著作権法における一般的権利制限規定について

2010年5月24日
(社)日本経済団体連合会
知的財産委員会 著作権部会

日本経団連では、2009年1月に公表した「デジタル化・ネットワーク化時代に対応する複線型著作権法制のあり方」の中で、現行著作権法制を基礎としつつ、複線型の著作権制度導入と実効的な権利保護のための環境整備を提言したところであるが、併せて、著作権法における一般的権利制限規定に関するその時点における考え方を示した #1。その後、6月の著作権法の一部改正 #2、知的財産推進計画2009の公表 #3、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会における検討 #4 等の動きを踏まえ、今般あらためて著作権部会において同規定につき議論を行った。

なお、著作権部会のメンバーは、いわゆるハードメーカー、コンテンツメーカー、放送通信関連等、著作権問題に利害を有する業種から幅広く選任されており、業種間のバランスに配慮した構成となっている。

1.一般的権利制限規定導入の必要性の有無

当初、「予想できない技術の進歩に備えるため」「新たなビジネスに萎縮効果を与えないようにするため」として一般的権利制限規定の導入に向けた議論がなされてきたが、昨今は、具体的な事例から出発してその要件を抽象化し、一般的権利制限規定導入の必要性の有無について検討するという方向に転換してきているとの認識を共有した。
その上で、導入の必要性の有無につき議論したところ、見解は分かれた。

(1)導入する必要があるとする意見

(2)現時点では導入の必要性は無いとする意見

2.立法的解決の可能性
〜「範囲の広い個別権利制限規定」か「範囲の狭い一般的制限規定」か

導入の必要性の有無について見解が分かれたものの、一般的権利制限規定は、その性質上、対象範囲となるか否かが最終的に司法の判断によることもあり、導入を必要とする立場からも、ビジネス展開の予見性確保の観点から、抽象的・包括的な一般的権利制限規定である米国のフェアユース規定をそのまま導入することは適切ではなく、対象範囲をある程度限定した一般的権利制限規定でも必要性が満たされるのではないか、との意見があった。

さらに、何らかの権利制限規定の導入の必要性が認められた場合、個別権利制限規定の枠組みを維持しつつ、権利制限の対象となる利用行為を従来の個別権利制限規定に比べてやや広めに規定することによって一般的権利制限規定導入で期待されるニーズを満たす可能性があるとの見解も示され、最終的にはいずれの場合であっても規定の“書きぶり”が重要となるとの意見で一致した。

3.総括

昨年6月の著作権法の一部改正によって、いくつかの権利制限規定が導入され、一般的権利制限の必要性の根拠とされた課題のうち、立法手当てがなされたものもある。しかしながら、企業実務においては、さらに何らかの権利制限が必要と思われる利用形態が残っているという意見、また、今後の技術の進展等により新たに考慮すべき利用形態が生じる可能性があるとの意見がある。これらについて、従来どおり個別権利制限による手当てが妥当であるのか、あるいは新たに一般的権利制限規定を導入する必要があるのかについては、見解が分かれるところである。

複線型著作権法制の導入により、現行の著作権法の仕組みでは応えきれない多様なニーズを満たし、適切な権利保護と著作物の利活用の促進を図ることを提言した当部会としては、権利保護と利活用促進のバランス、及び社会全体の福利・効用の観点から、現行の権利制限規定やビジネスの枠組みで満たされないニーズを見極めることが肝要であると考える。

かかるニーズを満たすため、新たな権利制限規定を追加する必要があるとされた場合には、従来通り個別権利制限規定を追加するのか、あるいは新たに一般的権利制限規定を導入するのかについても、その対象とする利用形態によって、いずれの可能性もある。一般的権利制限規定を導入する場合には、同規定がその性質上、導入当初から対象範囲の外縁を明確にできるものではなく、個別の利用形態に関して権利制限の適用の有無を一義的に判断できるようになるためには判例の積み上げを待つしかないことを認識しておくことが求められる。また、企業活動という側面からは、法令遵守を重視する企業にとっては、一般的権利制限規定が導入されてもなお権利侵害のリスクが残ることから、同規定を根拠とする新規ビジネス展開に対して一定の萎縮効果が残ることは否定できない。そのため、この萎縮効果を低減する方策にも留意すべきであるとの意見や、個別権利制限規定であっても規定の解釈が利用者に委ねられている点では同様であり、一定の萎縮効果が生じている点で相違がないとの意見もあった。

他方、権利侵害のリスクを侵そうとする者への対処を行い、判例の積み上げの役割を担う立場になることが予想される著作権者にとっては過大な負担が生じるおそれがあることにも配慮すべきである。一方で、権利者と利用者の双方が権利侵害ではないという共通認識がある行為について、いずれかの規定によって非侵害であると定められる法的担保を与えることには意義がある。つまるところ、これは権利制限規定における構成要件をどのように記述できるかという立法技術の問題に帰着する。

すなわち、権利制限規定を追加導入するとしても、米国のフェアユースのような広範な射程を持つ抽象的・包括的な権利制限規定を導入するのではなく、一定の個別具体性のある構成要件とすることが妥当であると考えられるが、どのような書きぶりの権利制限規定が望ましいかは、想定されるニーズによって判断されるべきであろう。

以上

  1. 新たな技術やビジネスモデルが創出されている中で現行著作権法の個別権利制限規定だけではこれらのニーズに迅速に対応しきれなくなっているため、何らかの法的措置が必要との声があることを紹介し、(1)権利制限規定の限定列挙方式を踏襲し、権利制限規定を追加していく方式、(2)客観的に公正と認められるべき利用形態であるにもかかわらず、個別規定に照らし形式的に違法とされてしまう利用行為を柔軟かつ迅速に対応する観点から、何らかの権利制限の一般規定を追加する方式、の二つの方式を示した。但し、(1)については、制限規定が置かれるまでに時間がかかり機動性が低いこと、また、(2)については、“公正”の概念をどのように定義するのかといった問題があることを紹介。いずれの方式を採用するのか、採用した方式について具体的にどのような条文にするのかといった課題について、権利者と利用者双方の視点からバランスのとれた議論が行われることが必要と主張。
  2. 2009年6月に一部が改正され、インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置として見直しがなされた。具体的にはインターネットで情報検索サービスを実施するための複製等については、著作物の権利者の許諾がなくとも可能となり、情報解析研究のための複製も可能となるなどの見直しがなされた。本年1月から施行。
  3. 知的財産推進計画2009では、「著作権法における権利者の利益を不当に害しない一定の範囲内で公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入に向け、ベルヌ条約等の規定を踏まえ、規定振り等について検討を行い、2009年度中に結論を得て、早急に措置を講ずる」とされた。
  4. 「権利制限の一般規定ワーキングチーム」が本年1月にとりまとめた報告書においては、立法的対応が必要と判断するためには、導入を根拠付ける立法事実があるのかという観点につき充分検討すべきとした上で、仮に導入するとした場合の検討課題を、A:その著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴い付随的に生ずる当該著作物の利用であり、その利用が質的または量的に社会通念上軽微であると評価できるもの、B:適法な著作物の利用を達成する過程において不可避的に生ずる当該著作物の利用であり、その利用が質的または量的に社会通念上軽微であると評価できるもの、C:著作物の表現を知覚(見る、聞く、読む等)するための利用とは評価されない利用であり、当該著作物としての本来の利用とは評価されないもの、の三類型に分けて論点を整理。

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