改定「観光立国推進基本計画」に望む

2011年3月15日
(社)日本経済団体連合会

経団連は、今後のわが国の経済成長を牽引し、地域活性化の起爆剤となる重要な産業として、かねて観光を重視している。2003年の「観光立国宣言」からから8年を経て、昨年、「新成長戦略」(2010年6月18日閣議決定)の戦略分野のひとつに観光が位置づけられたことを評価したい。今後、わが国が観光立国さらには観光大国を実現するためには、長期的な視野に立ち、国を挙げて戦略的に取り組む必要がある。今般の「観光立国推進基本計画」の見直しは、今後の観光政策の成否を左右する重要な意味を持つ。

そこで、観光立国の実現に必要な施策に関するこれまでの経団連の検討を踏まえ、改定「観光立国推進基本計画」に盛り込むべき事項について、以下の通り提言する。

1.観光立国の実現に関する施策についての基本的な方針

産業としての観光は、広範な分野の産業と密接に関連があり大きな経済波及効果と雇用創出効果を持つことから、わが国経済成長の一翼を担いうる。また、観光は、訪れる人だけでなく、そこに住む人にとっても魅力あるまちづくりの契機となり、人の流れを作り出すことで地域経済に活力をもたらす重要な産業である。観光が国の成長戦略に位置づけられた以上、こうした経済的側面を重視するのは当然のことである。

一方で、観光を通じた草の根レベルでの交流は、国際的な相互理解を促進し、ひいては国際平和に寄与する。こうした政治的・外交的側面での効果は短期に得られるものではなく、息の長い、不断の取り組みが求められる。

したがって、こうした観光の持つ経済的意義、政治・外交的意義を車の両輪として捉え、わが国の観光立国に向けた施策を講じていくべきである。

2.観光立国の実現に関する目標

わが国の観光立国実現にあたっては、経済的意義、政治・外交的意義の両面に留意して推進していく必要があり、それぞれに即した目標を定めるべきである。特に後者は定性的なものであり計量化することが難しいが、これを何らかの数値目標で表す必要がある。

(1)経済的側面からみた目標

  1. 訪日外国人観光客数の拡大
    「新成長戦略」で掲げた『訪日外国人を2020年初めまでに2,500万人、将来的には3,000万人』という目標を、単なる絵に描いた餅に終わらせてはならない。このうち何人を、どのような分野で、どういった手段により、いつまでに実現するかという具体的なステップと手段を示し、着実に実行する必要がある。

  2. アジアのMICE拠点
    前項の目標を達成する上で、MICE #1 は大規模な集客につながり、しかも富裕層が多くリピーターを見込めることから、その誘致は極めて有効な手段である。現行の基本計画に掲げた国際会議の開催件数目標は達成しつつあるものの、シンガポールに次ぐアジア2位(世界5位) #2 に甘んじており、アジア1位を目指すべきである。併せて、MICEが実際に海外からの集客につながるよう、外国人参加者数についても目標を設定すべきである。

  3. 国民の国内旅行消費額、訪日外国人旅行消費額の増加目標
    観光の経済的側面を考えた場合、旅行者の数もさることながら、質すなわち旅行者による消費効果が重要である。現行計画で定められている、国内旅行消費額全体の目標に加えて、その内数である国民の国内旅行消費額、訪日外国人の旅行消費額についても、それぞれ目標を設定すべきである。併せて、訪日外国人消費動向調査の結果を詳細に分析し、目標達成に向け的確な施策を講じる必要がある。

  1. Meeting(会議、研修)、Incentive(招待、視察)、Convention, Conference(学会、国際会議)、Exhibition(展示会)の4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語。
  2. 2009年実績で、日本における国際会議件数は538件。米国が1,085件で世界1位、シンガポールは689件、フランスが632件で同3位、ドイツが555件で同4位。

(2)政治・外交的側面からみた目標

  1. 留学生・修学旅行の受け入れ促進
    海外からの留学生や修学旅行生は、訪日リピーター観光客の源泉となり得るほか、将来、政治、ビジネス、学術分野等のリーダーとなり、日本との交流の要となることが期待される。そこで、海外からの留学生・修学旅行の受け入れを促進すべく、その人数につき目標を設定すべきである。

  2. 日本人若年層の旅行促進
    近年、日本では旅行に行く若者が減少している。旅行をすることは、新たな価値観に触れ、異文化への理解を深め、自己の視野を広げる上で重要な役割を果たすと考えられる。そこで、昨今の若者の旅行動向を把握した上で若年層旅行者数の目標を設定し、旅行促進策を構築すべきである。

3.観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策

(1)国際競争力の高い魅力ある観光地の形成

(広域連携による観光振興の促進)

現在、各地で地域固有の資源を活かした特色ある観光への取り組みが行われているが、今後、より集客力を高めるためには、個々の観光地をつなぎ、広域ルート化することが重要になってくる。観光圏をはじめ、各地において、行政区域を越えた広域観光への取り組みが見られ始めている今こそ、こうした広域連携の取り組みを国が強力に後押しすることの重要性が高まっている。
【現行計画1.(一)[1]関連、以下同じ】

(旅客ターミナルの整備)

今後、外国人観光客が東京や京都、大阪など大都市のみならず、地方にも向かうことが予想されるなか、地方空港におけるCIQ(税関、入管、検疫)手続きの迅速化が急務である。また、空港の国際化、24時間化に合わせて、トランジット客のための空港内ホテルの充実などを通じた利用者の利便性向上を図るべきである。【1.(三)[1]関連】

(空港・港湾へのアクセス向上)

成田スカイアクセスの開設により、成田・都心部のアクセスは改善された。成田・羽田空港間、関西国際空港と大阪都心部間のアクセス改善にも取り組む必要がある。【1.(三)[2]関連】

(ICTの利活用による高度交通システムの構築)【新規】

今後、外国人観光客の個人旅行が増加し、レンタカーによる国内移動需要が高まることに鑑み、ITS(Intelligent Transportation Systems;高度道路交通システム)などICTの利活用による高度交通システムの構築を急ぐ必要がある。携帯端末を利用した移動支援システム、多言語での観光情報、道路交通情報の提供、および通信機能を備えたカーナビゲーションなどの実用化・充実を図ったり、ITSスポット(DSRC:Dedicated Short Range Communications)を活用した公共駐車場の利便性向上に努めたりすべきである。【同上】

(2)観光産業の国際競争力の強化及び観光の振興に寄与する人材の育成

(地域の観光振興を担う人材の育成)【新規】

魅力ある観光地・観光コンテンツを造成するためには、地域に根差し、その地域の観光資源を発掘し商品化できるような人材が必要である。しかしながら、現状では、観光を生業としてその地域の観光振興に腰を据えて取り組めるような仕組みがないため、観光カリスマや観光地域プロデューサーのような外部人材に依存している地域が多い。そこで、地域の大学の卒業生、Uターン、Iターンも含めた若者やシルバー人材を、産学官連携による人材交流やインターンシップなどを通じて育成・活用していくことが求められる。【2.(二)[2]関連】

(3)国際観光の振興

(我が国の観光魅力の海外発信等)

訪日外国人旅行者数3,000万人の達成に向け、引き続き、対象国・地域ごとの特性に応じた的確なマーケティングに基づき、ビジット・ジャパン・キャンペーンを実施していく必要がある。その際、特定の国・地域に過度に偏ることなく、新規に有望な市場の開拓にも取り組むべきである。【3.(一)[1]関連】

(日本文化に関する情報の総合発信)

日本文化のみならず、訪日観光に関するすべての情報を一括的かつ網羅的に提供する訪日観光総合サイトを構築すべきである。現在、国際観光振興機構(日本政府観光局)のサイトが、日本各地の観光情報をリンクさせることにより、その役割を一部、果たしている。さらに宿泊や交通、レストラン、ショッピングなどまで含め、情報提供のみならず予約機能まで担うような総合サイトへと拡充することが求められる。【同上】

(メディア戦略の強化)【新規】

観光デスティネーションとしての日本のプレゼンスを高めるために、CNNのようなグローバルネットワークチャンネルに集中的に予算を投下し、海外向けの訪日観光誘致CMや観光専門番組等を放送すべきである。併せて、昨今、情報発信ツールとしての重要性が急速に高まっているSNS(Social Network Service)やブログ、ツイッターなどの新しいメディアを通じた観光情報発信にも力を入れていくことが重要である。【同上】

(国際会議等の誘致・開催)

国際会議の開催件数を大幅に増やすためには、大規模な会議場や展示場、参加者のための宿泊施設、アフターコンベンション施設などのハードインフラと、会議運営や通訳、ケータリングなどのソフトインフラの整備が不可欠である。
その際、PFI等の手法の活用や固定資産税の減免措置など、民間事業者の参入を容易にするための政策を講じるべきである。
また、MICE振興の一環として、大きな経済効果を持つIR(Integrated Resort)の創設も検討に値する。【3.(一)[3]関連】

(航空自由化による戦略的な国際航空ネットワークの構築)

日本はこれまで10の国・地域とオープンスカイ協定を締結しているが、航空利用者の利便性を向上させ、訪日機会の拡大に努めるべく、オープンスカイ政策を今後より一層進める必要がある。【3.(一)[4]関連】

(輸出免税取引制度の見直し)【新規】

訪日外国人観光客の消費活動を促進すべく、輸出物品販売場における免税対象物品の拡大(例えば、土産品として人気が高い化粧品類、酒類等)や免税販売手続きの簡素化を図るべきである。特に、化粧品類については免税対象としている国・地域が多いことから、制度上のイコール・フッティングを図ることが急務である。【同上】

(4)観光旅行の促進のための環境の整備

(観光地における案内表示の整備等情報提供の充実)

ビジット・ジャパン案内所の量的拡大を図るとともに、観光客の利用を促進するために見つけやすい場所に案内所を設置したり、観光案内所の表示として海外でも広く認知されているiマーク表示を徹底したりするなど、利便性の向上も図るべきである。【4.(二)[2]関連】

(多言語対応コールセンターの設置)【新規】

個人の外国人観光客が増加するにつれ、宿泊施設や商業施設など観光関連施設においてコミュニケーションに不都合が生じるケースが増えている。そこで、施設側、観光客側の双方をサポートするために、多言語対応のコールセンターの設置が急がれる。韓国で既に実施されているように、公的支援により24時間対応のコールセンターを設置すべきである。【同上】

(ICTの利活用の促進)【新規】

今後増加が見込まれる訪日外国人観光客への対応に際し、通訳案内士の増員、観光案内所の拡充、案内表示の多言語化などでは人的、物理的リソースに限界があることから、積極的にICTを利活用したサービスを普及すべきである。
例えば観光客のインターネット活用を促進するため、観光地における公衆無線LANスポットの増設を図るなどハード面でのインフラ整備を進めるとともに、SNSやスマートフォン、デジタルサイネージを利用した観光案内等ソフト面でのインフラ整備も進めるべきである。ビジット・ジャパン案内所や観光案内所等にパソコンを設置し、コールセンターからテレビ電話によって行うコンシェルジェサービスの全国展開を行うことも考えられる。
政府、自治体は、これらサービスの普及やソフト開発に予算措置を講じるとともに、企業等と協力してコンテンツの充実に努めるべきである。【4.(三)[2]関連】

(海外旅行保険加入の促進)【新規】

昨今、日本人海外旅行者の保険加入率が低く、事故等に遭遇しても充分な補償を受けられない事態が多くなっている。海外旅行保険に加入することは、旅行者にとって、安心安全な旅を提供することにつながることから、保険への加入を促進するよう努めるべきである。【4.(四)[2]関連】

(産業観光の推進)

産業遺産や工場工房等を見学したり、ものづくり体験を行ったりする産業観光は、各地で取り組みが進められており、現在、わが国の有力な観光コンテンツとなっている。産業観光の更なる振興のために、例えば、テーマごとに関連性のある複数の施設を結びつけ周遊ルートを設定するとともに、地域の歴史・文化と施設内容とを関連付け、ストーリー性を持たせるといったことが考えられる。地域の官民が一体となって、ルート設定やPR、参加者の募集、周遊バスの運行などを進めるとともに、政府も地域の取り組みを支援することが求められる。【4.(五)[2]関連】

(メディカル・ツーリズム)【新規】

海外から来日する患者にわが国の高水準な医療サービスを提供するメディカル・ツーリズムは、今後、成長分野となることが見込まれると同時に、国際貢献にもつながることから、国を挙げて推進すべきである。そこで、拠点となる病院がJCI認証 の取得推進に積極的に取組むとともに、外国人医師の日本での診療を可能とするための制度の見直しや、治療を行う患者の国の医療機関(患者主治医等)との診療情報の共有や情報交換を行うための連携体制を確立するなど、多様な国籍の患者に対応するための環境整備も重要である。加えて、電子カルテシステムや健診システムの多言語対応化、医療通訳の育成、医療情報交換規約の国際標準化、診療ガイドラインの多国籍共通化、他国の保険制度に対応できる体制の構築等、外国人患者が治療のために滞在できる環境の整備について検討する必要がある。【4.(五)[2]関連】

(その他のニューツーリズムの推進)

スポーツを観光資源として活かしたスポーツ・ツーリズムも、訪日外国人観光客の拡大、国内観光振興ひいては地域活性化に資するものである。モータースポーツ、ゴルフ、スキー等の分野で、民間とも連携して観光客誘致に努めるべきである。【同上】

(森林の活用)【新規】

わが国国土の大部分を占める森林を観光資源として積極的に活用すべきである。国立公園、民間所有林を含め、森林における環境保全と観光資源としての活用を両立させるため、適切に管理された林道等やキャンプサイトを含む宿泊施設の整備、森林やこれらの施設等の管理を行う人材の育成と雇用および社会的地位の向上を図るべきである。【同上】

4.観光立国の実現に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

観光立国の実現に向けて、限りある資源を有効に活用し、観光振興を実効あらしめるためには、さまざまなプレイヤー間で連携不足や重複があることは許されない。

観光政策には、例えばグリーンツーリズム、エコツーリズム、エンターテイメント産業の振興、博物館・美術館の整備等に見られるように、複数の省庁が関係しているものが多数ある。国を挙げて観光立国の実現に取り組むために、政府内における政策立案機能を一本化することが求められる。

一方で、観光庁と国際観光振興機構(日本政府観光局)との役割分担を明確にすることも求められる。観光庁は、観光政策の企画・立案に特化・専念すべきである。そして、ビジット・ジャパン・キャンペーンなど観光宣伝活動や情報発信、マーケティングなどの実務は、全面的に国際観光振興機構(日本政府観光局)が担うこととするのが望ましい。そのためには、国際観光振興機構(日本政府観光局)の機能・体制強化が急務であり、充分な予算・人員の確保が不可欠であることはいうまでもない。

以上

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