経常収支黒字削減計画の設定に関する報告

1995年9月11日

社団法人 経済団体連合会
経済調査委員会・経済分析研究会


1.はじめに

政府の海外投融資促進策の発表及び日米独の協調介入等により、年初来の円高・ドル安傾向に歯止めがかかりつつあるものの、円相場は依然として先行き不透明である。
為替相場を安定化させるとともに、わが国経済に対する国際的な信任を回復するためには、わが国が対外不均衡を是正していくことが不可欠である。
このため、政府は経常収支黒字削減計画を策定し、内外需バランスのとれた経済構造への転換を図り、3%成長を実現していく決意を内外に明示し、これに向けて努力していくべきである。
こうした観点から、経団連では総会において、「わが国政府に対し自主的な経常収支黒字削減計画の設定を促す」ことを決議したところである。これを受けて経済分析研究会では政府として検討すべき経常収支黒字削減計画のあり方に関する考え方をとりまとめた。
本報告では、先ず政府に策定を求める経常収支黒字削減計画の基本的な考え方を提示するとともに、同計画に盛り込むべき具体的な目標、政策及びその効果を分析した。

2.経常収支黒字削減計画の基本的な考え方

  1. 循環的黒字要因と構造的黒字要因の是正策が必要

    わが国の経常収支黒字の対GDP比率は減少傾向にあるものの、1994年度においては2.6%と依然として高水準であり、これが構造的な円高圧力につながっている。
    わが国の経常収支黒字の基本的要因には、景気低迷による循環的な要因と恒常的な貯蓄超過・投資不足という構造的要因に根ざすものがある。特に最近では、内需低迷による循環的な黒字が大きく、これを早急に是正しなければならない。他方、構造的な黒字は、短期的な解消は困難な面があるが、規制撤廃・緩和などを通じ民間投資を促進させながら縮小させていくべきである。

  2. 経済構造改革のための自主的な計画

    経常収支黒字削減計画は貿易摩擦問題への対応としてではなく、わが国経済が内外需バランスのとれた経済構造へ転換を図るための自主的な計画として策定すべきである。

  3. 輸入拡大による貿易拡大均衡が原則

    黒字削減の方策として、一部に輸出自粛が有効との見方がある。しかし、輸出自粛は自由貿易の原則に反し、世界経済の縮小均衡につながる惧れがある。わが国はあくまで輸入拡大による拡大均衡を通じ黒字を削減すべきである。

  4. マクロレベルでの目標設定

    経常収支黒字削減計画はあくまでマクロレベルでの計画であるべきで、ミクロレベルの輸出入目標は管理貿易につながり、適正な資源配分を歪める。ミクロレベルの輸出入目標は設定すべきではない。

  5. 国際的な政策協調が不可欠

    対外不均衡は相互依存関係にある世界経済の中で生じているものであり、経常収支不均衡の是正はわが国一国の政策対応のみで達成できない。わが国として黒字削減に努める一方で、米国が引き続き双子の赤字の削減に向け努力するよう求めるなど国際的な政策協調を進めていく必要がある。

3.経常収支黒字削減計画の具体的内容

  1. 経常収支黒字削減の努力目標の設定

    政府は、例えば、現在策定中の新しい経済計画の中で、内需拡大により経常収支黒字の対名目GDP比率を3ヵ年で1%台に縮小(注参照)させるとともに、3%成長を目指していくことを当面の自主的な努力目標として掲げ、これを実現する上で、政府がとるべき以下のような具体策を明示していく必要がある。

    (注)
    経常収支は国内の経済活動はもとより、海外における景気動向や為替レート等の外部要因に大きく左右されるので、「努力目標」であることは言うまでもない。

  2. 経常収支黒字削減のための具体策及びその経済効果(詳細は別紙参照

    (1) 公共投資基本計画の前倒し

    21世紀の本格的な高齢化社会の到来を控え、国内に十分な貯蓄が存在する90年代中に、貯蓄を活用した社会資本整備が求められている。
    経済モデルにより、例えば、公共投資基本計画を今年度より3年間年率6%増のペースで前倒しで実施した場合の効果分析を行ったところ、97年度時点における実質GDPは標準ケースに比べ0.8%増加(名目GDP0.9%増加)し、また、経常収支黒字は9.9%減少することなどから、経常収支黒字の対名目GDP比率を0.21%押し下げるという結果が出ている。
    特に、日本の経済構造改革に資する情報通信、研究開発、物流インフラが整備されれば、民間投資を促進し、貯蓄超過・投資不足による構造的黒字も縮小に向かうものと期待される。

    (2) 税制の見直し

    1. 法人の税負担の軽減

      国際的に見て極めて重い企業の法人税負担及び地価税等の土地保有税負担が経済活性化を阻害している。
      経済モデルにより、例えば、96年度より法人税の実効税率を現行の約5割から米国並みの約4割に軽減した場合の効果分析をしたところ、民間の設備投資を中心に内需が回復することにより、97年度時点における実質GDPは標準ケースに比べ0.4%増加(名目GDP0.4%増加)し、経常収支黒字の対名目GDP比率を0.15%押し下げるとの結果が出ている。

    2. 所得税減税の継続

      わが国の内需の低迷が対外不均衡の大きな要因となっている現状においては、個人消費の回復による輸入拡大及び貯蓄投資バランスの改善が望まれる。
      経済モデルにより、例えば97年度においても2兆円の所得税特別減税が継続された場合の効果分析を行ったところ、個人消費を中心に内需が立ち直り、97年度時点の実質GDPは標準ケースに比べ0.2%増加(名目GDP0.2%増加)し、経常収支黒字の対名目GDP比率を0.06%押し下げるという結果が出ている。

      
    (3) 輸入促進のための市場アクセスの改善

    国際的に調和のとれた貿易構造への転換を実現するため、輸入障壁の撤廃、外国企業の対日輸出の支援策を通じ、市場アクセスのより一層の改善が望まれる。

    (4) 規制撤廃・緩和

    規制撤廃・緩和は輸出主導型経済構造から内外需バランスのとれた経済構造への転換を図る上で重要な鍵を握る。経済改革研究会の報告書(平岩レポート)の指摘どおり、規制撤廃・緩和を積極的に推進していくことが求められる。そこで現行の規制緩和推進計画を前倒し実施するとともに、計画内容をより一層拡充する必要がある。
    規制撤廃・緩和を通じ、新事業・新産業が創出され新たな投資フロンティアが広がり、また内外価格差も是正されていくことから、設備投資が増加し、構造的な貯蓄投資バランスの改善に寄与していくものと期待される。

4.おわりに

行き過ぎた円高を是正し、為替相場の安定化を図るためには、政府は以上の「経常収支黒字削減計画」の設定、実施に加え、対外投融資の促進に資する施策を講じていく必要がある。
また、経常収支黒字の縮小のためには、政府にその努力を求めるとともに、民間企業としても、海外への技術移転の促進、輸入促進に資する商慣行の見直し、円高メリットの還元など企業行動の見直しを含め、主体的な努力を継続していくことが重要である。


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