に向け、仕事の進め方を根本的に見直すとともに、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方を推進すべきである。働き方を取り巻く環境は、産業、地域、個別企業によって大きく異なる。最近は、人材確保のために各企業は競って様々な取り組みを展開している。働き方の見直しにあたっては、労使による話し合いを基本として、企業の自主的な取り組みに委ねることが肝要である。
また、子育て家庭を支援するためには、大都市圏での保育サービスに関して、多様な事業者の参入と、利用者のニーズに基づく柔軟なサービス提供を行える仕組みを導入すべきである。さらに、経済的支援については、現行の児童手当と扶養控除から「子育て税額控除(還付付き)」を中心とする制度に移行することが考えられる。

4.全員参加型社会の実現に向けた雇用政策

今後、高齢化が急速に進むなかで、社会保障制度を維持し、持続可能なものにするためには、若年者や高齢者などの世代を問わず、社会保障制度の支え手をできる限り増やしていかなければならない。
とりわけ、若年者を中心に、働く意欲はありながら、新規採用の時期を逸した人々や、十分な職業能力の開発の機会が得られない人々の存在が問題となっている。こうした人々に安定した就労機会が開かれるよう、きめ細かな施策を実行していく必要がある。
すでに、「官民協力による若年者雇用対策の充実について−労働市場のマッチング機能強化に向けて−」(2007年4月)において、労働力人口の減少が見込まれるなか、若年者の就労機会を拡大するよう労働市場のマッチング機能を高めていくことは今後とも大きな課題であることを指摘したが、これは年齢や属性に関わらず、共通の課題でもある。こうした課題の解決のためには、企業による自主的な取組みと政府によるさまざまな取組みを相互に連携、補完させながら進めていくことが不可欠であり、ハローワークの機能強化や民間による労働力需給調整機能の強化に向けた制度見直しに不断に取り組んでいく必要がある。
その上で、ジョブ・カードなどによる多様な職業能力開発機会の提供や、就労促進型の雇用保険などのセーフティー・ネットを構築することにより、全員参加型社会への取り組みを強化していく必要がある。

以上

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