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多国間投資協定(MAI)交渉に対する意見

1997年6月17日
(社)経済団体連合会


  1. はじめに
    1. 多国間投資協定(MAI)の重要性
    2. 現在OECDで交渉中の多国間投資協定(MAI)は、投資の自由化・保護に関する包括的で拘束力のある初めての多国間の枠組みとして、国際的な直接投資の流れを促進・円滑化し、世界経済の健全な発展に貢献するものと期待される。わが国にとっては、グローバル化を進める企業の対外直接投資のための健全な環境を整備すると同時に、諸外国からの対日直接投資を促し、日本経済・産業の構造改革にも資するものである。
      MAIの重要性に鑑み、経団連では、MAIをめぐる交渉にわが国経済界の意見を反映させるべく、96年4月、「国際投資環境のあり方とわが国の対外・対内直接投資〜多国間投資協定交渉(MAI)に望む〜」と題する提言を発表した。その後1年間のOECDでの交渉の進捗を受け、わが国経済界としてのこれまでの交渉結果に対する評価と今後の交渉に対する期待・要望を改めて取りまとめた。

    3. 求められる交渉の早期終結
    4. MAIの交渉期限は、当初、本年5月のOECD閣僚理事会までとされていたが、交渉が終結に至らず、期限が1年間延長されたことは残念である。しかしながら、各国のMAIに対する支持が後退したためではなく、より良い協定内容を目指すという前向きな理由から延期されたものと認識している。わが国経済界としては、交渉の早期終結を期待しており、交渉期限を98年の閣僚理事会までとする本年閣僚理事会のマンデートが確実に果たされることを強く望む。

  2. これまでの交渉に対する評価と今後の交渉への期待
  3. MAIは、投資の保護、自由化、紛争解決手続に関する国際ルールの策定を通じ、各国の制度が投資に与える歪曲効果をなくし、国際的な投資の流れを促進・円滑化していくことを主たる目的としている。こうしたことから、わが国経済界としては、
    1. 幅広い範囲の投資を保護の対象とすること、
    2. 広範な投資の自由化を実現すること、
    3. ルールが明確であり各国当局による恣意的な解釈・運用がなされないこと、
    4. 協定に関する例外的な取り扱いは可能な限り避けること、
    5. 広範囲のOECD非加盟国の参加を可能とすること
    が、MAIにおいて特に重要であると考える。

    1. 全体的評価
    2. このような観点から、われわれ経済界は、これまでの交渉結果の基本的方向について、以下の理由により前向きに評価している。
      第一に、投資の自由化の促進が期待されることである。MAIでは、外国投資に関する内国民待遇、最恵国待遇、透明性などの基本的な原則を確立している。その上で、基本原則に対する各国政府の留保についても、自由化コミットメント交渉等により漸次廃止しようとしている。
      第二に、投資の保護義務が強化されることである。投資に対する一般的な保護、収用に対する迅速・十分・効果的な補償、自由かつ遅滞のない交換可能な通貨による利益や配当等の送金などを保証する明確な規定が置かれたことは評価できる。
      第三に、効果的な紛争解決手続が構築されつつあることである。特に、国家間の紛争解決手続に加え、投資家対国の紛争解決手続に関する規定が盛り込まれたことは重要である。
      なお、投資に与える税の影響がきわめて大きいにもかかわらず、税に関わる問題の大部分がMAIの対象外とされる方向にあることは残念である。MAI上の義務が、各国の税制上の措置により阻害されることのないようにすることが重要である。少なくとも内国民待遇義務については、税にも適用すべきである。

    3. 個別条項に関する意見
    4. MAIの対象となる投資の範囲、投資の取扱いや保護等に関する各規定は、かなり内容が確定しつつあるが、今後の交渉に委ねられている点も多い。このうち特に重要と思われる条項に関するわれわれの意見は、以下のとおりである。

      1. 投資の定義
        MAIの対象となる投資の定義に、ポートフォリオ投資を含む広範囲の投資が含められたことは評価できる。
        知的財産権、間接投資(例:非締約国にある子会社を経由した投資等)を定義に含めることについては、引き続き議論が行われているが、企業活動上、重要性を増していることから、MAIの対象とすべきである。

      2. 投資家およびキー・パーソネルの滞在・就労等
        投資家およびキー・パーソネルの投資先国への円滑な入国・滞在・就労は、きわめて重要である。MAIでは、国内入管法・労働法がMAIに優先して適用される旨の規定が置かれているが、この規定の濫用により投資家およびキー・パーソネルに関する規定が有名無実化しないように、適切な形で濫用防止規定を置くべきである。
        キー・パーソネルの一時的入国・滞在・就労を認める条件として、1年以上の事前雇用を条件とするべきとの意見があるが、そのような条件は投資の円滑な管理・運営等を阻害するおそれがあるので、課すべきではない。
        また、キー・パーソネルの定義は、経営者、管理者、専門家(specialist)とされたが、投資に不可欠である、経営トレーニー、特殊技能者(technician)が含められなかったことは残念である。
        他方、キー・パーソネル等の一時的入国・滞在について、入国審査の際、締約国が経済的ニーズを要件とする、あるいは数量制限を課すことが禁止されたことは評価できる。

      3. 上級管理職および役員の国籍要求
        上級管理職について特定の国籍の保有を要件とすることが明示的に禁止されたことは評価できる。ただし、上級管理職については、投資家側のニーズを踏まえ、可能な限り広い範囲の管理職を含めるべきである。また、役員についても同様に国籍要求の禁止規定を置くべきである。

      4. パフォーマンス要求
        TRIM協定あるいはNAFTAで規制されている輸出要求、ローカル・コンテント要求、国産品・サービス調達要求、輸出入均衡要求、国内販売制限、技術移転要求、本社立地要求、供給地指定要求等のパフォーマンス要求について、明示的に禁止する方向で議論が進んでいることは評価できる。
        生産・投資・販売・雇用・技術開発要求、現地人雇用要求、合弁要求、現地出資要求については議論が分かれているが、これらは投資に対する歪曲効果が大きいことから、同様に禁止すべきである。
        また、TRIM協定と同様に、投資優遇措置の条件として課されるパフォーマンス要求についても、できる限り広い範囲で禁止することが望ましい。

      5. 民営化
        国営企業の民営化に際しては、外国の投資家に対する効果的な市場アクセスが保証される必要があり、内国民待遇、最恵国待遇を与えるべきである。なお、ゴールデンシェア、労使による優先的な株式取得等の特別な株式上の取り決めを認めるべきとの意見があるが、これらは外資に対する差別につながりかねないので、禁止すべきである。
        将来の民営化に関して新たな留保を認めるのであれば、予め登録された分野に限定して認めることとすべきである。

      6. 投資インセンティブ
        投資インセンティブについて規律を課すべきとの議論があるが、一般的な内国民待遇、最恵国待遇原則が適用されれば十分である。特に、多くのOECD非加盟国にとって投資インセンティブは経済開発のために不可欠な政策であり、これに過度な規律を課すことは、これらの国々のMAIへの参加を困難にするおそれがある。

      7. 民間慣行
        民間企業の行動についてMAIの対象とされないこととなったことは、妥当と考える。

      8. 一般例外
        MAI上の義務が一部を除いて免除される一般例外項目のうち、「安全保障」「国際の平和と安全」については、明確かつ限定的に定義すべきである。
        また、「公の秩序」「文化的問題」を理由とする例外は、定義が曖昧で拡大解釈されるおそれがあるので、原則として認められるべきでない。仮にこれらの例外を認める場合は、恣意的な運用を避けるため厳格に限定すべきである。
        一般例外が、MAI上の義務を回避するための手段として濫用されることのないよう、濫用防止規定を置くべきである。

      9. 留保条項
        スタンドスティル(追加的留保の禁止および留保リストに登録された規制措置の強化の禁止)を原則とすべきである。スタンドスティルが適用されない留保は、将来の民営化等に極力限定されるべきである。

    5. その他の重要問題に対する意見
    6. 以上の他、いくつかの政治的な問題が、MAI交渉上の重要な論点となっているが、われわれの基本的考えは以下のとおりである。

      1. 地域統合例外の取扱い
        MAIの適用につき、地域統合に関する例外を設ければ、域外の投資家が域内の投資家に比べて不利な扱いを受けるおそれが生じるので、例外を認めるべきでない。

      2. 州政府等の措置への適用
        州政府等も当然、MAI上の義務に拘束されるべきである。MAI発効以前の措置で適用不可能なものについては、NAFTAのように州レベルの既存のすべての措置を一括して留保するのではなく、可能な限り具体的に留保リストに登録することが望ましい。

      3. 国内法の域外適用の防止
        ある締約国の国内法の域外適用(例:ヘルムズ・バートン法等)により、他の締約国による海外投資が阻害されないような規定を設けるべきである。

      4. 自由化コミットメント交渉
        われわれは、自由化コミットメント交渉の進展を強く期待している。今後の交渉を通じ、各国の留保がきわめて限定的かつ透明なものとなっていくことを希望する。

      5. 労働基準・環境問題
        労働基準、環境に関する各国の政策には、当然、内国民待遇、最恵国待遇の原則が適用されるべきである。
        また、投資受入国は、投資誘致を目的として、不当に労働基準・環境基準を引き下げるべきではなく、この点についてMAIに規定が置かれたことは妥当と考える。
        ただし、労働基準・環境に関して、これら以外の点につき、投資受入国の政策を拘束するような規律を課すことは、いたずらにOECD非加盟国のMAIへの反発を招くこととなりかねないので、十分な留意が必要である。

  4. 終わりに
  5. 現在MAIはOECD加盟国間で交渉が進められているが、将来はアジア諸国をはじめ多くのOECD非加盟国の参加が実現することが重要である。そこで、OECDはセミナー、会議等を通じ非加盟国の理解と関心を高めていくための努力を続けていく必要がある。経団連としても、非加盟国との様々な対話の機会を通じMAIへの参加を働きかけていくつもりである。同時に、ハイスタンダードであるMAIへの非加盟国の参加にあたっては、経過措置等を含めて柔軟な対応が望まれる。また、MAIに参加しない諸国についても、二国間投資協定、APECなどの枠組みを通じて、投資の自由化が促進されることを期待する。
    さらに、MAIは国際投資の円滑化に向けた、重要な枠組みを提供するものであるが、内外の投資の流れを更に促進するためには、各国による投資環境の改善に向けた一層の取り組みが不可欠である。特にわが国については、低迷している外国からの対内直接投資を促進する上で、国内の規制の撤廃・緩和を更に進めるとともに、OECDの中でも特に過重となっている法人の税負担の軽減等を通じ国内の高コスト構造を是正していくことが肝要である。

以 上


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