観光立国の早期実現に向けて

2008年9月16日
(社)日本経済団体連合会

1.基本的な考え方

日本は、産業競争力の全般的な低下に加え、地域社会・経済の疲弊に直面している。

これに対処するため、日本経団連はかねてより、「魅力ある国づくり」を目標として、観光立国の実現を訴えてきた。これは、我々の生活空間を魅力あるものとしつつ、日本固有の伝統・文化・自然に加え、企業の最新テクノロジーなども観光資源として活用し、それらによって、訪日外国人旅行者数を増加させ、地域活性化と国際社会における日本のプレゼンス向上を実現させようという取り組みである。

観光立国の実現に向けては、2003年、小泉政権のもと訪日外国人旅行者数を2010年までに1,000万人とする「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の方針が打ち出され、2007年現在、835万人まで増加している。制度・推進体制面では、2006年に観光立国推進基本法が制定されたほか、国土交通省の6課体制と関係省庁・地方自治体との円滑な協力関係が構築された。さらに懸案であったビジット・ジャパン・キャンペーン事務局と国際観光振興機構(現在は日本政府観光局と通称、JNTO)との一本化も実現するなど、この5年間で着実に進展がみられる。しかし、その一方で、大型国際会議の開催件数が伸び悩み、国内の旅行消費額も低迷している。また、そもそも観光立国に対する国民的認知度が低いといった問題もある。

今後、わが国としては、訪日外国人旅行者数や国際会議開催件数の増加といった現在の目標を、当面の課題としてひとつひとつ達成していくことが肝要ではあるが、真の観光立国を実現するためには、それだけで満足すべきではない。むしろ、自国の観光資源の文化的・歴史的価値を国際社会における影響力の増大に結びつけるための戦略的な取り組みを本格的に進めていくことが喫緊の課題である。これに関連して、現在、政府は、2020年に訪日外国人旅行者数2,000万人を達成することを目標とした「中長期的戦略」を検討しているが、日本経団連としても、こうした方向を支持する。

また、国内旅行の促進は、国内旅行消費額の増大により地域経済、社会を活性化させることにもなるが、その前提となる競争力の高い観光地の形成そのものが、魅力ある国づくりにつながることから、ビジット・ジャパン・キャンペーンに相当する本格的な国内版キャンペーンを実施するなど国内観光の振興戦略を構築する必要にも迫られている。

こうした重要課題に直面して、日本は、関連規制や制度の見直しを含むハード、ソフト両面にわたる観光インフラを整備するほか、広く国民に観光立国の重要性を理解してもらう必要がある。その意味で、日本は大きな岐路に立っていると言えよう。

こうした中、本年10月1日に観光庁が発足するが、民間経済界としては、観光庁が政府の中心となって、日本が直面する内外の課題に観光政策面から総合的かつ果敢に対処することで、真の観光立国を実現することを期待する。こうした観点から、観光庁には、
(1) 官邸機能を活用しつつ関係省庁間の総合調整を図ること、
(2) 国と地方の連携により広域観光を促進すること、
(3) 日中韓三国の連携による取り組みを強化すること、
などが求められる。

2.政府の推進体制

(1) 政府内の総合調整

観光政策は多くの省庁に関わるが、政府内の推進体制については、これまで、観光立国関係閣僚会議のもとに省庁連絡会議が設置され、省庁間連携が図られてきたほか、観光立国推進戦略会議による民間有識者の知見も活かされビジット・ジャパン・キャンペーンが展開されてきた。

今般、観光庁が発足するが、観光庁は、行政改革が推進される中で、2001年の中央省庁再編以来、初めて新設される庁である。そこで観光庁は、現行の国土交通省の観光担当6課が単に移行するのではなく、既存の諸会議の運営や関係省庁間の連携方策などを見直しつつ、各省庁で行われている観光関連行政の業務を絶えず点検し総合調整を行い、観光立国推進基本計画を着実に実施していくべきである。特に、基本計画の進捗状況を毎年度詳細に点検し、各省庁に課題解決を促す役割を担うべきである。基本計画の進捗状況の点検にあたっては、観光庁と内閣官房が主宰して関係省庁と主要民間企業等が参加する官民協議会を設置するのも一つの方法であろう。

その際、PDCAサイクルの徹底、特に政策に関する説明責任の履行、事前・事後の政策評価の徹底が不可欠である。加えて将来的には、各省庁の関連部署や関連審議会等の整理・統合を図ることも視野に入れるべきである。

さらに具体的な業務の推進に際しては、官民人材交流などを通じて、民間の知見を積極的に活用する必要がある。

(2) 国と地方の連携強化

観光庁は、政府と地方自治体との連携、観光地間の広域連携の誘導などについて中心的な役割を果たすべきである。政府と地方自治体との連携に関しては、観光政策を実際に展開していくのが地方自治体であることから、政府の観光政策が現場にまで反映されることが重要である。

例えば、観光戦略を構築するうえで重要な各種観光関連統計が迅速かつ精緻に実施・集計・活用されるよう、必要に応じて政府が関与できる仕組みづくりを行うべきである。

また、観光庁は、観光圏整備法が円滑に実施され、国と地方が連携しつつ国際競争力の高い魅力ある観光地が広域的に形成されるよう努めるべきである。

(3) 日中韓三国の連携強化

2006年以来、毎年開催されている日中韓観光大臣会合では、三国間の連携強化による北東アジア観光ゾーンの形成に向けた話し合いが行われている。今後は、この機能を強化し、三国が国際社会における観光の中心地域を形成できるような施策を多層的に展開すべきである。

具体的には、三国周遊のための航空路線の開設やチケットなど商品の開発といった点に加え、例えば、日本の観光関連産業のもつ優れたノウハウや技術などを中国、韓国の関連業界に移転するためのスキームづくりに向けた環境整備事業等が考えられる。

その業務推進に際しては、三国の政策担当者による連絡会議を開催し、大臣会合での合意事項の着実な実現に向けて、実務面で三国間の連携を推進することも考えられる。

(4) 国際観光プロモーション体制のさらなる強化

国際観光プロモーションの推進に当たっては、国際観光振興機構(現在は日本政府観光局と通称、JNTO)とビジット・ジャパン・キャンペーン実施本部事務局の一本化が実現したことや、日本政府観光局において、幹部に民間人が登用され、民間の知見を活かして業務改革が進められ、訪日外国人観光客の増加に向けた活動が着実に成果を上げてきたことなどを評価したい。

しかし、日本政府観光局は独立行政法人であることから、毎年度、国からの運営費交付金が削減される一方で、より大きな成果が期待されるという矛盾を抱えている。観光庁は、日本政府観光局が政府との密接な連携のもと、日本政府観光局として国際観光プロモーションの機能が十分に発揮できるよう事業環境の整備に努めるべきである。特に、海外における情報収集体制やプロモーション活動が一層効果的に行われるような体制づくりが急務である。

3.地方自治体の役割

魅力ある地域づくりという観点からは、観光立国に向けた地方自治体の主体的な役割も欠かせない。特に、地域資源を掘り起こし、地域の総合的なプロデューサー的人材の育成、旅行客を受け入れる住民の「もてなしの心」の醸成、景観整備・街づくり等の面で地方自治体の取組みが強化される必要がある。

また、こうした課題に積極的に取り組むべく、地方自治体内に観光局や観光部を設置することで観光担当部門を明確にした上で、商工労働、街づくり、農村振興、人的交流等の担当部署と連携して取り組んでいくことが重要である。

同時に、地域における官民連携・広域連携の推進も欠かせない。近年、「東北観光推進機構」「中部広域観光推進協議会」「九州観光推進機構」といった各地の行政、経済団体等が参画した組織が設立され、地域における広域的な観光プロモーション活動が展開されている。このようなブロック単位の活動の展開は、自立した広域経済圏の形成を通じて、道州制の導入の契機となり得るものであり、積極的に推進されるべきである。

4.民間部門の役割

(1) 民間事業者の取り組み

観光立国の実現には、政府、地方自治体、政府機関による総合的かつ効率的な政策立案・実施に加え、民間部門が経営体質の強化や意識改革を進めつつ事業推進の上で創意工夫を重ね、新しい観光産業のあり方を模索していくべきである。特に、訪日外国人旅行者のみならず日本人旅行者にとっても魅力ある観光商品・サービスの開発・提供に向け、創造性あふれるアイディアを具体化する取り組みが絶えず求められる。

まず観光事業者は、新たな観光資源の掘り起こしや、観光商品・サービスの開発ならびにその質的な向上等を通じて、北東アジア観光ゾーンの形成に向けた主体的役割を果たすべきである。他方、製造業などの産業においても、工場や企業博物館の見学を中心とした産業観光の推進、また海外展開する企業については現地での訪日観光客拡大に向けた活動への協力を期待したい。

(2) 観光関係団体の取り組み

上記事業を民間事業者が推進する際、観光関係団体は、長年にわたって培ってきた経験とノウハウを発揮し民間事業者を支援するとともに、観光関連産業全般の競争力強化に努めるべきである。

また、観光関係団体は引き続き、訪日外国人旅行者の増大に努めるとともに、近年、伸び悩んでいる国内旅行市場については、本格的なキャンペーンを実施することで市場の拡大を図り、地域経済、社会の活性化を目指す必要がある。

その際、団体間で機能や業務の重複を排し、これまで以上に緊密な連携体制を構築すべきである。

その一環として、各種観光統計の作成についても、全国レベルの関係団体が連携を強化しながら傘下の企業とともに協力することで、より正確で総合的なデータベースを構築することも有益である。

(3) 日本経団連観光委員会の取り組み

日本経団連観光委員会では、改めて観光立国の実現が経済界の重点課題と位置づけられるよう引き続き努力するとともに、政府の総合調整機能の強化を積極的に支援する。具体的には、観光分野における経済界と政府との政策対話の場を新たに設け、政策の実施状況や課題とアクションプランを定期的に官民が協力して確認し、各省に課題解決を求めるスキームを設けることも考えられる。

特に、観光関連産業は、国際社会におけるわが国のプレゼンス向上や地域活性化に重要な役割を果たしうるものであるが、観光立国の意義の浸透は一朝一夕ではなし得ないことから、日本経団連独自のネットワークを活用して、諸外国政府・経済界・企業を含む内外の関係者に対する戦略的な啓蒙活動を継続的に行う。さらに、ビジネスを通した観光立国実現のための方策の検討とその実施を、メンバー企業に対して求めていく。あわせて、観光関連団体などが進める観光振興キャンペーンを積極的に支援する。

当面、観光関連産業の競争力強化に向け、学校教育における取り組みやインターンシップなどを通じた観光人材の育成、観光問題を高度な学問的水準から調査・研究するための研究体制の構築などに関し、経済界の視点から検討を進めていく。さらに、観光分野での日中韓産業協力を通して、北東アジア観光ゾーンの形成に努める。韓国における観光資源の開発や人材育成への協力可能性を追求し、観光を製造業などとならぶ両国産業関係の主要な柱の一つとすべく取り組んでいく。

以上

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