海賊対策の強化に向けた提言

2011年10月18日
(社)日本経済団体連合会

ソマリア沖・アデン湾はアジアと欧州を結ぶ海上輸送の要衝であり、同海域に出没する海賊問題への対応は、世界各国の海上輸送の安全の確保にとって重要な鍵である。

そこで、NATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)、世界各国は船舶の護衛のために艦船などを派遣している。わが国でも、2009年6月に海賊対処法を成立させ、ソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦と哨戒機を派遣している。

こうした中で、経団連は、「海洋立国への成長基盤の構築に向けた提言」(2010年4月20日)において、ソマリア海上護衛活動の強化などの必要性を訴えた。本年7月には、ソマリア沖・アデン湾における海賊対策の1年間の延長が決定され、護衛艦と哨戒機の派遣の継続とともに、ジブチにおける海賊対処航空隊拠点の開設など新たな取組みも行われている。

しかし、懸命な対策にもかかわらず、身代金目的の人質事件など海賊による各国の船舶への被害は急増している。また、現在、海賊の活動範囲がソマリア沖・アデン湾から東方のインド洋まで拡大しており、ソマリアの海賊による被害がますます拡大するおそれがある。特に、海上輸送が重要な役割を担う通商・海洋立国の日本にとって、タンカーや、LNG運搬船、自動車専用船、コンテナ船などが多数通航する航路において、資源やエネルギーの輸入、自動車や機械・電機など主要産業の輸出、さらには経済に対して、海賊は大きな脅威となっている。

海賊問題への対応は産業・経済ひいては国民生活にとって喫緊の課題であることから、海賊対策の強化に向けた提言を取りまとめた。

1.海上輸送に対する海賊の影響

日本は、トン数ベースで貿易量(輸出入合計)の99%を海上輸送に依存している。このため、シーレーンの安全確保は、わが国のエネルギー安全保障や経済にとって非常に重要である。

アデン湾においては、紅海、スエズ運河、地中海を経由して世界全体で年間2万隻の船舶が航行し、そのうち約2,000隻が日本関連船舶である。これに加え、年間3,400隻の日本関連船舶がペルシャ湾を航行し、原油タンカーなどが活動範囲を拡大した海賊の脅威を受けている。

わが国は、原油総輸入量の88%を中東に依存しているが、原油タンカーは低速かつ海面からデッキまでが低く、海賊に狙われやすい。

わが国の自動車の輸出台数の3分の1は、ソマリア沖・アデン湾およびインド洋を通航する自動車専用船やコンテナ船によって運搬されている。海賊を避けてソマリア沖・アデン湾を迂回し、アフリカ大陸最南端の南アフリカのケープタウンにある喜望峰を経由すると、6〜10日余計にかかるため、燃料代などコストが大幅に増大する。自動車専用船やコンテナ船が航路を迂回することで納期が遅れるとともに、生産計画にも変動が生じることが懸念されている。また、海賊の脅威により、ソマリア沖・アデン湾およびインド洋への配船を取り止める動きもあり、その経済的損失や商業的権利の喪失は看過できない。一方、ソマリア沖・アデン湾を航行する場合でも、追加保険料や警備員の手配等が必要になる。

こうした海賊対策にかかるコストは、全世界で年間120億ドル(約9,700億円:2010年)と推計されている(バルチック国際海運協議会による調査)。

2.海賊問題の深刻化

(1) 海賊の実態

海賊行為#1は船舶、財物、人に危害を及ぼす犯罪行為であり、ソマリアの海賊はロケットランチャーや自動小銃など重装備をして、各国の船舶を襲撃し数億円単位の身代金を要求する凶暴で計画的かつ組織化された集団である。

また、海賊は強奪した船を母船にすることで活動規模を拡大して、世界貿易に対する脅威となっている。

(2) ソマリア沖・アデン湾およびインド洋の現状

「アフリカの角」として知られるソマリアには暫定政府があるものの脆弱であり、無政府状態に近く、海賊を取り締まることができない。危機的な経済状況に加え、大飢饉も起きており食糧すら十分に確保できない。海賊問題の早期解決は困難であり、長期化が懸念されている。

アデン湾は、面積が28万平方キロメートル、長さが約900キロメートルと広大であり、軍艦による警備で完全に海賊の活動を封じることは極めて困難である。また、海賊の活動範囲は警備が十分及んでいないインド洋まで拡大しており、船舶は最短ルートの航路を航行できなくなっている。

こうした中で、ソマリア沖・アデン湾、紅海、インド洋で日本関連の貨物船や原油タンカー等の船舶が襲撃される事件や、インド洋で人質となった外国人が殺害される事件が発生した。

2008年から世界の海賊の発生件数は急増している。これは、マラッカ沖など東南アジア近辺の海賊は減少傾向にある一方、ソマリアの海賊は増大の一途をたどっているためである。2010年は世界全体で445件のうち、ソマリアの海賊は219件と過去最多を記録した。2011年は上半期(1〜6月)で163件に達し、昨年の1.5倍のペースである。本年9月2日時点で23隻の船舶が拘束され、349名の船員が人質となっている。

船員の母国では、アデン湾やインド洋を危険海域として乗船を回避する動きが出ている。こうした中で、国際的な船主団体等は、海賊に対処するため国連軍の隊員が同乗して警備するよう、国連に求めている。日本関連船舶には多くの外国人船員が乗船しているが、海賊問題への適切な対応ができなければ、船員の確保が困難な状況に陥りかねない。

3.国際協力の重要性

(1) 国際機関等による取組み

2008年6月以降、ソマリア沖における海賊対策に関する国連安保理決議が度々採択され、ソマリア沖への軍艦や軍用機の派遣が各国に要請された。これに基づき、各国はソマリア沖の公海のみならず、領海内や国内で必要な措置をとることが可能になった。

欧州・中東やアジアの諸国にとって、スエズ運河からソマリア沖・アデン湾を経由する航路は重要であることから、国連安保理決議を受けて、国際機関や各国が対策に取り組んでいる。

第1に、NATOは2008年10月から艦船の派遣を開始し、2009年8月からOperation Ocean Shieldという対策を実施している。これに加え、周辺国の海賊対策に関する能力向上のための支援も行っている。

第2に、EUは2008年12月から船舶を護衛するAtalanta(アタランタ:狩人の意)作戦を実施し、2010年にはソマリア沿岸の海上を封鎖する作戦を開始した。

第3に、米国海軍が編成したソマリア沖への多国籍海軍部隊であるCTF-151(Combined Task Force 151:第151合同任務部隊)が2009年1月から活動を展開しており、アジアからも韓国やシンガポールなどが参加している。

第4に、日本、中国、インド、オーストラリア、サウジアラビアなどが各国独自に艦船や哨戒機を派遣している。

(2) わが国の取組み

わが国では、自衛隊法の海上警備行動として、2009年3月に日本関連船舶を警護する護衛艦2隻、同年5月に上空から警戒監視や情報提供するP-3C哨戒機2機を派遣した。2009年7月からは、同年6月に成立した海賊対処法の海賊対処行動に基づく船舶の護衛活動を実施している。

海賊対処法では、海賊行為を定義し、保護対象は船籍にかかわらず全ての船舶とされた。自衛隊の派遣手続を明確化し、国会への報告が規定された。また、他の船舶への著しい接近等の海賊行為を制止するための停戦射撃など新たな武器使用権限が整備された。

本年9月30日までに、護衛艦は287回にわたり2221隻の船舶を護衛し、P-3Cは545回飛行した。海上自衛隊のこうした活動の4分の3は外国船舶に対するものであり、外国から高く評価され、NATOやEUから日本政府関係者に対して給油支援による協力要請が行われている。一方、日本関連の船舶も外国の艦船による護衛を受けている。

4.強化すべき具体的な海賊対策

今後、強化すべき具体的な海賊対策として、以下の4つを求める。

(1) 自衛隊の派遣規模の拡大

自衛隊の派遣規模は、2009年からの護衛艦2隻とP-3C哨戒機2機に加え、人員が増強され現在は約580人である。これまで海上自衛隊の海賊対処航空隊はソマリアの隣国であるジブチの米軍基地内に間借りしていたが、7月にジブチに自衛隊初の自前の海外拠点を開設した。今後は派遣規模をさらに拡大し、護衛艦と哨戒機の数を増やす必要がある。あわせて、海上給油により護衛艦の活動範囲や頻度の拡大を可能にするため、補給艦を派遣すべきである。

また、海賊対処法では、外国の艦船への給油が想定されていない。そこで、国際協力による護衛活動の強化の観点から、外国の艦船への給油も可能とするため、同法の改正もしくは新法の制定により海賊対策を強化する必要がある。

(2) 自衛隊員や海上保安庁職員の乗船による警備強化

海運会社としては、船舶の放水装置や鉄条網、citadel(シタデル:避難所)の充実など自衛に向けた取組みを着実に進めることが重要である。

一方、船舶の自衛措置には限界があり、乗組員の不安を軽減し安心して乗船できるよう、多くの国々が自国の軍隊あるいは民間の武装警備員を自国籍の船舶に乗船させる措置を講じている。

わが国では民間人による武器の所持が禁止されていることから、日本船籍の船舶に武装した自衛隊員や海上保安庁の職員が同乗して公的な警備を強化すべきである。

(3) ソマリアおよび近隣沿岸国への支援

海賊問題の根本的な解決には、破綻国家となったソマリア政府を立て直して治安を回復させることが鍵となる。国連が中心になったソマリア暫定政府への警察支援や食糧援助等の人道支援を継続するため、日本から国連への拠出の拡充が不可欠である。

今後は、近隣沿岸国の海賊警備体制の強化に向けて、イエメンへの巡視船艇の供与が効果的であり、武器輸出三原則等#2の例外として認めるべきである。既に2006年6月には、マラッカ海峡の海賊対策の強化に向け、武器輸出三原則等の例外としてODAによるインドネシアへの巡視船艇の供与が認められた。

あわせて、イエメンやケニアなど近隣沿岸国の海上保安機関の職員の能力向上への支援を行う必要がある。

(4) 国際ルールの整備

各国はソマリア沖で逮捕した海賊を隣国のケニアに引き渡していたが、拘置所や裁判の負担を理由にケニアが受け入れを拒否している。この結果、逮捕した海賊がソマリアに戻され、再び海賊行為を働く問題が生じている。

このため、IMO(国際海事機関)などを通じて、海賊に対する裁判や服役に関する国際ルールの整備を国連の安全保障理事会に働きかける必要がある。

以上

  1. 海賊対処法における「海賊行為」の定義:船舶(軍艦等を除く)に乗り組み又は乗船した者が、私的目的で、公海又はわが国の領海等において行う次のいずれかの行為。(1)船舶強取・運航支配、(2)船舶内の財物強取等、(3)船舶内にある者の略取、(4)人質強要、(5)(1)〜(4)の目的での船舶侵入・損壊、他の船舶への著しい接近等、凶器準備航行の行為。
  2. 1967年に佐藤内閣総理大臣が衆議院決算委員会で表明した「武器輸出三原則」は、(1)共産圏諸国向け、(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、(3)国際紛争当事国又はそのおそれのある国向けの場合には武器輸出を認めない政府の方針である。その後、1976年に三木内閣総理大臣が衆議院予算委員会で表明した「武器輸出に関する政府統一見解」により、三原則対象地域以外の地域についても武器の輸出を慎むとされた。この2つを合わせて「武器輸出三原則等」と言う。

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