欧米や一部のアジア諸国においては、自国の国際競争力を強化すべく、国を挙げて情報化に取り組んでいる。その結果、例えばインターネットの活用という面において、わが国は先進国の中でも米国やカナダ、北欧などに大きく水をあけられているのが実態である(表1参照)。
インターネットの利用が最も進んでいる米国は、現在のわが国と同様、80年代に深刻な不況に見舞われたが、苦境を脱出するためのツールとして情報通信技術を活用することによって、企業の競争力の回復が図られた。特に、電子商取引については、優れたベンチャー企業が牽引役となって従来の産業構造に風穴をあけている。このため既存の有力企業もこれに追随するという好循環ができており、電子商取引のビジネスモデルが確立されつつある。例えば、顧客管理やサポートの充実によってサービスの付加価値化を図ったり、マーケティング技術の活用によって、多様な顧客ニーズに個別に対応したサービスの提供を行なっているところもある。また、ホームページを通じたコミュニティ・ネットづくりによって集客を図っている企業もあり、これらが電子商取引による収益の源泉となっている。
米国が電子商取引の分野でわが国を大きく引き離している原因として、下記のような状況が大きく寄与していると考えられる。
消費者をめぐる環境
企業をめぐる環境
電子商取引を支えるインフラ
政府の取組み
わが国経済の再活性化のためのツールとしての活用
わが国においては、何よりもわが国経済が再び活力を取り戻し、新たな飛躍に向けて弾みを付けるために電子商取引を活用することが求められる。また、電子商取引は民間経済のみならず、公的サービス部門の効率化を図る上でも有効である。その意味で電子商取引は、まさにわが国全体が贅肉を削ぎ落とし、スリムで効率的な国家に生まれ変わるために、まさに打ってつけのツールと言える。
【電子商取引導入によって期待される効果】
グローバル化する経済への迅速な対応
インターネットは本質的にグローバルであるため、わが国が電子商取引を進めるかどうかにかかわらず、必然的に電子商取引も国境を越えて進展する。米国をはじめとする諸外国の政府首脳が自国の発展の拠り所として電子商取引の推進を掲げている中で、わが国だけが競争に参加しなければ、世界市場はおろか、自国市場を維持することも困難になりかねない。
米国における電子商取引の世界で繰り広げられる優勝劣敗の構図は、わが国にとって、もはや対岸の火事ではない。現在のところ特殊な言語である「日本語」という障壁等によって日本市場は守られているが、バイタリティ溢れる欧米やその他の国々の新しい電子商取引プレイヤーは日本進出と市場制覇を虎視眈々と狙っている。おそらく早晩、日本仕様にカスタマイズしたビジネスモデルを確立し、日本市場に参入するや、瞬く間にわが国の市場を奪う懸念が現実のものとなりかねない。すでに銀行・保険・証券といった金融業やパソコン販売などの分野では橋頭堡ができつつある。
いまわが国に求められるのは、企業、政府(並びに地方公共団体)ともに電子商取引を積極的に導入し、従来型のビジネスモデルを改革して全く新しいビジネスモデルを作ることである。わが国が電子商取引への取組みを早急に本格化しなければ、わが国経済を担ってきた企業の国際競争力は著しく低下し、ひいては将来、わが国経済社会はさらに地盤沈下していく惧れもある。
わが国において、電子商取引の活用が進まない要因として、以下のものが考えられる。これらを克服し、電子商取引への取組みを加速させることが望まれる。
電子商取引の重要性の認識
わが国においても、一部のベンチャー企業や先進的な大企業では、電子商取引を利益の源泉として積極的に活用している。しかし、多くの企業においては、依然として電子商取引を一種のブームとしてしか捉えられていないのが実態である。
本提言をまとめるにあたって経団連では、主要会員企業に電子商取引への取組みについての実態調査を実施したが、その回答状況を見ると、企業間取引こそ全体の75%程度が「現在、積極的に行なっている」「1〜2年以内に行なう予定」あるいは「実験中」と回答しているが、対消費者取引については全体の約40%が「まったく行なっていない」と回答している。
さらに、対消費者電子商取引で目指す売上高比率については、回答のあった企業すべてが10%以下と回答しており、電子商取引の位置づけはまだ試行的・消極的なものにとどまっている。
電子商取引に取り組むことを躊躇させる要因として、前述の調査で最も回答が多かったのは、「セキュリティ」「法制面の整備」「認証/決済の標準化」「インフラ環境」といった外部要因である。これらの阻害要因の克服がわが国の電子商取引の推進上の課題であり、個別の企業の努力では克服することは困難である。しかしながら、米国でもこれらの問題が完全に解決されていないにもかかわらず、企業の試行錯誤や創造性の発揮によって実際に多くの取引が電子的に行なわれており、必ずしも外部要因が電子商取引に取り組む上で致命的な障害であるとは言えない。
既存の流通網、商慣行との調整
電子商取引の導入によって、既存の流通網、販売チャネルとの競合や従来型の業界構造・商慣行(いわゆる代理店・特約店制度やリベート制度)との摩擦が生じることは避けられず、痛みを伴う。しかしながら、電子商取引については、既存の業界構造や商慣行に縛られない企業の新規参入を完全におさえることは不可能であり、企業が合理化を先送りすると、競争力が低下し、市場を失う可能性がある。企業や業界として、電子商取引がもたらす機会とその影響とを正しく見極め、自らの付加価値を高めていくことが課題となる。
個別の企業や業界の枠組みを越えた取組み
企業間商取引については、特定企業間やグループ内のEDI等の取組みが進んでいるが、既存のグループや業界の枠組みを越えた、よりオープンなかたちでの電子商取引は進んでいないのが実態である。開発、生産、物流、販売を通じた一貫したSCM(サプライチェーンマネージメント)やCALSの導入は、国際的競争力を確保するために必須であるが、個別の企業だけでは成立せず、取引に参加する企業すべての対応が必要になる。特に資金力が乏しく情報リテラシーの不充分な中小企業が多い業界においては、個別の企業だけで一貫したシステムを作り上げることは困難である。
新たなビジネスへの挑戦を評価する気風・風土の醸成
電子商取引においては、物理的な参入障壁が低くなるため、企業規模よりも、機動的な意思決定やサービスのきめ細かさ、独自性といったことが重視されるようになる。米国等においても、電子商取引を使った新しいビジネスモデルを提案しているのは従来型の発想や事業手法にとらわれずに、柔軟かつ機動的に事業を展開できるベンチャー企業であることが多い。これに対し、わが国においてはリスクをとって創意工夫を発揮することが必ずしも評価されず、受け入れられにくいのが実態である。
国民に情報通信技術を使いこなし、情報を利活用する情報リテラシーが不足していては、電子商取引の普及は期待できない。国を挙げての情報リテラシーの底上げを図ることが重要な課題である。
情報リテラシーに加えて、わが国におけるパソコン普及率やインターネット接続率の低さが電子商取引の普及を妨げている点は否めない。パソコンの操作性も急速に向上しているが、まだまだ電子商取引に利用するにはハードルが高いと思われる。ただし、すでに、携帯電話にブラウザ機能を搭載したサービスや家庭用ゲーム機のネットワーク端末化等、パソコンレベルの知識を必要としない、操作が容易でかつ安価なインターネット利用端末が普及する兆しが現れている。今後も、広く国民が手軽に利用できる情報端末の開発が期待される。
電子商取引は長時間接続状態で行なわれることが多いため、電子商取引普及のためには、低廉な料金体系が実現されることが不可欠である。米国では、規制緩和や公正競争ルールの策定等によって、競争が活発化し、多様で低廉な情報通信サービスが実現されている。わが国においても、インターネット利用に適した料金体系が実現するよう、事業者の努力と政府による環境整備が強く求められている。
十分なセキュリティが確保されないと、利用者が安心して電子商取引に参加することができない。セキュリティ上の問題として、主に不正アクセスや成りすまし犯罪の防止、個人情報の適切な取扱いの確保と、暗号技術や暗号製品の貿易管理上の問題、電子署名・電子認証に関する制度的課題への対応等があげられる。不正アクセスについては、既に政府において法制面の整備が進められているところである。また、電子商取引において、消費者保護の面でもリアルの世界と同等の水準を確保できるようにすることも課題となる。
わが国の場合、情報化の遅れもあって、一般にセキュリティに対する認識が低いと言われている。また、セキュリティレベルに対する合理的な判断基準がないため、必要以上に高いレベルを追求すると、そのためのコストが高くなり、かえって電子商取引が進まなくなる可能性もある。国全体としてセキュリティに対する正しい認識を深めることと、全体としてのセキュリティコストを引き下げるための取組みが不可欠である。
電子商取引に対応した契約ルールの確立
電子商取引において、契約の成立時点など既存の契約ルールをそのまま解釈・適用するのか、新たなルールを設けるのかについて、政府としての方向が明らかになっていないため、事業者、利用者に不安を感じさせている。
電子署名が手書きの署名・押印と同等に通用する基盤の整備
取引の安定性を確保するための技術として、電子署名や電子認証が注目されており、電子商取引の利用を促進する観点から、電子署名が、手書きの署名や押印と同等に通用する基盤を整備することが期待されている。
電子商取引に対応した業法等の見直し
書面や対面による販売、店舗における販売を前提とした法規制の存在が、企業の電子商取引への取組みを阻害している。また、事業者の自由な参入や価格競争を抑制する規制によって、事業者、消費者双方から見て電子商取引の魅力が減殺されている。
わが国が活力を取り戻し、グローバルな競争に参加し生き残って行くためには、政府、企業、国民が電子商取引を積極的に活用することが求められる。具体的な推進に当たっては、以下の3つの基本的考え方を踏まえる必要がある。
電子商取引は未だ揺籃期にあり、技術開発のスピードも速いため、市場において商品・サービスを提供し、技術開発を担う企業の自助努力と創意工夫に委ねることが電子商取引の健全かつ迅速な発展を促す上で最も望ましい。公的分野においても、その企業のノウハウを最大限に活用することが望まれる。その際、民間が自主的に取り組むべきこととして、特に以下の3点が重要である。
経営者のリーダーシップの発揮
電子商取引によって企業経営面で大きな効果をあげるためには、企業組織の再編、業務の変更、人員再配置が必要である。また、既存の取引チャネルとの競合等の痛みが伴うため、企業が電子商取引を推進するには、企業経営者の決断が不可欠になる。今後、経営者自身が電子商取引の意義と効果を正しく認識し、リーダーシップを発揮し、組織改革、業務改革も含めてトップダウンで推進していくことが何よりも重要である。
新たなビジネスに挑戦しやすい環境づくり
今後は、大企業優位の構造が変化し、ベンチャー的な発想をもった社員や、ベンチャー企業が電子商取引の主要な担い手となることが期待されている。そこで、大企業の新規事業担当者やベンチャー企業が活動しやすい環境を整備することが求められる。特に、人材の育成・活用、権限の現場への委譲、機動的な経営システムへの変革、さらには風土改革・意識改革(挑戦を評価、敗者復活を容認、成功者を賞賛等)を図る必要がある。また、ベンチャー企業が参入しやすいよう、排他的な商慣行を改め、オープンで公正な事業環境を整備することも重要である。
既存の枠組みを越えた企業間電子商取引の推進
従来より、EDI普及の際の問題点として、メーカーごとに異なる端末を導入しなければならない多端末現象や回線コストの高さ等が指摘されていたが、インターネットをはじめとするオープンなネットワークを共通で利用することによって、中小企業が安価なコストで電子商取引を導入することが可能になる。今後、EDIやSCM、CALS等の取組みを本格化させるため、中小企業をはじめとする利用者のコストや利便性を重視し、グループや業界の枠組みを越えた標準化や相互運用性のための取組みを加速することが不可欠である。
政府(並びに地方公共団体)の果たすべき最も重要な役割は、企業や国民の負担を軽減しつつ、サービスの質的向上を図るため、自ら電子商取引に取り組み、簡素で効率的な電子政府を確立することである。また、日本最大の電子商取引の潜在的ユーザーでもある政府や地方公共団体が、率先して電子商取引に取り組むことで、公的部門と民間部門のインターフェイスの情報化が進み、民間部門の情報化投資の促進と、国民の情報リテラシー向上も期待できる。公共投資、公共調達については手続の不透明さや高コスト体質に対する批判の多いところであり、電子商取引を導入することにはこれらの批判に応えるという意義もある。
政府や地方公共団体においても、コスト・ベネフィットを勘案しつつ、計画的に情報化投資を行ない、定期的にその評価や見直しを行なうことが求められる。
また、簡素で効率的な電子政府の実現に当たっては、行政改革とセットで進めることが不可欠であり、業務プロセスや行政組織の見直し、人員の再配置等を併せて行なうことが不可欠である。
政府自らが電子商取引を進めるためには、印紙の貼付というプロセスを電子化する必要があり、手数料前納主義を見直す必要がある。
さらに、公的サービスと言えども、原則として民間に委ねられる部分は民間が担うべきであり、民間へのアウトソーシングを最大限活用すべきである。例えば、公的サービスで利用される認証システムの運用、各種データベースの整備や更新等が挙げられる。
[電子政府の実現に伴うコスト削減の事例−歳入・歳出事務を電子化した場合] |
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経団連の試算によれば、年間約2億6,500万件の歳入・歳出事務処理のうち、歳入金については、約90%近くが、歳出金については約30%近くが紙ベースで処理が行なわれている。これらが電子化されれば、手作業でのデータ入力や書類運搬のコストの削減に加えて、窓口納付から口座振替への切り替えに伴う国民負担の軽減などが図られ、政府、国民、金融機関全体で1,000億円以上のコスト削減効果が期待できる。 |
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*労働省の統計資料(毎月勤労統計等)や日銀資料等をもとに経団連で試算 |
民間分野の電子商取引の推進は基本的には企業の自主的取組みに委ねるべきであり、国の過度な規制や介入は、電子商取引に取り組もうとする個別企業の生産性向上努力や創意工夫のインセンティブを弱め、技術革新が阻害されたり、新規参入や事業拡大の意欲を損なうなど弊害が多い。政府は、自ら電子商取引に取り組むとともに、企業が創意工夫を凝らして自由に競争できるような環境整備を行なうべきである。
世界的に見て立ち遅れている電子商取引をわが国全体として普及・促進させていくためには、目指すべき経済社会を実現するための電子商取引の役割を明示するとともに、向こう2年間で、短期間で効果が目にみえる施策を戦略的・集中的に実施していくことが求められる。そこで、必要な制度、政策の整備を省庁横断的かつ集中的に行なうためのプログラムを早急に策定すべきである。
[電子商取引促進プログラムの概要] | ||||||||||||||||
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特色:向こう2年間で、効果が目にみえる課題に優先的に取り組む。
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