新IT戦略の策定に向けて

2009年5月12日
(社)日本経済団体連合会

I.はじめに

IT分野で進む急速な技術革新は、100年に一度とも言われる経済危機を克服し、わが国経済を新たな成長軌道に乗せるための、強力な牽引役となることが期待される。こうしたことから、わが国政府は、現在の「IT新改革戦略」の目標年度である2010年を待つことなく、2015年までの新たな中長期戦略の策定を検討している。
「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(以下、「IT基本法」) 1」(2000年)およびIT基本戦略(2000年)は、全ての国民がITの恵沢を最大限享受できる世界最先端の社会を5年以内に実現することを目指した 2。同法に基づき設置されたIT戦略本部が決定した「e-Japan戦略」(2001年)のもとで、ブロードバンド・ネットワーク・インフラの整備が短期間に進み、電子商取引などの関連法制度の整備と相まって、世界最先端のIT国家の実現に向けて順調なスタートを切った。これは、規制緩和等の環境整備と民間企業の努力が上手く噛み合った結果と言える。
その後、ITの利活用面により着目するとともに、IT戦略本部の評価専門調査会の設置など、利用者視点で戦略の評価・検証を行い政策立案につなげるPDCAサイクルを導入した「e-Japan戦略II」(2003年)、構造改革による飛躍、利用者・生活者の視点等を重視した現在の「IT新改革戦略」(2006年)が実施されてきたが、とりわけ電子行政の推進においては行政の主体的な取組みが進まず、国民が実感できるだけの十分な改革の成果が得られていないのが現状である。
新たな戦略の策定にあたっては、過去の戦略についての評価専門調査会の評価をも踏まえた分析を十分に行ったうえで、改めて官の構造改革と民間の活力の相乗効果の発揮を目指すべきである。わが国経済の回復にはIT部門の活性化が欠かせない。世界経済回復後に、わが国産業が競争力を維持強化し、世界最先端のIT利活用国家になるためにも、今回の戦略の見直しは極めて重要である。新たな戦略は、2015年までの目標を定めるものであるが、戦略期間の前半である3年以内に主要な目標を確実に達成するという強い決意のもと、法制度面等を含む思い切った改革が求められる。
本提言は、IT基本法が目標とした高度情報通信ネットワーク社会を2015年までに実現するため、産業界の立場から、現行の戦略とその実施状況を評価しつつ、目指すべき社会像、新たな戦略の基本的な考え方と具体的戦略、推進体制の抜本的な強化等について提案するものである。

II.現行の戦略の進捗状況の評価

評価専門調査会による評価を踏まえ、産業界の視点からの評価を以下のとおり述べる。なお、同調査会はPDCAサイクルのチェック機能(C)を担っているが、その評価結果が政府の取り組みに必ずしも反映されておらず、必要な改善(A)に繋がっていない。政府は同調査会の評価結果を重く受け止め、次のサイクルに着実かつ迅速に反映させるべきであり、各府省庁の取り組みを強力に促す仕組みの構築が必要である。

1.取り組み全般の評価

(1)既存の制度や法律がボトルネックとなりIT導入効果が現れていない

IT新改革戦略では、ITの持つ構造改革力により、既存の制度や仕組みが見直されることが期待されたが、行政や医療制度等の改革は、ITの持つ力だけでは実現しない。行政内部においては、往々にして業務の見直しは自省庁の予算や規制権限の削減に繋がり、組織としての発言力やプレゼンスの低下を招きかねないとの懸念が生じ、なかなか業務改善・改革が進まない。IT導入と並行して、業務改革に対する行政側の意識改革が必要である。特に行政職員にとって業務の見直しが必ずしも明確に業務として位置づけられておらず、インセンティブが働かないこと、コスト削減や業務効率化を行っても組織や職員が評価されないことなどの問題がある。
また、現行の戦略は、医療、道路交通等の分野において、現状と課題分析を踏まえた目標設定を行い、その達成方策の一つとして実証実験の実施を掲げている。しかし、実証実験が「実験」で終わり、「実現」に至らないケースも見受けられる。その原因として、制度や仕組みの見直しをも視野に入れた実証実験となっていないこと、実験のための予算を確保できても実現のための予算を取得できないこと等が挙げられる。実験に当たっては、実現させることを念頭に、制度や予算面での必要な措置を総合的に講じる必要がある。

(2)国民目線で戦略策定・評価指標設定がなされていない

戦略で掲げられた目標と各府省庁の施策との対応関係が必ずしも明確でなく、個々の施策を実施した結果、全体としてどのような成果が得られるのか評価できない。しかも、施策そのものについても、個別の制度や法律毎に定められているものが多く、省庁や自治体を跨ぐ手続きのワンストップ化やバックオフィス連携による申請・届出の省略等、国民視点での利便性向上が十分考慮されていない。こうした問題点についての点検を行い、法制度や業務の見直しを含めた方策を盛り込む必要がある。

(3)戦略を推進するうえでの横断的・統括的なマネジメントが行われていない

進捗管理や責任の所在が全て重点計画の施策レベルに留まっており、上位の目標レベルでの成果評価や横断的・統括的なマネジメントが行われていない。また、目標レベルで施策が十分かどうかを判断するのはIT戦略本部であり、実務的には内閣官房がその役割を担っているが、施策の実施主体ではないこと、予算権限を持っていないことから、府省横断的に戦略を推進するためのマネジメントが行えない。

(4)国と地方自治体との連携が不十分

国民が接する行政サービスの多くは地方自治体により提供されているが、法制度の問題や財政面、人材面で負担が大きいことなどから自治体の電子行政サービスは十分に進展しておらず、自治体間の格差も発生している。個々の自治体の自主性は重要だが、法改正を伴う見直しや、自治体間の業務の標準化など、個々の自治体では取り組むことが容易ではない課題も多く、行政サービスの電子化が進まない一因となっている。

2.分野別評価

(1)電子行政について

電子行政については、現行の戦略の下で、内閣官房の主導により府省庁横断的な取り組みが従来より強化されつつある点は評価できるが、各府省庁の十分な協力が得られているとはいえない状況にある。また、電子行政の先進国では、電子行政全体における政府と国民の権利関係を規定するような法体系(電子行政法)を整備し、電子行政のインフラとして国民や企業を特定できる共通コードの導入、国民が簡易に利用できる認証基盤、個人情報の保護・監視に関する第三者機関設置等の環境が整備されているのに対し、わが国のIT基本法だけでは極めて不十分である。
例えば、内部管理業務に関し府省横断的な効率化に向けた具体的な取り組みが昨年から始まったが、旅費の場合、国家公務員旅費法で細かく規定されているほか、府省毎に細かい独自規定があり、標準化・効率化の大きな障害となっている。府省庁横断的な標準化や見直しが不可欠だが、内閣官房は府省庁間の調整機能を果たすだけで強制力を持たないことから、調整に多くの時間がかかり、電子化が迅速に進まない。また、公務員は法律に基づき定められた業務を執行するのが役割であるため、国民へのサービス向上や行政業務の効率化へのモチベーションが低く、ボトムアップの業務効率化や業務改善が難しい点も、電子行政が進まない一因である。
さらに、新たなシステム投資の費用対効果を事前にチェックする仕組みが不十分であり、仕様段階での検討が不十分なままに開発側に依頼することから、無駄な投資が発生している。このような事態を回避するために各府省にCIO、CIO補佐官を設置しているが、権限が不明確かつ不十分であるため、形骸化の傾向にある。
国税庁、総務省ではそれぞれe-Tax、eLTAXを展開し、一定の成果をあげているが、e-TaxとeLTAXの間に情報連携がないため、IT化の効果が十分に出ていない。また、e-Taxは、国民にとって使用の頻度が低いにもかかわらずセットアップなど事前の準備が煩雑であり、改善の余地が大きい。eLTAXは自治体によって対応状況が異なることが、利用企業から見れば電子と紙が混在する要因となり、かえって業務効率を低下させている。
また、e文書法や電子帳簿保存法により、保存義務のある税務関係帳簿書類を電子データにより保存することが可能となっているが、承認取得にあたり、審査の基準が不透明であるのみならず、煩雑な対応を求められる場合もあり、紙で保存するよりむしろコストがかかるような情報化投資が必要となることから普及していない。当制度は企業における国税関係帳簿書類の保存コストや環境負荷低減、コンプライアンスの向上に加え、執行当局の業務効率化にも繋がる。普及阻害要因の分析を行いより多くの企業に普及するよう、制度の改善や運用の見直しを早急に行うべきである。

(2)人材育成について

高度IT人材育成に関しては関係各省が個別に施策を展開しているが、諸外国に比べ予算も小規模であり、産業界が欲するトップ人材を安定的に供給できる体制の確立に向けて一層の取り組みを要する。その中にあって、文部科学省の「先導的ITスペシャリスト育成促進プログラム」では、産学連携を通じて産業界の期待する高度IT人材の一期生が本年3月に巣立った。同プログラムに基づく各拠点大学の取り組みについて中間評価を実施し、評価結果を公表したことは高く評価できる。今後は、評価の低いプロジェクトから高いプロジェクトへ予算を付け替える措置、予算規模の拡大による拠点の拡充も検討すべきである。
また、現状では時限的な予算や産業界によるボランタリーな支援で高度IT人材を育成しているが、より恒久的かつ大幅な予算の確保と国による高度IT人材育成のための組織の新設(例:ナショナル・センター)など、支援体制の抜本的な強化が課題である。

(3)医療について

IT新改革戦略では2011年度当初からレセプトを完全オンライン化することが定められているが、医療機関側の導入メリットが見えにくい等の問題がある。こうした課題を解決し、完全オンライン化を当初の予定通り推進すべきである。ITの効果を最大化し、医療機関の業務負担軽減などの具体的なメリットに繋げるには、診療報酬体系の見直し、病名の標準化、請求審査業務そのものの見直しなど、既存の制度や業務の枠にとらわれず、業務全体の効率化を実現する必要がある。
また、地域医療連携を進める上で情報連携が重要であるが、自治体によっては個人情報保護の観点から条例等により公立病院と私立医療機関とのネットワーク接続を認めておらず、情報連携に向けた環境が整っていない。また、個人の健康管理におけるIT利活用では、健康情報の集積・活用の基盤と、そこに安全にアクセスするための手段が確立しておらず、国民が自らの健康情報を安全に取り扱う環境が整備されていない。

(4)情報セキュリティについて

政府においては内閣官房情報セキュリティセンター(以下、「NISC」)を中心に「情報セキュリティ基本計画」に基づいた取り組みが推進され、「政府機関統一基準」の策定・見直しを通じ、政府機関のセキュリティレベルは全般的に向上している。今後、更なる脅威の多様化・悪質化が予想され、テロや他の国家からの攻撃も含む様々な脅威に備える必要がある。より強靭な情報セキュリティ対策を施すためには、NISCの体制・機能を拡充するとともに、より強力な権限を付与し、政府機関の情報セキュリティ管理の一元化を図るべきである。これを実現するためには、NISCのリーダーシップの下、米国におけるFISMA 3 のような、各省庁に情報セキュリティを義務付ける法律を定め、政府全体のセキュリティ水準を一元的に高めるべきである。
また、NISCは、CEPTOAR 4 の強化ならびにセプターカウンシル(重要インフラ連絡協議会)の創設により情報共有体制の強化を推進しているが、官民連携により、重要インフラ等を中心にIT障害の未然防止、発生時の被害拡大防止、迅速な復旧及び再発防止の体制を整備すべきである。こうした観点から、本年初頭のセプターカウンシル創設の実現に尽力した各セプターおよびNISCのこれまでの働きは高く評価できる。

III.2015年のIT社会将来像

新たなIT戦略においては、IT基本法が理念として掲げたIT社会の理想像について2015年のIT社会の姿として具体的に示し、国民がそれを共有することが必要である。そして、そのような社会を実現するためのIT分野の施策を、国民目線による成果目標を伴った形で戦略として位置づけていくべきである。
現在、わが国は、急速な少子高齢化社会に突入し、社会保障制度を中心として国民の安心感が大きく揺らいでいる。また、地球温暖化問題は深刻さを増し、わが国の優れた環境・省エネ技術で世界に貢献することが求められている。産業界が想定する2015年のIT社会では、これらの問題解決にITが十分に活用され、安全・安心で利便性の高い国民生活、省エネ・低炭素社会、無駄のない透明な行政サービスが実現する。また、ITに対する理解の度合いに関わらず、全ての国民や企業がIT利活用の恩恵を受ける社会が実現する。ITの積極的な利活用によるIT関連産業の活性化、競争力強化が図られ、わが国経済の安定的な成長が促進される。
とりわけ、2015年のIT社会では、以下に示す通り、電子行政の実現により、行政のあり方が大きく変容し、国民生活の利便性や安心感の向上、企業の競争力強化などが実現すると期待される。

1.行政のあり方

新たなIT戦略の下で、行政の共通的な業務は大幅に簡素化・標準化されたうえで、ITを活用し行政事務は全行政機関横断的に効率的に処理されるようになる。これにより、国の出先機関、都道府県、市町村における二重三重の行政が見直され、業務コストが大幅に削減されるとともに、公務員を福祉等の分野に重点的に再配置することが可能となる。このような行政の業務および人員の効率化は、地方分権改革の推進、自治体の行財政能力の強化等と共に、道州制の導入にとって必要な条件である。
また、電子行政の推進の過程で、民間に委ねるべきことは委ねる「簡素で効率的な政府」が実現し、民間への行政業務、情報処理業務のアウトソーシングが進む。また、中央政府の行政についても、国民目線での業務の見直しが進み、バックヤードにおけるデータ連携が進む。さらに、自治体および中央政府の行政情報共同利用センターによるシステム自体の集約も進み、各府省の縦割りは行政手続き面では大幅に削減される。
中央政府においては、強力な権限を持つ行政CIOとそのスタッフのリーダーシップの下で、業務・システムの見直しが進み、全体最適化が図られる。その結果、行政内部におけるガバナンスが飛躍的に高まるとともに、情報連携、情報公開が進み、行政プロセスの透明性が高まり、行政の瑕疵、不作為等が大幅に減り、社会保険庁の年金問題等のようなケースの再発はなくなる。

2.国民生活

新たなIT戦略は国民の目線から、大胆な行政サービス革新をもたらす。従来型の申請主義の行政は大きく転換し、市民は自分から申請しなくても、一定の要件を満たすと行政機関から国民電子私書箱に通知があり、メール等で了解の返信をするだけで、漏れや遅滞なく福祉等の必要なサービスを受けることができる(プッシュ型サービス 5)。また、IDの導入と行政内部でのデータ連携により、手続きの簡素化とワンストップ化が進む。例えば、引越をする場合には、パソコン、携帯電話、自宅のデジタルテレビ等の多様な端末から、分かり易いガイダンスに沿って最低限の必要な申請手続きを行なった後、転入先の役所に1回出向いて本人確認を行うだけで必要な手続きは完了する。電気、ガス、水道などライフラインに関する引越手続きも連動し、一括で行われるようになる。
また、申請中の手続きについては、現在、自分の申請がどの行政官の下で、どういう処理がされているかを、オンラインでいつでも確認することができる。併せて、行政機関内部にある自分の情報が、どの行政官によってアクセスされ、どう使われているかも確認することができる。さらに、行政機関の秘匿義務のない情報は、法律によって全て完全デジタル化が義務づけられ、オンラインにより簡単に検索することができる。
国民全員に付与されたIDを用い、年金や医療など社会保障関係の個人情報については、自らの納付と給付の状況、将来の年金受給額などもオンラインで知ることができるようになる。年金給付漏れといった事故は起きなくなる。また、納税や社会保険負担の透明性、公平性の向上は、財政の健全化に貢献し、国民の将来に対する不安が軽減される。こうした行政の透明性の確保等を通じ、行政に対する国民の信頼も次第に高まる。
さらに、一部で電子投票が実現し、投票率の向上により民意のより的確な反映が可能となる。司法分野や知的財産分野でもITの有効活用が進む。
医療に関しては、道州制の下で、効率的に道州全域をカバーできるように医療ネットワークが再編される。医師不足により道州内での対応が困難なケースに関しては、道州間における電子カルテや遠隔医療システムにより、他道州や海外の専門医師と瞬時に情報共有ができ、より迅速かつ適切な処置が可能となる。また、国民は自宅のデジタルテレビやパソコンからインターネットを通じ、自分の健康情報を自ら確認できる。健康増進を図る様々なサービスも提供され、健康長寿と医療費軽減が実現されている。
労働分野でも、高水準のブロードバンド・インフラの活用によりテレワークがより普及し、通勤・移動に係るコストの削減、業務効率向上のほか、人の移動に伴う環境負荷も軽減される。また、テレワークにより育児や介護をしながらの就業や、農業と他業種の兼業などが容易になり、ワークスタイルの選択の幅が広がる。さらに、民生用ロボット等も普及し、家事・育児・介護等においても活用が進む。
交通社会では、ITS(Intelligent Transport System:高度道路交通システム)の高度化により交通事故が激減する。交通の円滑化も進み、渋滞の発生頻度が減少し、社会コストが削減されると同時に二酸化炭素の排出量など環境負荷の軽減が実現する。また、一人乗り電気自動車をはじめとする新しいモビリティ手段やバリアフリー化により、高齢者や障害者、子供等が地域間・都市内を安心して安全に移動できるようになる。

3.企業と国際競争力

国や地方自治体、その他公的機関の行政手続きの大幅な簡素化が行われ、企業においては、納税に係る手続きコストなど公的な事務負担が軽減されている。社員の納税申告、職員の年末調整や退職をはじめとする行政関連の手続きは簡便化され、基本的には従業員自らが確定申告で全て電子的に処理することが可能となる。また、国民IDの導入により、社員の社会保険や雇用保険に関連する企業業務の効率化も実現する。
行政側のバックオフィス連携と統一的な企業IDの導入により、府省庁や自治体等ごとに割り振られていた個別のIDを管理・処理するコストが省けるようになる。中小企業は、共通プラットフォームを介し、異なるベンダーのシステムを採用している大企業との情報連携を、低コストでシームレスに行えるようになる。また、起業に際しても、起業ポータルを通じて簡素にベンチャー企業を設立できるようになる。
このように、企業におけるIT経営と電子行政の実現が相まって、あらゆる産業分野において企業の大幅な効率化・ペーパーレス化に伴うコスト削減が可能となり、IT経営が一層浸透するとともに、企業・企業グループの枠を越えた全体最適化が図られ、国際競争力が一層強化される。
また、わが国の強みである省エネルギーとITを融合させた技術やITSがわが国の重要産業として成長し、国内における低炭素社会が実現される。同時に、同分野でのトップランナーとして技術、ノウハウを世界各国に輸出し、地球規模の低炭素化を牽引する。さらに、農業・林業へのIT利活用や通信と放送の融合に伴う新産業が創出され、わが国産業が活性化される。
ITと他分野の融合領域でイノベーションを引き起こす潜在能力を備えた高度IT人材を安定的に供給できる人材教育の仕組みが軌道に乗り、IT分野主導の経済成長を可能とする基盤が整う。

IV.新たなIT戦略の方針

1.政策の重点化と予算の別枠配分

新たな戦略は、中長期的な視点に立ち、ITを梃子としてわが国の持続可能な経済成長を支える原動力を培うものでなければならない。そのためには、「戦略」の名の下に、各省庁個別の既存の取り組みを前提とした施策を総花的に並べ、予算配分を行うのではなく、わが国産業の競争力向上と国民にとって豊かで安心・安全な社会の実現に効果のある重点分野を絞り込み、予算を集中投入する必要がある。
具体的には、各省庁への予算配分に当たり、戦略の重点分野に関して別途「重点分野枠」を設け、IT戦略本部がその重点分野への配分を決定すべきである。その上で分野毎に責任と権限を持つ責任者を任命し、目標を達成すべきである。

2.府省庁横断的なトップダウンの推進体制の構築

新たな戦略では現行の戦略の反省を踏まえ、縦割り構造を排し府省庁横断的に推進する体制の構築が不可欠である。現状では内閣官房が府省庁横断的な調整機能を担っているが、戦略施策の策定と実施段階では、全省庁へのガバナンスが十分に効いているとは言えない。また、トップダウンの意思決定機関として総理大臣、関係府省庁の閣僚、民間有識者等で構成されるIT戦略本部が設置されているが、国をあげての戦略推進の原動力として当初の期待通りの役割を果たしているとは言い難い。新たな戦略においては、スピード感と責任感をもって目標を達成することを使命とする、電子行政に関する最高責任者を行政CIOとして任命し、必要に応じて重点分野毎の府省庁横断的なプロジェクトチームを結成するなど柔軟かつ大胆な取り組みが必要である。

3.規制、慣行の見直し

新たな戦略の策定に当たっては、関連する既存の様々な規制、慣行等を見直す必要がある。また、規制等を効果的に常時見直す権限と責任を有する体制を整備することにより、戦略策定後についても、新たな不要な規制等が設けられることがないようにすべきである。

4.国民がメリットを実感できる数値目標の設定

現行の戦略では、各府省庁個別の既存の取り組みを前提とした施策を総花的に織り込んだ結果、掲げられた目標と施策との対応関係が必ずしも明確でなかった。新たな戦略では、その検討段階から戦略全体を体系化し、施策との整合性や関連性等を十分に検証すべきである。
また、数値目標を伴わない施策は、取り組みの成果を定量的に示すことができず、客観的な評価・分析が困難である。さらに、国民目線で取り組みの成果が見えづらいため、投入された予算に見合った十分な成果が得られていないとの印象を国民に与え、行政への不信にも繋がる。したがって、国民がメリットを実感できる成果に直結するよう、適切な評価指標に基づいた成果型数値目標を設定することが重要である。

5.目標達成期限の設定と達成状況の厳格な評価

新たな戦略は2015年までの計画であるが、「100年に一度の経済危機」に対し各国が新たなIT戦略を展開しているなか、わが国としても前半の3年間で重点目標を達成する意気込みが必要である。具体的施策の期限は3年以内を目処に設定し、後半の3年はそれまでの取り組みのレビューや、レビューの結果洗い出された課題、やり残した課題に対処していく期間に充てるべきである。さらに、設定した施策を1年ごとに区切ったうえで明確なベンチマーキングを行い、実施状況や成果型数値目標に対する達成状況を厳格に評価し、期待に沿った成果が得られていない場合は施策の見直し等の対策を講じるべきである。

6.PDCAを着実に回すための評価体制の強化と国民への情報開示・説明義務

戦略を実効性あるものにするためには、P(計画)、D(実施)、C(評価)、A(改善)のサイクルを着実に回すことが不可欠である。現戦略においてはIT新改革戦略評価専門調査会が評価機能を担い、PDCAサイクルを回す原動力となっていることから、新たな戦略においても同調査会がその機能を引き継ぐべきである。また、これまで同調査会がBPR(行政業務の改革)の必要性を繰り返し主張してきたにもかかわらず、各府省の改善が見られないことに鑑みれば、同調査会における評価内容が確実に改善、そして次のサイクルへと反映されるよう、一定の予算査定への関与権限を与えるなど機能を強化する必要がある。
一方、前述した成果型数値目標や行政の取り組み状況、ベンチマーキングの結果などは同調査会のみならず、全ての国民に等しく提供されるべき情報である。したがって、誰でも容易にアクセスできるWebサイトなどに情報を開示したうえで、定期的に国民からの意見を募り、適宜政策に反映すべきである。PDCAをより実効性の高いものにするためには、評価機関の評価と世論の両面から評価を行う体制が重要である。

V.具体的戦略の提案

1.電子行政の実現に向けて

(1)推進体制・法制度の整備
【課題】

効率的で利便性の高いプッシュ型の行政サービスやワンストップ化を実現するには、府省庁横断的な取り組みが必要である。現状では、内閣官房情報通信技術(IT)担当室が中心となってライフ・イベント毎の手続きのワンストップ化実証実験等を実施しているが、各府省庁の充分な協力が得られていない。また、国民が利用する行政サービスの多くは自治体によって提供されているが、国と自治体の連携が不十分であり、自治体の行政サービスの電子化は進んでいない。競争力向上が不可欠な民間企業と異なり、行政機関には効率性や利便性を追求するインセンティブが働かないため、法律と予算権限によって電子行政を進める仕組みが必要である。現行のIT基本法では、具体的施策の実行を各府省庁に委ねており、電子行政を強力かつ機動的に進める上で限界がある。

【成果目標】
  1. 予算権限と責任を持って、トップダウンかつ府省庁・自治体を横断して電子行政を推進できるよう、半年以内に、総理大臣を議長とし、国と自治体を包含した「電子行政推進会議」を設置し、その実務担当機関として「電子行政推進センター」を設置する。また、電子行政分野の責任者として「行政CIO」を任命する。
  2. 企業ID、国民IDの導入に必要な準備も含め、行政サービスの利便性・効率性・透明性の向上に資するため、IT基本法には含まれていないデジタル時代における国民の権利と義務や、一意に国民や企業を特定できるIDの導入、セキュリティの確保とプライバシーの保護等を規定する法制度として、「電子行政法 6」を1年後を目途に制定。
【施策】

総理大臣のリーダーシップの下、可及的速やかに「電子行政推進会議」を新設するとともに、行政CIOの人選作業に着手する。行政CIOは、組織における電子化に造詣が深く、強力なリーダーシップを有する人物を、企業等でIT経営を垂範している人材から登用する。また、行政CIOは電子行政の成否に関し全ての責任を負うと同時に、強力な権限が付与される。
同会議の活動をサポートするため、常設の実務担当機関として、行政機関および民間からITおよび行政実務に精通した専門家を集めた「電子行政推進センター」を設置する。同センターは、財務省との強い連携の下で、電子化に先駆けて行政サービスの廃止・統合・簡素化・標準化も含めた業務改革基準の企画・作成・推進を行なう権限を持つとともに、ワンストップ化を実現するための行政機関間の調整機能を担う。また、各府省や自治体において業務とITに精通したスタッフの充実を図り、質の高い情報システムを企画・設計する。
電子行政法については、韓国やオーストリアの電子行政に関する法律を参考にし、オンライン申請等にとどまらない包括的な法制として検討する。企業ID、国民IDに関する検討の際には、プライバシーや個人情報の保護と情報利活用のバランスに考慮し、必要に応じて個人情報保護法の見直しも併せて行う。

(2)企業ID、国民IDの導入と第三者機関の設置
【課題】

電子行政の先進国で既に実現している効率的で利便性の高い行政サービスを実現するには、行政機関間の情報連携が不可欠である。現状では、行政機関ごとに異なる識別コードを個人・企業に割り振っているが、情報共有を進めるためには、行政機関を跨いで個人・企業を一意に特定できる企業ID、国民IDを国が一元的に付与する必要がある。
また、電子行政の先進国では、IDの導入と同時に情報セキュリティならびに利用者のプライバシー、個人情報、機密情報等の保護について、法制面でも十分な体制を整備し、国民の不安を払拭している。わが国においては、国民IDに関する議論が進まず、導入に向けた取り組みは進んでいない。政治の強力なリーダーシップの下、国民のコンセンサスを形成し、ID導入のプロセスを加速させることが喫緊の課題である。
現在、国の各行政機関が発出している企業コードは13種類以上あり、それぞれが別々の体系になっているため、企業が行政機関に申請を行う際の添付書類コストは、少なくとも年間約706億円 7 にも上ると試算される。行政機関内のシステムでデータ連携がはかられ、添付書類が不要となれば、企業負担は大幅に軽減される。そこで、国の行政機関および地方自治体が共同で利用する「共通コード」の導入に着手すべきである。

【成果目標】
  1. 企業および個人を一意に特定できる企業ID、国民IDの導入ならびに個人情報の運用を監督・管理する第三者機関の設置を2年以内に完了する。
  2. 2年以内に「共通企業コード」を導入する。
【施策】

国民ID導入に関し、官民合同のプロジェクトチームを可及的速やかに立ち上げ、国民の合意形成のプロセスに着手する。国民の理解を得るには各種の行政・民間サービスの利便性向上をアピールするとともに、プライバシー侵害の不安を払拭することが最重要課題である。国民IDの議論を行うには、行政から独立した第三者機関の設置についても併せて説明を行う。また、自分の情報を自ら管理できるようになるという「攻めのセキュリティ」の面も周知する。
行政機関内の各システムが発出している既存の企業コードと統一的な企業コードを紐付けし、相互運用可能な仕組み「共通企業コード」を構築し、2009年度にシステム更改を予定しているシステム、例えば、調達総合情報システムなどは、本システムを活用する。
また、「共通企業コード」を推進するうえで、申請手続きの添付書類として多く使われている登記事項証明書を発行する登記情報システム、納税証明書を発行するe-Taxの参加が不可欠である。これらの実現に向け、各府省で調達総合情報システムや登記情報システム、e-Tax等を活用して、「共通企業コード構想(仮称)」を推進することを電子政府評価委員会、CIO連絡会議等で合意し、必要な経費については予算要求を行なう。

(3)行政機関間の情報連携を前提とした構造改革と行政業務見直しの徹底
【課題】

電子行政の本質は電子化、IT化そのものではなく、ITを通じた業務改革による行政業務の見直しや標準化である。しかし、2008年3月末時点でオンライン化が完了しているとされている13,116種の行政手続 8 の多くは、紙の申請書類をPDF化しただけで業務見直しを行っていないため、利便性が低く使い勝手の悪いサービスとなっている。自治体を含む各行政機関においては、行政業務の電子化・行政機関間の情報連携を前提とした視点で改めて業務を見直し、行政手続の簡素化・標準化に努めなければならない。
行政業務の見直しの過程においては、公的部門における人的資源の再配置を全体最適の観点から進める必要がある。この点、国民経済に占める公的部門の割合が大きい北欧諸国では、少子高齢化に伴い公的部門において十分な人材を確保できなくなり、人手をかけずに良質な行政サービスを提供するため、電子行政を発展させている。わが国においても、福祉や介護等の社会保障の現場で、人間でなくては対応できないサービスの需要が高まる一方、労働人口は減少する。そこで単純な行政事務処理は電子行政によって代替し、そこで余裕が生じた人的資源を社会保障等にシフトしていく必要がある。その際、短期的には公的機関における人員配置にミスマッチが生じる可能性が高いが、ソフトランディングできるよう人的資源の最適計画を整備する必要がある。

【成果目標】
  1. 企業ID、国民IDをキーとした全府省庁、全自治体の情報連携を3年以内に完了する。
  2. 「オンライン利用促進行動計画」で指定した71の重点手続の中で、国民の立場からワンストップ化が必要な手続きについては、全て3年以内にワンストップ化する。
  3. 行政手続全体の添付書類のうち、行政内部にある情報については3年以内に90%廃止する。
【施策】

企業ID、国民IDの導入と並行して、行政業務の徹底的な見直しを行ない、業務の簡素化、標準化を進めるとともに、行政全体の最適化を図るための行政情報共有センター(仮称)を設置し、データベース疎結合、最新のクラウド技術等も活用し、共通業務に関する情報連携を促進する。クラウド技術による情報の共同利用に伴う設備投資は、比較的少額に抑えられることから、財政難が深刻な自治体においてもシステム移行を円滑に実施することができる。
さらに、将来的には民間企業との情報連携も想定し、法制度の見直しを含めた準備を整える。

2.融合型の高度IT人材育成に向けて

(1)ナショナル・センターの設立
【課題】

斬新な発想やイノベーションが鍵となるIT分野においては、人的資源の優劣が国際競争力に直結しており、ITを活用して新たな付加価値を生み出せる人材を育成することが極めて重要である。また、今後、ITを行政、司法、経営、金融、医療、バイオ、その他の工学分野で利活用できるような融合型の高度IT人材が求められる。
しかし、現状では産業界が求める高度IT人材は質・量の両面で不足しており、特に、ユーザー側においてITを駆使し行政、経営等を革新できる人材の輩出はできていない。わが国が今後、他のIT先進諸国と伍する国際競争力を付けていくためには、最先端の複合型の高度IT人材を高等教育機関から安定的に社会に送り出すための仕組みが不可欠である。

【成果目標】

ITの他に専門領域を有する融合型高度IT人材を3年以内に年間1,500人輩出する。

【施策】

文部科学省、総務省、経済産業省が実施している実践的IT教育に関する実証・展開について、予算を大幅に拡充し、人材育成のスピードを速める。また、教育アセットの全国展開や大学と支援企業とのコーディネーションを行うハブとしての役割、優秀な教員を育成する役割を担うナショナル・センターを2年以内に設立する。また、民間の優秀なIT人材を大学における実践教育の教員として新たに雇用するための財政支援を、ナショナル・センターを核として展開する。
また、ナショナル・センターにおける研究や教員育成の成果を実践する場として、融合型の高度IT人材育成のための附設大学院を併せて設立する。

3.医療分野におけるIT利活用に向けて

(1)地域医療の連携体制、情報共有基盤の構築
【課題】

今後、高齢化社会がますます進展する中で、安心・安全で質の高い医療の実現および医療費の適正化はわが国の重要課題である。医療の充実と効率化の両立に向けて、医療機関が高い経営効率の下、患者の意向に即した良質な医療を提供する体制を早期に構築する必要がある。
しかし、現状、医療データの標準化や、蓄積・活用による医療の標準化・透明化が進んでおらず、患者にとって安全かつ効率的でわかりやすい医療は実現していない上、医療費も増加の一途である。

【成果目標】

3年以内に、ITを使って地域医療の連携体制、情報共有・活用基盤を構築し、安心・安全で質の高い効率的な医療を実現する。

【施策】

オンラインレセプトや電子カルテに対する補助事業を行い、小規模医療機関の情報のデジタル化を促進する。例えば、医療情報の外部保有範囲の拡大により、中小病院・診療所については、オンラインレセプト、電子カルテ等システムをSaaS形式等により提供する。また、約11万の医療機関での追加投資は試算ベースで約2兆円となるが、これを数年に分割し、段階的に実施するとともに、電子化加算の拡大、地域医療連携の加算を認める疾病の拡大等を行なう。
医療機関のデジタル化の促進、および病院経営の悪化や医師の負担増の回避のため、カルテの電子入力などを専門とし、IT化推進に寄与する診療情報管理士やシステム利用支援スタッフ(「医療クラーク」)の人員を拡充する。なお、経営基盤の脆弱な中小病院・診療所については財政的な支援を行う。
経済財政諮問会議で検討されている「健康長寿社会」を実現するための「診療情報」、「健康情報」、「レセプト情報」を統合的に活用する新サービスの環境整備に早急に着手する。
地域医療の再生のため、地域連携パス(病院と病院、病院と診療所)を形成し、患者に対して必要な機能が提供されるように分担を行う。また、患者の診療情報を複数の医療機関で共有して連携した治療ができるよう、地域連携電子カルテの導入・普及を促進する。さらに、医療機関間の技術的な連携を支援する。

4.わが国が強みを持つ産業のさらなる活性化に向けて

(1)安心・安全な交通社会の実現に向けたITSのさらなる促進
【課題】

現在、「世界一安全な道路交通社会」の実現に向け、交通事故死者数5,000人以下を達成するために、インフラ協調型安全運転支援システムの実現のための大規模実証実験等の取組みが積極的に進められている。交通事故死者数は着実に減少しているが、本年1月には、交通事故死者数のさらなる半減に向けた首相談話も出されており、2018年までに交通事故死者数2,500人以下にするために一層の取り組みが必要となる。特に高齢者や歩行者の事故件数の削減に向けた取り組みが重要となっている。
また、少子高齢化社会の到来を踏まえ、高齢者、障害者、子供にとって安心・安全な交通社会の構築に向け、バリアフリーに資する新しいサービスや安心・安全を確保するITSの提供等、災害時の対応、交通弱者でも安心して移動できるようにするための取り組みが必要である。

【成果目標】
  1. 「インフラ協調型安全運転支援システム」や、歩行者を巻き込んでの事故防止を図る「歩行者・道路・車両による相互通信システム」の実用化・普及により、交通事故死傷者数・交通事故件数を削減し、2018年には交通事故死者数を2,500人以下にする。
    「インフラ協調型安全運転支援システム」の2012年度までの実用化の成果について、2013年東京で開催予定のITS世界会議において世界に向けて発信する。
  2. 住民の視点での魅力ある街作り、安心して移動できる交通社会の構築に向け、多様な交通手段を組み合わせた快適で効率的な都市交通システムを実現する。
  3. 災害時での速やかな救援物資輸送や復興に向けた機資材輸送を実現するため、大地震、洪水等、災害により一部が遮断された場合における代替ルート、海上輸送手段を確保する等のルート誘導システムを構築する。

上記、(2)、(3)に関しては、2012年までにモデル都市・モデル路線で実証し、その成果を2013年ITS世界会議において世界に向け発信し、実用展開する。

【施策】

安全な交通社会の実現に向け、交通事故死者数を限りなくゼロに近づけるよう、路車間、車車間通信技術や、衛星測位技術等を活用した運転支援システム等を社会に普及させる。
利用しやすい交通体系の構築や過度の自動車依存を是正するための多様な交通手段の最適組合せ等のITS方策を実施し、都市交通の革新と街作りを一体的に展開し、活力ある魅力的な住民視点での街作りに貢献するとともに、誰でも安心して容易に移動できる交通社会を構築する。

(2)世界最先端の技術を駆使した低炭素社会の実現
【課題】

低炭素社会の実現は、地球を子孫の代まで引き継ぐための我々の世代の責務であり、産学官が連携して戦略的な分野に資源を集中的に投入することが重要である。
わが国はIT機器の省エネ化に資するセンサーネットワーク技術や、光技術等で世界をリードしているが、IT機器が取り扱う情報量は今後も増加すると考えられ、家庭や企業における消費電力の低減を進めていく必要がある。ITの利活用による環境対策は、低炭素化の実現を加速化させることから、積極的な推進が必要である。
更に、国民や企業の省エネ意識の向上、省エネ製品の性能評価やITの利活用による二酸化炭素排出量削減効果の評価の向上を図るとともに、省エネ機器の更なる導入普及策が必要である。
また、低炭素社会の実現に向けては、先進的な交通・物流社会への転換を図る必要があり、環境モデル都市における市民を巻き込んでの先進的な取り組みの加速化、低炭素な公共交通の積極的活用や次世代ITSの活用等による交通流円滑化の推進、低炭素化に必要なインフラ整備等を積極的に進めるべきである。

【成果目標】

官民をあげてIT機器の省エネ化およびITを活用した省エネを強力に推進する。
交通情報の効率的な収集、体系的な蓄積・流通を可能にする情報基盤を構築し、交通流の円滑化を図り道路交通における二酸化炭素排出量を半減させ、エネルギー使用量を削減する。このため、2012年までにモデル都市・モデル路線で実証を行うとともに、その成果を2013年ITS世界会議において世界に向け発信する。

【施策】

IT機器の省エネ化、製造工程の省エネ化、データセンタや通信回線等も含めたネットワーク全体の省エネ化、IT機器のリサイクル推進を加速させる。
また、各家庭が、省エネの必要性を感じるよう、エネルギー使用量の見える化、エネルギー使用量を抑えるための代替方法についての情報提供を積極的に行う。
交通・物流により発生する二酸化炭素を半減させることを目指し、燃料電池等のクリーンエネルギー推進、ITSの推進等車両、インフラ面での対策の推進を市民レベルでの取り組みとともに展開する。
また、交通渋滞を大幅に緩和するために、多様な交通手段を組み合わせた効率的な都市交通システム等と道路ネットワークの整備、交通流制御の最適化を図る。

(3)中小企業のIT経営促進
【課題】

ITの利活用状況に関しては、日本の上場企業の3割においては、部門間の壁を越えて全社最適に向けた取り組みが進んでおり、先進的な事例等も見られる 9。しかし、残りの7割の上場企業では、社内の部門毎の情報システムの導入に留まり、全社最適への取り組みが不十分である。特に、中小企業においては、人材、資金面での問題から、部分的な情報システムの導入に留まっている企業が多い。中小企業は、わが国が強みとする主要産業を支える重要な存在であり、そのIT経営推進は、わが国全体としての産業の活性化にとって不可欠である。

【成果目標】

3年以内に中小企業の5割がIT経営を導入 10 できるよう支援する。

【施策】

大企業はサプライ・チェーンの競争力強化の観点から、グループ内のシステム共有やIT専門家の派遣等を通じ、必要な支援や助言を行なう。また、政府としては、日本の産業を支えている業種(金型、成形等)の中から、意欲のある中小企業を選抜し、IT経営の指導を集中的に行ない、そのモデル化と普及を主導する。さらに、SaaS、ASP 11 等のアウトソーシングの活用、業界における調達等のプラットフォームの標準化等を上手く組み合せて、中小企業のIT経営度を向上させていく。

(4)地上デジタル放送への移行とそれに伴う電波跡地の有効利用
【課題】

電波法により、地上放送は2011年7月24日までに完全デジタル化し、従来のアナログ放送用電波を停止すると定められている。しかし現状ではデジタルテレビの世帯普及率は49.1%に止まっており 12、円滑・確実・迅速に移行が完了するよう、具体策の早急な検討と実施が必要である。
また、アナログ放送用電波の停止により新たに利用可能となる電波帯域の有効利用に関する方針を早期に明らかにし、この貴重な資源を最大限有効に活用するための技術開発、環境整備を早急に進める必要がある。

【成果目標】
  1. 2011年7月24日までに完全デジタル化を完了する。
  2. デジタル化完了までに、電波跡地を利用した産業・サービスを開始できる環境を整備する。
【施策】

地上デジタル放送への移行が円滑・確実に完了するよう、高齢者等への周知、サポートの実施、学校や病院等の公共施設のデジタル化対応、アナログテレビの廃棄リサイクル問題への対応等、必要な施策を前倒しで実施する。また、デジタル化を促進するには、難視聴地域において必要な設備のための費用助成や経済的弱者への支援拡充とともに、国民全般のデジタル化に対する理解度を向上させることが急務である。そのため、官民が協力して以下のポイントを国民に向け積極的にアピールする。

電波帯域は国の貴重な資源であり、国民の安全・安心の確保や利便性・豊かさを実感できる生活の実現に向けて有効に活用しなければならない。そのためには、ITSの高度化や移動体向けマルチメディア放送など既存の産業・サービスの発展のみならず、新産業の創出も念頭に置き、電波跡地の使用に係る技術基準や免許に関する検討を前倒しで進め、デジタル化を計画通りに完了した後すぐに利用開始できるための制度面での環境を整備しておく。また、電波の多様な利用を促す帯域免許の導入等の検討を進める。
テレビのデジタル化を契機にテレワークが更に普及することも予想されるが、そのためには労働関連の制度を整備するなど普及に向けた官民連携の取り組みを一層強化する。

(5)通信と放送の融合による新たなビジネスの促進
【課題】

わが国では、e-Japan戦略の下、世界最先端のIT国家を目標に、世界最高水準のブロードバンド・ネットワーク・インフラの整備が進められている。しかし、このようなインフラの上で、あらゆる主体がコンテンツ、アプリケーション、サービスの提供者として多様なサービスを展開することが技術的に可能になっているにもかかわらず、通信・放送融合領域ではわが国発の新たなビジネスやサービスは生まれてきていない。
現在、総務省においては、通信・放送の融合に対応した新たな法体系のあり方が検討されているが、この見直しを機にこれまでの様々な規制の中身を精査し、その必要性を検証し、必要最低限の規制とすることにより、企業の創意工夫に基づく自由な事業展開を可能とすべきである。
多様な主体による多様なビジネスを誘導・促進し、わが国の情報通信・放送産業を活性化させ、世界最先端のIT国家を実現することが重要である。

【成果目標】

新たな通信・放送の法体系に関する検討を着実に進め、2010年の通常国会に法案を提出し、速やかに公布・施行する。

【施策】

通信・放送融合を促進すべく「コンテンツ」、「伝送サービス」、「伝送設備」の三層から成るレイヤー型法体系に転換する。
その上で、コンテンツについては原則自由で民間の自己規律に委ねることを基本とし、規制は必要最小限とする。伝送サービスについては、基本的には利用者利益の確保を主要な目的と位置づけ、原則、事業者の自由な事業活動を可能とする枠組みとする一方、市場支配力を有する事業者による競争阻害・制限行為等が排除されるよう、独占禁止法等による事後規制と必要最小限の事前規制型の公正競争ルールを設定・運用する。アクセス網およびバックボーンから構成される物理的ネットワークとしての伝送設備の規制については、公正と安全の確保を原則とする。
また、法制度を検討する際には、行政組織のあり方も併せて見直す必要があり、英国のOfcom(情報通信庁)を参考に、電気通信・放送に関する独立規制機関の設置を検討する。
さらに、通信・放送の法制度のみならず、研究開発、著作権、知的財産保護、国際標準化等の問題に総合的に取り組む。
なお、先述したように、わが国では民間事業者の競争を通じて世界に先駆けてブロードバンド基盤の構築を進展しているが、過疎地等の地理的条件不利地域に関しては、国による公的補助という既存制度の更なる拡充を通じてブロードバンド基盤の整備を推進し、地域間格差の解消とITの利活用による地域の活性化を図る。

VI.おわりに

今般、現行のIT新改革戦略の期限を待たずに新たな戦略を策定することとなったが、新たな戦略においても現行の戦略における優れた取り組みは加速して継続すべきである。また、これまでの取り組みにおける反省点・改善するべき点などは新たな戦略に活かされるべきである。そのためにも、IT新改革戦略評価専門調査会によるPDCAサイクルを回す仕組みは、新たな戦略においても引き継ぐべきである。
現在直面している未曾有の経済危機を踏まえ、スピード感をもって新たな戦略を策定することが重要である。しかし、限られた時間の中で、ともすると戦略自体の検討が、各府省の施策との調整の場となり、政府として必要かつ大胆な戦略を打ち出せなかったことが過去の反省点である。
新たな中長期戦略は、今後わが国が目指すべき方向性を示す羅針盤となる極めて重要な戦略であり、日本の各界の英知を結集し、十分な検討によって策定されるべきである。その上で、各府省の施策は、IT戦略本部の方針を十分に踏まえて策定されるべきである。また、IT戦略本部には、他の会議体およびそれらの戦略との連携が求められる。そして、何よりも重要なことは、新たな戦略は、最大の利益享受者たる国民や企業の視点で策定されるべきであり、国民や企業の意見を重視し、反映させる姿勢が強く求められる。
ITを原動力に一刻も早く経済危機を克服し、イノベーションによる雇用の創出と新たな経済成長を実現するとともに、わが国が世界最先端のIT利活用国家になることを強く期待する 13

以上

  1. IT基本法は、「高度情報通信ネットワーク社会」を、「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて自由かつ安全に多様な情報又は知識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信することにより、あらゆる分野における創造的かつ活力ある発展が可能となる社会」と定義する。
  2. その他、経済構造改革の推進および産業国際競争力の強化、ゆとりと豊かさを実感できる国民生活の実現、活力ある地域社会の実現及び住民福祉の向上等を目標に掲げた。また、施策においては、世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成、電子商取引等の促進、人材の育成、行政の情報化、高度情報通信ネットワークの安全性の確保、研究開発の推進等が主要な柱となった。
  3. FISMA:Federal Information Security Management Act(連邦政府情報セキュリティ管理法)の略で、米連邦政府機関に対し情報セキュリティを強化することを義務付け、国立標準技術研究所(NICT: National Institute of Standards and Technology)に対してはそのための企画やガイドラインを開発することを義務付けている法律。法律の対象として、連邦政府機関から業務委託を受けている民間企業も含んでいる。
  4. CEPTOAR:Capability for Engineering of Protection, Technical Operation, Analysis and Response(情報共有・分析機能)の略。情報通信、金融、航空、鉄道等、各重要インフラ分野におけるIT障害に関して、情報共有体制を強化するための機能。
  5. 利用者が必要な情報を事前に登録すること等により、行政が利用者にとって適切なタイミングで適切なサービスを個別に通知する等、行政側から能動的に提供するサービスの意。
  6. なお、内閣官房は、電子行政の推進に当たり新たな法制度の整備が必要であるとし、「電子行政推進法案(仮称)」を2009年通常国会へ提出することを予定していた(2008年6月にIT戦略本部が決定した「IT政策ロードマップ」に明記されている。)が、実現には至らなかった。
  7. 「電子政府の総合窓口(http://www.e-gov.go.jp/)」の手続き検索より、官向け手続きのために民側に添付が義務付けられている添付書類(登記事項証明書・納税証明書・印鑑証明書等)を抽出し、取得するために必要な社会コスト(時間・人件費・手数料等)と各手続きの年間取得申請件数から経済効果を算出。[日本経団連 IT新改革戦略推進ワーキング・グループ試算]
  8. 「平成19年度における行政手続オンライン化等の状況」(2008年8月11日、総務省)より。参照URL:http://www.e-gov.go.jp/doc/080811_2.pdf
  9. 経済産業省は、「IT経営力指標を用いた企業のIT利活用に関する現状調査」(2007年3月)の中で、経営のIT化を「情報システムの導入」(ステージ1)、「部門内最適化企業」(ステージ2)、「組織全体最適化企業」(ステージ3)、「企業・産業横断的最適化企業」(ステージ4)の4段階に分類し、ステージ1-2を「部分最適段階」、ステージ3-4を「全体最適段階」と位置付けている。その上で、アンケートの結果、日本の上場企業のおよそ7割は部分最適段階に留まっているとしている。
  10. 前掲注9の「全体最適段階」(ステージ3-4)に該当。
  11. ASP:Application Service Providerの略。特定及び不特定ユーザーが必要とするシステム機能を、ネットワークを通じて提供するサービス、あるいは、そうしたサービスを提供するビジネスモデル(『ASP白書2005』(特定非営利団体ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム・ジャパン))。SaaSはSoftware as a Serviceの略であり、ASPとほぼ同義。
  12. 総務省情報流通業政局の調査によれば、2009年1月現在、普及目標58%(約2,900万世帯)に対し普及実績は49.1%(約2,455万世帯)。
  13. IT基本戦略も、「わが国は、21世紀を迎えるにあたって、すべての国民が情報技術(IT)を積極的に活用し、かつその恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向けて、既存の制度、慣行、権益にしばられず、早急に革命的かつ現実的な対応を行わなければならない。」とする。

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