安心で信頼できる社会保障制度の確立に向けて

2009年10月20日
(社)日本経済団体連合会

安心で信頼できる社会保障制度の確立に向けて【概要版】 <PDF>

1.はじめに

少子化対策、医療・介護、年金などの社会保障分野は、生活の日々の安心と安全を支える国民の最大の関心事項であり、経済社会の安定を果たす最も重要な社会基盤である。持続可能な社会保障制度の構築は、将来不安の解消、内需の安定化を通じ、持続的な経済成長に寄与するものと考えられる。一方、明確な成長戦略の下、経済活動のフロンティアを拡大し、成長のパイを増やしていくことは、社会保障制度の持続可能性の向上につながる。こうした好循環の確立こそ、国民が求める経済社会の姿である。
経団連は、上記の観点を踏まえ、かねてより、安心社会と活力ある経済の実現に向け、税・財政・社会保障制度の一体改革を主張するとともに、中福祉・中負担型の国家を目指して社会保障制度改革を行うことを提言してきた。
その中で、まずは社会保障制度の安定性向上に向けて各制度の綻びや不備の解消に重点的に取り組み、セーフティネットとしての機能強化を図ることが急務である。
また、今後の人口減少社会を見据え、中長期的な制度の持続可能性を確保するため、社会保障給付の効率化を徹底しつつ、必要な給付増に向けて安定財源を確保するなど、給付と負担の両面から改革することも必要である。
さらに、未来への投資を行うとの観点から、我々は、次世代育成支援に関わる社会基盤の整備を進め、課題や負担を先送りすることなく、次代を担う子ども達に安心して暮らせる社会を受け渡していかなければならない。
このような使命を果たすためには、制度横断的な社会保障制度改革の全体像を明確に描き、国民に対して、改革の具体化に向けた道筋を明らかにすることが大前提となる。政府には、かかる取り組みを迅速に進めることを求めたい。
一方で、子ども手当の支給、年金記録問題解決に向けた集中的な取り組み、社会保障番号の導入など、政府が積極的に講じようとしている社会保障制度に関する施策については、公費対応の裏付けとなる財源設計を明確にした上で、早期に実現することを経済界としても期待する。とりわけ、最低保障年金の導入については、経団連が提案してきた基礎年金の全額税方式化と方向性は合致しており、詳細制度設計を含めた具体的検討に早期に着手することを望みたい。
そこで、今後、建設的な政策対話を深めていく観点から、安心で信頼できる社会保障の確立に向けた経団連としての考え方を改めて提言する。

2.社会保障制度の改革に向けた課題認識

(1) 現行制度の綻び

目下のところ、わが国の社会保障制度は、国民年金における未納・未加入の問題、年金記録問題の顕在化、国民健康保険料(税)収納率の長期低迷、小児科・産科・救急医療体制に対する不安の増大、医師や診療科の偏在、介護従事者の不足など、至るところで綻びが発生している。

(2) 人口減少の加速度的な進行

今後、わが国は、少子化傾向に歯止めがかからない限り、加速度的に人口減少が進み、世界に類例を見ない少子高齢社会が到来する。すでに、2005年から人口減少過程に突入しているが、人口構成の高齢化が急速に進行すると同時に、生産年齢人口は大幅に減少していく。2055年には、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は40.5%へと上昇すると見込まれ、現役世代1.3人で1人の高齢者を支えることとなる。
しかし、わが国の社会保障制度は、高度経済成長期に形成され、世代間扶助の考え方に基づき、現役世代に依存する構造となっている。人口構成が急速に変化し、生産年齢人口が縮小していくなかでは、現行の財源構成で制度を維持することは難しく、富の源泉を生みだす現役世代の意欲と経済活力を削ぐことになりかねない。

(3) 厳しい社会保障財政

少子高齢化の進行に併せ、社会保障給付費は年々増加している。2009年度予算ベースでは、その額は98.7兆円にのぼる。給付財源をみると、保険料が56.8兆円と約6割を賄うものの、残りは国税や地方税等で負担をしている。
他方、わが国の財政事情は著しく悪化しており、国と地方を合わせた長期債務残高は、2009年度末で816兆円、対GDP比168%になると見込まれる。昨年来の世界的な景気後退に伴い、緊急の景気対策として大幅な歳出増が行われたこともあり、国・地方の財政収支の黒字化に向けては、具体的な目途が立っていない。加えて歳出・歳入両面の構造改革が進まないことから、結果として、現時点における社会保障給付に対して、必要財源を公債に依存するかたちで、将来世代につけまわしをしている状況にある。

3.社会保障制度の改革に向けた基本的考え方

上記の環境変化、諸課題に対処するためには、以下の基本的考え方に沿って、社会保障制度の改革に取り組むべきである。

(1) 制度横断的な取り組み

人口減少や急速な高齢化の進行、家族や企業の役割の変化など、社会保障制度をとりまく環境が大きく変化する中、現行制度の綻び・不備に象徴されるように、個別制度内での変更だけで対応することが難しくなっている。
この課題に対処し、制度運営の効率化や国民の利便性向上を図るため、制度横断的なインフラとして、ICTを活用した社会保障番号やカード等の整備、社会保障番号を活用した納税者番号制度の導入を進めるべきである。併せて、社会保険料と税の徴収体制の一元化を検討する必要がある。こうした取り組みを効果的に実現させるためには、電子行政の一層の推進が不可欠になる。
また、中長期的な視点に立って、経済活力や財政運営とのバランスを図り、適正な給付と負担の規模、財源の在り方などを含め、社会保障制度全体を横断的に見直すことが求められる。

(2) 安定財源の確保に基づく中長期的な持続可能性の確立

少子高齢化が急速に進む中で、社会保障制度の持続可能性を高めるためには、負担の先送りや現役世代に対する保険料への過度な依存を避け、国民全体で社会保障制度の財源を支える仕組みへと抜本的に見直していくことが必要である。
今後の制度の基本的な在り方として、自助努力では賄いきれないリスクは保険による相互扶助を基本とする一方、保険原理を超えたリスクへの対応や世代間扶助にあたっては、税による公助を基本とし、社会保障給付に対する公費の投入を高めていく方向で、再設計していくべきである。
歳出を徹底的に見直し、無駄を排除するなかで財源を捻出することは必要である。しかし、制度の抜本改革を具体化し、中長期的に持続可能な制度を確立していくためには、裏付けとなる財源の明確な設計が最も重要であり、問題が先送りに陥ることのないよう、冷静な判断をもって、実効性ある財源論を行うべきである。
経団連としては、経済情勢に配慮しつつ、税体系の抜本改革等を通じ、個人や企業の活力を阻害することなく、かつ景気変動に対して安定した収入が得られるよう、消費税を主たる財源として社会保障費用を賄う方向での歳入改革を行う必要があると考えている。政府は、税制抜本改革の道筋について、今後5年間程度のスケジュールを明確に示した上で、着実かつ段階的に実現を図るべきである。その際、少子化対策、医療・介護、年金を含め、制度横断的な観点から財源確保の在り方を検討する必要があることは言うまでもない。

(3) 建設的な議論を通じた合意形成

上記の課題解決にあたっては、政治のリーダーシップのもと、国民に開かれた場で建設的な議論が進むことを期待する。
そのためにも、社会保障制度全体の基本設計に関わる検討に際しては、広く国民各層の合意形成を図る観点から、超党派による議論を尽くし、成案を得ることが必要である。
また、基本設計を踏まえ、各分野で詳細な制度設計を進めるにあたっては、各界の英知を結集し、中長期的に持続可能な制度作りに取り組むべきである。

4.少子化対策の抜本的拡充

(1) 政策目標の明確化

少子高齢化の急速な進展は、財政および社会保障制度の持続可能性の喪失のみならず、労働力人口と内需の減少による経済成長の抑制、医療・介護等の国民生活を支える経済社会システムの弱体化など、将来の社会機能不全を招く非常に深刻な問題である。現在、少子化問題への社会的な認知度は高まりつつあるが、少子化対策の重要性への認識は、かならずしも十分とは言えない。今こそ将来の国民生活と社会基盤の維持に向け、少子化対策を国の最重要課題として位置づけ、積極的に推進すべきである。そのためには、明確な政策目標が必要であり、例えば国民の結婚・出産の希望がかなった場合の合計特殊出生率(1.75)を目安として掲げることが考えられる。さらに政策目標の着実な実現を図るとの観点から、当該課題に関わるPDCAサイクルを確立し、進捗状況について不断に検証しつつ取り組みを進めていくべきである。

(2) 子育て支援策の充実強化

足元でさらに増加している待機児童の解消に向け、保育サービスの量的拡大を図るため、財政の重点的な投入を行うべきである。同時に、親の就労形態や就労有無にかかわらず保育を必要とする人が必要に応じて安心して子どもを預けることができるよう、保育制度の抜本改革を早急に進めるべきである。その際、家庭的保育事業や認定子ども園の活用にとどまらず、多様なサービス提供者が保育サービス分野に参入できるよう、参入規制を改める必要がある。
また、子育てや教育の経済的負担感の解消に向け、子育て世代への経済的支援についても拡充していくべきである。政府が掲げる子ども手当や、給付付き税額控除については、歳出・歳入両面のバランスを図りつつ、具体的な制度設計に向けて早期に検討が進むことを期待する。
これらの次世代育成支援に関わる費用については、公費による対応が基本であり、一般財源を緊急かつ重点的に充当していくべきである。将来的には、国民的合意のもと、消費税の引き上げにより安定的な恒久財源を確保すべきである。

(3) 着実な推進体制の整備

上述した政策課題の着実な推進を図るためには、「子ども家庭省(仮称)」設置の検討構想を踏まえ、子どもや家庭に係わる政策の企画立案、執行機関の一元化の実現を早期に図るべきである。

5.医療・介護制度の機能強化

(1) 医療・介護サービスの提供体制の整備

国民の目前にある不安を解消するためには、望ましい医療・介護サービスの姿を明らかにしつつ、その実現に向けて、早急に大胆な改革に着手することが必要である。今後、医療・介護分野において目指すべき方向は、医療・介護サービスの提供体制の機能強化と効率化を同時に達成し、誰もが安心して質の高いサービスを受けられる環境を整備することである。
具体的には、医師の地域・診療科の偏在の是正、産科・小児科をはじめとする勤務医の就業環境の改善、救急医療体制の整備など、現下の緊急課題に対して速やかに対応していく必要がある。これらの緊急対応も含め、課題解決に向けては、当面の間、各都道府県が、地域の医療需要や疾病動向を把握し、地域の医療提供体制を十分に勘案しつつ、一定の医療圏単位での医療機関の連携と機能の分化を推進し、医療資源の効率的かつ適正な配置を進めていくことが求められる。将来的には、経団連が主張する道州制への移行により、道州ごと地域の実態に合わせた施策が講じられることを期待する。
また、ICTを活用した効率的な医療提供体制の基盤整備も欠かせない。その第一歩として、2011年度からのレセプトオンライン請求の義務化を堅持すべきであり、医療機関・薬局における進捗状況を随時確認しつつ、着実に取り組みを進めていく必要がある。加えて、医療情報のデータベースの構築やネットワーク化などをさらに推進していく必要がある。
さらに、高齢者にとっては、安心して住みなれた地域での生活を継続できるよう、利用者や地域の介護ニーズに即した多様な選択肢を備えた介護サービスの提供を着実に推進する必要がある。ケア付き賃貸住宅等の居住系サービスの普及、在宅療養を支える医療支援体制の強化など、民間活力を活かしつつ、医療・介護が連携した地域ケア体制を整備すべきである。併せて、介護従事者の処遇や雇用環境の改善を図り、介護従事者を安定的に確保・育成していくことも不可欠である。その一方で、急速な高齢化に伴う介護ニーズに適切に応えていくために介護ロボットの実用化に関わる研究を進め、普及を図ることや福祉用具等に係るイノベーション創出の促進は、介護従事者の労働負荷を軽減するという面から有効であるとともに、将来の介護従事者の決定的な不足に備えるためにも不可欠である。

(2) 公的医療・介護保険制度の見直し

サービス提供体制の整備とともに、医療・介護制度を支える基盤として、制度の持続可能性を高め、国民皆保険、公的医療・介護保険制度を堅持していくことが必要である。特に高齢者医療に関しては、現行の制度を抜本的に見直し、公的年金を受給する高齢者全体を被保険者とする体系へ組み替えるべきである。政府は、後期高齢者医療制度の廃止に伴う国民健康保険の財政負担増は国が支援するとしているが、保険原理を超えたリスクへの対応や世代間扶助にあたっては、税による公助を基本するという考え方の下、高齢化の進展に応じて公費投入割合を高めるなど、消費税の引き上げにより、主として公費で支える制度へと組み替えるべきである。
なお、高齢者医療の見直しに併せ、医療保険制度の一元的運用が重要な政策課題としてクローズアップされている。この点に関しては、これまで地域や職域の保険者が果たしてきた役割を十分に検証した上で、広く国民各層の意見を聴取しつつ、段階的に検討を進めていくことが望まれる。
また、診療報酬および介護報酬についても、選択と集中の考え方に基づき、各医療機関・施設における地域連携と機能分化、医療・介護サービスの質の向上と効率化の追求に資する体系へと抜本的に見直す必要がある。

6.年金制度の抜本的改革

(1) 公的年金の抜本改革

公的年金制度に対する国民の信頼感を回復するためには、年金記録問題の早期決着を図ることが不可欠である。経済界としても、国を挙げての取り組みに適時適切に協力していく。
公的年金制度のあり方について、経団連は、基礎年金の財源構成について、広く国民全体で支え、安定財源による持続可能性を確保するという観点から、現行社会保険料から消費税を基軸とする方式への抜本的な改革を主張している。
一方政府は、年金制度を一元化し、公費による最低保障年金と所得比例年金を組み合わせることを提示している。特に最低保障年金は、経団連が提案する税方式への移行と同様、保険料の未納、将来の低年金・無年金者の発生など、現行制度に起因する諸問題の解決に資するものと考えられる。制度の抜本的改革を進める観点から、今後、詳細な制度設計を含め、具体的な検討が進むことを期待する。

(2) 私的年金の充実

また、公的年金の抜本改革とともに、現役期に老後の所得確保が適切に進むよう、私的年金制度に対して税制上の支援を行うことは極めて重要である。特に積立金に対する特別法人税の撤廃、確定拠出年金における拠出限度額の引き上げ・企業型における従業員による掛金拠出(マッチング拠出)の容認・資産の引き出し要件の緩和・加入対象者の拡大などを行うべきである。
さらに、主として中小企業に勤務する従業員の老後の所得保障充実の観点から、平成24年に廃止される適格退職年金制度については、企業年金制度等への円滑な移行を図るため、税制上の措置を含めた適切な対応が必要である。

7.おわりに

ここまで、社会保障制度改革に関わる基本スタンスとともに、医療・介護、年金、少子化対策を中心に経団連の考え方を明らかにしてきた。社会保障の目的は、第一に国民の生活保障にあり、安心社会の実現に向け、包含する分野は非常に幅広く多岐にわたっている。また、少子高齢化の進展のみならず、産業構造や労働市場が大きく変化するとともに、個々人の働き方・生き方や家族形態も様変わりをしていく。このように急速に経済・社会が変化していくなか、従来の社会保障制度の枠組みの狭間に落ちる生活困窮者や低所得者が、今般の景気後退による雇用情勢の悪化を受け、改めて問題として浮き彫りになっている。行政には、その実態を把握し、モニタリングを行いつつ、きめ細かに対策を講じることを望む。経団連としても、今後、中福祉・中負担国家の具体像に関する考察を深めるとともに、労働市場の構造変化を踏まえたセーフティネットの在り方など、幅広く検討を進めたうえで、改めて提言を行いたい。

以上

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