ポスト京都議定書におけるわが国の中期目標に関する意見

2009年5月12日
(社)日本経済団体連合会

ポスト京都議定書におけるわが国の中期目標に関する意見【概要】 <PDF>


1.はじめに

わが国産業界は、たゆまぬ技術開発や省エネ投資により世界最高のエネルギー効率の実現に努めてきた。また、京都議定書の採択に先駆け、環境自主行動計画を策定するなど、温暖化対策に主体的に取り組んできた。こうした産業界の取組みにより、わが国は、世界最先端の低炭素社会を実現している。
産業界は、今後とも、製造工程及び製品の両面におけるエネルギー効率のさらなる向上を目指すとともに、既存の先進技術の国内外での普及促進や革新的技術の開発等を通じて、地球規模の温室効果ガスの排出削減に積極的に取り組む決意である。
こうしたなか日本政府が本年6月までに決定する、ポスト京都議定書におけるわが国の中期目標は、今後10数年の国民生活や企業活動を大きく方向付ける極めて重要な意味を持つ。適切な目標が設定されれば、わが国企業の活力を最大限活かし、環境と経済が両立し、エネルギー安全保障が確保された、世界の範となる高度な低炭素社会を実現することが可能となる。
他方、達成困難な目標が設定されれば、大きな国民負担や巨額の財政支出が生じるばかりか企業の活力が損なわれ、産業の国際競争力の低下、雇用の喪失、地域経済の低迷につながる。また、持続可能な社会保障制度の実現といった、国民にとって関心の深い他の政策課題の解決にも悪影響を及ぼす。したがって、中期目標は慎重かつ十分な検討がなされる必要がある。
この点、政府の中期目標検討委員会が発表した6つの選択肢において、単に目標値の水準のみならず、削減負担の国際比較、具体的な削減策、社会経済的影響も併せて示したことは評価に値する。今後、これを踏まえた国民的な議論が広く行われたうえで、政治的な決定がなされることを期待する。
今回の6つの選択肢に対する考えは、以下の通りである。

2.中期目標の検討に求められる視点

わが国の中期目標を検討するにあたり重要な視点は、以下の3点である。

第1は、国際的公平性の確保である。
欧米等に比べ過大な削減費用の負担を強いられれば、わが国経済の活力が奪われ、雇用や財政、地域経済に悪影響が及ぶ。また、企業の国際競争力が低下し、国内での「モノ作り」が困難となり、その需要は、相対的にエネルギー効率の悪い海外での生産によって代替され、地球規模での排出量増加を招き温暖化防止に逆行する。さらに、過大な削減費用は、企業の研究開発等のリソースを奪い、温暖化問題の真の解決に不可欠な革新的技術の開発・普及に悪影響を及ぼす。

第2は、国民負担レベルの妥当性の確保である。
温暖化対策の費用の最終的な負担者は、国民や企業である。わが国は、年金・医療の充実、雇用の確保、地域経済の振興など、多くの重要政策課題を抱えている。限られたリソースを、温暖化対策にどの程度配分することが妥当か、中長期的な社会・経済への影響を踏まえ、国民的合意の下で決定する必要がある。

第3は、実現可能性の確保である。
中期目標がターゲットとする2020年を想定すれば、現時点で実用化のめどが全く立っていない革新的技術に期待することはできない。今後10年間で現在の技術をどこまで高度化し、普及できるかが目標達成の鍵を握る。
とりわけ、民生・運輸部門の目標の達成は、最先端の省エネ、低炭素型の製品・サービスの供給サイドの制約以上に、需要サイドである国民の購買行動にかかっている。各選択肢が見込む製品・サービスの普及率の達成可能性については、十分慎重な検討を行う必要がある。
この点に関し、現在の京都議定書においては、民生部門の削減が想定通りに進展せず、政府の削減計画が改訂される毎に目標値が下振れしてきたことに留意すべきである(民生部門について、2002年3月の地球温暖化対策推進大綱では2010年に90年比で−2%とされていたものが、2005年4月の京都議定書目標達成計画では同+10.7%となり、2008年3月の改訂京都議定書目標達成計画では、さらに同+18.9〜20.6%とされた)。

3.望ましい中期目標の選択肢

  1. (1)グローバルな競争にさらされる産業界にとって、前述の3つの視点の中で、国際的公平性の確保がとりわけ重要である。こうした観点から、今回示された6つの選択肢のうち、目標達成に要する限界削減費用が、欧米が現在掲げる目標と同等となる選択肢(1)が最も合理的である。
    同じく限界削減費用の均等化という国際的公平性の観点からは、選択肢(2)も検討の余地があるが、(ア)先進国全体で90年比25%を削減することの国際的合意が形成されたうえで、欧米が現在の目標の引き上げを行うこと、(イ)国民の具体的な負担レベルを明らかにした上で、これを国民が受け入れること、が不可欠な前提となる。
    先進国全体が25%削減する場合にEUに求められる削減率は、90年比−23〜27%であるが、EUの現在の目標は同−20%(海外からのクレジット購入分を含む)にとどまっている。同じく米国に必要とされる削減率は、90年比−19〜−24%だが、現在の目標は同±0%に過ぎないことに留意すべきである。

  2. (2)選択肢(3)〜(6)は、国際的公平性、国民負担レベルの妥当性、実現可能性の全ての面で問題があると言わざるを得ない。
    例えば、これらのなかで最も低い目標である選択肢(3)の場合ですら、わが国の限界削減費用は130〜187米ドルで、欧米が現在掲げる目標達成に要する限界削減費用47〜62米ドルの2.1〜4.0倍となり、わが国が突出して高い限界削減費用を負うこととなる。
    加えて、国民負担レベルは、可処分所得の減少と光熱費の増加で、一世帯当たり、年間6万〜18万円(月額5千〜1万5千円)の負担増と試算されている。これは、約2/3の国民が、低炭素化社会のための月の負担額を1000円未満(年換算で1万2千円)としていること(2008年7月内閣府「低炭素社会に関する特別世論調査」)と大きく乖離している。
    さらに、実現可能性に関しては、各選択肢が見込む低炭素型の製品・サービスの普及率が達成されるかどうかは、国民の購買行動にかかっている。選択肢(3)では、太陽光発電の大幅な普及のみならず(現状142万kW)、新車の半分を次世代自動車(現状は1%程度)、新築住宅の8割を省エネ住宅(現状は3割)にすることなどきわめて野心的な目標が掲げられているが、初期費用負担の大きさ等を考えれば、実現は極めて困難であると言わざるを得ない。

4.おわりに

温暖化防止は、地球規模の課題であり、ポスト京都議定書の国際枠組については、全ての主要排出国が参加する公平で実効ある国際枠組が不可欠であり、わが国としても、その実現を図る必要がある。
こうした国際交渉の妥結後、中期目標実現のための政策を具体的に検討することになるが、その際、排出量取引制度や環境税等は、研究開発等の原資を奪うとともに、国内におけるモノ作りの制約要因としてエネルギー効率の高いわが国からエネルギー効率の低い海外への生産の移転を助長する(炭素リーケージ)など、地球温暖化問題の解決に逆行するのみならず、国内雇用の減少、地域社会の疲弊の原因となることに留意すべきである。
地球温暖化問題の真の解決は、長期的視点からの革新的な技術の開発と普及によってもたらされる。したがって、京都議定書ならびにポスト京都議定書、いずれの期間においても、政府には、技術開発と設備投資の担い手たる企業の活力を最大限活用する政策の着実な実施が求められる。
わが国産業界としても、環境自主行動計画の推進や、アジア太平洋パートナーシップなどを通じ、これまで温暖化問題の防止に貢献してきたが、今後も積極的に本問題の解決に取り組む決意である。

以上

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