透明で持続可能な年金制度の再構築を求める

1996年12月10日
(社)経済団体連合会


  1. 年金改革の第一歩は情報公開
  2. 21世紀に本格的な高齢社会を迎えるなかで、豊かで活力ある経済社会を維持するためには、世代を越えて持続可能な年金制度を構築しておかなければならない。年金が国民一人ひとりの一生に関わるものであることに鑑みれば、現行の年金制度が今後の急速な高齢化に耐えられる設計になっているかどうか、今から不断の検証が求められる。
    従来、長期にわたる年金財政、給付と負担の関係などの将来見通しについては、国民年金法、厚生年金保険法に基づき、5年毎に「財政再計算」が行われている。
    直近の財政再計算は1994年に行われた(「厚生年金・国民年金 平成6年財政再計算結果」(以下「報告書」))が、その前提となる基礎率および財政見通しについては、極めて疑問が多い。

    1. 財政再計算の基礎率
    2. 財政再計算の基礎率と実績値とを比較すると(【付表】参照)、出生率、標準報酬上昇率、運用利回りのいずれも実績値が基礎率を下回っており、年金財政は見通しに較べ明らかに悪化しつつある。1994年財政再計算の基礎率は、妥当性を失っているとの指摘が多く、年金制度の継続可能性についての懸念が増している。

    3. 保険料率の妥当性
    4. 財政再計算では、保険料率について、5年毎に2.5%ずつ引き上げ、最終的には29.8%(2025年度)を想定している。30%を限界とした根拠として、「年金改革に関する有識者調査」(1993年3月)を挙げているが、生命保険文化センターの意識調査(今年8月)によると、6割近くが『税金と社会保険料の負担はすでに限界』と感じている。現行の年金保険料率は17.35%(1996年度)であることから、将来的に72%もの料率アップを国民が受け入れるとは考えられない。

    5. 厚生年金における給付と負担の関係
    6. 「報告書」では、1994年生まれの人の給付/保険料の倍率を1.9倍と予想し、『一生の間に受給する年金総額が払い込んだ保険料総額を下回ることはありえない』としている。
      しかし、この「給付/保険料の倍率」は本人負担分だけの計算であり、事業主負担分や基礎年金給付の国庫負担を勘案していない。事業主負担を加味した倍率では、「1960年代前半以降に生まれた世代は負担超となっており、1995年生まれの場合、0.71倍にしかならない」との試算もある。

    7. 財政再計算の早期見直し
    8. 上記のように、1994年財政再計算で描かれていたシナリオは、既に実現不可能になっており、年金財政は急速なスピードで悪化しつつある。厚生省においては、1999年を待つことなく、早急に財政再計算の見直しに着手し、公的年金の現状および現実的な将来推計を国民の前に提示すべきである。(なお、IMFの試算によれば、日本の公的年金の未積立年金債務(今後の収入現価と給付現価の差額から既積立額を控除した額)の現在価値は、ほぼGDP規模(約500兆円弱)に匹敵する。)

    9. 年金情報の開示
    10. 年金財政、将来見通しに関する情報開示は年金制度の維持、改革の大前提であり、それなくしては国民の理解と支持は得られない。現在までの厚生省の年金制度に関する情報開示は極めて不十分であり、国民への説明責任を果たしていない。厚生省は、年金財政に関するデータや推計、あるいは現実的な選択肢を早急に国民に開示するとともに、行革委員会の意見を踏まえ法制化が予定されている「情報公開法」の趣旨に則り、国民からの質問、資料請求に、真摯に対応すべきである。

  3. 年金改革の基本的視点
    1. 財政構造改革
    2. 厳しい財政事情の中、公民の役割分担の見直しをてこにした財政構造改革は喫緊の課題となっており、社会保障、公共事業、文教を含めあらゆる分野について根本的に見直す必要がある。
      なかでも、年金関係の給付は社会保障関係給付の約5割を占めており、今後の本格的な高齢化に伴い、年金に関わる歳出の増加圧力は年々高まっていかざるを得ない。年金制度の根本から見直し、公的年金の役割を明確にするとともに、医療、高齢者介護など他の社会保障制度との整合性、給付の調整等により、合理化を徹底する必要がある。

    3. 少子化対策
    4. 予想を上回る少子化が、年金、医療、介護など社会保障制度全体に大きな影響を与えている。価値観が多様化する中で、個人のライフスタイルを政策で規定しようとすることは望ましくないが、育児を社会的に支援することは、経済活力を維持し、社会保障制度を安定化させるうえで不可欠である。

    5. 給付と負担の公平性
    6. 年金制度は、国民の退職後の生活を支える柱であることから、長期に安定的かつ持続可能な制度でなければならない。そのためには、高齢者世代、現役世代ともに納得し、全ての世代が合理的に支え合うものでなければならない。給付水準の見直し等の改革を行わず現行制度を維持すれば、人口動態から見て現役世代の負担が過重になり、国民経済を疲弊させるばかりでなく、公的年金制度に対する現役世代の信頼を失うことになる。

    7. 選択の自由の確保
    8. 高齢者の生活を公的年金だけで支えることは、最早不可能であり、国民の自助努力による私的年金の充実を急ぐ必要がある。国民は自らの選択と責任のもとに、現役時代から必要な資金を準備しておくことが求められており、年金制度においても、民間企業の知恵と活力を最大限に活用すべきである。

  4. 公的年金改革の基本方向
  5. 以上のような観点から、われわれの考える年金制度改革の目指すべき基本方向は次の通りである。

    1. 基礎年金部分の性格の明確化
    2. 基礎年金の目的は、高齢者にとって必要最低限の生活を保障することである。従って、その財源は賦課方式によるものとし、年金制度改革全体の姿を見据えつつ基礎年金の給付水準について見直す。また、国民年金の未納・未加入者の問題を早急に解決すべきである。

    3. 報酬比例部分の考え方
    4. 報酬比例部分の目的は、現役時代の生活水準の一定割合を確保することである。従って、その財源については、受益と負担の関係をより明確にし、当該個人の過去の報酬の一定割合の積み立てによるもの(報酬比例、積立方式)として、物価スライド、ネット所得スライドなどは排除する。その場合、合理的な給付水準について検討するとともに、積立不足の解消、負担増への対策についても検討しておく必要がある。さらに報酬比例部分の民営化、将来的には企業年金への統合等の可能性についても検討する。
      また、(1)基礎年金部分と(2)報酬比例部分との目的が異なることから、それぞれの保険料についても明確に区分し(基礎年金保険料(税)、厚生年金保険料)、その収支を明らかにする。

    5. 給付の見直し(基礎年金部分)
    6. 一定額以上の所得を有する高額所得者については、基礎年金部分の給付は行わない。また、公的な高齢者介護サービスを受けた場合には、基礎年金部分の一定割合について給付を行わない、などの併給調整措置を講じる必要がある。
      支給開始年齢の引き上げ(2001年から2013年にかけて段階的に60歳から65歳に引き上げる)については、その前倒し実施を図る。将来的には、支給開始年齢をさらに引き上げることも検討すべきである。その際、働く意欲のある高齢者を如何に活用するかについては、企業としても国全体としても検討していく必要がある。

  6. 企業年金等の改革の方向
    1. 企業年金の問題点と緊急を要する制度改正
    2. 現行の企業年金は、公的年金制度を補完するものとして位置づけられているため、硬直的な制度設計を強いられている。
      公的年金で高齢者の生活すべてが支えられない中、企業年金の重要性はますます増大しており、われわれは、早急に着手すべき企業年金制度の改正事項として、以下を要望する。

      【企業年金制度の改正要望】
      1. 特別法人税の撤廃
      2. 適格年金における資産運用規制の撤廃・緩和
        1. 5・3・3・2規制の撤廃
        2. 投資顧問会社との投資一任契約
      3. 予定利率の一律規制の見直し
      4. 給付設計の弾力化
        1. 給付水準の弾力化
        2. 確定拠出型年金の導入

    3. 「企業年金法(仮称)」の制定
    4. さらに、受給権者保護の観点から、厚生年金基金と適格年金をともに包括的に規定する「企業年金法(仮称)」の制定を検討すべきである。その際、企業は、株主、企業年金の受給者、現役の従業員などにその財政状況を適確に明示することが求められる。
      また、経済構造の変化や個人のライフスタイルの変更に対応できるよう企業年金のポータビリティ(企業間移動)を確保するため、企業年金通算の仕組みを作る必要がある。その一つとして、確定拠出型企業年金の事業主掛金と従業員掛金を受け入れる「従業員勘定(仮称)」の設定を認めることを検討すべきである。

    5. 「個人年金勘定(仮称)」の設定
    6. さらに、国民の自助努力による個人年金の普及を広く支援していくことで、年金制度を充実させる必要がある。企業から自営業に転職する場合や、そもそも企業年金に加入していない自営業者等の場合でも対応できるようにするため、「個人年金勘定(仮称)」の創設を検討すべきである。
      その際、上記「企業年金法」に基づく企業および従業員からの拠出、「個人年金勘定」への拠出に関しては、一定の条件のもとに課税を行わず、受給時の課税に一本化すべきである。

  7. その他の検討課題
    1. 第3号被保険者の保険料免除の是非
    2. 現在、専業主婦については、基礎年金部分の保険料が免除されている。この問題については、負担の公平性の観点のみならず、女性の労働力の活用の問題、課税および社会保障給付の単位(家族か個人か)のあり方など、広く社会全般の問題として、十分に検討を重ねる必要がある。

    3. 公的年金の国際通算協定の締結
    4. 現在、ドイツとの間で協定締結のための交渉が続けられているが、わが国経済社会の急速な国際化に伴い、公的年金の国際通算協定は喫緊の課題となっている。政府としては、ドイツとの交渉・締結に続いて、各国との交渉を順次進めていくべきである。

    5. 年金原資の運用
    6. 公的年金の原資は財政投融資に投入されているが、年金原資を保全する観点から、資金運用部への預託の是非、年金福祉事業団のあり方などの根本問題についても検討すべきである。

以  上


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