観光立国を担う人材の育成に向けて

〜産学官の連携強化を〜

2010年2月16日
(社)日本経済団体連合会

観光立国を担う人材の育成に向けて 〜産学官の連携強化を〜(概要) <PDF>

1.はじめに

グローバル化、資源・環境制約、少子化・高齢化、ICT化の進展などにより、わが国の産業構造は大きな再編成・転換の時期を迎えている。今後、わが国経済が持続的に発展するためには、引き続き製造業の国際競争力の維持を図るとともに、成長が見込まれる産業の育成に傾注しなければならない。そのひとつが、大きな経済波及効果と雇用吸収力を持つ観光産業である。政府および経済界は、観光を日本経済の成長の一翼を担う産業と明確に認識し、戦略的に発展させていかなければならない。

そこで日本経団連は、観光の成長戦略の第一弾として、実効ある観光政策の立案および業界の高度化を推進できる有能な人材の育成につき提言することとした。観光に携わる人材とは、国の観光振興策を立案・実施する人材、地域の観光振興策を立案・実施する人材、観光業に携わる人材、観光学の専門家など多種多様であり、それぞれに応じた能力を高める必要がある。本提言では特に、地域の観光振興策を立案・実施する人材と観光業に携わる人材に焦点を当て、それぞれの育成と活用方策について検討する。その際、既存の観光系学部・学科を活用しつつ、産業界、学界、行政がそれぞれ果たすべき役割を提言する。

なお、人材育成以外の要素も含む観光分野の包括的な成長戦略についても、近々改めて提言することとしたい。

2.観光分野における人材育成の現状と課題

(1) 観光分野で求められる人材の多様化

観光産業を取り巻く環境の変化、例えばネット化やグローバル化、ローカル化などは、今後、観光に携わる人材の育成・活用に大きな影響を与えていくことが予想される。
具体的には、インターネットでの旅行サイト運営の拡充などにより、店舗の統廃合や人員削減傾向が続いており、企業内で時間をかけて人材を育成する環境が失われつつある。
グローバル化については、中国やインドなど経済成長著しく、今後、観光需要の増大が見込まれる国々で、従来のような日本からの旅行客対応だけでなく、現地の人を日本に呼び込む、あるいは第三国に送り出すという事業の拡大が見込まれている。こうした国々においては、現地法人あるいは海外支店の数・機能をともに拡充するなどの対応が迫られており、海外で活動するスタッフの質的向上が求められている。
ローカル化については、地方自治体が地域振興の観点から海外からの旅行客招致に力を入れている。訪日外国人旅行客の間でも、東京、京都等の代表的な観光地だけでなく、地方への関心が高まっており、各地域が特色ある観光地として魅力を高める努力が求められている。そこで、その地域に精通し、従来の観光名所や旧跡以外にも旅行客のニーズにマッチした観光資源を発掘し商品化できるような人材が必要となってくる。
観光系学部・学科などからの新卒採用、シルバー人材や留学生の活用、他業界との人材交流も含めた人材育成・活用策の多様化により、人材の層の厚みを増すことで、こうした環境変化に対応する必要がある。

(2) 観光分野における人材需給のミスマッチ

観光系学部・学科を設置している大学は近年急増し、定員数は、1992年度の240人(2学部3学科)から、2009年4月現在では4,402人(39学部43学科)へと約20倍に拡大している。その専門課程も、都市環境・観光学科、ホスピタリティ・ツーリズム学科、観光デザイン学科など細分化している。
しかしながら、その卒業生の進路を見ると、観光関係分野(旅行業、宿泊業、航空業、旅客鉄道、観光施設、観光関連公益法人、地方自治体)への就職は約23%にとどまっており、人材を供給する側と受け入れる側でミスマッチが生じている。その理由として、観光系学部・学科の卒業生の受け皿となる就職先が地域に不足していること、観光関係企業に就職しようとしても、企業の求める人材が必ずしも育成されていないことが指摘されている。
このように、観光を学んでも、それが就職に繋がらないという現状では、優秀な人材が大学に集まることも、そこから優秀な人材が観光分野に輩出されることも難しい。観光系学部・学科が、より実需に合った、かつ大学として付加価値のある教育を提供できるよう、大学側と企業、自治体が連携して教育内容の充実を図る必要がある。さらに、大学院における観光教育への取り組みを強化し、学部卒業生および企業から派遣される社会人学生を、より専門性の高い人材へと育成することも重要である。

3.観光に携わる人材の育成・活用

以上のような課題認識の下、観光政策を立案・実施する人材および観光業に携わる人材について、以下その育成・活用策を提言する。

(1) 地域の観光振興策を立案・実施する人材の育成

まずは、地域に密着し、その地域の潜在的観光資源を発掘して観光振興を行う人材を育成しなければならない。具体的には、地方自治体の観光担当部局の職員、観光協会職員、NPO関係者などが挙げられる。
現状では、地域において、観光を生業としてその地域の観光振興に腰を据えて取り組めるような仕組みがないため、観光カリスマや観光地域プロデューサーのような外部人材に依存している地域が多い。しかしながら、その地域独自の魅力をいかんなく発揮するためには、地域に根差した人材が、観光振興のリーダーとなることも必要である。そのような地域人材の輩出、地域の産業への貢献にこそ、地域の大学の意義・役割がある。
かかる観点から、地元の観光系学部・学科等を卒業した学生が、就職する際に他地域に流出せず、その地域に留まるような好循環を生み出し、地域が主体的にこうした人材を育成・活用できるような仕組みについて提案する。

提言(1) 地域の専門家を育てる教育の拡充

観光系学部・学科では、卒業後、地域の観光の専門家となる人材を育てるため、自治体や企業等の協力を得ながら、その地域に根差した知識・経験を積ませることも重要である。例えば、学生が地域の観光協会と連携してアンケート調査を実施し、その結果を大学で分析し観光振興の戦略を立案するなどのフィールドワークやケーススタディに重点を置いたカリキュラムを組むことも有用であろう。

提言(2) 自治体等によるインターンシップの拡充

また、自治体や観光協会、NPOが地域の観光系学部・学科の学生のインターンシップをより積極的に受け入れることも、地域の専門家を育てるうえで重要である。大学側も、インターンシップを普及させるために、単位認定し必須化すべきである。学生に実践的な知識・経験を身につける機会を与えると同時に、学生の地域観光振興という仕事に対する関心を高めることにつながる。

提言(3) 観光専門職(仮称)の創設

地方自治体では近年、観光部門の組織体制を強化している i が、通常の人事ローテーションに則って短期間で職員が交代する状況では、観光政策を専門とする職員を育成することが難しい。そこで各自治体において観光専門職(仮称)を新設し、地域の観光系学部・学科の卒業生等、地域観光の振興を志す学生を採用し、一貫して観光担当部局に配属することにより、観光振興や地域政策に特化した人材を育成すべきである。

i  2004年度から2008年度の5年間で18都道府県が、観光専門の部・局・課を設置している。
提言(4) 地域における人材交流

地域の観光振興策を立案する人材には、その地域の実情をよりよく知るために、さまざまな現場を体験することも重要である。そこで、地域の企業や自治体、観光協会、NPO、商工会議所などが提携して、人材交流を積極的に実施する必要がある。特に、若年層を積極的に交流させ、活用することにより、地域の観光振興策に新しい視点や発想を取り入れ、活性化を図るべきである。その際、広域連合や観光圏など自治体間の広域連携が加速していることから、都道府県や市町村の枠を越えた人材交流を進めるべきである。

提言(5) 人材バンクの創設

大学で観光を学んだ学生が、卒業後、即戦力として地域の観光振興のリーダーとなることは難しい。一方で、それまでの観光分野における就業経験の有無を問わず、退職後、自分の知識や経験を観光に活かして地域の観光振興に取り組む意欲のあるシルバー人材は少なくないと見込まれる。例えば、今までグローバルな事業に携わった人々の経験や知識は、インバウンド振興を進めるうえで有益であろう。
そこで、自治体や地域の観光協会、商工会議所、NPOなど地域コミュニティが協力して、このように、意欲のある人を都会から地域に呼び戻す仕組みや、彼らに活躍の場を紹介するプール機関の創設、観光振興に関する知識や経験を補うことを目的とした人材育成を行う機関を準備することも考えられる。将来的には、こうした機関から、地域の観光振興をリードする人材が輩出されることを期待する。

提言(6) 通訳案内士制度iiの改善

訪日外国人団体旅行に対し、報酬を得て、通訳案内業務を行う場合には、通訳案内士の資格を有することが義務付けられているが、実際にはツアーの添乗員が無資格でガイドを行うことが横行しており、通訳案内士が適切に活用されていない。その背景には、現行の通訳案内士試験が、語学力のみならず日本の歴史、地理、政治社会、文化など幅広い知識を求めており、合格率も10%〜20%と、資格取得が難しいという問題がある。
今後、訪日外国人観光客の増加が見込まれるなかで、訪れる外国人に日本の歴史、地理、文化等を正しく伝えるために、通訳案内士の活用を図るべきである。そのために、資格を難易度別に階層化したり、分野別に専門化したりするなど、取得しやすく、かつ観光客のニーズに応えられるようなものとする必要がある。また、通訳案内士は大都市圏に集中しており、地方で特に不足していることから地域限定通訳案内士(2008年度現在、北海道、岩手県、栃木県、静岡県、長崎県、沖縄県の6道県で実施)も増やすべきである。その際、観光圏や広域観光ルートに対応すべく、都道府県の枠を越えて案内できるような資格の創設も検討すべきである。
併せて、海外で実施されている通訳案内士試験(2008年度現在、北京、香港、台北、ソウルで実施)についても、外国人が取得しやすいものとなるような工夫が必要である。また、現状では通訳案内士登録者の約7割が英語であるが、アジアからの観光客が急増するなか、アジア言語の有資格者を増やすことは喫緊の課題である。

ii  2008年4月1日現在、通訳案内士の登録者数は12,190人である。「観光立国推進基本計画」では、2011年度までに15,000人に増やすことを目標に掲げている。通訳案内士とは、日本を訪れる外国人に、外国語を用いて旅行案内を行い報酬を得る通訳ガイドの業務独占資格である。
提言(7) 在外公館等の活用

訪日外国人旅行客を増やすためには、海外における訪日観光のPR活動を一層強化する必要がある。その際、世界中に展開する在外公館等を活用すべきである。在外公館等は従来から日本文化の紹介活動等を行っており、一部では観光PRを試みているところもあるが、今後、JNTO(国際観光振興機構)の海外事務所とも連携しながら、より積極的かつ組織的に観光客誘致活動に関与すべきである。
また、在外公館等に観光系学部・学科の学生をインターンとして受入れ、観光PR活動に従事させれば、グローバル化に対応した人材育成の貴重な機会となろう。

(2) 観光業に携わる人材の育成

次いで、観光業の中心をなしている旅行業や宿泊業、そして航空・鉄道などの輸送業に携わる人材の育成である。経営者や支配人といった企画力やマネジメント力に富み経営に携わる人材、企画・営業・広報等の実務に携わる人材、ホテルスタッフやツアーコンダクターなど直接接客に携わる人材に分けられる。
観光を新たな成長産業とするという観点からは、マネジメント力、企画力、行動力に富み、経営改革を含む業界の高度化を推進できる人材の育成が鍵となる。そこで、以下、経営系人材や企画・営業・広報等の実務に携わる人材の育成のあり方について提言する。

提言(8) 企業の経営・実務人材を育てる教育の拡充

観光系学部・学科は、高等教育機関として、ファイナンス、会計、マーケティング、組織論、企業戦略などの企業経営・実務に不可欠な科目を充実させる必要がある。その方策として例えば、観光系学部・学科内で、必要なすべての講座を揃えるのではなく、法学部や経済、経営学科など他学部や他大学との単位互換により補完することも考えられる。
アメリカやフランスなどの観光大国では、観光関連の大学・大学院から多数の優秀な人材が輩出され観光業界で活躍している。そこで、こうした海外の先進メソッド、とりわけMICE iii の運営やホテル経営における専門人材の育成方策などを取り入れるため、海外の大学への留学制度を充実させることも検討に値する。
なお、こうした取り組みをモデル事業として実施する大学を選出し、産学官連携の下、資金・資源を集中させることも有用であろう。

iii Meeting(会議、研修)、Incentive(招待、視察)、Convention, Conference(学会、国際会議)、Exhibition(展示会)の4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語。観光分野における新しいビジネスの形として、近年、注目されている。
提言(9) 観光学部・学科と業界の協力

現在、すでに観光関係企業が、社員を観光系学部・学科に講師として派遣したり、寄附講座を開設したりすることを通じて、業界が求めるノウハウやスキルを学生に教える取り組みが始まっている。今後、こうした取り組みをさらに充実させるとともに、企業奨学金の創設等の形で支援したり、観光業界が必要とする調査・研究を観光系学部・学科と共同研究したり委託したりすることも考えられよう。

提言(10) 企業インターンシップの拡充

提言(2)の自治体等によるインターンシップと同様に、観光関係企業によるインターンシップも、学生が観光業界に関心を持ち、具体的な仕事の内容に対する理解を深めるうえで有用な手法である。
しかしながら、観光系学部・学科は新設のものが多く、また、観光関係企業も中小の企業が多いことから、インターンシップの実施が難しい状況にある。今後、産学一体となって、観光業界における優秀な人材を育成・発掘するために、観光庁が実施しているモデル事業などを活用して積極的にインターンシップを展開すべきである。将来的には、欧米で一般的な「2〜3カ月の長期間、単位認定有り」という形のインターンシップを実施し、観光系学部・学科の必修科目とすべきである。

提言(11) 企業におけるOJT、Off−JTの充実

経営・実務人材の教育は大学のみで終わるものではなく、企業内でOJT、Off−JTを通じて人材を育成するという視点を持つ必要がある。観光関係企業の中には、すでに経営マネジメント研修を実施したり、社員にMBA(経営学修士号)を取得させたりしているところがある。こうした取り組みを充実させると同時に、観光業界が、経営大学院と共同で、ビジネスリーダーを育成するマネジメント研修プログラムを開発することも一策である。また、将来的には、観光に特化した経営大学院を開設することも考えられる。

提言(12) アジア人留学生の活用

東アジア大交流時代を迎えるにあたり、観光に関心を持って来日しているアジア人留学生についても、日本の観光資源や観光業のノウハウ(日本人独自のもてなしの心を学んでもらうことも含む)に精通した人材を育成してもらいたい。こうした人材が日本あるいは出身国の観光業に就職し、対日インバウンドのフロントランナーとして大きな役割を果たすことを期待する。また、企業側も、そのような可能性を秘めた留学生人材や、アジア諸国で観光に携わっている人材を積極的に採用、活用すべきである。

4.終わりに

企業、行政、地域住民の一人ひとりが、個性あふれるアイデア、新しい発想を出してこそ、日本各地あるいは世界に眠る潜在的観光資源を発掘し、ひいては日本の観光力を高めてゆくことができる。そこで、次世代の観光の担い手を育成するため、初等・中等教育における観光教育の充実を図り、魅力ある生活空間の形成の重要性や、それが地域活性化、地域と諸外国との交流拡大、ひいては観光立国の実現にもつながっていくことを、子どもの頃から教えていくためのカリキュラム、教材の工夫に早急に着手すべきである。

観光立国の礎となる人材の育成は避けて通れない道である。本提言が、産業界・学界・行政が、人材という一本の糸を通じて観光における産学官連携をより強固なものとし、「観光立国日本」への架け橋となることを望む。

以上

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