国民全体で支えあう持続可能な社会保障制度を目指して

−安心・安全な未来と負担の設計−

2009年2月17日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

公的年金、医療・介護などの社会保障制度は、世代間・世代内の相互扶助によって、国民生活の安心と安全を支え、経済社会の安定を果たす最も重要な社会基盤である。
同時に、安心で信頼できる社会保障制度を構築し、その制度基盤を充実することは、安定的な消費、国民生活の向上に大きく寄与するものであり、経済活力の源泉といえる。とりわけ少子化、高齢化が急速に進展するわが国においては、国民生活の安心・安全の確保を通じた経済活力の向上を図る上で、信頼でき、中長期的に持続可能な社会保障制度を早期に確立することが急務である。
また、経済の活性化を図り、経済成長を高めることによって、社会保障制度の持続可能性も高まっていく。このような好循環を達成するためには、将来の生活に対する不安など閉塞感を払拭し、民間の活力を活かしながら、わが国経済の成長力の強化を図る一方、新たな雇用の創出に結びつける方向で社会保障制度の改革に取り組むことが重要である。その結果、わが国の経済を内需主導型に転換していくことにも、大いに貢献することが期待される。
しかしながら、現状では、年金・医療・介護制度はいたるところで綻びが目立っており、国民からの信頼を喪失しているといわざるを得ない。また、少子化問題についても、その深刻さが国民の間に十分認識されておらず、抜本的な対策が打たれていない。このような状況を放置すれば、制度に対する信頼回復、国民の将来不安の解消はおろか、社会保障制度の持続可能性の確保すらおぼつかなくなる。
今こそ、今後の人口構成や社会情勢の変化を踏まえながら、国民が安心・安全でいきいきとした暮らしができるような社会の実現を目指して、社会保障制度が果たすべき機能や役割を改めて見直し、安定的な財源確保のあり方を含め、社会保障制度を抜本的に再構築しなければならない。その際、負担と給付の関係が明確になるよう、客観的なデータの開示と簡素な制度の構築を目指すことも重要な課題である。
経団連では、昨年5月に「国民全員で支えあう社会保障制度を目指して」、10月に「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言」をとりまとめ、中長期的に持続可能な社会保障制度の構築に向けた基本的な考え方、改革の方向性を公表した。今般、これまでの提言を踏まえた上で、2025年度を最終目標とした社会保障制度改革のあり方、とくに国民に安心を与えるセーフティネットの構築に向けて取り組むべき重要施策を中心に、制度横断的かつ総括的に提言する。

I.総論

1.社会保障制度をめぐる環境変化

(1) 少子高齢化、人口減少の進行

出生率の低下と平均余命の伸長による人口構造の変化を伴いながら、わが国の人口は2005年をピークに減少過程に突入している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、このまま現状の傾向で推移した場合、2055年には、高齢者の総人口に占める割合は2005年の約20.2%から40.5%へと上昇することが見込まれ、現役世代1.3人で1人の高齢者を支えることとなる。
他方、これまでのわが国の社会保障制度は、世代間扶養の考え方を基軸としたままで、制度の微調整に終始してきた感が否めない。現役世代に過度に依存する現行制度を維持し、将来世代に負担を付け回したまま、中長期的に制度の持続可能性と経済活力の向上を両立させることは、もはや不可能といわざるを得ない。

(2) 家族、企業、政府の役割の変化

わが国では、1961年に国民皆保険・皆年金が成立し、現行の社会保険方式を柱とする社会保障制度体系が確立されたが、一方で、家族による介護や保育、企業における終身雇用や様々な福利厚生など、家族と企業がセーフティネットとしての機能を一部代替してきた側面があった。
しかしながら、核家族化の進行や個人の価値観の多様化、産業構造や就業形態の変化による働き方の多様化、報酬体系の変化などにより、家族や企業が従来のような形で社会保障の一部を担うことはすでに限界に来ており、社会保障制度の機能強化を通じた対応が必要となっている。これまで幾重にも制度改正が図られてきたが、旧来型の家族形態や働き方を前提とした制度体系のままで、給付と負担の微調整に終始し、制度体系の抜本的な見直しには至ってこなかった。社会構造の変化により、家族・企業・政府がこれまで相互に果たしてきた役割が大きく変化していることを踏まえ、制度としての機能強化を図る一方、個人の選択や働き方に中立的で、かつ国民全体で支えあう体系へと再構築することが求められている。

(3) 中長期的、制度横断的な視点の必要性の高まり

これまでの社会保障制度に関わる改革は、年金、医療、介護など、縦割りの制度毎の課題に対応する形で進められてきた。
高度成長期のように、経済が拡大の一途をたどる中では、個別制度内の変更で対応することも可能であり、制度間の狭間に落ちてしまうことは一部の例外にすぎなかったといえる。しかしながら、人口減少や急速な高齢化の進行、家族や企業の役割の変化など、社会保障制度をとりまく環境が大きく変化する中、社会保障制度の持続可能性を高め、セーフティネットとして有効に機能させる観点からは、中長期を展望した上で通用する制度の構築がまずもって重要である。併せて経済活力や財政運営とのバランスを図り、適正な給付と負担の規模、財源のあり方などを含め、社会保障制度全体を横断的に見直していく必要がある。

2.社会保障制度の課題

(1) セーフティネットとしての機能強化

社会保障制度が国民に安心感を与えるセーフティネットとして有効に機能するためには、制度全体の将来像を国民に明確に示し、信頼に足る制度とすることが大前提である。
しかしながら、足元においては、国民年金における未納・未加入の問題、年金記録問題の顕在化、国民健康保険料(税)収納率の長期低迷、小児科・産科・救急医療体制に対する不安の増大、医師や診療科の偏在、介護従事者の不足、長寿医療制度(後期高齢者医療制度)におけるきめ細かな対応の欠如など、各制度にわたって綻びや不備、非効率が発生している。
加えて、就業形態の多様化や家族・企業の役割の変化に対応した制度体系への転換が不十分であるため、例えば短時間労働者の多くが被用者保険(厚生年金、健保組合)ではなく地域保険(国民年金、市町村国保)に加入するなど、従来の制度趣旨から乖離する状況を引き起こしている。さらには、社会保険そのものに加入していない国民が増加するといった状況も起きている。
このように国民の信頼を損ね、不安を高める事象が存在するため、国民の中に不満と不信が高まる一方で、制度の抜本的な見直しに向けた建設的な議論が深まらないことは残念である。当面の緊急課題として、まずは制度の安定性向上に向けて各制度の綻びや不備の解消に重点的に取り組み、セーフティネットとしての機能強化を図ることが急がれる。併せて、雇用政策においても、国民に安定した就労機会が開かれるよう、きめ細かな施策の実行が必要であり、多様な職業能力開発機会の提供や就労促進型の雇用保険等のセーフティネットの構築を通じて、全員参加型社会への取り組みを強化していくことが重要である。

(2) 中長期的な持続可能性の確立

急速に高齢化が進むわが国において、社会保障給付が現状に比してより一層増大することは不可避である。とりわけ医療・介護サービスについては、需要の急増、疾病構造の変化、技術革新の進展による医療の高度化などにより、費用の大幅な伸びが確実視される。社会保障国民会議の医療・介護費用シミュレーション結果によれば、現状のサービスの提供体制や利用状況のままで今後とも推移していくシナリオ(現状投影シナリオ)の場合においても、2007年度の約41兆円に対して、2025年には医療・介護費用は約85兆円と現状の2倍以上になると試算されている。
セーフティネットに綻びをきたすことのないように目配りすることは当然として、社会保障給付の効率化を徹底しつつ、必要な給付増に向けて安定財源を確保するなど、給付と負担を一体的に改革することによって、中長期的な持続可能性を確保しなければならない。持続可能性の確保に向けては、経済活力を維持・強化し、成長力を高めるための基盤強化を図るとともに、社会保障制度において、現役世代に過度に依存する世代間扶養から、公費負担中心で全員で支えあう方向へ移行を図ることも重要な課題である。

(3) 世代間・世代内の公平性の確保

人口減少と急速な高齢化が進む中、賦課方式により、現役世代の負担が増大している。結果として、給付の抑制と負担増の形で将来世代にしわ寄せされ、世代間の負担と給付に大きな不公平、格差が生じていく。また、現役世代の保険料に依存して、高齢者医療の給付に充てるといった制度間調整も、就業構造の変化や高齢化の進展などにより限界となっている。さらに、第3号被保険者(厚生年金・共済年金被保険者に扶養されている配偶者)について独自の保険料を求めず、被用者年金制度全体で負担するなど、世代内の公平性も担保されていないとの指摘もある。
現役世代の活力を維持するとともに、過度の負担を将来世代に先送りすることのないよう、世代間・世代内の公平性の確保に向けた抜本的な改革に取り組む必要がある。

(4) 制度横断的な見直し

社会保障制度改革においては、制度毎の個別課題への対応と併せて、制度横断的な視点による見直しが求められる。その際、現役期と高齢期を大別したライフステージごとに、求められる社会保障の機能に着目して見直すことが重要な切り口となる。
現役期の社会保障においては、疾病等のリスクへの対応は、適切な負担をもとにした「共助」の仕組みを基本とする一方、生活保護、雇用保険、就労支援等の諸施策の連携を推進して、自助・自立を促すことが不可欠である。高齢期においては、収入構造やライフサイクルが大きく変わることから、国民全体で支える仕組みとした上で、所得保障、現物給付を公費中心で賄うことにより安心感を醸成する必要がある。併せて、高齢者医療と介護の連携強化により、効率的かつきめ細かな対応を推進すべきである。

3.社会保障制度改革の基本的視点

上記の環境の変化、社会保障制度における諸課題に対処していくためには、簡素で持続可能性の高い制度の確立を目指し、以下の基本的な視点に沿った形で、社会保障制度の抜本改革に取り組む必要がある。その際、改革をスムーズに断行するため、国民に対して改革の必要性を丁寧に説明し理解と納得を得るとともに、その具体的な内容について周知徹底を図ることが必要である。

(1) 中福祉・中負担の社会保障制度の確立

わが国では、1961年に国民健康保険制度と国民年金制度の全面施行により、「国民皆年金・皆保険」体制が確立されたが、これまで述べてきたように社会構造の変化に対応できず、制度横断的な見直しが行なわれてこなかったために、国民の安心感・信頼感は揺らいでいる。
いま一度、社会保障制度全般を見直し、真の意味での「皆年金・皆保険」を実現するとともに、自助・自立を基本としつつも、自助努力では対応しきれない部分は相互扶助によるセーフティネットを確保するなど、高齢化が進展する中でも安心で活力ある「中福祉・中負担」型の社会保障制度を確立すべきである。その際、自助努力を促すべく、現役期における税制等の支援、国・地方自治体による医療・健康に関する情報提供などの施策を積極的に推進することも重要である。
しかしながら、現状では、給付・負担いずれにおいても満足な状態にない。給付面においては前述のような綻びが生じており、これ以上綻びが拡大して「低福祉」に陥らないよう対応する必要がある。一方、負担面においては、現行の制度を支える上で必要なコストを賄いきれず、借金を重ねて将来世代へ負担を先送りする、「低負担」の状態にある。社会保障制度の機能強化による、真の意味での「中福祉」を確立するとともに、負担水準を引き上げることにより「中負担」とし、給付と負担の適切なバランスをとることが必要である。
わが国の税と社会保険負担をあわせた国民負担率は2008年度で40.1%であるが、スウェーデンのように70%を超えることなく、ドイツ(51.7%)やイギリス(48.3%)に見られるように、概ね50%台となることを目標とするのが妥当である。その場合、EUでは、付加価値税率15%以上をその加盟条件としているが、将来的にわが国においても、スウェーデンのように25%となるような事態は排しつつも、ドイツ(19%)やイギリス(17.5%)にみられるように、消費税率が10%台後半になることは不可避である。

(2) 税・社会保険の役割の明確化と安定財源の確保

社会保障制度の持続可能性を高めていく上で、それを支える財源を確保することが不可欠であるが、少子高齢化が急速に進む中、社会保険料や直接税といった、現役世代へ過度に依存する現行の財源方式は、既に限界に来ている。
また、これまで社会保障制度の抜本改革を行なわないまま、安易に財源の付回しをしてきたため、受益と負担の関係が不明確なものまで保険料として徴収するなど、税と保険料による負担の構造を歪ませる結果を招いている。税体系にしても、わが国は大きな構造変化に直面しているにもかかわらず、抜本的な改革が行なわれてこなかった。
こうした現状を踏まえれば、まずは個人や企業の活力を高め、かつ、景気変動に対しても安定した税収が得られるような、直接税に過度に依存しない、バランスのとれた税体系を確立することが必要である。同時に、税と保険料が各々果たすべき役割を明確にすることが求められる。自助努力では賄いきれないリスクは、保険による相互扶助を基本とする一方、保険原理を越えたリスクへの対応や世代間扶養にあたっては、税による公助を基本とする方向を目指すべきである。とくに、世界でも類を見ない超高齢社会の到来を展望すれば、国民全体が広く薄く負担を分かち合うことのできる税財源で支える体系へと軸足を移すことが重要である。
かかる観点からは、税体系の抜本改革を通じて、経済活力に対する影響力がより小さい消費税を主たる財源として、社会保障費用を賄うという対応関係を明確にすべきである。

(3) 制度横断的なインフラ整備と適切なモニタリング

足元における制度運営のほころびに適切に対応し、国民の制度に対する不安感・不信感を払拭していく上で、制度横断的に基本的なインフラを整備することが必要である。
とくにICT (information and communication technology) の利用は、効率化の推進、国民の利益・利便性の向上につながることはもとより、社会保障の給付と負担や制度の運営状況等の「見える化」を進める上からも重要なツールである。個人情報などの取り扱いに十分留意しながら、効果的な活用を推し進めることによって、個々の制度の国民への浸透などの効果も期待できる。社会保障番号・カード等を整備すべきであり、とりわけ信用失墜の著しい年金分野において早期に導入すれば、年金記録問題の早期解決に資することとなろう。その際、出来る限り早期に、社会保障番号を活用した納税者番号制度を導入し、所得捕捉の公平性を確保することも重要な課題である。また、保険料の徴収体制についても、税との一元化を図ることも検討する必要がある。
医療・介護分野においても、ICT化の推進により、医療機関における事務の効率化、医療機関同士または医療機関と介護サービス事業者間の情報の共有や地域連携、情報の蓄積・分析に基づいた治療など、医療の質の向上や効率化、さらには患者本位の医療の進展が期待できる。加えて、こうした医療情報のICT化は、診療行為の標準化、診療報酬の包括化のためにも不可欠である。
今後は、レセプトの早期完全オンライン化やレセプト様式の変更、医療関係データの活用・開示に関する積極的な広報などを進めつつ、医療情報のデジタル化といった、ICT化の加速化に向けた施策にも取り組むべきである。
制度運営に関しても、行政が生活困窮者・低所得者等の実態を的確に把握するとともに、セーフティネットからこぼれ落ちる者のないよう、ICTの活用等を通じ、モニタリング機能を充実させる必要がある。いわゆる「ワーキングプア」のように、制度間の狭間に落ちてしまい、結果的に生活保護を受けている者よりも低所得となるといった矛盾が生じることのないよう、きめ細かく対応することが肝要である。その際、民間のノウハウの活用などにより、いたずらに行政の肥大化を招くことのないように努めるべきである。

II.各論

1.医療・介護

(1) 課題・問題点

わが国の医療制度は、全国一律の診療報酬体系の下、諸外国と比べれば相対的に低水準のコストで、比較的質の高いサービスを提供してきたといえる。
しかしながら、今後、高齢化の進展や技術革新、医療・介護ニーズの高度化や多様化に伴って給付費は増大していく一方、支え手である現役世代は少子化の影響により減少していく。
足元では、既に指摘した通り、国民健康保険料(税)収納率の長期低迷、産科・小児科・救急医療体制の不備、医師や診療科の偏在、医療機関における過剰な施設・設備の設置、さらには介護従事者の不足など、医療・介護における非効率や不十分なサービス提供体制による綻びが露呈してきている。2008年4月に導入された長寿医療制度(後期高齢者医療制度)については、導入時の周知不足などを起因として、制度に対する様々な不満が生じている。こうした現行の綻びなどへの対応を速やかに図る必要があるが、現状のような低負担では、より質の高いサービス提供が困難な状況も生じており、サービスの質の向上には、相応の負担が必要である旨、国民的なコンセンサスを醸成していくことも重要である。
また、現行の医療保険体系は、現役世代に過度な保険料負担を強いるという、根本的な問題を抱えている。技術革新と医療費の適正化とのバランスをどのように図っていくかも今後の課題である。
加えて、例えば病院における患者の疾病情報など、厚生労働省に蓄積されている医療関係のデータにしても、十分な分析・活用がなされず、医療サービスの効率化に結び付けられていない、といった問題もある。

(2) サービス提供体制の改革−医療・介護の機能強化と効率化の推進
  1. 目指すべき方向性
    国民の満足度が向上するよう、2025年度を最終目標に、必要な財源の確保を含めた望ましい医療・介護の姿を実現するべく、速やかに大胆な改革に着手すべきである。その際、サービス提供体制の機能強化と効率化を同時達成できる仕組みを目標として、在院日数(20.2日)、病床数当たりの医師数(14.3人/100床)などの指標について、ドイツ(在院日数: 8.7日、病床数当たりの医師数:39.5人/100床)、フランス(在院日数:5.5日、病床数当たりの医師数:44.9人/100床)など、欧州諸国の状況も視野に入れながら、誰もが安心して質の高い医療・介護サービスを享受できる環境を整備する。
    具体的には、疾病構造に特化した病床の機能分化、医療と介護のサービスネットワーク化、在宅医療・在宅介護の推進と一体となった、居住系介護サービスの大幅な充実と適切な役割分担などを強力に推進することによって、いわゆる「医療・介護難民」、「社会的入院」を解消するとともに、在院日数の短縮等を図る。

  2. 具体的な施策
    上記の目指すべき方向の実現に向けて、必要となる財源を確保するとともに、以下に示す施策に早急に取り組む必要がある。施策の展開にあたっては、2025年度までに取り組むべき工程表を明らかにするとともに、毎年、進捗状況をチェックし、適宜施策を追加していく必要がある。

    (ア) 医療
    1. 1) 医師の地域・診療科の偏在の解消に向けた医療従事者の増員と適正配置の仕組みづくり、勤務医の就業環境の改善、看護師やコメディカル(検査技師、薬剤師など医療に協力する職能者)との協働の充実、救急医療体制の整備、病院・診療所のネットワーク化などを実現する。小児・産科医療の体制作りなど、現下の緊急課題に速やかに対応することによって、国民の医療サービスに対する不安感を取り除き、信頼感を醸成する。その際、診療報酬をこれら緊急課題に対して重点的に配分できるような体系へと抜本的に見直すことが不可欠である。

    2. 2) 全ての国民が適切で質の高い医療を効率的に受けられるよう、地域の実態にあわせて、必要となる機能・資源を適正に配置していく。そのため、各都道府県においては、医療資源の適正配置に資する医療計画を策定するとともに、その計画に沿いながら、患者や疾病動向、病院・診療科・医師・病床数など、各地域における実態を十分に勘案しつつ、一定の医療圏単位での医療機関毎の連携や機能分化を推進し、効率的な提供体制を構築する。各医療機関においても、各都道府県の計画に沿った形で、サービス提供の選択と集中をはかる。その際、個々の医療機関の自由な判断に委ねるのではなく、地方自治体が地域の実情に見合う形で、各医療機関として目指すべき方向を適切に誘導していく。
      また、診療報酬についても、各医療機関における選択と集中、連携と機能分化、効率化の追求に資するような体系へと抜本的に見直す。効率的に質の高いサービスを提供しようとするインセンティブが働くよう、各医療機関が果たす機能に着目して、きめ細かく評価する方向を目指す。

    3. 3) 医療の透明性の確保など「見える化」を推進し、医療の質を高めていくとともに、診療行為の標準化、診療報酬の包括化を進めていく上で、データの蓄積・分析、ICT化のより一層の推進が欠かせない。「見える化」の推進は、単にコストパフォーマンスの高い医療の実現だけにとどまらず、医療コストに対する国民の納得性を高めていくことにもつながっていく。
      そのためには、まず国レベルで、各医療機関から医療に関する必要なデータを収集してデータベースを構築し、地域レベルでの医療スタッフや設備の適正配置、疾病動向の把握など、効率性向上へとつなげる。電子カルテやレセプトの電子化はもとより、医療機関、保険者、薬局などがネットワーク上で情報を共有できる「医療情報ネットワーク化」などを進める。さらに、人口減少が進行する状況においても、地域特性や住民ニーズを適切に反映した医療サービスを享受できるよう、ICT等の活用による医療機関等の広域連携を推進する。
      保険者においても、こうしたデータベースを活用することによって、効果的なチェック体制の構築、被保険者への情報提供の支援、質の高い医療提供機関との提携など、エージェント機能の発揮・強化につなげていく。こうした保険者による健康増進・医療費適正化努力に対するインセンティブを高めることにより、組合健保等の活性化を図る。

    4. 4) 真に必要なサービスを効率的に提供していく観点から、一層の包括化や標準化を進め、過剰な診療・投薬を廃していく。併せて、後発医薬品の利用促進、医療技術の進歩や国民のニーズの多様化を反映した給付項目のスクラップ・アンド・ビルド、高額療養給付への重点化など公的給付範囲の見直し、患者の選択による保険診療と保険外診療の併用(混合診療)も進める。

    (イ) 介護
    1. 1) 今後、介護サービスの需要の大幅な増大が見込まれる中、介護従事者の不足は、制度を根幹から脅かすことになりかねず、介護従事者の安定的な確保・定着・育成は急務である。
      そのためには、2009年度介護報酬改定を介護従事者の処遇改善に結び付けることはもとより、潜在的な有資格者の掘り起こし、介護関連の未経験者の受け入れを可能とする教育訓練機会の提供、事業者への効率的な経営モデルの提示や研修支援など、労働条件・雇用環境を改善し介護職の魅力を高めていく必要がある。同時に、事業体毎の経営の効率化、生産性の向上を図るとともに、民間企業の参入を促進し、より良いサービスを効率的に提供できるような環境整備を図ることが重要である。
      とくに今後、介護分野は、大きな雇用吸収効果が見込めることから、新たな雇用創出にもつなげていくことが重要である。社会保障国民会議の試算によれば、介護従事者で、約138万人の雇用創出効果が見込まれている。なお、将来的に国内の人材だけでは賄いきれない場合は、外国人労働者の積極的活用についても検討すべきである。

    2. 2) 高齢者人口の急増、都市部における急速な高齢化の進行や単身世帯の増加を踏まえ、高齢者の自立・尊厳を支える社会の構築が不可欠である。高齢者が、自らのニーズに応じた介護サービスを柔軟に享受できるようにするとともに、安心して住み慣れた地域での生活を継続できるよう、多様な選択肢を備えた介護サービスの提供や地域支援を着実に推進する。具体的には、ケア付賃貸住宅や有料老人ホームといった居住系サービスの普及、地域包括支援事業や地域密着型サービスの推進・定着、在宅療養を支える医療支援体制の強化、施設利用の重度者への重点化など、地域実情に即して、介護・医療・福祉が連携したサービス提供体制を整備する。

    3. 3) さらに、魅力ある職場づくりや多様な利用者のニーズに応えられるように、介護報酬体系の見直しを進めるべきである。その際、サービス給付の質の確保を図りつつ、介護予防の効果検証、要介護認定の適正化、真に必要なサービスへの重点化(保険給付範囲の再検討)などを通じて、介護保険負担者の納得を得ていくことが重要である。

(3) 保険制度の改革

公的保険制度とサービス提供体制は、わが国医療・介護制度を支える両輪である。国民皆保険、公的医療・介護保険制度を堅持し、真に必要な医療・介護サービスは保険制度で適切に確保できるよう、サービス提供体制の整備・充実を急ぐ必要がある。一方、自助・自立を旨とし、効率化・適正化を図る観点から、公的保険制度に過度に依存することのないよう、自助努力を支援し、国民全体が公平で納得性の高い負担の仕組みを構築することが求められる。
とくに医療に関しては、国民の不安を払拭し、持続可能性を高める観点から、以下の方向で保険制度の体系を見直すことが必要である。

  1. 高齢者(長寿医療制度)
    高齢者医療に関しては、国民全体で広く支えていくとともに、公的年金の受給開始年齢、介護保険の受給対象年齢との整合性を確保していく。このような観点から、現行の長寿医療制度(後期高齢者医療制度)を見直し、高齢者を包括的に捉え、多くの国民が年金生活に移行する65歳以上の高齢者全体を被保険者とする体系へと組み替えるべきである。この場合、65歳以上の就業者は、現役保険に引き続き加入することも可能とすべきである。
    医療費に対する一定の自己負担を前提に、給付財源については、当面は、公費、被保険者の保険料(高齢者の保険料)、若年者からの支援を組み合わせる。公費負担割合を5割以上として、若年者の保険料水準を現行程度に維持できるようにする。公費投入割合は高齢化の進展に応じて高めていく。また、高齢者の保険料については、保険料算定のための所得把握のルールやインフラを整備するとともに、低所得者に配慮した保険料設定が肝要である。
    なお、介護についても、同様に、公費投入割合を高齢化の進展に応じて高めていく。

  2. 若年者(現役世代)
    若年者(現役世代。被用者であった者は原則65歳未満)については、社会保険方式を維持するが、高齢者医療への公費投入割合を高めていく中で、拠出金等の増加に歯止めをかけ、負担と受益の関係を明確にしていく。また、少子化の急速な進展、人口偏在、就労形態の多様化など環境変化が進む中、(ア) 地域保険者のあり方、(イ) 就労形態の多様化に対応した組合健保の加入者の拡大について検討する。とくに後者については、厚生年金の適用拡大とともに、制度横断的な取り組みが必要となる。

2.年金

(1) 課題・問題点

2004年改革において、マクロ経済スライドが導入されたことにより、年金財政上の持続可能性は向上することとなった。しかしながら、出生率の見通しの下方修正、経済情勢・見通しの悪化、さらには国民年金の未納・未加入、無年金・低年金問題、年金記録問題など、制度の根幹に関わる様々な問題と相まって、年金財政の持続可能性に対する懸念、国民の年金制度に対する不安感・不公平感は、むしろ高まっている。社会保障国民会議が行なった「社会保障制度に関する国民意識調査報告書」(平成20年11月4日)によれば、社会保障制度の各制度間の満足度を比較しても、年金制度は最も満足度が低いとされ、対策の必要性にしても第1位に位置づけられるなど、国民の強い不安感を裏付けている。
財源ということでみても、基礎年金については厚生年金や国民年金といった各年金制度からの拠出金で賄われており、独自財源が設けられているわけではない。さらに厚生年金では、基礎年金部分(1階)と報酬比例部分(2階)の保険料が一括徴収されており、費用の内訳は不明確となっており、この結果、基礎年金部分の給付と負担の関係が不透明となっている。また雇用慣行の変化等に十分な対応が図られた体系とも言いがたい。
これまでの制度改革では、給付と負担に関する微調整が繰り返されてきたため、制度全体の体系が分かりにくくなり、国民による監視が効きにくくなる、制度に対する理解が進まないといった問題も生じている。

(2) 基礎年金の財源構成の見直し

上記のような現行制度に起因する諸問題を根本的に解決するとともに、社会保障制度の機能強化と併せて中長期的な持続可能性を確保し、国民にとって信頼に足る制度としていくためには、基礎年金の財源構成について、税を基軸とする方向へ見直すことが必要である。2025年度を目途として全額税方式へ移行する方針を明確に打ち出し、段階的に国庫負担割合を引き上げていく必要がある。
財源の税への完全移行により、

  1. 保険料の未納や将来の無年金者・低年金者の発生、第3号被保険者など、現行制度に起因する課題が解決される、
  2. 世代間・世代内の公平性確保に資することとなり、国民の制度に対する信頼感が増すことによって持続可能性が高まる、
  3. 基礎年金拠出金の仕組みをなくして、基礎年金に独自財源を設けることにより、公平性を確保できると同時に、1・2階の制度設計の自由度が高まる、
  4. 制度の運営機関の大幅な簡素化、保険料徴収事務の合理化も期待できる、
  5. 厚生年金の適用拡大を図れる、

などのメリットがある。とくに 5. に関連して、就労形態の多様化に対応する観点からも、公費負担割合の引上げの過程で、標準報酬月額の下限を引き下げ、適用拡大を進めることは今後の課題となろう。
税方式化によって国民の負担が大幅に増加するとの指摘もあるが、公費負担が増加するとしても、保険料負担が軽減され、最終的には不要となることから、総体としての国民負担は変わらない一方、給付に対する安心感が高まることとなる。厚生年金保険料が引き下げられる際には、引き下げ分すべてを従業員負担分から控除するなど、従前の企業負担分は従業員に還元するのが当然である。なにより、国民にとって分かりやすい制度となる。
税方式化に対して、給付と負担の関係が明確であり、移行に際して様々な課題があるという理由から、従来の社会保険方式にこだわる議論がある。しかしながら、今後の抜本改革においては、透明性と合理性が最も重要な視点であり、その意味から全額税方式化が望ましい。
制度の体系としては、基礎年金部分(1階)と報酬比例部分(2階)を組み合わせることとし、1階は税を財源とする一定額の給付と位置づける。基礎年金部分に独自財源を充てることで、費用負担を明確にする。その上で、報酬比例部分(2階)については、各自の現役時の自助努力を基本とする社会保険として位置づけ、拠出と給付とを明確に関係付ける。
移行措置の第1ステップとして、国庫負担割合の1/2への引き上げを2009年度より実施し、2011年度にはそのための安定財源を確保する。その後も、国民的なコンセンサスを得つつ、負担割合を引き上げていく。
移行にあたっては、年金記録問題を早期に解決するとともに、税財源への見直しと整合性を図りつつ、低年金・低所得者対策など、必要な緊急課題についても着実に実施すべきである。低年金・低所得者対策にあたっては、年金制度外での対応も併せて検討する必要がある。
なお、完全移行後も、財政状況、高齢者の生活実態に関するモニタリングを通じて、給付水準を見直すことは重要である。

(3) 企業年金の拡充

現役期において、老後に向けた資産形成が適切に行われるよう、自助努力に対する税制上の支援等をより拡充することが不可欠である。とくに、将来的に、公的年金給付が相対的に縮減していく中、公的年金を補完する企業年金、個人年金を拡充する必要があり、なかでも確定拠出年金はその中核として発展することが期待される。平成21年度税制改正において、マッチング拠出(従業員拠出)を容認するとともに、拠出限度額を企業型で月額5,000円(他の企業年金がある企業型の場合は月額2,500円)引き上げることとされたが、これにとどまることなく、制度の普及促進の観点から、拠出限度額の大幅な引き上げや、加入対象者の拡大を行なうべきである。
また、企業年金に対する税制は、「拠出時・運用時非課税、給付時課税」を基本原則とすべきであり、この原則に反する企業年金の運用資産に対する特別法人税は、直ちに撤廃すべきである。

3.少子化

(1) 課題・問題点

少子高齢化は将来の社会機能不全を招く非常に深刻な問題であるにもかかわらず、少子化対策への国民の注目度は極めて低いのが現状である。
政府においては、少子化対策に関連する累次の計画を進めてきているが、具体的な政策目標を欠き、また十分な財政上の手当がなされないなど、実効ある対策となっていなかったため、少子化への歯止めという、期待された成果を得られていない。
少子化問題は、国民の生活と社会基盤の維持、国力に直結する問題であるとの国民の共通認識を醸成し、少子化対策を国の最重要課題として位置づけ積極的に取り組むべきである。経済界・企業においても、自らの課題としてワーク・ライフ・バランスの推進や子育て環境の整備を図っていく。

(2) 保育サービスの拡充と財政の重点投入

今後は、少子化対策の政策目標として、例えば国民の結婚・出産の希望がかなった場合の合計特殊出生率(1.75)を掲げるとともに、進捗状況の評価を実施する。また、子育て環境の整備等に向け、保育サービスの拡充など、効果の高い施策に、重点的かつ短期集中的に取り組み、思い切った財政投入を行うことが必要である。

  1. 保育サービスの拡充に向けた保育制度改革の速やかな実施
    親の就労と子どもの育成の両立、すべての子育て家庭への支援強化に向けた環境整備が急務であり、保育サービスの量的拡充と多様なニーズに対応するために、保育制度改革を早急に実施する必要がある。さらに、保育の担い手の育成・確保を早急に行うことが重要である。保育分野を地域密着型のサービス産業として確立させることは、雇用機会の創出にもつながる。

  2. 財政の重点投入
    わが国の児童・家族関係社会支出は、諸外国に比して小規模であり、GDPに占める割合は、2007年度で0.83%(欧州諸国では2〜3%)にとどまっている。国・地方ともに財政を重点投入し、保育サービスの充実などに優先的に充てていく必要がある。さらに、消費税の引き上げにより少子化対策の安定財源を確保し、子育て世代の経済的支援の拡充などに充てるべきである。

III.財源の確保に向けたスケジュール

上記の通り、2025年度を最終目標として、国民が安心し信頼できる社会保障制度の将来像を提示するとともに、必要となる施策を示してきた。このような将来像を実現し、かつ中長期的に持続可能なものとしていくためには、税・財政・社会保障制度を一体的に見直し、安定財源を確保しながら、段階的に改革を推進することが不可欠である。
改革は、増大していく社会保障費用における負担構造の大幅な変更を伴うため、小手先の微調整で到底対応できるものではなく、早期に国民的なコンセンサスを得た上で取り組むことが必要である。そこで、まずは、2015年度までを改革に向けた第1段階としてとらえ、緊急課題への対応と社会保障制度の基盤の充実に向けて取り組みを進め、併せて少なくとも消費税率5%分の財源を確保する必要がある。その上で、国民の理解を得ながら、第2段階へと進み、2025年度までに、望ましい社会保障制度の完成を目指すべきである。

1.緊急課題への対応と社会保障制度の基盤整備【第1段階:2009〜2015年度】

公費については、2015年度までに消費税率換算で5%程度追加的に必要となる。基礎年金国庫負担割合の1/2までの安定財源に加えて2/3までの財源、医療・介護の緊急対応や少子化対策拡充に向けた財源を確保する。

2.安心で信頼できる社会保障制度の完成【第2段階:2016〜2025年度】

第1段階における施策の実現状況や有効性等を十分に見極めながら、必要となる施策を柔軟に手当てするなど、毎年PDCAサイクルを着実に回しつつ、望ましい姿の完成に向けた取り組みを加速化する。
年金に関しては、2025年度を目途とした完全移行を目指し、基礎年金における財源の国庫負担割合を2/3から段階的にさらに引き上げていく。
医療・介護については、サービス提供体制の改革を着実に進めるとともに、少なくとも、医療・介護保険料の水準が現行程度にとどまるよう、高齢者医療・介護の公費負担割合をより一層引き上げていく。
この場合、社会保障国民会議のシミュレーション結果をもとに試算すれば、2025年度で追加的に必要となる公費は、現状に比して消費税率換算で12%程度必要となる。

以上

日本語のトップページへ