[経団連] [意見書]

消費者契約法(仮称)のあり方について

1998年12月15日
(社)経済団体連合会

規制緩和と自己責任原則に沿う「消費者契約法」の立法について、時代の趨勢や各国の現状を勘案すれば、基本的に賛成である。事業者と消費者がお互いに自己責任を正しく認識し、消費者取引でのトラブル防止のための協力を一段と深めて、両者間の取引を発展させることを強く求めるものである。
この立法の目的とするところは、あくまで包括的に事業者と消費者の適正な取引を確保し、民法よりも具体的で明確性の高い基準を策定することであり、現行問題のない取引については、新法の波及による無用の混乱を起こしてはならないものと思料する。また、悪質な事業者の排除には一定の限界があることを認め、個別の業法や行政措置による対応が強く求められる。
この観点から、経団連では、7月30日に国民生活審議会消費者政策部会の中間報告に関する意見書をとりまとめた。同意見書では、立法の意義は認識しているが、トラブル増加の現状分析と原因究明が十分ではなく、紛争処理メカニズムの整備などで対応できる面がある、各国の実状をよく調べて検討すべきであるとして、自己責任の強調、事業者と消費者の役割と責任の範囲の明確化、重複する法体系の整備等を求め、立法化にはなお時間をかけた慎重な検討が必要であると述べた。
その後、関係各界での検討が進められており、経団連としては、消費者・事業者間の取引の一層の明確化を図るという観点から、下記の通り、立法化を前提として、その内容について具体的に意見を述べることとした。

特に、以下の諸点については、十分検討の上、誤解・疑義を生ぜしめないよう特段の配慮をお願いしたい。

  1. 新法は、民法や業法等関連法令の中でどのような位置づけになるのか明確化を図る。
  2. 現行の業法・行政規制によってトラブルを起こしていない現事業活動においては、現状を尊重し、余計なコスト負担をかけないよう特段の配慮、明文化を行なう。
  3. それぞれに歴史的背景の異なる各国の消費者法を参考にして、わが国の消費者がトラブルに巻き込まれないために、法的意識のやや希薄な消費者に対し、その自己責任原則の周知徹底を図ると共に、事業者についても自己責任原則を強調する。
  4. 字句の解釈等疑義を生じないように明確に言葉を定義づけることに配慮する。
  5. 新法は一度制定されれば、長期に亘り機能することを考慮して、一時的な世論、一方的な声高な意見に惑わされず、公平な視点で作成されることを期待したい。

なお、同時に経団連としては、立法化を機に、加盟各業界、各企業に対して、現状の再点検とトラブル減少を目指して努力するよう改めて要請する所存である。さらに、今後の新たな商品の投入、電子商取引等新しい取引手法の導入に当たっても、本法の趣旨を生かして、トラブル防止に努めるよう求めていく。


  1. 消費者の定義と自己責任の明記
  2. 中間報告の趣旨に沿って、立法の目的に事業者とともに消費者が自己責任を負う旨を明記すべきである。
    また、消費者契約法(仮称)の各条文の予測可能性を高めるために、法が想定する「消費者」を当該契約を直接締結する者に限定し、契約の締結を合理的に判断し、意思決定しうる平均的な自然人(以下、平均的合理的消費者)と定義することを明記すべきである。
    なお、新立法は、各業法に比べて悪徳商法に対して有効に機能するには限界があることを認識しておく必要がある。

  3. 立法内容の明確化
    1. 民法との関係
    2. 消費者契約法(仮称)の意図が、現行民法の一般条項の明確化か、あるいは、現行法では対応できない消費者救済のための新たな規範の設定かが判然としないという問題がある。
      仮に、これまでの民法の判例を基にして、より具体的な規範の確立を意図するのであれば、現行の法運用の変更をもたらすべきではなく、新たに事業者への一方的義務を課すことは適当ではない。
      また、新たな法規範を設ける場合には、救済すべき消費者の事例を具体的に検討し、救済の要否を検討すべきである。

    3. 既存業法等の尊重
    4. 既存業法、業界の自主規制、これらで定められた約款等は、長年の事業経験を基に策定されたものであり、格段の問題が見当たらないのであれば、新立法を適用しない、あるいは、一定の法律効果を付与するなどの方法で尊重することを明確にすべきである。

    5. 法の明確化と具体化
    6. 新たな概念を導入するにあたり、その抽象性が問題になる。そこで、概念の明確化と具体化を、立法の中でできる限り図ることで、法解釈上の問題が起きないような対策を講ずるべきである。例えば、判例や裁判外紛争処理機関での解決事例、事業者との個別交渉で解決されている多くのトラブル事例を参考にして、裁量の余地が少なく明確性の高い明文化を行なうべきである。さらに、判断基準のガイドライン等を策定し、事業者と消費者の周知を図ることが挙げられる。

  4. 情報提供義務と不実告知
    1. 事業者の情報提供活動
    2. 契約締結前における事業者の広告・宣伝や販売活動での情報提供は、顧客誘引を目的とするものであり、消費者はそれを参考にするものの、情報の質と量に不満があれば、購入をしないという選択もできる。従って、契約締結前の企業の情報提供活動は一般的な義務とするべきものではない。「情報提供義務」という概念は、契約締結前後に、消費者が事業者からどのような情報でも提供されるものとの誤解を生む懸念があり、名称の変更が必要である。例えば、「基本事項の提供義務」とし、契約の締結を決定するに当たり、「消費者の意思決定に必要な基本事項」の提供を、事業者に一定の条件の下、一定範囲で義務づけることが考えられる。

    3. 契約締結時における事業者と消費者の責務
    4. 予測可能性を高めるという目的で、民法の詐欺・錯誤等の概念を現行の範囲内で明確化するために新たな概念を導入するのであれば、その概念の明確化を図るとともに、事業者に新たな義務が課されないことを説明すべきである。「沈黙の詐欺(故意に必要事項を告げない)」や「不実告知」という概念は、民法の詐欺や錯誤の適用により違法とされた判例から、ある程度の予測は可能と考える。
      しかし、「消費者の意思決定に必要な基本事項」の提供が義務化されるとすれば、必ずしも事業者の予測が可能とは言えない。それが民法の範囲内のものであれば、契約取消という法律効果を発生させる詐欺等と同様に厳しい要件とすべきだが、明確性を高めるために、その判例から類型化を図るなど、裁量の余地の少ない基準として立法の中で明文化することが必要である。
      民法の詐欺等より要件を明確化し、範囲を広げるのであれば、まず、具体的な事例から民法で救済されない消費者取引を明確に示し、その要否を検討すべきである。さらに、その類型化を図り、裁量の余地の少ない基準として立法の中で明文化することが必要である。また、契約の締結を決定するに当たり、消費者が意思決定に必要な情報を自発的に収集し、理解する努力を行ったかどうかなど、消費者の責務を明文化し、法律効果の判定にも消費者の過失が考慮されるようにすべきである。
      価値観の多様化している今日、事業者が個々の消費者の内面意思を確認することは困難である。「平均的合理的消費者の意思決定に必要な基本事項」に限って提供するということであれば外形的に予測可能であり、それを事業者の義務とすることが考えられる。

    5. 提供すべき基本事項の範囲と提供手段
    6. 平均的合理的消費者を対象とする基本事項の提供は、取引類型や契約慣行、消費者の知識・経験等によって当然異なる。例えば、日常的な反復的取引とそうでない取引、店舗販売と無店舗販売など、意思決定に必要な基本事項の範囲や提供の手段は一律ではない。それぞれの業態の事情に応じて範囲と手段を適正に評価する必要がある。また、提供すべき基本事項には、類似商品・サービスとの比較情報を含むべきではない。この点について、各業界が自発的に提供すべき基本事項の範囲と手段を明示する努力が必要と考える。

  5. 威迫・困惑
  6. 予測可能性を高める目的で導入が検討されている「威迫・困惑」の概念は、中間報告の提案だけでは依然不明確であり、取引に混乱を招くことが懸念される。強迫の要件では救済できないが、威迫・困惑という概念を用いることで救済すべきと判断される事例をできる限り示し、その類型化を図ること等でその概念を明確にする必要がある。

  7. 不当条項
    1. 一般規定
    2. 契約締結時の全ての事情を考慮して消費者にとって不当である条項を、民法の信義則を規範として無効とすることは考えられる。但し、業種横断的に適用されることから、不当性の判断にあたっては、取引の種類、契約慣行、消費者の知識や経験、締結過程の事情を考慮すべきである。従って、私的自治の原則から、個別交渉がある場合については適用しない、あるいは、適用を約款に限るなども検討すべきである。

    3. 不当条項リスト
      1. ブラックリスト
        「事業者側の故意・重過失による契約違反に基づく損害についての責任を排除する条項」など、不当であることが自明のものについては、無効を法定することは考えられる。ただし、全業種にわたり「不当」となる条項は限定されることから、判定に当たっては慎重な検討が必要である。

      2. グレイリスト
        不当性に評価余地を残す条項のリスト化については、長年の事業経験を基に策定された現行業法や認可・届け出約款等で形式的に抵触している条項が多数存在することから、事業活動への混乱が懸念される。グレイリストは、法的拘束力の無い例示とすべきである。

  8. 法律効果
    1. 取消権行使の期間短縮
    2. 契約締結過程の民法の要件を緩和するのであれば、取消権の行使期間を短縮すべきである。最長で1年とし、さらに、商品特性を考慮する必要があり、例えば、保険商品で短期のものについては契約期間を最長とするなどの検討をすべきである。

    3. 過失相殺的、割合救済的な措置
    4. 法的効果として契約取消を導入する場合、不当利得の返還の他に、消費者に過失がある場合の過失相殺的な措置や、事業者の損害が返還される不当利得で相殺され得ない場合、その損害額の当事者間の配分が可能になるような割合救済的な措置が必要である。

    5. 解約
    6. 一定期間継続する契約については、経過した事実関係をそのままにし、将来に向かって契約の効力を消滅させる「解約」の導入が必要である。

    7. その他
    8. 仲介者や善意の第三者が存在する場合など、様々なケースに対応できるよう民法のその他の法律効果についても検討が必要である。

  9. 立証責任
  10. 立証責任については、訴訟法の原則通り、自己に有利な法律効果を主張する側が負うべき問題であり、消費者契約法(仮称)で規定する必要はない。また、推定規定を置くなどして、訴えられる側への立証責任を転換することは適当ではない。

  11. その他の消費者契約法(仮称)に関する内容
    1. 不意打ち条項
    2. 不意打ち条項は、情報提供に関する事業者の義務や不当条項の規定で十分に排除できるので、特別の規定は不要である。

    3. 契約条項の明確化
    4. 契約条項の明確化については、平均的合理的消費者にとって明確かつ平易な記載であれば、専門用語の使用を認めるなど、取引実態を踏まえた対応が必要である。

    5. 解釈原則
    6. 契約条項の解釈に疑義が生じた場合、裁判所で最も合理的な解釈を示すことで十分であり、「消費者に有利な解釈を優先させなければならない」との規定は不要である。

  12. 中間報告後の議論への若干のコメント
    1. 裁判外紛争処理機関の整備
    2. 立法化の検討と同時に、より使いやすい裁判制度や、当事者が主体的に迅速に紛争処理を行なえる紛争処理機関の充実を図るべきである。

    3. 約款等の審査機関
    4. 不当性の判断は、裁判所の判断に委ねられるべきであり、条項の不当性の判断や削除と修正を勧告する行政機関を置くことは、規制緩和時代にふさわしくなく、反対である。

    5. 団体訴権・クラスアクション・差止請求権
    6. 団体訴権、クラスアクション、消費者団体による差止請求については、原告適格、訴訟代理制度、実効性、濫用の可能性が大きいなどの問題がある。特に前2者については、本年初頭に施行したばかりの民事訴訟法の全面改正の過程で検討されたものであるが、導入が見送られた経緯がある。社会的影響からも慎重に検討すべき課題である。また、消費者に差止請求権を認めることも、実利が不明である点から疑問である。

    7. 罰則、懲罰的損害賠償
    8. 民事ルールである消費者契約法(仮称)において、罰則や懲罰的損害賠償を認めることは、立法趣旨に反する。

  13. 新しい取引への対応
    1. 高齢社会への対応
    2. 高齢社会を迎えるわが国では、今後高齢者との取引の比重が高まることが予想されている。民法の成年後見制度の改正が検討されており、その制度の適用を受けない高齢者との取引で問題が生じることがないか、また、生じるとすれば消費者契約法(仮称)はどのように適用されるのか、具体的なケースでの検討が必要である。

    3. 新しい取引形態への対応
    4. インターネットによる取引、電子マネー等新しい取引形態が出現した時に、消費者契約法(仮称)が有効に機能するかどうかについても検討が必要である。

    5. グローバル・スタンダード問題
    6. 事業者はグローバル・スタンダードを求められ、日々行動、努力している。今後、事業は国境を越えて我が国にも参入してくるし、我々としても外国に参入していく。その場合、海外企業の取引形態を、それぞれの国の習慣や歴史、法制度の違いから、奇異もしくは不適合と判断する消費者が出る可能性が多い。その問題は一気に打破できるものではないが、消費者は各国の考え方の違いを認識することが必要となる。要は、消費者の自己責任原則の認識、消費者団体の啓蒙活動、及び事業者の新取引形態を理解してもらう説明努力に帰すると考えられる。本法の一つの大きな課題である。

以 上

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