社団法人 経済団体連合会 新産業・新事業委員会中間提言

「新産業・新事業創出への提言 ─ 起業家精神を育む社会を目指して」

第3章 ベンチャービジネス創造の課題


独立ベンチャー企業の創成、発展は経済活力の尺度であり、独立起業を支えそれを成長させていくために、様々な役割や機能を持つ組織、人々が協力しリスクを分かち合い、報酬をシェアできる総合的な仕組みを構築する必要がある。

  1. 独立起業の活性化と経済成長
    1. 起業支援の重要性
    2. 新産業・新事業は特定の分野でのみ現れるものではなく、あらゆる分野で既存の市場を越えて、あるいはその間隙を縫って、事業機会を創造することが可能である。ハイテク分野に限らず、流通、物流、消費者向けサービス・娯楽等の在来型の分野でも、独創的なアイデアや技術が起業の契機となり得る。
      そこでは、個人起業家あるいは中小零細規模の企業が主役となり、経済発展を担い、雇用確保にも大きな役割を果たしていくことが期待される。

    3. 技術革新を担うハイテク・ベンチャー企業
    4. とりわけ、情報通信、コンピューター・ハードおよびソフト、バイオ・テクノロジー等の分野では、独創的な新技術のシーズを有し、柔軟な事業展開が可能であるハイテク・ベンチャー企業が技術革新の中核的役割を担っていくことが期待される。
      これらを将来におけるリーディング産業として位置づけ、各省庁の枠組みを超えて、必要な施策を集中的に講じていく必要がある。

  2. 資金調達環境の整備
    1. 「起業」における資金調達の課題
    2. 起業から成長・発展の各段階において、必要な資金を円滑に調達できる仕組みが、独立ベンチャー企業の発展には不可欠である。
      米国では、エンゼルと呼ばれる個人投資家、ベンチャーキャピタル、年金基金をはじめとする機関投資家、提携企業、連邦・州政府系の中小企業支援資金等、ベンチャー企業の各発展段階に応じて、様々な主体がこれを支えており、わが国にとっても参考となる。

    3. 株式市場
    4. ハイリスクの独立ベンチャー企業に対しても活発な資金供給がなされるには、リスクに見合うだけのリターンを早期に得られる仕組みが必要である。そのためには、起業後、短期間で株式公開が可能となる活発で開放的な株式市場が必要である。
      その観点からすると、わが国の店頭株式市場は、現在のところその役割を充分に果しているとは言い難い。本来、証券市場は、徹底した情報開示と投資家の自己責任原則の下に発展すべきものであり、行政ならびに関係者が規制的発想から脱却し、活力ある証券市場を早急に構築することが、独立ベンチャー企業の育成のみならず株式市場全体の蘇生に向けて是非とも必要である。
      ここで改めて、わが国の店頭市場の問題点と改革のための方策を提示すれば以下の通りである。

      1. 登録に関する形式基準の遵守
        公開基準として公表されている純資産、株主数等については、わが国の店頭市場と米国のNASDAQとの間で大きな差異はない。しかし、現実に店頭登録を果している企業の水準は形式基準と大幅に乖離しており、いわゆる実質基準が新規公開を制限していると推察される。高成長が期待される企業にあっては、このような実質基準で制限することなく、形式基準を満たすならば登録を認めるべきである。
        また既に、研究開発型企業について利益基準を問わない等の特例を講じることとされているが、さらにこの対象を拡大することを検討すべきである。
        併せて、公開予定企業が公開審査中に継続的に収益を確保することは必ずしも必要ではなく、研究開発、設備投資等の合理的理由による収益悪化は、登録を阻害するものではないことを明確にすべきである。

      2. 企業内組織の整備等に関する過大な要求の排除
        公開審査において、公開予定企業は画一的・形式的な組織整備を求められている現状にあるが、兼任すべきでない業務を同一個人が兼任しないようにするなど、不正や誤謬が未然に防止できる組織を構築することによって、実質的に内部牽制組織が確保されていれば足りるとすべきである。

      3. 公開価格決定方式の見直し等
        わが国では新規株式公開における価格は、入札制度をもとに硬直的に決定されている。公開価格については、画一的な方式によるのではなく、需要動向を反映した決定ができるよう、アナリストによる需要予測に基づく株価算定方式や、ロードショー方式(会社説明会による実需積み上げ方式)の導入を検討すべきである。
        公開株数に関しても発行済株式数により決定され、市場動向、公開価格に対する影響が考慮されていないが、弾力的に決定できる仕組みを整える必要がある。また、投資家に対する配分制約(1顧客当たり年4回、5000株) を撤廃すべきである。

      4. 公開後の流通市場の整備
        NASDAQでは公開後の株価について、証券会社が売値、買値の気配値を示し投資家よりの売買申込みがあれば最低売買単位の売買に応じなければならないことによるマーケット・メイク活動が活発に行われ、円滑な取引が可能となっている。わが国においても、証券会社における積極的なマーケット・メイク活動を進め、流通市場の整備に資する必要がある。
        この他、わが国の店頭市場には、新規公開への準備期間が長いこと(通常2年以上、NASDAQでは半年程度)、公開までの準備コストが膨大であることなどが起業から短期間での公開を阻んでいる。これらを抜本的に見直し、起業から数年間での公開が可能となるよう仕組みを整えていくべきである。

      5. 投資家責任と発行者・引受者の役割
        市場公開規制の特則新設により、公開基準がさらに緩やかになる店頭市場には倒産リスクの高い企業の増加が予想される。既述の如くこうした企業による情報開示の徹底はもとより、投資家の自己責任原則の一層の周知が求められる。情報開示に際しては、特にリスク情報の充実に向けて新たな措置が取られることとなったが、数値情報に偏ることなく、企業が置かれている環境や経営者の経営理念などを文章情報としてわかりやすく開示する必要がある。
        また、こうした情報が投資家に公正、平等に行き渡るよう、発行者と市場仲介者である証券会社は環境を整備することが求められる。と同時に、投資家の自己責任原則の啓蒙にさらに注力する必要がある。

    5. 真のベンチャーキャピタルの必要性
    6. 未成熟ながら将来性のあるベンチャー企業に対して、良質の資金とともに各種経営資源の提供を行い、企業の成長をより速く確実なものとし、次世代の産業育成に貢献することがベンチャーキャピタルの役割である。
      具体的には、起業時や創設後間もない企業の多様な資金需要に応えるのみならず、
      1. 役員、アドバイザー就任による経営のチェック・サポート、
      2. 経営陣強化に対する人材斡旋、紹介、
      3. 新規販売先、提携先の紹介・斡旋、
      4. 長期的追加資金の供給(エクイティファイナンス、ローン、新たな出資会社、融資会社の斡旋)さらには、
      5. 企業風土文化の育成、
      6. ハイレベルのリソースセンターとしての役割(業界・人脈の利用、紹介)
      など総合的な企業育成・支援を行なうことが、ベンチャーキャピタルに期待されている本来の役割である。
      わが国においても多くのベンチャーキャピタルが存在するが、その実態は、出資よりも融資が主流であり、かつ投資対象もある程度株式公開への目途がある企業が中心となり、起業時や創設後間もない企業にリスク・キャピタルを提供するベンチャーキャピタル本来の役割を果たしているものは少ない。また、企業・技術評価能力を持ち、創設時の企業の経営を支援できるベンチャーキャピタリストは極めて限られている。
      リスク・キャピタルの提供者としてのベンチャーキャピタルを育成することが重要であり、そのためには、何よりも前述のように企業創設から株式公開までの期間を短くし、出資に対して早期にリターンが確保できるようにすることが必要であるが、この他にも以下のような支援策を講じる必要がある。
      1. ベンチャーキャピタルが提供できる資金を量的に拡大するために、年金基金等の機関投資家に係わる資金運用規制を緩和すること。
      2. リスクの大きい起業や創設後間もない企業に対する出資に対し、出資額の一定割合を無税の準備金として積み立てを認めること。
      3. 米国のSBICプログラム(民間ベンチャーキャピタルの資金調達に対して国が債務保証を行う)のようなベンチャーキャピタルの資金調達に関する公的支援の枠組みを創設すること。
      また、民間が公的金融機関からの協力を得つつベンチャー企業を支援するための新たな仕組みの構築について、検討が必要である。

  3. インキュベーション機能と地域活性化
    1. 地域型起業とインキュベーターの役割
    2. 独立ベンチャー企業に期待される役割の一つは、地域における経済の活性化に寄与することであるが、地域での中小規模の起業を支援する重要な手段としてインキュベーターがある。インキュベーターは、創業期にある中小企業に対して、
      1. 低廉な料金でオフィス・研究開発スペースの貸与、
      2. 様々な事務支援サービス、
      3. 専門家による技術指導・経営指導等の支援サービス
      を提供することにより、まさに企業を孵化させるものである。
      既に、各地域において自治体や地元経済界の主導によるインキュベーターが活動しており、例えば、大阪市の島屋ビジネス・インキュベータ(財団法人 大阪市都市型産業振興センター)は、上記の役割に加えて、企業間の異業種交流、融合化の促進、大阪市立大学をはじめとする外部研究機関との協力支援、さらには大阪市の行う無担保融資制度との連携により、重要な成果を挙げている。
      また、東北インテリジェント・コスモス計画は東北7県、東北経済連合会等が中心となり、東北地方に独創的科学技術開発拠点の形成、ネットワーク化等を図るとともに、その成果を新しい産業技術として育て、地域産業や農林水産業を先端技術化する多様なインキュベート機能を整備しようとするものであり、その将来が注目される。
      岡山県が今年度より開始した「ヤング・エジソン支援育成事業」は、全国の大学院生等を対象に、岡山県内で研究を行い企業設立から5年間、県内に本社を置くことを条件に、研究開発段階での助成・支援から、企業設立に際しての無担保・低利融資、経営指導等に至る総合的な支援措置を講じようとするものであり、極めてユニークな試みとして評価される。
      この他、富山技術開発財団、愛知県技術開発交流センターなど、地元自治体を中心として、地域における研究開発型企業を支援しようとする試みが進められており、国、経済界としても積極的な支援を進めていかなければならない。
      なお、これらの新規の施策に加えて、従来よりの公設試験場等についても、地元企業や起業家の研究開発に対して広く施設・機器の提供、技術指導を行うなど、より積極的な役割を果たし得るはずである。

    3. 阪神大震災の復興と新産業創造の可能性
    4. 経団連では「阪神・淡路地域の産業再生のための提言」(本年3月28日)において、阪神大震災の復興の被災地が、先端技術基盤・人的資源の豊富な地域であることに鑑み、ハイテク型の新産業・新事業の創設を促すためにインキュベーター機能の創設・金融上の支援措置などをはじめとする各種支援策を重点的に打ち出すことを求めた。復興計画には地元の意思が尊重されることは当然であるが、この機会に改めて、被災地域の復興において新産業・新事業の創造を位置づけることを提案する。

  4. 政府・自治体の果たすべき役割
    1. 政府・自治体による起業支援
    2. 新産業・新事業の発展は、基本的には民間の主体的な活動によるものであるが、政府としても、これを積極的に支援する役割を果たすべきである。国は、従来の既存中小企業に対する保護・助成政策から大胆に脱皮し、独立ベンチャー企業とりわけ研究開発型の起業支援に注力すべきである。
      通産省所管業種における新規事業支援に関する「特定新規事業実施円滑化臨時措置法(平成8年5月29日までの時限立法)」に加え、新たに成立した「特定事業者の事業革新の円滑化に関する臨時措置法(事業革新法)」は、既存企業のリストラ推進のために新規事業の展開を様々な手段から支援するものであり、その効果が期待される。これらをさらに進め、各省庁の垣根を超えて起業支援に関する総合的支援措置を講ずることが望まれる。
      また、政府・地方自治体が、各種調達に一定の割合で優先枠を設定することにより独立ベンチャー企業の製品・サービスを積極的に購入することで、これらの企業の市場評価を高めていく助けとなることが期待できる。
      地方自治体においては、前述のインキュベーター機能の整備をはじめとして地域の特性に合った起業支援策を地元経済界等と協力して進めるべきである。例えば、財団法人 大阪府研究開発型企業振興財団(FORECS財団)は大阪府と地元企業が出資し、研究開発型中小企業に出資等をするベンチャーキャピタル会社に対し投資預託金を提供することによりベンチャーキャピタル会社の投資コストやリスクを軽減させる仕組み(間接ベンチャーキャピタル)であり、ユニークな試みとして注目される。

    3. 公的金融機関の果たすべき役割
    4. 独立ベンチャー企業の資金調達において公的金融機関が果たすべき役割は極めて現実的、効果的である。
      例えば、VEC(財団法人 ベンチャー・エンタープライズ・センター)は、設立以来20年近い実績を有し、債務保証事業に加えて様々な創業支援事業を行い、わが国における研究開発型起業に大きな役割を果たしており、さらに債務保証枠の拡大、対象業種の拡大等を進めていることは高く評価できる。
      しかしながら、VECをはじめとする官製ベンチャーキャピタルは、融資や債務保証が中心で充分な出資機能を持たない、対象が限定的である、新たなアイデアや技術に対する審査能力が不十分である等の理由により、リスク・マネーの供給者として十分に機能していない。また、既存の政府系金融機関では、そもそも起業資金に対する融資が困難であるなど、全体として公的金融機関は新産業・新事業に対する支援の役割を果たし得ていない。
      公的金融機関においても、これまでの枠組みを越えて、民間との連携を図りながら、起業コーディネーター、ベンチャーキャピタルとしての役割の一端を担っていく必要がある。具体的には、創造的なアイデアや技術を起業に結びつけていくため、技術評価・市場性につき十分な審査機能を有し、短期的リターンを性急に求めず比較的長期のリスク・マネーを出資の形で供給し、同時に初期段階で経営的に不慣れな企業には将来戦略も含めた経営指導まで公平な立場で行なうことが望ましい。その育成過程では、会計・税務・法務等のサービス提供が大切であるとともにベンチャービジネスが最も必要としている研究機関や大企業との提携を推進する等、幅広い分野での事業仲介機能を国際的なネットワークを活用して行なうことが大切である。
      なお、後述の通り、わが国においては特に大企業の中からのベンチャービジネス、いわゆるコーポレートベンチャーの果たす役割が大きいと思われるが、社内ベンチャーあるいはベンチャー企業のパートナーとしてのコーポレート・アライアンスの局面においても、各企業が新規事業に敢えて踏み出そうとするときに、政策金融機関が新たな工夫(リスク・マネーの新設等)を編み出して積極的にリスクテイクする等の支援が期待される。


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