自立した広域経済圏の形成に向けた提言

−広域連携を通じた地域の競争力向上を目指して−

2008年5月20日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

経済のグローバル化の進展による国際競争の激化や人口減少社会の到来など、わが国経済を取り巻く内外環境は大きく変化している。こうした中で、国民一人ひとりが豊かな生活を享受できる「希望の国」を実現するとともに、わが国全体として競争力の強化を図っていくためには、国民の生活の場、企業の活動拠点である地域の活性化が喫緊の課題となっている。
一方、わが国では、国・地方を通じて財政制約が強まっており、地域活性化のために大規模な財政出動を行うことは極めて困難となっている。また、地域社会においては、交通・通信等の基盤整備により国民生活や企業の経済活動の範囲が広域化する一方、急速な高齢化・人口減少により従来の行政の枠組みで対応することが難しい状況も生じつつある。かかる状況の下で、国全体の活力と競争力の底上げを図っていくためには、国民生活と企業活動の実態に合わせた広域的な地域連携を進め、それぞれの地域の強みと独自性を活かした競争力を総合的に強化することで地域力を高めていく必要がある。
同時に、それぞれの地域の取り組みを国が補完するとともに、我々、産業界も地域の取り組みを積極的に協力・支援していかねばならない。これらの国を挙げての一体的・総合的な取り組みを強力に推進することこそが、経済的に自立した広域経済圏の形成に資するとともに、地域が国と対等な協力関係に立って効率的な地域経営・行政を行う道州制の実現につながるものと考える。
政府では、福田総理の指示により、昨年10月に内閣の関係組織を再編・統合し、新たに全閣僚からなる地域活性化統合本部会合と地域活性化統合事務局を設けるなど、内閣の重要課題として地域活性化に取り組んでいる。11月には、地方再生を総合的かつ効果的に推進するための「地方再生戦略」を策定し、企業立地促進や技術・農業・観光等の地域資源を活用した振興策等を推進しており、各地域もこれらの振興策を活用した積極的な取り組みを進めつつある。
そこで、日本経団連では、上述の基本的な認識に基づく地域の活性化に関する提言の第一弾として、企業立地促進や農業・観光振興など地域の関心が高く、また、産業界に対する期待も大きい分野を中心として、これらの地域の取り組みや国の振興策を産業界からの視点から改めて検討・評価し、その充実・強化に向けた取り組みの在り方や、産業界としての協力方策などにつき提言するものである。

I.地域の強みを活かした成長戦略

1.ものづくり拠点としての機能強化を通じた地域活性化

前述の通り、経済のグローバル化の進展や新興国の発展に伴う国境を越えた競争が激化するなか、企業はグローバルな経営戦略の下に国境を越えて活動拠点を選択し、経営資源の最適配分を図っている。一方、日本国内においては少子高齢化の進展とともに人口減少社会が到来し、団塊の世代の引退に伴う労働力の確保や技能の伝承が大きな課題となっている。かかる内外環境の大きな変化に対し、積極果敢かつスピード感を持って対応していくことが、企業の競争力を維持・向上するために不可欠となっている。
現在、多くの地域が国内外からの企業の誘致活動を積極的に展開するとともに、立地企業に対する地域の魅力を高めるべく、立地環境の整備・向上に取り組んでおり、すでに多くの先進的取り組みや成功事例も数多く存在する。しかしながら、アジア諸国の急成長と投資誘致措置の充実等の結果、わが国の相対的な魅力が低下し競争が激化する中で、これらの地域の取り組みをより有効なものとするためには、地域は企業のグローバルな拠点戦略とその中で企業が日本国内の拠点に求めている機能を把握するとともに国内外との競争に勝ち抜くための地域戦略を策定し、企業のスピード感を共有しつつ、そのニーズに則した環境を重点的に整備することにより立地競争力を高めていかねばならない。
わが国企業の国内拠点の機能については「ものづくり白書」等でも明らかにされており、また、産業問題委員会企画部会が実施した会員企業へのヒアリング調査でも改めて確認された通り、わが国企業が国内拠点に求めているのは、高度技術・知識の集積が必要な「ものづくり拠点」としての機能である。すなわち、各企業は市場・顧客の要求への迅速な対応等の観点から市場・顧客に近接した生産・製造を基本としつつも、国内の拠点には、最先端の研究開発、高付加価値品・基幹部品等の開発・生産、製造プロセスにおける上工程・前工程の役割、マザー工場等の生産技術の蓄積や高度技術のブラックボックス化などを図る機能を重視している。
また、日本貿易振興機構(JETRO)の「アジアにおける世界主要企業の立地(集積)状況と企業誘致政策に関する調査」(2008年3月)によれば、多国籍企業のわが国への立地状況をアジアの他地域(北京、上海、その他中国、香港、ソウル、その他韓国、シンガポール)と比較したところ、わが国には、販売拠点とともに、グローバル展開を進めるわが国企業との協働で行う研究開発の拠点や、高い技術力を必要とする製品の製造拠点としての機能を求めて立地している例が多いことが明らかになっている。すなわち、国内外の企業が我が国の拠点に求める機能は類似したものと考えることができる。
このような「ものづくり拠点」としての機能を維持・強化していくための環境整備として重要なのは、人、技術、ならびに他拠点・協力企業・顧客とを繋ぐインフラ等であり、これらを重点的に整備していくことが、地域の立地競争力の強化につながる。そして、企業が人材の確保や協力企業との連携・部材の調達・商品の販売等の事業活動を進める場合、市町村や都道府県等の既存の行政単位に捉われることなく広域的な展開を推進していることから、これらの整備を広域的な連携により進めていくことが極めて重要である。

(1)人材の育成・確保

「ものづくり拠点」としての機能を拡充するために最も重要な要素の一つが人材である。ものづくりの原点はひとづくりであり、今回のヒアリング調査でも多くの企業がその重要性とともに、人材の質と量の両面での不足感を指摘している。特に、昨今、少子高齢化の進展のなかで企業が事業規模を維持・拡大していくためには、競争力の源泉となるイノベーションを生み出すための高度技術人材とともに、生産現場を担う工業高校等出身の技能人材の確保が大きな課題となっており、これら人材の安定確保を立地選択の大きな要因と考えている企業も少なくない。かかる現状において、立地企業が優れた労働力を安定的に確保できるよう、地域が住環境等の生活環境の整備を図りつつ、また奨学金制度等をも活用し、産業人材の育成・確保により積極的に取り組んでいくことが立地競争力の向上につながる。そして、その際は市町村や都道府県の行政区域に縛られず、広域的な視点から複数の市町村、都道府県が連携し、互いの強み・弱みを相互に補完していけば、優秀な人材を安定的に輩出することが可能になると考えられる。

  1. <1> 高度技術人材の充実
    高度技術人材の確保・育成については、従来、企業においては、全国の大学から採用した卒業生を社内で育成することを基本とし、現在でもそのための社内教育の充実に取り組む企業も少なくない。しかしながら、人口減少社会を迎え大学生の理工系離れの傾向が見られるなか、高度技術人材の育成・供給拠点として大学の重要性が増しており、企業の期待も大きい。一方で、地方大学の均質化されたプログラムや、産業人材育成のための実践的な教育の欠如を指摘する声も多い。
    従って、地域はすでに先進的な取り組みがなされている事例などを参考としつつ、地域の大学の教育プログラムにその地域の産業特性や強みが反映されるよう企業や大学との連携を図り、理工系の大学及び大学院卒業生の地元定着を高めていくことが重要である。また、これらの取り組みが一層活発化するよう、地域の企業や産業界は求める人材像を示すとともに、実践的な教育プログラムの開発に積極的に参画・協力していくことが求められる。
    同時に経済社会が大きく変化する中で、大学自体も時代や社会の要請に応えた改革を進めるべきであり、機動的・効率的な大学経営等により自らの競争力を高めていく必要がある。政府では、現在、教育再生会議第二次報告や「経済財政改革の基本方針(骨太の方針)2007」(2007年6月)に基づき、複数の大学が共同で学部や大学院を設置することを可能とするための基準改正の検討を進めており、かかる制度の活用や道州制の導入を踏まえた地域内の大学の再編等などを進めつつ、産学連携等により地域の高度人材育成に積極的に取り組むことが期待される。そして、地方自治体が連携して、あるいは地域ブロック単位の行政機関や経済団体がコーディネーターとなり、このような取り組みの広域的推進を図っていくことがより有効であろう。

  2. <2> 技能人材の安定的確保
    高度技術人材の不足と同様に深刻さを増しているのは、わが国のものづくり企業の競争力の基盤として生産・製造現場を担う技能人材の不足である。その原因としては、少子化に加え製造業を志向する生徒の全体数が減少していることとともに、企業が不況期に工業高校や高等専門学校からの採用者数を削減したことなどもあり、それらの生徒が就職ではなく進学を志向するようになっていることが考えられる。
    従って、地域としては企業・産業界を広く巻き込んで、また、自治体内においては商工部門と教育部門が連携しつつ、初等教育段階からものづくりへの関心や科学への憧れを高めるための教育を教師も含め充実することなどにより、技能人材の育成を図っていくべきである。同時に、企業としても、技能系人材のキャリアパスを充実させていくことが重要である。
    産業界が地域の教育の質向上に向け積極的に取り組む例として、社会科見学などの機会に工場を開放し児童・生徒がものづくりの面白さを体験する機会を設けたり、インターンシップの受入れや講師派遣などを通じて地域の工業高校や高等専門学校の教育の高度化に取り組む例などがある。また、ある企業では地元の短大にものづくりに特化したコースの設置を働きかけ実現し、自社の社員を講師として派遣するとともに、若手社員を学生として派遣している。このように地域の自治体は、通勤圏と想定される地域の企業や産業界と広く連携を図りながら、技能人材の育成を推進することが必要である。

(2)技術力の維持・向上と積極的広報

「ものづくり拠点」として国内拠点の立地を考える場合、欠かせない要因が優秀な協力企業の存在であり、東京都大田区や東大阪市にある一品ものからの試作が可能な中小企業のように、高い技術力を有する中核製造業が多くの地域に存在することがわが国の強みである。国内外企業の立地を促進すべく地域の魅力を高めるためには、地域はこれらの技術力の一層の維持・向上を支援することが重要である。
従って、地域としては立地企業や産業界等と求められる技術や必要な資源等につき課題を共有しながら、中小企業地域資源活用法などを活用し問題の克服に努めるとともに、地方銀行や日本政策投資銀行、ベンチャーファンドなどの目利き力を活かし潜在的な技術シーズを顕在化させ事業化・販路拡大に努めることが求められる。また、それぞれの地域には高い技術力を有している中小企業が存在しても、それらが全国的にはあまり知られていないことも少なくない。官民の密接な連携により地場の中小企業が持つ技術の強みや独自性を活かした成長戦略を策定し、地域版「元気なモノ作り中小企業」などとして積極的な情報発信等のPRを展開していけば、そこに着目する企業は国内外に多く存在すると考えられる。さらには、自治体がコーディネート役となり、大学、研究機関、企業のネットワーク化を図るとともに、地域産業の付加価値を高めるための特色ある基礎研究に対する資金の助成を行うことも必要である。こうした取り組みは、企業拠点の立地に直接結びつかなくても、これらの技術を魅力に感じた地域外の企業との取引が成立し地域の雇用の確保と産業の振興に繋がることも期待できる。
なお、これらの取り組みにおいても広域的な連携は極めて有効である。とりわけ、産学連携においては、地域産業振興に資する重点課題の解決やそのための技術的ブレークスルーの推進に向けて、県境をまたがる広域的な連携により、大学の研究成果の有効活用と技術やノウハウの共有化を図り、知恵と技術の結集によるシナジー効果を発揮することが期待される。

(3)企業の付加価値創造のためのインフラ整備

人材や技術とともに、多くの企業が他の事業拠点、協力企業、市場・顧客との近接性を立地選択要因として重視し、自社のバリューチェーンを効率的に構築するためのインフラの整備を求めている。また、企業は立地決定までには慎重な検討を行うものの、その決定後は、一刻でも早く拠点を稼動させるため、用地・電気・ガス・水などの基礎的な産業インフラの整備状況も重要な立地選択要因となっている。そして、企業は少しの遅れがリスクとなる厳しいビジネス環境で競争していることから、地方自治体へもビジネスパートナーとしてスピード感を持ってインフラ整備に取り組むことを期待している。
従って、地域は自らの産業特性や企業の立地状況、更には人材や技術拠点の整備状況を把握し、地域全体の立地競争力強化に必要なインフラの効率的整備を図るべきである。その際には、企業のバリューチェーンは地方の行政単位のみならず国境を越えて構築されていることから、インフラ整備においても広域的な視点が不可欠である。例えば、現在、京浜地区や阪神地区において、地域内の諸港湾の入港料の一本化や手続きの標準化といった取り組みが始まっており、こうした隣接する地域が連携を図った上で、道路、港湾、空港などのインフラ整備を効率的に進めることで、地域の立地競争力が向上することが期待される。また、こうしたインフラ整備を有効に立地競争力に結びつけるためには、自治体が企業に対し積極的に情報発信を行うことも重要である。

(4)行政手続きの簡素・迅速化

企業のスピード感の共有との観点からは、行政手続きの簡素・迅速化も重要である。工場立地には、都市計画法、建築基準法、工場立地法、労働関係法等に基づく数多くの許認可等が必要であり、これらの行政手続きに無用な時間を要せば、経済社会の激しい変化の中で立地企業の競争力を損なわせることになる。従って地方自治体は、企業立地に係わる各種の行政手続きのワンストップ化などを一層充実させることにより、その簡素・迅速化に取り組むべきである。

2.固有資源を活用した成長力の底上げによる地域活性化

地域の活性化と雇用創出に向けて、国内外の企業立地を促進する施策と同時に地域が取り組むべき重要な課題は、地域固有の資源、すなわち地場の中核製造業の技術力、農林水産資源、観光資源などを活用し地域の成長力を底上げすることである。産業界としてもかかる取り組みに、積極的に参画・支援し、国を挙げた地域の活性化に協力していきたいと考えている。

(1)地域固有資源の活用
  1. <1> 地域の製造業が有する技術力の積極活用
    中核製造業の技術力の高さは日本の強みであり、その技術力を高めていくことが、地域の立地競争力の強化に資することは前述の通りである。しかしながら、企業は、立地選択にあたり、既存拠点や協力企業との近接性、整備された用地や基盤インフラの存在などを重視する傾向にあり、それらの整備状況が劣位にある場合には、新たに企業を誘致することが困難なケースも考えられる。そのような場合でも、わが国が強みを有する省エネや環境配慮型の製造技術などをはじめ、自治体が地場の中核製造業の技術力をPRし、地域外の企業との取引を拡大することにより、地域産業の活性化に寄与することは可能である。また、中小ものづくり事業者同士が広域的に連携を図り、各分野で独自の技術を誇る企業が連携し、共同で開発・設計、試作、量産までを一貫して手がけるケースも生まれている。さらには、地域の伝統工芸品が国内外から注目を集め、その生産拡大や市場・顧客へのアクセス改善に取り組む事例も少なくない。
    従って、地域はこうした動きを積極的に取りあげ支援するとともに、とりわけ顧客の確保や国内外の販路の開拓には、自治体間の広域的な連携が重要である。

  2. <2> 農業の活性化に向けた農地利用計画の策定と新規参入の促進
    農業は地域における重要産業であり、その活性化は地域振興の観点から不可欠である。また、世界的に農産物価格が高騰する中、わが国の有する高い技術を活用した農業の競争力強化は食料安全保障の観点からも喫緊の課題である。しかしながら、わが国農業は、農業従事者の高齢化と深刻な後継者難や耕作放棄地の増加などに直面している。このため、日本経団連では、構造改革の加速化による農業の体質強化と活性化を図るべく、新ビジョン「希望の国、日本」(2007年1月)においては、今後5年間に重点的に講じるべき方策として、農地の所有と利用の分離、新規参入の促進、担い手への施策の重点化、食料供給コストの縮減、農林水産物の輸出促進等を指摘したところである。これらのうち、農地制度をはじめとする規制や税制の見直し等、国が取り組むべき課題は多いものの、地域が率先して推進すべき課題は少なくない。
    従って、地域において、農地をまとまった形で担い手に集約するため、農地に関する情報を収集・公開するとともに、地域の実情や関係者の意向を調整した上で農地利用計画を策定することが重要である。また、新規就農者の受け皿として期待される農業生産法人や特定法人等の新規参入を促進するため、リース方式による参入可能区域を大幅に拡大することが必要である。更には、地域の農産物の販路の確保・拡大のため、とりわけ海外展開においては、国や地域ブロック単位の行政機関の支援を得つつ、地方自治体が広域的に連携して積極的に取り組むことも肝要である。

  3. <3> 観光振興に向けた官民連携と広域連携の推進
    観光産業は農業と並んで地域における重要な産業であり、日本経団連では、「国際観光立国に関する提言」(2005年6月)等により、かねてより観光立国を「国家百年の計」として重要な国家戦略の一つに位置づけ、関連施策が総合的・効率的かつ迅速に展開されることを訴えてきた。
    一方、魅力ある地域づくりと地域経済の活性化という観点からは、観光立国に向けた地方自治体の主体的な役割が欠かせない。特に、地方自治体は、地域資源を掘り起こし、地域の魅力を総合的に体験できるプログラムの企画・実施のほか、地域の総合的なプロデューサー的人材の育成、旅行客を受け入れる住民の「もてなしの心」の醸成、景観整備・街づくり等に取り組むべきである。また、こうした課題に効率的に取り組むためには、地方自治体内部において観光担当部門を明確にした上で、商工労働、街づくり、農村振興、人的交流等の担当部署が相互に連携を図るべきであり、かかる連携の下で長期滞在による観光客の時間消費の拡大を図るべく、名所旧跡に限らず、工場や産業博物館などを見学する産業観光や、農山村や伝統工芸品を活かした体験型観光、日本の美しい水資源・水環境などの豊かな自然に着目したエコツーリズムなども充実させる必要がある。
    同時に、地域における官民連携・広域連携の推進も重要である。例えば、県、観光協会、JAグループ、NPOが一体となって観光振興を効果的に進めている地域もあり、また、東北観光推進機構、中部広域観光推進協議会、九州観光推進機構など、既に各地経済団体や地方公共団体などの連携による広域観光が進められている。地域は、こうした成功事例も参考にしながら、近隣との連携を進めることにより観光PRの効率化を図るとともに、都市と農村部との交流促進を含め民間のニーズやアイディアを取り入れ、必要な施策を展開すべきである。

(2)産業界としての協力方策
  1. <1> 大企業OB人材等の活用など技術・人材面での支援
    大企業やそのOBの有する技術・ノウハウや実務経験は、中小ものづくり企業の技術継承・向上、地域資源を活用した特産品の開発や販路開拓、学校における出前授業等による産業人材の育成、農業経営の高度化や観光振興に向けた人材育成等に極めて有効である。例えば、地域に立地する大企業のOBが地元中小企業の要請に基づきその経営につき助言を行ったり、当該企業の有する関連技術を活用し地元中小企業と共同開発を行う例や、地域の特産品をインターネット等を活用して販売するなどの販路の確保・拡大を支援する例、あるいは自社の研修施設において関連企業の社員教育を行ったり、経営者が地域の若手社員の教育に協力するなどの様々な取り組みが既に進められている。また、日本貿易会が設立したNPO法人国際社会貢献センターでは、商社OB等を登録し、中小企業や地方自治体の要請に応じて経営相談、販路開拓、海外進出、企業誘致などを支援する人材を紹介している。今後とも、こうした取り組みが一層拡大することが期待される。
    こうした観点から、日本経団連として、経済産業省が実施するOB人材と中小企業とのマッチングのための「新現役チャレンジプラン」事業に対し、新現役の人材情報の蓄積・確保などに協力すべく、会員企業に対し、その退職者等に当該事業の周知を図る取り組みを進める方針である。

  2. <2> アグリビジネス確立に向けた産業界の協力・支援
    わが国農業の深刻な状況に対し、産業界としても大きな関心と懸念を持っており、産業界による農業界との協力・連携の強化を通して、農業界の取り組む国内農業の体質強化に向けた改革努力を強力に支援していくことが産業界としての重要な役割だと考えている。既に、食品加工業、外食産業、大規模小売業、商社、農業資機材メーカー等を中心に、農業者との契約栽培や技術・ノウハウの供与、農業者と協力した農業生産法人の設立・運営等による、国内農産品の活用、品質向上、新商品開発、ブランドの確立、流通効率化、販路の確保・拡大、地産地消、消費者との交流等の取り組みが多く行われている。
    また、工場等の社員食堂における地元農産物の積極的活用、コストダウンや現場での作業改善等製造業で培ってきた経営改善手法を農業分野へ移転する取り組み、さらには農業経営の高度化・多角化を支援するコンサルティング・資金提供等の協力も行われている。
    これらの取り組みは、農業者にとっても、国内外の市場に精通した業種等による独自のマーケティングを利用できるほか、安定的な販路や新たな市場が確保されることで農業生産そのものに力を入れることが可能になる。また、農業経営の高度化・多角化は、農業の産業としての魅力を高め、新規就農者等の担い手の確保を図る上でも有効である。
    従って、日本経団連としては、開発・生産・加工・流通・販売までの過程をトータルに捉え、農業者、製造業、流通・販売業が互いに協力して付加価値を高めていくアグリビジネスの定着に向け、引き続き農業者との協力・連携強化を積極的に推進していきたいと考えている。同時に、工場等の社員食堂における地元農産物の積極的活用(地産地消)については、会員企業に対し、広く同様の取り組みが自主的に進められるよう働きかけていく予定である。

  3. <3> 地域の観光産業の振興に向けた協力・支援
    観光立国の実現には、政府、地方自治体等による総合的かつ効率的な政策立案・実施に加え、何よりも民間部門が創意工夫を重ね独自のアイディアを具体的事業として展開することが重要である。例えば、民間事業者には、観光・集客事業の展開、観光商品・サービスの提供ならびにその質の向上、観光資源の掘り起こしはもとより、工場や企業博物館の見学等の産業観光の推進、韓国や中国の旅行業界との連携による北東アジア観光ゾーン形成といった形で、わが国の観光立国に向けた取り組みにおいて重要な役割を果たすことが求められる。また、民間企業は、大学における寄附講座への講師派遣、企業における実務研修の受入、観光から派生する産業の振興、研究開発等の面でも貢献し得る。加えて、各地域においては、経済団体に広域連携の推進役・調整役としての役割が期待される。
    また、日本経団連では、韓国の全経連観光産業特別委員会との間で「日韓観光協力会議」を開催している。同会議では、日韓中三国の交流推進、ひいては欧米をはじめとする各国からの旅行者の増大を目的として、北東アジア観光ゾーンの形成に向けた協力方策を探っており、これが実現すれば、外国人観光客の増大による地域活性化の効果は大きいものと期待されており、引き続きこれらの活動を積極的に推進していく予定である。

II.国による地域の取り組みの補完

1.地域の広域連携への支援

道州制の導入は、真の地方自治を実現するとともに、国と地方の役割や統治のあり方など行政のあらゆる面を見直す「究極の構造改革」である。同時に、既存の市町村や都道府県といった行政単位を超えて広域化している国民・企業の生活圏・経済圏に合わせ、行政サービスを広域化することによりその合理化・効率化を推進するとともに、広域経済圏の自立化を図りつつ豊かな国民生活と産業の競争力の強化を実現するためのものである。
そのため、日本経団連では、2015 年を目途に道州制を導入することを目指し、「道州制の導入に向けた第1次提言」 <PDF>(2007年3月)等を発表し、各地でシンポジウムを開催している。同時に、道州制の意義・目的に対する国民の理解促進に向けた活動を展開するとともに、道州制の導入に不可欠な基幹的制度ならびに国、道州、基礎自治体の役割分担のあり方を中心に検討し、その具体的な制度改革提案を本年秋に「第2次提言」としてとりまとめる予定である。
このような道州制の導入に向けた制度面での改革とともに、自立した広域経済圏の形成を図るため、地域に期待されている機能面を充実するための改革も、道州制の基盤作りや機運の醸成に向けて不可欠である。とりわけ、喫緊の課題である地域の活性化に向け、「I.強みを活かした地域の成長戦略」で指摘した通り、地域の立地競争力の強化に向けた人材・技術・インフラの充実や、農業・観光等の地域資源を活用した地域振興といった機能を充実させていくためには、地域が企業の活動実態に即して都道府県等の既存の行政単位を超えたより広域的な取り組みを進めるべきであり、国はこれらの地域の取り組みを政策的に支援していくことが強く求められる。道州制の早期実現のためには、このような制度と機能の両面からの自立した経済圏の確立に向けた改革を進めることが有効である。

(1)広域的な成長戦略策定の推進

企業立地促進法は、地域による主体的かつ計画的な企業立地促進等の取り組みを支援し、地域経済の自律的発展の基盤の強化を図ることを目的としており、各地域の都道府県と市町村は、国の策定する基本方針に基づき、企業立地の目標、集積を目指す区域・業種、施設・人材等の事業環境の整備等について基本計画を作成している。これまでに主務大臣の同意を受けた基本計画は、第1号から第6号まで合わせて42道府県108件(2008年3月現在)あるものの、県境を越えた基本計画は1件も存在しない。地域の活性化は地域自らの取り組みが重要であり、同一県内の各地域が創意工夫を発揮し競争と切磋琢磨によりその高度化を図っていることは重要であるものの、その取り組みを補完するものとして県境を越えた広域的な基本計画が策定されてしかるべきである。
そのため、国は地域の広域的な取り組みを重点的に推進・支援すべく、各地域ブロックに設置された横断的な連絡会を活用するとともに、広域的な計画の優先的な採用や追加的なインセンティブ措置の付与等を検討する必要がある。
一方、国土形成計画法では、経済、社会、文化等に関する施策の総合的見地から国土の利用、整備、保全を推進するため、国が国土形成計画(全国計画)を定めるとともに、首都圏、近畿圏、中部圏等のブロック単位で広域地方計画を定めるものとされている。そのために国の地方行政機関、都府県政令市、地元経済界、市区町村などからなる広域地方計画協議会が組織されている。各地域においては、この協議会等の場も活用して、前述の企業立地広域基本計画を含め、インフラの整備のみならず、人づくり、技術開発、地域資源を活用した産業振興等に向けた地域戦略を優先順位を明確にした上で企画・立案し、その実施を推進する場とすべきである。

(2)広域連合の積極的活用

広域連合は、様々な広域的行政ニーズに柔軟かつ効率的に対応するとともに、都道府県や市町村単独への移譲が難しい権限の受け入れ体制を整備するため、地方自治法に基づき1995年6月より施行された制度である。また、広域連合制度ではその長や議員の選挙などの民主的手続きが整備され、構成自治体の分賦金により広域的な事務を自ら実施するとともに、構成自治体の関連事務に関する勧告等による広域調整も容易になっている。しかしながら、現在、設置されている広域連合の多くは、医療やゴミ処理、防災などの事務の広域処理を目的として設置されている例がほとんどで、産業振興の観点からの広域連合設置の試みは非常に限定的である。
しかしながら、産業振興を通じた地域活性化を図り、自立した広域経済圏の形成を実現するためには、県境を越えた広域的な連携を総合的に進めていくことが不可欠である。そして、かかる取り組みを推進するために、上記の広域地方計画協議会とともに、広域連合制度を活用することも極めて有効であり、地域によるこれら広域連合の活用を促すためには、権限移譲や規制の特例措置等のインセンティブ措置を講じるべきである。とりわけ所謂地域ブロック単位の広域連合に対しては、例えば、現在の「都道府県の加入する広域連合の長は、その議会の議決を経て、国の行政機関の長に対し、当該広域連合の事務に密接に関連する国の行政機関の長の権限に属する事務の一部を当該広域連合が処理することとするよう要請することができる」(地方自治法第291条の2第4項)とした規定に加えて、具体的な権限移譲の要請やそれに対する国の応答等の手続規定を整備すること、あるいは道州制特区推進法における「道州制特別区域」の対象として当該広域連合を含めることなどを検討すべきである。併せて、広域連合による産業振興等を効果的・効率的に行うための規制の特例などを道州制特区推進法の対象とすることも有効であろう。

2.国が地域の競争力強化に向け補完に徹し取り組むべき課題

道州制の導入等による分権型国家においては、国と地方の役割分担の下で、国は国として果たすべきことを重点的に担うべきであり、また、地方の取り組みに対して国は補完に徹すべきである。地域の競争力強化に向けては、ものづくり機能を充実させるための人材、技術、インフラの整備、外国企業の対内直接投資の拡大、さらには国際観光振興、農産物や伝統工芸等の地域特産品の海外展開等において、その役割を果たすべきである。

(1)産学連携を通じた研究の振興とものづくり人材の育成・確保

競争力を確保する鍵はイノベーションが握っている。従来、わが国におけるイノベーションは民間企業が中心に推進してきたものの、イノベーション創出のプロセスは複雑化していることもあり、官民を挙げたイノベーション戦略を推進することが必要となっている。このため、大学における研究の充実、大規模研究開発プロジェクトの着実な実施などに向け、政府の支援措置等を充実させることが必要である。同時に、国際競争に勝ちうる大学共同利用機関の機能強化を図りつつ、国立大学等の大胆な再編統合等の取り組みを促進すべきである。
また、イノベーションを実現する担い手となる人材を育成する観点から、特に、従来の学問領域を超えた学際融合的な分野において、国内外から多様な分野の研究者が集まる世界トップレベルの研究教育拠点を形成することが求められている。このような拠点の整備は、優れた研究成果に加え、幅広い分野の知識や経験を身につけた優れた人材の輩出につながるものと期待される。かかる拠点においては、将来の経済や社会を見据えた研究テーマの設定に産業界の知恵を活用するとともに、企業の研究者を積極的に受け入れるなど様々な形で産学が連携することが必要である。
また、技術・技能人材の確保・高度化のためには、外国人が有する多様な価値観や経験・ノウハウを活かすべく外国人材の受入を積極的に進めていく必要がある。このため、留学生の日本国内での就職促進、幅広い人材の受入れと在留期間の長期化、研修制度改善、高度技能実習制度の創設等に向け、在留資格要件等の見直しや外国人研修・技能実習制度の改善等を図っていかねばならない。

(2)港湾・空港等の基幹的交通インフラの国際競争力の強化

地域におけるものづくり力の強化において、インフラ整備は非常に重要である。しかしながら、昨今、「ジャパンパッシング」という言葉にもあるように、中国の経済成長等を背景としてアジア諸国の港湾や空港における旅客数やコンテナ取扱量が飛躍的に伸びる中で、わが国の港湾や空港の国際競争力の低下が現実のものになっている。
そこで、国は地域における港湾整備の取り組みにつき選択と集中を図った上で、港湾間の広域連携を促し、加えて地域とともに国際的なポートセールスを推進して、わが国港湾の国際優位性の低下に歯止めをかけることが急務である。
また、2006年11月の「貿易諸制度の抜本的な改革を求める」で提言した通り、港湾利用コストの低減や手続きの簡素化など物流の利便性・効率性の向上等にも政府は一体となって取り組むべきである。同時に、わが国の競争力強化の観点からは、港湾・空港への道路アクセスの改善や既存の産業インフラを再生するための支援措置も不可欠である。例えば、国際海上コンテナ(40フィート、背高コンテナ)を内陸に輸送する場合、重さや高さ制限による通行支障区域が現在約450Km程度存在しており、貨物の大型化・重量化の現状を踏まえつつ、供用中の国道や新たに整備される幹線道路において、ボトルネックを解消するための道路整備を重点的に進めるべきである。また、臨海工業地域の立地競争力を強化するため、港湾の大深度化や護岸等の整備への各種支援措置の検討が望まれる。
空港については、国際拠点空港・地方空港とも容量面では概成しており、今後は、広域経済圏の形成と地方活性化等を促進するべく、オープンスカイ政策を推進し、既存の空港インフラを効率的に活用したバランスのとれた路線ネットワークを構築していく必要がある。

(3)対日投資の促進や地域の資源を活用した活性化策の国際展開の充実

政府の経済財政諮問会議においても議論されている通り、対日投資の拡大は国のみならず、地域の活性化の観点からも重要な課題である。しかし、諸外国に比べて高い事業コストや各種規制の存在がネックとなり、対日投資の促進は期待通り進んでいないのが実態である。法人税の国際的水準への引き下げ等の税制や各種規制の見直し、行政手続の簡素化・迅速化、さらには外国人の生活環境の整備などの課題は引き続き検討しつつも、直ちに取り組むべき課題は、国際優位性のある産業分野の選定や技術の発掘を進めつつ、選択と集中を図った上で外資系企業の誘致活動を推進すべきことであろう。なお、日本貿易振興機構(JETRO)は、国内外の事務所において外国企業の対日投資を支援する事業を積極的に展開しており、また、前述の「アジアにおける世界主要企業の立地(集積)状況と企業誘致政策に関する調査」などにおいて、産業分野別に海外企業のわが国国内の拠点ニーズや誘致可能性を分析し自治体の取り組みを支援している。外国企業を支援するための各種行政手続きのワンストップでの代行などを含め、かかる機能の充実が期待される。
また、地域の観光資源や農林水産品・伝統工芸品等の積極的な海外展開に関しては、地域の取り組みを支援すべく、わが国在外公館や各種公的機関が民間事業者とも協力しつつ積極的なPR活動を行うなど、国を挙げた取り組みを一層積極的に推進していくべきである。

以上

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