デジタルジャパンの原案等の策定に関する意見

2009年2月22日
(社)日本経済団体連合会
情報通信委員会 情報化部会
IT新改革戦略推進ワーキング・グループ

「デジタルジャパン」の基本方針の策定と緊急対策についてのパブリック・コメントの募集に関し、以下の意見を提出致します。

I.デジタルジャパン戦略策定基本方針および緊急対策について

  1. 1.現下の経済危機の克服をイノベーションによる雇用の創出と新たな経済成長へ転換していくため、政府全体の経済成長戦略において、IT分野がその主要な原動力として明確に位置づけられ、国として、そこに積極的に財政投入できる内容とすべきである。2001年のe-Japan戦略策定以来、現在においても国民が十分にITのメリットを実感できる成果が出ていないことを踏まえ、過去のアジア金融危機における韓国のIT(電子行政、高度IT人材育成等)を梃子にした経済再生の取り組みなども参考に、日本ならではの戦略的な施策を盛り込んだ強い戦略とすべきである。

  2. 2.危機とは非常事態であり、総花的に従来のような遅々とした各省調整や法整備を繰り返していては、危機の克服はできない。現在の戦略から経済成長と雇用創出に効果のある重点分野を絞り込み、府省庁縦割りの弊害を排し、IT戦略本部への権限と財源の集中を通じ、トップダウンでスピード感を持って推進できる体制にすべきである。特に、現戦略において各府省庁の抵抗等でデッドロックに乗り上げている施策については、従来の慣習を打破した迅速な一括型の新法の制定、IT戦略本部主導による大規模な予算措置など、大胆な政策運営を通じ早急に実現すべきである。設置法上、それができないのであれば、法律を早急に改正すべきである。

  3. 3.戦略および3ヵ年緊急プランにおいては、各分野のプランを1年ごとに区切り、明確なベンチマーキングを行い、実施状況や成果目標に対する達成状況について評価専門調査会による独立した評価・監査を行い、PDCAを確実に回すべきである。また、各プランにおいては、国民に対して何をすれば、どのような効果が出るのか等、その進捗状況を見える化させるため、戦略、目標、施策を体系的に示し、明確な期限付きの数値目標(国民が実感できる指標)をすべてに設定すべきである。

  4. 4.また、3ヵ年緊急プランの策定に当たっては、雇用を中心に短期的な効果を狙う必要があるが、ばら撒きではなく、その成果が中長期的な新戦略の前段階となり、中長期的な国際競争力の強化や持続可能な活力ある社会に実現につながるように位置づけるべきである。

II.政策の柱について

  1. 1.柱1については、国家全体で早急に取り組むべき施策を絞り込み、「政府と地方自治体が総がかりで取り組む国民視点のデジタル先進社会」とし、その柱の中に、電子行政を実現するための重点施策を全て集約すべきである。医療・社会保障分野もここに包含し、「業務見直しの徹底」、「構造改革」の流れが明確に出るようにする。この柱に、(1)電子行政(地方自治体を含む)、(2)医療・社会保障を各論として置く。

  2. 2.柱2を、「国民・地域社会・企業が活性化されるデジタル成長社会」とし、産業競争力強化、新産業や新市場の創出をイメージできる分類とする。この柱に、(1)わが国の競争力強化に資する複合型の高度IT人材の育成、(2)新産業・新市場・産業競争力強化(環境、通信・放送融合、中小企業、研究開発、農業等)、(3)安全・安心な社会の実現(ITS等の社会インフラ整備等)を各論として置く。

  3. 3.緊急対策の設定においても、このような全体的な柱立ての戦略の中での位置づけ、効果を明確にしつつ設定を行なう必要がある。

III.盛り込むべき施策について

前項で挙げた二つの柱について、盛り込むべき施策のテーマを以下に述べる。
なお、施策の決定に当たっては、I. 3. で指摘したように、現戦略における課題を明確にした上で「何を・いつまでに・どれだけ」実行するのかがはっきりと分かるように、国民の満足感に直結する成果型評価指標を用いた数値目標を掲げるべきである。

1.「政府と地方自治体が総がかりで取り組む国民視点のデジタル先進社会」

(1)実効的な電子行政の実現
  1. 企業ID、国民IDの導入
    電子行政のみならず、効率的なIT社会の実現のためには、企業・個人を一意に特定する共通コードが不可欠である。特に企業IDに関しては、緊急プランの初年度で早急にアクションプラン策定に着手するべきである。
    国民IDに関しては、プライバシー保護を担保する仕組みや制度、技術等について、電子行政先進国の事例等も参考に検討を行い、また現在ある住基ネット・住基台帳コードの活用や導入検討が進められている社会保障カードなどの整合性にも鑑み、具体案について国民レベルでのコンセンサスを早急に形成するべきである。特に、韓国においては行政の腐敗を国民IDを活用した電子行政の導入により克服したとされていることを踏まえ、国民みずからが自分の情報をコントロールするための基盤となる点がメリットであることを広く共有すべきである。その上で、速やかに実施計画を明示し、着実に実現するべきである。

  2. 電子行政の推進体制・法制度の整備
    省庁横断的にトップダウンで施策を推進するため、総理大臣のリーダーシップを最大限発揮できる仕組みとして、全府省庁および地方自治体の責任者からなる「電子行政推進会議」を新設する。また、閣僚級の専任の行政CIOの任命および実施組織としての「電子行政推進センター」を設置し、電子行政推進に係る権限および予算についてトップダウンでできる体制を緊急プランの初年度に確立する。
    また、電子行政の実現を最優先の国策として強力に推進するためには、国民がデジタルで行政からの通知を受ける権利、行政機関に個人の情報を重複して提出しなくて良い権利、行政事務処理の原則電子化、既存の行政情報の全デジタル化などを含む、デジタル社会の基本的な内容を含んだ新たな電子行政推進法を、緊急プランの初年度に成立させるべきである。また、国民ID導入に伴うプライバシー保護や情報管理を監督する第三者機関設置や、行政情報の連携利用に関しても、逐次、同法の改定により整備を推進すべきである。

  3. 構造改革と行政業務見直しの徹底
    電子行政の目的は、行政業務の効率化・行政サービスの利便性向上・行政の透明化である。これらを実現するためには、省庁・地方自治体の縦割り構造を排し、企業ID・国民IDの導入による行政機関間の情報連携を前提とした業務見直しを行うことが不可欠である。緊急プランの3年間において、民間人材も活用し、喫緊の課題としてスピード感をもって完遂すべきである。

  4. 行政機関間の情報連携
    手続きそのものの省略・簡素化や、ワンストップ化を実現するため、申請手続の添付書類の廃止・削減を含め業務の簡素化・標準化など行政業務の見直しを進めるとともに、行政全体の最適化を図るため行政情報共有センター(仮称)を設置し、共通業務に関してはクラウド技術を利活用し、情報連携を促進するべきである。クラウド技術による情報の共同利用に伴う設備投資は比較的少額に抑えられることから、財政難が深刻な地方自治体においてもシステム移行を円滑に行うことができ、コスト負担は大幅に軽減されよう。
    また、緊急プラン期間中に既存行政情報の全てをデジタル化し、オンラインによる情報公開を拡大するとともに、中長期的には、個人情報やプライバシーの保護に万全を期した上で、行政情報の民間での活用、民間との情報連携を通じ、新たな情報処理サービスや産業の創出に道を開くべきである。

  5. 公共ドキュメントのアーカイブ化による雇用創出
    行政文書等公共ドキュメントのアーカイブ化は、一部では段階的に進められているが、地方自治体におけるアーカイブ化支援も含め、緊急プランとしてアーカイブ化を前倒しで進めることにより一定の雇用創出が期待できる。
    なお、アーカイブ化の際には単純なイメージスキャンではなく、データとしての利活用が可能な形式で電子化することが望ましい。また、一律のアーカイブ化は避け、対象ドキュメントの峻別を行うことも必要である。

(2)医療・社会保障
  1. 電子カルテに対する補助事業を行い、小規模医療機関の情報のデジタル化を促進するべきである。約11万の医療機関での追加投資は試算ベースで約2兆円となるが、これを数年に分割し、段階的に実施する。

  2. 同じく医療機関のデジタル化を促進するため、カルテの電子入力などを専門とする「医療クラーク」の人員を拡充する。

  3. 経済財政諮問会議で検討されている「健康長寿社会」を実現するための「診療情報」、「健康情報」、「レセプト情報」を統合的に活用する新サービスの環境整備に早急に着手する。

  4. ITを活用した遠隔診断による地域医療の再生、医療機関間の技術的な連携と医師−看護師間等の人的コミュニケーションの支援は今後の少子高齢化社会においてますます重要度を増すテーマであり、国として強化・拡充を図るべきである。

2.「国民・地域社会・企業が活性化されるデジタル成長社会」

(1)わが国の競争力強化に資する複合型の高度IT人材の育成
  1. 高度IT人材育成のためのナショナル・センター及び附設大学院の設立
    斬新な発想やイノベーションが鍵となるIT分野においては、人的資源の優劣が国際競争力に直結しており、ITを活用して新たな付加価値を生み出せる人材を育成することが極めて重要である。
    しかし、現状では産業界が求めている高度IT人材は質・量の両面で不足しており、特に、ユーザー側においてITを駆使し行政、経営等を革新できる人材の輩出は皆無に近い。わが国が今後、他のIT先進諸国と伍する国際競争力を付けていくためには、最先端の複合型の高度IT人材を高等教育機関から年間1,500人規模で社会に送り出すための仕組みとして、緊急プラン期間中にナショナル・センターを設立するべきである。ナショナル・センターは、実践的IT教育に関する研究を進めるとともに、教育アセットの全国展開や大学と支援企業とのコーディネーションを行うハブとしての役割、優秀な教員を育成する役割を担う必要がある。また、経済危機により優秀なIT人材が早期に退職する傾向にあるが、このような人材を大学における実践教育の教員として新たに雇用する財政措置を、ナショナル・センターを核として展開すべきである。
    また、ナショナル・センターにおける研究や教員育成の成果を実践する場として附設大学院を併せて設立するべきである。

  2. 補助教員等外部人材の活用
    コンピュータを使って指導できる教員は着実に増え続けているとはいえ、生活や社会におけるITの利用はそれを上回るスピードで進みつつある。教員一人一人の能力向上を図ると共に、ITを使った授業の支援を目的とする専門教員、補助教員の配属は有効な施策である。企業の人材(産業人)採用など教員採用の複線化の一層の推進は、産業人が自らの経験と知識を直接生徒たちに伝えていくこと(キャリア教育)、将来のIT人材が育つ裾野を広げていくことにも資する取り組みであり、国として促進するべきである。

(2)わが国の強みを活かした産業力強化・新産業創出
  1. 低炭素社会の実現に向けた設備投資・研究開発の促進
    わが国は、省エネルギーやグリーンITなど低炭素社会の実現に不可欠な最先端の技術を有しており、先進各国の中でもリーダーシップを発揮するべき位置にある。わが国が強みを持つこの分野に重点的に設備投資・研究開発費を投じ、産業力強化のための盤石な基盤を築くとともに、新産業の創出や経済の活性化につなげて行くべきである。具体的には、家庭やオフィスにおけるエネルギー消費量の「見える化」や、高度道路交通システム活用による二酸化炭素削減、SaaS化促進によるITそのものの環境負荷低減などを普及・促進するべきである。

  2. テレワーク推進による雇用創出
    テレワークは、一般労働者が自宅や訪問先など職場以外の場所で仕事をすることを可能にするだけでなく、会社に通うことが困難な高齢者や障害者、介護や育児に従事する人々に就労の機会を与える手段として大きな可能性を持つ。また、テレワークが普及すれば、従来の企業誘致とは異なる形で地方の雇用創出に結びつけることも可能となろう。わが国は世界一のブロードバンド先進国であり、テレワーク普及の前提となるインフラはすでに整っている。これをフルに活用し、豊かで活力ある社会の実現および雇用創出・就労者人口の増加につなげるべく、テレワークの普及促進を図るべきである。

  3. 中小企業支援対策
    財政的にIT投資が困難な中小企業に関しては、現行の中小企業SaaSプロジェクトの拡充など、利用者サイドの支援を強化し、産業界全体へのIT経営の浸透を図るべきである。

  4. ユビキタス社会実現に向けた研究開発・実証実験の推進
    持続可能な活力ある社会の実現に向け、IT分野への積極投資は欠かせない。後述の高度道路交通システムでは特区を設けた実証実験を実施しているが、その他のIT産業においても、研究開発と並行して特定の地域社会をモデルと位置付け、実験後の速やかな実用化を前提とした実証実験の実施を促進するべきである。

(3)安全・安心な社会
  1. 高度道路交通システムによる安全・安心な道路交通社会の実現
    カーナビゲーションシステム、ETCなど高度道路交通システム(ITS)の一部はすでに実用化されており、多くの国民がその利便性を実感している。しかし、渋滞による時間損失は約10兆円(年間)、交通事故による社会的損失は約6.7兆円(年間)に相当するとの試算があり、安全・安心な道路交通社会の実現に向けた改善の余地は少なくない。交通事故発生のさらなる低減、交通流の円滑化による自動車の燃費の改善・二酸化炭素排出量の削減に向けITSの高度化を加速するべく、現在の実証実験が実験だけで終わることがないよう、インフラ整備計画など実現に向けた道筋を明確にした緊急プランを早急に作成するべきである。

  2. 防災システムの整備拡大
    地震のほか、最近では温暖化・気候変動によるゲリラ降雨やパンデミックなど新しい脅威のリスクが高まっている。システムのバックアップや冗長化は、通常では投資の優先順位が低くなりがちであるが、脅威への対策を行うことは景気対策や国民生活の安全の観点から有益であり、政府や地方自治体、民間の災害対策を支援する施策が必要である。具体的には、河川情報の見える化や建物・道路等の老朽化の見える化を図るためのセンサーやカメラの設置といったインフラ整備などを実施するべきである。

IV.その他

1.現行戦略の評価

今般、現行のIT新改革戦略の期限を待たずに新たな戦略を策定する運びとなったが、新戦略は決して現行戦略を否定するものではなく、目指すところは大きく変わらないはずである。したがって、現行戦略における優れた取り組みは継続するべきであり、またこれまでの取り組みにおける反省点・改善するべき点などの蓄積は新戦略に活かされるべきである。
そのためにはまず、現行戦略におけるこれまでの取り組みの進捗を客観的に評価し、進んでいないものについては阻害要因が何かを分析したうえで、インターネット上など国民がアクセス可能な場に公表するべきである。また、IT新改革戦略評価専門調査会が築いてきたPDCAサイクルを回す仕組みは、新戦略においても継続するべきである。

2.国民の意見を反映させる機会の再設定

現在直面している未曾有の経済危機を踏まえ、スピード感をもって緊急プランの策定に当たる姿勢は評価するが、中長期的な新戦略は、今後わが国が目指すべき方向性を示す羅針盤となる極めて重要な戦略であることに鑑み、十分な検討を経て策定されるべきである。したがって、政府が最終案を固める前の段階で、中間報告をパブリック・コメントに付すなどして国民からの意見を反映する機会をもう一度設けるべきである。

以上

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