[経団連] [意見書] [ 目 次 ]

次期WTO交渉への期待と今後のわが国通商政策の課題

〔補論3〕

アンチ・ダンピング措置の保護主義的発動防止


  1. 基本的認識
  2. 一部加盟国による保護主義的なアンチ・ダンピング(AD)措置の発動は、わが国企業の安定的な貿易活動を阻害するものである。また、仮に提訴側の敗訴の決定が下されたとしても、AD調査そのものに伴う作業負荷や法律費用等の企業負担は極めて大きく、またAD提訴自体によって対象製品のユーザーがAD措置による調達コストアップを懸念するため被提訴企業のビジネスに重大な影響をもたらす可能性があるので同措置は慎重に運用されるべきである。
    ダンピング・マージンの計算や調査手続きなど、各国がAD措置を保護主義的に利用することのないよう、次期自由化交渉において各国のAD措置に関する規律を強化する方向で、AD協定の見直し、あるいは「AD協定に関する了解」といった補足規定の策定がなされることを強く要望する。さらに、加盟国がAD協定の厳格な解釈に基づく各国国内法の整備、運用を行なうよう、WTOの「AD委員会」の審査・監視機能を強化すべきである。
    また、紛争解決手続との関連で、「審査基準(standard of review)」は撤廃されるべきである(〔補論7〕2.参照)。

  3. 個別要望事項
    1. 公正な価格比較
    2. AD調査において輸出価格と輸出国の国内価格の価格比較をどのような製品単位で行なうかに関し、調査当局による恣意的な運用が行われているケースがある。例えば、ダンピング・マージンの比較は複数の製品からなる大括りの「システム」の単位で行ない、コスト割れ判定は同システム内の個々の製品単位で行なうといった運用によって、被提訴側に不利な調査結果が出される例もみられる。このような裁量的な価格比較はAD協定で禁じられるべきである。
      また、ダンピング・マージンを算出する場合、価格比較を行なう製品単位の区分を細分化することによって切り捨てられる「マイナス・マージン」が増えていくため、結果的にダンピング・マージンは増大する。AD措置の対象となる「同種の産品」毎のダンピング・マージン算定にあたっては、その「産品」に係る全てのマイナス・マージンを算入すべきことをAD協定に明記し、人為的にマージンが操作されて過大なAD課税が行なわれることのないようにすべきである。
      AD協定の規定が曖昧なため、一部加盟国のAD法運用において、国内販売価格から控除される費目が、輸出価格から控除される費目よりも少なくされる場合があり、結果として、ダンピング・マージンが大きく算出されやすくなっている。AD協定において価格比較の際に控除される費目を具体的に明示し、輸出価格から控除される費目は、国内価格からも控除されるようにすべきである。
      AD協定において、スタートアップ段階の高コスト調整が認められているが、

      1. スタートアップ期間の開始時、終了時の決定方法が不明確であり、恣意的な運用がなされる、
      2. 加盟国によっては新規設備に限ってスタートアップを認めており、既存工場の大幅な改造による製品の変更の場合が対象外となっている、
      といった問題が指摘されており、これらの点がAD協定において明確に規定されるべきである。

    3. 同種の産品(like products)の明確化
    4. 特定国において、ADの調査対象製品の範囲が曖昧なまま調査が着手され、調査の最終段階で一部製品に限定される場合がある。このように、調査開始前に対象製品の予測がつかないことは、提訴対象となる企業の対応に支障を来たし、不合理な負担を強いる。対象製品が曖昧な場合、例えば提訴後調査開始までの早い段階、例えば、3ヶ月以内に、対象製品を確定する手続きをとることをAD協定において義務付けるべきである。
      また、AD調査及び措置の対象となる製品の範囲は、提訴資格及び被害判定における国内産業の範囲と合致したものとすべきである。国内生産を行っていない製品をAD措置対象とするような恣意的な運用を禁止すべきである。
      初期調査時点での「同種の産品」の適切な範囲確定とともに、初期調査時点で存在せず、その後技術革新等に伴い開発された「後発製品」が対象に含まれるか否かという判定も重要な問題である。後発製品は原則としてAD課税対象とすべきではなく、AD協定において後発製品については新たなAD調査が必要である旨規定すべきである。
      例外的に、新たなAD調査を待つことなく、既存のAD課税の対象に含めることが妥当な後発製品もありうる。後発製品を対象製品と同種の産品であるか否かを判断する基準及び、これを早期に確定するための手続きの導入をAD協定において義務付けるべきである。

    5. レビュー手続きの厳格化
    6. AD協定には、レビュー手続きの際にはAD協定第2条に規定された正常価格と輸出価格の比較方法の使用が規定されておらず、恣意的な比較がなされる余地が大きい。レビューの際にも第2条のダンピングの決定の際の価格比較方法を用いることで、レビュー手続きの厳格化と透明性の向上を目指すべきであり、AD協定においてこれを明文化すべきである。たとえば、AD協定は、加重平均による比較を原則とするにも拘らず、レビュー手続きにおいてこれに反する運用が行われているケースがある。このような運用を改めAD協定に整合的な運用とするよう、WTOのAD委員会において監視を強化すべきである。

    7. 損害の累積評価の限定
    8. AD協定第3条3.3は、二カ国以上の国からの輸入が同時にAD調査対象となっている場合には、その輸入の影響を累積して評価することが「できる(may)」と規定している。しかし、加盟国の中には国内法で累積評価を調査当局に「義務付けて」いる場合があり、同日に提訴されたとの理由だけで累積評価の対象とし、個別に提訴されていれば損害が認められないと思われる製品についても、結果的にAD課税の対象となるといったケースがある。AD協定を改正し、累積評価は原則として不可とすべきである。

    9. サンセット・レビューの遵守
    10. AD協定第11条11.3には、サンセット・レビューとしてAD賦課の日、もしくは最新の見直しの日から5年以内に賦課命令を原則撤回することが規定されており、わが国の法制もAD賦課は5年以内に限るとしている。しかし、加盟国の中には、法制上は見直しを行うとしているにも拘らず、実質的には賦課命令が継続され、特段の事情がない限り撤回しないという運用がなされているケースがある。ダンピング行為の継続あるいは再開、および同行為による損害の継続あるいは再発がないことを、被調査企業が立証することは困難である。AD協定における原則撤回の規定を加盟国が実施するよう、WTOのAD委員会において審査を行なうべきである。

    11. 公共の利益、提訴者以外の利益の考慮
    12. 各加盟国のAD法・規則には、国民や消費者の利益を含む公共の利益を考慮することを規定している場合とそうでない場合がある。AD調査の実施やAD措置の発動による影響は、対象製品を生産する業界に止まらず、広く消費者やユーザー業界、さらには国民経済全体にも及ぶことになる。AD協定において、加盟国に対し、AD法・規則に「公共の利益を考慮するべきである」といった趣旨を盛り込むことを義務付けるようAD協定に規定すべきである。
      さらに、AD提訴から調査開始までの間に、AD措置の影響を受ける利害関係者(消費者、被提訴側等)の意見を反映させる手続きを加盟国が導入することをAD協定において義務付けるべきである。こうした手続きは事実誤認等に基づく調査開始を未然に防ぐ上でも重要である。

    13. AD調査に関わる負担の軽減
    14. AD調査は、その結果が提訴側の敗訴に終わる場合においても、被提訴企業は調査に対応するために多大な実務負担を強いられている。以下に例示するような問題点を改善するために、WTO協定の中でAD調査に関係する規律を明確化するとともに、既存のルール及びその精神を各加盟国が遵守するよう、AD委員会の審査機能を強化すべきである。
      「調査対象期間」の定義が不明確で運用が恣意的とみられるケースがある。例えば、対象製品によっては、販売日を出荷日ではなく受注日にするとの運用がなされると、国内販売データの提出の対象期間が広くなり、初期調査、レビュー調査とも調査対応にかかる実務負担が極めて過大なものとなる場合がある。調査対象期間の定義をAD協定において明確化すべきである。
      また、調査当局により、広範な定義(例えば「5%以上の直接または間接の株式所有」等)に基づく「関連会社」に関する資料の提出を求められる場合がある。こうした場合、提出書類が膨大になるとともに、競合企業や他社の子会社が「関連会社」に含まれ、当局側の調査要求に答えることが極めて困難となるなど、実務上大きな障害が生じる。本来、被提訴企業の依頼により資料提出を確保することのできない取引先企業は「関連会社」に含めるべきではない。輸出・国内市場向けを合わせた製造量・販売量が少ない関連者のデータはダンピング・マージンに影響を及ぼさないため、提出不要とすべきである。例えば、被調査会社の製造量・販売量の10%以下であれば提出を不要とするなどの明確な基準を導入すべきである。
      他方、特定国において調査実施期間を恣意的に短縮され、被提訴側の反論の機会が制限されるといった、手続き的に不公正な措置が取られる場合がある。AD協定の中で、公正な調査実施期間の確保を義務付けるとともに、恣意的な期間短縮を禁止することが必要である。

    15. 安易なAD提訴に対する歯止め
    16. 実際に措置発動に至らない案件についても、AD調査への対応のために社員の回答書作成等多大な作業や弁護士費用を要し、企業の活動が著しく阻害されることになる。また、AD提訴自体は勿論のこと、その流説によってさえ被提訴企業のビジネスが阻害される場合もある。濫訴を防止するために、提訴側が敗訴した場合に賠償義務を負わせることをAD協定において規定することを検討すべきである。
      また、AD調査によって敗訴が決まった製品と同一あるいは類似の製品を対象に、直ちに提訴することは不適当である。そこで、敗訴原告による再提訴の条件を厳格化し、一定期間同一あるいは類似製品を対象とする再提訴を認めないという内容の規定をAD協定に盛り込むべきである。
      AD協定では提訴を認めるための定量基準を設けているが(第2条2.2)、特定国においてはこれが必ずしも遵守されておらず、職権による調査開始も認められるなど恣意的な運用がなされている場合がある。これを改善するために、AD委員会の監視機能を強化すべきである。

    17. 迂回防止措置の制限
    18. AD協定には迂回防止措置に関する規律が盛り込まれておらず、結果として各国に自由な迂回防止規則の導入を許している。AD協定において迂回防止措置に関する規律を導入し、真性迂回行為に対してのみ迂回防止措置の発動を認めることとし、真性迂回行為以外の貿易活動を対象に保護主義的措置として発動される迂回防止措置を禁じるべきである。


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