- 米国
−自助自立の原則のもとに財政均衡を目指す−
米国では80年代以降、財政赤字が拡大していくのに伴い、国民の間で財政赤字は高金利や民間投資のクラウディング・アウトをもたらし、将来世代に利払い等の負担を負わせるものと広く認識されるようになり、80年代半ば以降のレーガン政権、その後のブッシュ政権のもとで財政収支均衡に向け各種の取り組みがなされてきた。しかし、経済情勢が思わしくない中では、こうした取り組みも捗々しい成果をあげることが出来ず、むしろ財政赤字は拡大していき、92年度の財政赤字はついに過去最高の2,904億ドルに達した。
こうした中で発足したクリントン政権は93年に包括的経済政策を発表し、年々拡大を一途を辿る財政赤字を削減するためのプログラムとして、包括財政調整法(OBRA93)を成立させ、メディケア(老齢者医療給付)、メディケイド(低所得者医療給付)や国防費の削減など国民にとって「痛み」を伴う歳出構造の改革に取り組んでいる。特に、生活保護受給者の自立を目指した社会福祉改革は60年ぶりの大改革といわれ、政府の窓口封鎖も招いたが、クリントン政権はそれを乗り越えて改革に踏み切っている。
また、歳出増加抑制のための仕組みとしては、第1に、予算の1/3を占める裁量的経費については上限額(CAP)を設定し、これを超えた場合、裁量的経費が上限の枠内におさまるよう、一律に削減を行うこととしている(下表参照)。他方、残りの予算総額の2/3を占める義務的経費についても、新たに歳出増につながる措置を採るときは、それに見合った増税または歳出削減が行われなければならず、それが行われない場合、義務的経費に対する一律削減が行われることとしている(pay-as-you-go原則)。
現在、クリントン政権は2002年の財政収支均衡を目指して、更に財政構造改革に取り組むことを約束している。
裁量的経費に係る上限(単位.億ドル、%)
年度 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 |
裁量的経費の上限 (伸び率) |
5,516 (―) | 5,457 (-1.1) | 5,504 (0.9) | 5,459 (0.8) |
5,467 (0.1) | 5,480 (0.2) | 5,487 (0.1) | 5,485 (-0.0) |
- ドイツ
−産業活性化による雇用創出に向けて−
90年からの東西統一に伴う歳出増と不況による税収の伸び悩みにより、財政赤字の縮小が大きな課題となっている。他方、経済情勢も思わしくなく、大競争という世界的な流れの中で、従来からの高コスト体質が欠点となり、産業の空洞化が目立つようになっている。こうした中、コール政権は、景気が低迷していても、「小さな政府の実現」に取り組むことこそが、国際競争力を強化し、失業問題を解決するという認識のもと、2000年までに一般政府の支出を統一前の水準(46%)以下に引き下げる(95年度50.5%)など具体的な目標を掲げ、財政構造改革に取り組んでいる。本年1月にはアクションプログラムを打ち出し、年金制度の見直しなど社会保障制度の思い切った改革や国際競争力の強化に資する企業税制の見直し等を行うこととしている。また、東西統一により膨張した連邦政府の人件費(公務員数約38万人)を削減するため、民営化など思い切った行政改革を断行したほか、公務員の給与の抑制に踏み切った。今後とも連邦政府は公務員数を削減することとしており、東西統一前の旧西ドイツの水準(約30万人)に戻すことを最終的な目標としている。
ドイツでは財政目標を達成するための手法として、日本の概算要求基準に似た「予算回章」や米国のpay-as-you-go原則に近い「モラトリアム原則」を採用しているほか、5カ年の「中期財政計画」を策定しており、7月に閣議決定した97年の連邦予算案では、この計画に基づき、歳出総額は前年比2.5%減と2年連続のマイナスとなった。
中期財政計画(単位 億マルク、カッコ内は前年度比増減%)
| 95 | 96 | 97 | 98 | 99 |
歳 出 | 4,777
| 4,513 (−5.5) |
4,402 (−2.5) | 4,473 (1.6) | 4,587 (2.5) |
歳 入 | 4,287 | 3,914 | 3,837 | 3,911 | 4,033 |
財政赤字 | 490 | 599 | 565 | 562 | 554 |
- 英国
−公共サービスの効率化による小さな政府を目標に−
人頭税導入問題などから辞任したサッチャー前首相の後を受け、1990年に誕生したメージャー政権は前首相の基本政策を引継ぎ、ケインズ的な需要管理政策を放棄し、長期的展望にもとづき供給サイドの改善を促進することを政策の基本スタンスとしている。具体的には、社会保障費の増加抑制(医療の自己負担の引上げ、年金の給付水準の引き下げ)、公共事業費の削減、国有企業の民営化(英国電気通信公社、英国航空等。79-94年までの累計で約600億ポンド)や公務員数の削減などの歳出削減策や間接税増税など「痛み」を伴う改革に真正面から取り組んでいる。
また、行政の効率化を目指して、シチズンズ・チャーターを打ち出し、社会保障手当ての給付や旅券の発行等の執行部門を行政から切り離して、独立機関化(エージェンシー化)するなどの措置をとっている。この他、93年度予算からはコントロール・トータルという仕組みを導入し、公的支出から失業手当など景気循環に左右される部分の社会保障支出や中央政府利払費及び民営化収入を除いた部分の実質伸び率を実質経済成長率よりも低く抑えるという目標をたてている。
その結果、拡大していた財政赤字は、94-95年度には縮小しており、90年代終わりまでに均衡するものと期待されている。
- コントロール・トータル
- 各省の概算要求が行われた後、政府全体としての向こう3年間の支出総額の上限を示したコントロール・トータルを決定する。そして、この枠内に支出を抑えるよう、具体的な作業が行う。
| 1995-96 | 1996-97 | 1997-98 | 1998-99 |
実績見込み | 計 画 |
コントロール・トータル (実質伸率) |
2,555 (0.25) | 2,602 (-1.0) | 2,682 (0.5) | 2,756 (0.5) |
景気循環に左右される 部分の社会保障支出 (失業手当等) |
140 | 139 | 142 | 147 |
中央政府利払費 |
205 | 223 | 240 | 240 |
その他 |
96 | 97 | 91 | 96 |
一般政府歳出/GDP |
42 | 40 1/2 | 39 3/4 | 38 3/4 |
- カナダ
−政治主導により財政目標達成の見込み−
90、91年のマイナス成長や対GDP比率で過去最高の5.9%にのぼった財政赤字(連邦政府)を背景に93年の総選挙では、与党進歩保守党が惨敗し、自由党が9年ぶりに政権を奪取、クレティエン政権が誕生した。クレティエン政権は選挙公約通り財政構造改革を最優先課題に掲げ、早速、8大臣からなる特別委員会を設け、96年度中に対GDP比率3%以下(連邦政府)に抑制することを目指した3ヶ年の財政計画を策定した。そして、歳出削減など「痛み」を伴う財政構造改革に対する理解を国民に求めた。現政権の財政構造改革の基本方針は、「大幅な歳出カットとわずかな増税(増税1に対し、歳出削減7の割合)」というものである。これまで、歳出面では
- 連邦政府職員(32万人)の14%削減を柱とする政府部門の合理化、
- 高齢者保障給付金の削減、失業保険制度プログラムの変更などの社会保障制度改革、
- 州政府への交付金カット、産業向け補助金の大幅削減、農業補助金の廃止
等の削減策を講じる一方で、科学技術振興などについては重点的に予算を配分している。また歳入面ではガソリン税、たばこ税などの増税を実行に移している。
また、カナダ政府は歳出構造の抜本的な見直しを行うため、プログラム・レビューというユニークな手法を用いている。このプログラム・レビューは行政機関に対して、下記のような6つの基準をもとに政府が関与している分野の見直しや効果の評価を求めるものである。この導入による主な実績として、補助金の廃止・削減、国有鉄道の民営化、国有石油会社の政府持ち株の売却などがあげられる。
以上のような努力が実を結んで、カナダの96年度の財政赤字を対GDP比で3%以下にするという目標を達成できる見通しである。現在財政構造改革目標を延長して、98年度にこれを1%以下に抑制することを目指しており、国民も政府の姿勢を支持している。
- プログラム・レビューにおける政府支出の6つの基準
- その仕事は公益増進に寄与するか。(Public Interest Test)
- 政府がその役割を果たすことが必要かつ合理的であるか。(Role of Government Test)
- それは連邦政府でなく、地方が果たすべき役割ではないか。(Federalism Test)
- その仕事の全部或いは一部を民間に移すことが可能か。(Partnership Test)
- その仕事によってどの程度効率性が向上するのか。(Efficiency Test)
- 財源に余裕がない中でもその仕事は必要なのか。(Affordability Test)
カナダの財政赤字縮減の効果
(億カナダドル、%) |
| 93 | 94 | 95 | 96 | 97 |
財政赤字縮減合計額 |
15 | 130 | 215 | 261 | 289 |
| う ち 歳 出 |
7 | 106 | 189 | 233 | 256 |
| 歳 入 |
8 | 24 | 26 | 28 | 34 |
財政赤字対GDP比率 |
-5.9 | -5.0 | -4.2 | -3.0 | -2.0 |
|
*マーティン蔵相は10月9日議会に対する年次経済報告で98年度の財政赤字をGDP比率で約1%に相当する90億カナダドルまで縮小させると述べた。
- ニュージーランド
−広範かつ大胆な経済構造改革を断行−
1960年代に世界屈指の豊かさを誇ったニュージーランドは2度の石油危機を経て経済不振に陥った。とくに財政の側面では、歳入が伸び悩む一方、社会保障費が増加したため、赤字が拡大し、83/84年度の国の財政赤字はついに対GDP比で6.5%に達した。84年の選挙で勝利した労働党政権は、こうした状況を脱するため、市場機能を重視した経済構造への転換を目指して、「痛み」を伴う構造改革に取り組んだ。そして、歳出面では農業補助金の削減、年金制度の改革を行う一方で、歳入面では直間比率の見直しを行った。また、行政改革にも熱心に取り組み、通信事業のNZテレコム社や郵便貯金のポストバンク社など国有企業の民営化などによって、公務員数を大幅に削減し、道路運送、電力、電気通信等で新規参入を認める等の規制緩和に踏み切り、競争原理の導入による経営の効率化を促した。
90年の選挙で政権を引き継いだ国民党は更に改革を推し進めた。国民党は労働党ができなかった雇用契約法(組合を通さずに雇用者が直接個人と契約を結ぶものとする法)の制定や福祉関連予算の削減を行ったため、93年の選挙では苦戦を強いられたものの、僅差で勝利をおさめた。そして、94年には財政責任法を制定し、国債残高の対GDP比率を97/98年度までに30%以下、2003/04年度までに20%以下に低下させるという目標を打ち出すとともに、財政の透明性を強化するため、政府部門にも民間企業と同様の発生主義会計を採用した。
ニュージーランド政府がこうした大改革を可能にした理由としては、
- 政治が強いリーダーシップをもって命懸けで取り組んだこと、
- 広範な分野で改革を行うことで、既得権者の反対を乗り越えたこと、
などがあげられている。