[経団連] [意見書]

『都市再生への提言』

1999年6月22日
(社)経済団体連合会

はじめに─都市化社会から都市型社会へ

1.新しい時代の都市に求められるコンセプト
  1. ライフスタイルの多様化に対応した生活都市
  2. 人にやさしいユニバーサルデザインの国際都市
  3. 国際競争力を高める活力ある産業都市
  4. 自然と調和した環境共生都市
  5. 災害に強い安全都市
2.大都市圏の課題と再編の方向
  1. 都心部の高度利用と安全な都市づくりに向けた街路・街区整備
  2. 低未利用地の有効利用─モデルプロジェクトの推進
  3. 多様なニーズに応えうる土地利用─ミックスドユースの推進
  4. 土地利用計画の再編と自治体の役割
  5. 再開発の迅速化
  6. 都市への投資を促進する環境の整備
  7. 都市環境整備の重点化・効率化
3.地方都市の課題と取り組み
  1. 生活者に魅力のあるコンパクトな商業空間づくり
  2. 歩行者の視点に立った交通対策とまちづくり
  3. タウンマネジメントの実行
  4. 住民参加のまちづくり
おわりに

はじめに─都市化社会から都市型社会へ

戦後、わが国の都市は、工業化の過程において農村から人材を吸収し、政治、行政、経済、文化などの機能を集積することによって経済発展の原動力となり、その雇用の場としての魅力と利便性から、さらなる集積を呼ぶという経緯をたどってきた。
しかしながら、都市への人口の集中は、交通の渋滞、狭小な住宅、廃棄物問題など生活環境の悪化をもたらし、モータリゼーションとともに進行したスプロール化は、都市の活力を奪うこととなった。また、都市はその機能更新の困難さから、経済のグローバル化、情報化、少子・高齢化、さらには産業構造の変化といったわが国をめぐる内外の構造変化への対応力も失いつつあり、生活・産業空間としての都市の魅力は薄れてきている。
このような環境の変化に対応して、都市を安心して生活できる場として、活力ある経済活動が行なわれる場として再構築することが強く求められる。特に、企業が「国を選び、地域を選ぶ」大競争時代において、企業の活動の場としての都市の魅力を高めることは、国の競争力を強化する上での必須条件である。今こそ、都市が拡大していく「都市化社会」への対応に追われてきた都市政策を、経済・社会の持続的な発展に視点をおいた「都市型社会」にふさわしい都市政策へと転換しなければならない。
都市における集積は、効率的な経済活動の基盤であり、人々が多様な交流を通じて活力と創造力を生み出す源泉でもある。こうした観点から、新しい時代に求められる都市機能を戦略的に整備し、都市型社会にふさわしい都市への再生を図ることが、日本の再生につながることになる。

1.新しい時代の都市に求められるコンセプト

新しい時代にふさわしい都市への再生には20〜30年を要するが、日本の総人口、総世帯数が減少していく2020年頃までに、本格的な都市型社会への転換を果たし、わが国の都市が、そこで生活する人に誇りを感じさせ、世界中の人々が魅力を感じる都市へと再生させなければならない。そのためには、今から取り組みを始めることが必要である。
都市の再生に必要となるコンセプトは次の5つであるが、それぞれの都市は、歴史的、地理的な環境を活かしながら、これらのコンセプトを適切に組み合わせて特色のある都市づくりを進めることが望まれる。

  1. ライフスタイルの多様化に対応した生活都市
  2. これまで都市は、都市中心部に業務・商業機能を集積し、郊外を居住空間とする職住分離型で形成されてきた。その結果、大都市圏において、勤労者は長時間の「痛勤」に苦しみ、子供を産み育てる余裕を失う一方、地方都市の中心部では夜間人口の減少が、地域の活力の低下と治安上の不安を招いている。
    こうした問題を解決するためには、都心部において多様なライフスタイルを満足させる生活・居住空間を整備しなければならない。利便性の高い都市型のライフスタイルを望む若年層、徒歩で活動できる範囲内でさまざまなサービスを享受できることを重視する高齢者、「一分でも長い家庭生活」を獲得したいという共稼ぎ家族も多い。こうした多様なライフスタイルの選択を可能にするために、都心部の土地の有効・高度利用を進め、職住近接の活気ある都市づくりが求められる。一方で、スモールオフィス・ホームオフィス(SOHO)など新しい業務形態を可能にする基盤整備やライフスタイルに応じた住まいを選択できる借家市場を整備することも必要である。

  3. 人にやさしいユニバーサルデザインの国際都市
  4. 国際化の進展、高齢化の進行、ノーマライゼーションの推進に伴って、都市はさまざまな人が集まり、多様な活動を展開する舞台となる。そこに住む人のみならず、そこで働き、交流をする人にとっても求心力のある商業・アミューズメントなどの集客施設、文化の創造の拠点となるコンベンション施設や学術・文化施設などを整備する必要がある。
    また、都市には、子供や高齢者、障害者や海外から訪れる観光客が障害を感じずに、自然に街に溶け込めるよう工夫をこらすことが求められる。標識も各国の言語ではなく、誰でも分かる絵で表示したり、車椅子の人やベビーカー、高齢者も利用しやすいエレベーターや低床式のバスを導入するなど、ユニバーサルデザインのまちづくりが必要である。

  5. 国際競争力を高める活力ある産業都市
  6. 国際的な都市間競争の中で、都市の活力を維持していくためには、その都市が生活者に選ばれるだけでなく、企業・投資家にとっても選ばれる魅力を備えていなければならない。情報通信産業のメッカとなったシリコンバレー、航空産業を集積するシアトル、国際金融拠点としての地位を固めているニューヨーク、ロンドン、欧州観光の拠点であるパリなど、世界各国の都市では、それぞれの地域の特性を生かしながら戦略的な都市づくりを行なっている。
    日本においても、1998年3月に閣議決定された新しい全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」において、「大都市のリノベーション」が国土政策上の重要な課題として位置付けられた。しかしこれまで産業の再生など国の競争力強化に向けた戦略と都市の再編とが一体的に図られてきたとは言い難い。海外からの増便要請に応じられない空港、高い業務・生活コストなど、日本の都市のビジネス環境は海外の諸都市に比べて貧弱である。
    経団連では、98年4月、東京圏を経済首都として再編すべく、提言「新東京圏の創造」を発表した。政府、関係地方公共団体は、東京、大阪をはじめ、わが国を代表する各都市を、国際社会の中でどのような特色を持った都市として位置付けていくのかを明確にし、各都市にふさわしい産業基盤の強化に取り組むべきである。

  7. 自然と調和した環境共生都市
  8. 都市づくりにおいては、無秩序な市街地の外延化を抑制し、環境共生都市を実現することが求められる。例えば、近郊緑地等を都市の観光・教育資源とし、エコツーリズムを展開させることなどを通じて、身近な自然を都市の土地利用計画の中に一体的に取り込んでいくべきである。また、大都市圏においては都市公園の整備、グリーンベルトと一体となった環状道路の整備など都市に緑を取り込む工夫をするとともに、公共交通を充実させることにより、輸送の円滑化を図り、CO2の削減などを実現することが必要である。

  9. 災害に強い安全都市
  10. 阪神・淡路大震災は直下型地震の恐ろしさを我々に認識させた。日本列島全土を被う活断層の存在は、防災に強い都市構造の形成を重要な課題として突きつけており、災害に強い街並みの形成が求められている。街並みの形成にあたっては、街並み全体の持つ美しさに対する視点も求められる。

2.大都市圏の課題と再編の方向

大都市圏の課題は、上述した5つのコンセプトの実現に向けて、国民の期待が高い都心居住を進めるなど多様なニーズに応えるべく、土地の有効・高度利用を実現することであり、そのための規制の合理化・再構築、プロジェクトの展開、支援が不可欠である。

  1. 都心部の高度利用と安全な都市づくりに向けた街路・街区整備
  2. 大都市圏における多様なニーズに応えるためには、都心部の土地を高度利用することが必要である。東京都区部の実容積率の平均は129.5%であり、指定容積率の充足率は52.5%にとどまっている。低層の市街地が形成される要因は、街路計画においてどのような街区を形成するかという観点が十分でないこと、街路整備が十分に行なわれていないこと、敷地が細分化されていることであり、指定容積率を引き上げても、日影規制、斜線制限などの制約を受け、実容積率は上がらないのが実情である。実際、東京都区部の行政面積に対する道路面積の割合(道路率)は、15%に過ぎず、ニューヨークの30%には遠く及ばない。都市計画道路の計画に対する整備の進捗状況も約55%に過ぎない。
    そこで、まずは街路・街区計画の策定、実現により、実容積を引き上げていくことが重要である。街路・街区の整備は、沿道の高度利用の促進に加え、渋滞の解消、都市の防災機能の向上、電線類の共同溝の設置などによる美しい街並みづくりに資するものである。
    また、街区の一体性を確保するためにも、敷地の統合を進めることが重要である。現在の税制は、小規模な敷地ほど優遇する仕組みになっており、例えば住宅系の利用であれば敷地の大小にかかわらず優遇することも検討に値しよう。
    さらに、阪神・淡路大震災の教訓によって、直下型地震は小規模の火災を同時多発的に発生させることが明らかになっている。従来のような幹線道路を遮断帯として街区を跨ぐ延焼を防ぐという防災対策のみでは不十分であり、建て替えを促進し、個々の建築物の耐震性、耐火性の向上を図るとともに、より詳細な街路計画の策定と整備を進める必要がある。97年11月に施行された密集市街地における防災街区の整備促進に関する法律(密集法)は、防災の観点からの再開発を促す上で有効な施策であり、同法に基づく防災再開発促進地区の指定を積極的に行なうべきである。

  3. 低未利用地の有効利用─モデルプロジェクトの推進
  4. 大都市圏には、バブル崩壊後に生じた既成市街地の虫食い土地、産業の再編に伴う工場跡地等が低未利用のままとなっている。これら用地を都市の再生と産業の再生に向けて、周辺地域と一体的に有効利用することが求められる。例えば、少子・高齢社会に対応した保育・介護施設、環境・省エネルギーに配慮したごみ焼却・発電施設やリサイクル施設、情報化に対応したインテリジェントビルの建設など、新しい時代に求められる機能を備えたプロジェクトを官民が連携して積極的に展開すべきである。
    このためには、住宅・都市整備公団、民間都市開発推進機構などの機能を拡充し、民間や地方公共団体と連携して都市機能整備プロジェクトを進める必要がある。また、政府系金融機関による出融資に加え、PFI手法やプロジェクトファイナンスの活用、不動産の証券化など多様な資金調達手段の活用を検討すべきである。
    さらに、臨海部で利用転換の見込まれる土地を臨港地区から迅速に除外することや、用途規制の緩和、弾力化などを進めていくことも重要である。

  5. 多様なニーズに応えうる土地利用─ミックスドユースの推進
  6. 都心部の人口減少と衰退を防ぎ、活気のあるまちづくりを行なうためには、都心部の居住機能を高めるとともに、持続可能なコミュニティを形成できる良好な生活空間を整備しなければならない。すなわち、住宅に加えて、生活を豊かに彩る商業・文化・教育・交流・福祉等の機能が集積するミックスドユース(多用途近接)を推進すべきである。
    このためには、地域が自らの土地利用のあり方を定められる地区計画制度を積極的に活用し、柔軟なまちづくりが行なえるものとすべきである。また、地方公共団体は高層住居誘導地区を積極的に指定するなど、生活空間誘導策を講じるべきである。さらに借家の質の向上を図るため定期借家権を導入することが不可欠である。

  7. 土地利用計画の再編と自治体の役割
  8. 土地利用については、縦割りを廃し、総合的な施策を展開すべきである。現在、国土利用計画法、都市計画法などの見直しがそれぞれ進められているが、首都圏整備計画など広域的な計画を実効あるものにしていくよう、広域ブロック単位の土地利用計画と都市計画との連携を強めていくべきである。
    また、臨港地区に指定されている地域で都市的土地利用を図るには、港湾法と都市計画法の手続を経ることが必要であり、道路の設道・廃道を伴う再開発は、都市再開発法等と道路法との調整をしなければならない。都市計画区域は国土の25.7%、約950万haを占め、そのうち557万haが農業振興地域に指定されているが、実際に農地として利用されているのはその中の209万haである。これら各施策は必ずしも連動しておらず、制度の整理・統合が必要である。
    さらに、地方公共団体が開発指導要綱をはじめとする行政指導によって都市のあり方を誘導していることが多く見られるが、行政指導は、住民・開発主体などから是正を求める手続が担保されていない。行政指導は、行政手続法の精神に基づき、指導理由と手段の妥当性を明確にしたうえで行なわれるようにすべきである。
    都市計画の策定手法を改善するために、提案型の都市計画の策定を認めるべきである。都市計画法第15条は、都市計画を定める者が都道府県知事および市町村であることを明定しているが、策定に当たっては、審議状況が十分明らかでない審議会と、それを説明する公聴会、計画の縦覧とそれに対する意見書の提出といった住民にとって受身の手段が用意されているのにすぎない。経済、社会構造が激しく変化していることを考えれば、地域の市民、まちづくりNPO、タウンマネジメント機関、企業などが都市計画の策定、変更を提案する制度を創設すべきである。
    同時に、都道府県知事および市町村は、都市計画について責任をもって迅速に実行することが必要である。権利調整においてもリーダーシップを発揮し、ゴネ得を許さない姿勢が求められる。
    また、権利調整の前提である地籍調査の進捗率は極めて低い。正確な地籍図の作成は権利関係の整理につながるのみならず、都市の土地利用のあり方、居住の動向などを立体的に把握する上で貴重な資料となる。国際的にも都市のあり方を把握する指標の統一が課題となっており、早急な整備が望まれる。

  9. 再開発の迅速化
  10. 現在、民間による組合施行の第一種再開発事業は、基本構想を立案してから30年以上かかるものも少なくない。都市計画決定時において権利者の高率の同意や参加組合員、保留床処分先の確定を求める等の過度の行政指導を是正するとともに、都市計画の変更手続を弾力化し、手続を迅速化すべきである。
    また、組合設立や権利変換計画の認可手続における権利者の高率の同意を求めることなどがないよう、政府通達の方針を徹底すべきである。権利変換手続については、都市再開発法110条の特則型再開発においても全員同意要件を緩和することが必要である。
    再開発にあたっての関連諸制度の活用、要件緩和等も求められる。緊急再開発事業促進地区、機能更新型高度利用地区、高層住居誘導地区の積極活用を行なうほか、地方公共団体の課している不合理な住宅・駐車場などの付置義務を改善すべきである。借地借家法の借家契約終了の正当事由として、市街地再開発事業の施行を認めることも、再開発の迅速化に資する。
    都市再開発関連の補助事業については、対象事業の拡大、要件の緩和に加えて、年度をまたがる予算執行の弾力化が図られるようにすべきである。また、第一種市街地再開発事業において、都市計画決定後に、参加組合員・業務代行予定者等一定の者に譲渡する場合、ならびに自己都合で転出する者に対しても、特例(5,000万円特別控除等)を認めるなど、税制面での措置も必要である。
    事業化にあたっては政府系金融機関の出融資機能やノウハウの活用を図ることが有効である。

  11. 都市への投資を促進する環境の整備
  12. 都市を再生していくためには、民間の活力を活用することも重要な視点であり、内外の個人および企業が良質なプロジェクトに積極的に投資できるような環境整備を行なう必要がある。このためにまず政府・地方公共団体は明確な土地利用計画、基盤整備計画を提示し、民間投資を誘発する観点から重点的な投資を行なうべきである。これによって民間事業者は、投資の前提となる収益性を予測できることになる。
    これに加え、税制の合理化による投資負担の軽減も必要である。具体的には、地価の継続的下落にもかかわらず負担増となっている固定資産税の引き下げ、や課税の趣旨と負担が合致しない都市計画税の引き下げ、消費税と二重課税となっている不動産取得税の撤廃、登録免許税の手数料化などにより、透明で安定した投資環境をつくることが必要である。
    さらに、特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律(SPC法)に係る特定目的会社について、配当要件(90%超)の緩和、優先出資の増減資の弾力化、原資産保有者の不動産をSPCに譲渡する際の譲渡益課税の繰り延べを行なうなど、より柔軟にSPCを活用できるようSPC法等の改正を行なうことが必要である。また、都市への投資促進、不動産の証券化などによる良質なプロジェクトを推進するために、政府系機関等の信用補完機能の活用を図ることが重要である。
    不動産特定共同事業法の規制緩和は魅力的な共同投資商品を生み出しているが、一層の規制緩和により、より投資しやすい商品を市場に供給できるようにすべきである。
    地方公共団体は、PFIを導入し、民間の積極的な提案をまちづくりに活かしていくことにより都市インフラへの投資を促進していくべきである。

  13. 都市環境整備の重点化・効率化
  14. わが国の大都市が直面する様々な問題を解決し、都市に住む人々が安心して暮らし、働けるようにするためには、5つのコンセプトで指摘した新しい時代に求められる都市機能を重点的かつ効率的に整備し、これによって大都市の活力と国際化時代にふさわしい競争力を取り戻さなければならない。
    このための方策として、街路・街区の整備、防災再開発地区の積極的指定、土地利用転換の障害となる規制の緩和、都市計画決定における提案権制度の創設、土地利用計画の再編などを提案したが、これらに加え、都市環境の整備をよりスピーデイに行なうためには、大胆な都市改造方策を講じる必要がある。すなわち重点的に都市環境を整備すべき地域を「都市再生戦略地域」として指定するとともに、整備目標年限を設定して、官民の連携のもとに集中的な投資を行なうことができるようにすべきである。例えば、都市防災の観点から問題となっている木造住宅密集地区をターゲットゾーンとして指定し、政府・地方公共団体の強力な指導のもとに、思い切った誘導策を講じて、防災都市づくりを推進する一方で、公共の福祉の見地から私権を制限することも必要である。その際、予算についても各省別の縦割りではなく、プロジェクトに着目した重点配分とし、各省、地方公共団体のプロジェクトチームが協力して効率的に使用できるものとすべきである。
    また、都市活動の効率化および防災の観点から都市交通の円滑化を図る必要があり、都市の骨格を形成する環状道路を早急に整備しなければならない。東京圏の場合、環状道路の整備率は20%に過ぎず、ロンドンの99%、ベルリンの96%と比べると整備の遅れは明白であり、都心部に6割もの通過交通が流入し、慢性的な渋滞が発生している。こうした課題は他の大都市圏においても同様である。また、都市圏を構成する市町村、特別区等は一体となって、交通需要マネジメント(TDM)およびマルチモーダル施策を組み合わせて推進する「都市圏交通円滑化総合計画」を策定し、総合的、計画的な対策を推進すべきである。
    冒頭述べたように都市の集積は、活力の源泉であり、大都市の再生は、わが国の再生に直結する重要な問題である。

3.地方都市の課題と取り組み

都市中心部における人口の空洞化、経済活動の停滞など、地方都市の抱える課題は、大都市圏での課題の縮図であり、必要な施策にも共通点が多い。しかし、地方都市にとって中心市街地の衰退は、街のアイデンティティの喪失ともいえる深刻な問題である。地方都市は、規模の小さいことを強みに変え、生活者の視点に立ったきめ細かな施策を展開することが求められる。
政府は昨年5月、改正都市計画法ならびに中心市街地活性化法を制定し、各地域では、中心市街地活性化に向けた具体的なアクションプランの策定、実施に取り組んでいる。しかし、現在のところ、既存の基盤整備事業の枠を超えるような試みはまだ少ない。中心市街地活性化法の中心概念であるタウンマネジメント(都市全体をひとつの組織に見たてて経営を行なうこと)の定着、地域の商業・居住構造の変革や人材育成などに取り組まなければならない。

  1. 生活者に魅力のあるコンパクトな商業空間づくり
  2. 地方都市においては商業空間の空洞化が深刻な課題となっているが、商業空間は、コミュニティの核であり、生活者の消費欲求を満たすとともに、その賑わいの醸し出す雰囲気が心身のリフレッシュをもたらす場でもある。観光客のみならず地域住民にとって魅力的な賑わいを創り出すことが居住空間の回復にもつながる。地域商業の活性化のためには、コンパクトな空間の中に多様な買物施設を揃えることに加え、買物客を長時間そこに引き付ける飲食店やアミューズメント施設などを組み込んだテナントミックスを実現することが重要である。例えば、商店街全体で利用できる買物カートを整備することも有効な買物支援策であろう。
    総合的な大型店と個店の集合体である商店街との関係については、キャナルシティ博多と、その立地によって人の流れを取り戻した川端商店街との関係のように、一体となって地域の祭りを盛り上げるなど、コミュニティの維持発展に取り組みながら、両者の連携を図っていくべきである。

  3. 歩行者の視点に立った交通対策とまちづくり
  4. 地方都市の魅力は、その規模が小さく、諸機能が凝縮されていることにある。モータリゼーションの進展は、こうしたコンパクトな都市の魅力を減退させてきたが、環境問題への関心の高まり、地域の持続性(サステイナブル・コミュニティ)への志向を受けて、「徒歩でいける範囲で完結するコミュニティ」づくりをすることが地方都市の魅力向上の鍵であり、そのためには歩行者の視点に立ったまちづくりを行なうことが必要である。
    英国では「歩行者優先、公共交通優先の原則」が徹底されており、都市中心部では公共交通にのみ通行を認める「トランジットモール」が設置されるなどの工夫がされている。現在、わが国でも地方都市においては、パークアンドライド(郊外に自家用車を駐車し、都市内では鉄道・バスなどの公共交通機関を利用する仕組み)の実験が行なわれ始めているが、その推進に当たっては、郊外における駐車場の整備を行なうとともに、コミュニティバスの整備、バスレーンの設置、路面電車(LRT:Light Rail Transit)の活用など、都心への公共交通アクセスの量的・質的充実を図る必要がある。
    都市内での交通対策としては、都市内拠点間の交通回遊性を確保するとともに、ビジター対策(地図配布、標識、路面表示等)、自転車路や歩行者にとって歩きやすい歩道の整備を行なう必要がある。また、地下駐車場の設置をはじめ違法駐車を減らすための工夫をするとともに、荷さばき施設の確保など都市内物流に対するきめ細かな配慮を施すべきである。公共駐車場は、公設民営方式を取り入れるなどの工夫をし、ニーズに応じた運営を行なうべきである。
    高齢者などの利便性の観点から、低床式のノンステップバスを整備するなど、交通手段のユニバーサルデザイン化を進めるべきである。さらに、要介護者が介護機器の貸出しやボランティアの同行を求めることができる「ショップ・モビリティ」を設立し、NPOによって運営することを検討すべきである。

  5. タウンマネジメントの実行
  6. 地方都市の規模が小さいことの強みは、地域アイデンティティによる自治を可能にすることにある。この強みを活かすためには、「地域のことは地域で決める」というまちづくりへの誇りを持つ人々を束ね、都市の魅力を引き出し、地域全体のあり方の観点から、土地利用の調整、イベントの展開等を行なうタウンマネジメント(都市経営)が重要である。
    中心市街地活性化法は、各地域に、都市経営の拠点となるタウンマネジメント機関(TMO)の設立を可能とし、地域が自らのまちづくりについて創意工夫を行なうことができるようにした点で評価できる。ただし、TMOになり得る者は、商工会、商工会議所、3セク特定会社、3セク公益法人に限定されている上、市町村の出資割合が高いほど国の補助率、補助金を多く受けられる仕組みとなっている。このため市町村中心の従来型の第3セクターが組成されやすくなっているが、コミュニティボンド(地域の住民・企業を主な引き受け者とした債券)によるTMOや市民出資も受け入れたまちづくり会社TMOなど、第4セクターともいうべき市民参加型の組織も積極的につくられるよう、補助金のあり方を見直すべきである。また、地域外から都市計画、建築、マーケティング等の専門家をタウンマネジャーとして招き、「第三者の目」で地域の魅力を再発見し、権利調整などに力を発揮する場を提供することも必要であろう。TMOが従来型の第3セクターの轍を踏まないよう、責任の明確化を行なうとともに、取り組みの成果を期間を区切って客観的に評価することが必要である。
    また、タウンマネジメントには、基本構想、設計、権利調整、都市計画、補償、立ち上げから施設等の運営管理、店舗の入れ替えまで、総合的な視点が必要である。広範な知識、経験が要求されるタウンマネジャーの充実を図る上で、タウンマネジャー育成のための専門課程を大学に設置しているドイツの例などが参考となろう。

  7. 住民参加のまちづくり
  8. タウンマネジメントにおいて、土地利用やテナントミックスなどの調整を進めていくことは最も難しい課題である。住民参加によるワークショップ等によって意見の集約、合意形成を図るプロセスは今後一層重視されよう。その際、住民の側においても地域の自律・自己責任の観点から、地域として必要な廃棄物処理施設の建設といった問題にも前向きに取り組む必要がある。住民・行政が、権利と義務のバランスにつき認識を共有し、ルールに基づいた民主主義によるまちづくりを進めることが望まれる。
    住民参加のまちづくりに向けて、自治体は、「まちづくり公社」などを設立し、まちづくり情報の収集・発信・学習機会の提供、まちづくりメニューの整理・充実等を行ない、民間主体のまちづくりを支援していくことが重要である。
    また、例えば、米国のBID(Business Improvement District:小売業の集客力や経済活動の改善のために設けられた非営利の地区組織)のように、一定の地区を指定し、地区内で「準政府」的な公的強制力を持つ組織が、地域の清掃、警備、産業振興、社会事業等を行ない、地域から費用を徴収するような施策は一考に値しよう。

おわりに

地方分権の推進により、都市計画において地方公共団体の果たすべき役割はますます大きくなってきている。地域の土地利用のあり方は、自治の中心課題である。地方公共団体は、土地利用のあり方を決める過程において住民参加を促すことによって、地域へのアイデンティティと誇りを引き出し、都市計画の実行を通じて公共の福祉を実現すべきである。また、施設整備の観点からは、積極的に市町村合併や広域連携に取り組み、投資の重点化・効率化、財政運営の合理化を行なうことが重要である。一方、都市づくりにおいて民間の担うべき役割も大きい。都市の基盤整備においてもPFIなどを活用し、民間が創意工夫を発揮し、積極的に行政に提案していく姿勢が望まれる。
都市は、そこで活動する人々が、機能性、利便性に加え、美しさや健康、安全性、快適性などを享受できるような空間でなければならない。「ローマは1日にしてならず」の喩えの通り、都市づくりは長期的なプロジェクトである。しかし、わが国都市を再生し、都市型社会を迎える日本を再生するための時間は限られている。現在、政府で進められている新たな都市計画制度づくりにおいて、本提言の内容が反映され、5つのコンセプトを備えた都市づくりが早急に進められることを期待する。

以 上

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