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厚生年金基金の代行部分返上の選択を求める

1999年12月21日
(社)経済団体連合会

はじめに

厚生年金基金(以下、基金)は、適格退職年金とともに、わが国における企業年金制度の普及、充実に貢献してきた。しかし、制度発足30余年を経て、少子高齢化の進展、労働市場の流動化、金融自由化など、企業年金制度を取り巻く経済社会構造は大きく変化しており、既存の企業年金は安定性を欠いたものとなってきている。中でも、厚生年金の報酬比例部分の一部を基金が代行する部分(以下、代行部分)の不安定性が顕在化しており、事前積立を原則とする企業年金の中で運営維持していくことはもはや困難となっている。
また、先の通常国会に提出された公的年金制度改正法案では、厚生年金本体の予定運用利回りを5.5%から4.0%に引き下げることが示されているが、代行部分の免除保険料率および最低責任準備金については、凍結されることとなった。今回の措置は、当面の企業負担を軽減する面はあるものの、凍結期間や凍結解除後の負担の取扱い等については明確にされておらず、暫定的なものにとどまっている。これにより、代行部分の基金に及ぼす影響が一層不確実なものとなっている。
当会では、既に「企業年金制度の抜本改革を求める(97年12月)」で、『企業年金を私的年金として明確に位置づけ、労使合意による自由な制度設計を認めるとの観点から、基金の代行部分について、返上を選択できるものとしておく必要がある』と提言しているが、上記のように状況は一層厳しさを増しており、今回改めて、基金の代行部分返上の選択とその具体策を、下記の通り提案する。

1. 基金の代行制度を巡る諸問題

  1. 制度の構造的問題の顕在化
  2. 基金の代行部分は、厚生年金の報酬比例部分の給付の一部を、国に代わって基金が受け取る免除保険料で賄うこととなっており、公的年金の性格を有している。このため、給付水準、最低責任準備金、予定利率など制度の骨格は全て国が決めており、各個別企業の労使自らが環境変化に応じて柔軟に制度を変更することができない。
    さらに、免除保険料率の算定には、将来にわたり一定の新規加入があることを前提とする開放基金方式 1 が用いられており、実際の新規加入員数がこれと乖離していった場合に、基金の財政が大きな影響を受けるという特徴がある。今後、多くの基金では、現役加入員に対する年金受給者の比率が急速に高まっていくものと考えられる。このため、各基金における代行部分の給付債務も着実に増大するが、公的年金である代行部分の給付水準が見直されない限り、掛金を段階的に引き上げることが避けられず、個別の基金単位でこれを将来にわたって賄っていくことは極めて困難となってきている。

  3. 制度を取り巻く環境の変化
    1. 資産運用環境の変化
      制度の発足当時は高度成長時代であり、低成長・低利回り時代の到来を想定していなかったが、現在、基金の運用利回りは、代行部分について規定されている予定利率(5.5%)を大きく下回っている。このため、多くの基金で多額の利差損が発生する状況が続いている。代行部分に関する利差損益の累積額を一定の前提の下で試算すると、過去の高金利時代に享受した利差益の累積は、既にほぼ消失したと見られる。従って、今後とも今のような低金利が続けば、利差損の累増が不可避であり、代行部分の存在自体が企業あるいは加入員に過重な負担をもたらしかねない状況になっている。

    2. 企業組織形態の多様化
      わが国に立地する企業が経営の効率性を追求し、国際競争力を維持・強化していくために、企業組織形態の多様化に対するニーズが高まっている。企業の組織再編に伴って、企業年金制度を変更せざるを得ない場合も出てくるため、退職給付制度の制度間移行が円滑に行えるようにしておく必要がある。現在では、適格退職年金から基金への移行しか認められておらず、企業の組織再編の阻害要因となっている。

  4. 新しい退職給付会計の導入
  5. 金融資本市場改革の一環として、現在、企業会計制度の見直しが進められており、2001年3月期決算から新しい退職給付会計の適用が決まっている。具体的には、企業年金および退職一時金を含め企業の退職給付への包括的な会計処理が導入され、代行部分についても企業の退職給付債務に含めることとなった。
    退職給付会計の導入は会計基準の国際的整合性の確保に資するものの、これまで会計制度の未整備や退職給与引当金の圧縮等のために計上されていなかった退職給付債務あるいは積立不足が顕在化する。他方、先に述べたように、代行部分の基本的な制度設計は国により決められてしまうため、企業努力による積立不足解消には限界があり、企業経営は大きな影響を受ける。
    当会は、これまで、退職給付制度の新たな選択肢としての確定拠出型年金の導入を、また企業経営並びに金融資本市場への過度の影響を回避しつつ積立不足を減らす方策として、保有株式の退職給付信託設定あるいは保有株式の直接拠出を提案してきた。代行部分についても、代行部分返上のためのルールが固まり、労使合意が成立し返上した場合には、企業の退職給付債務として計上する必要がないことを会計制度上明らかにしておくことが必要と考える。

2. 代行部分返上ルールの具体的提案

  1. 返還金額の計算方法
  2. 現行法上、各基金が解散を決定し、厚生大臣から認可が下りた場合、厚生年金基金連合会への資産移管額は、非継続基準に基づく最低責任準備金 2 相当額である。この最低責任準備金は、先に述べたように、政令等により凍結措置が取られている。凍結期間中の代行部分返上の選択を認め、その際の返還金額は、凍結措置に基づいて計算された最低責任準備金とする。

  3. 代行部分の返上先 3 4 および代行給付
  4. 代行部分は厚生年金(報酬比例部分)の一部であることから、厚生年金本体(国)へ返上する。従って、代行部分返上後の給付責任は、厚生年金本体(国)に移る。

  5. 資産の返還方法
  6. 代行部分に相当する資産は巨額(1997年度末で24兆円)であり、その資産返還に伴う市場への影響を極力回避することが重要である。そのためには、現金だけでなく、有価証券等の現物による返還も認めるとともに、分割返還の方法についても検討する必要がある。さらに、現行の企業年金契約を、代行部分と基金独自の退職給付部分(以下、加算部分)とで分割して、代行部分の契約当事者を国に変更する方法などの特別措置についても検討する必要がある。

  7. 代行部分返上のイメージ (別紙参照)
  8. 代行部分返上後の加算部分について、各企業労使の判断により、以下のいずれの方法も選択できるよう、所要の措置を講ずるものとする。

    1. 基金制度の枠内に「代行なし基金」を創設
      代行部分返上後も引き続き、基金制度の中の新たな仕組みとして位置づける。 なお、「代行なし基金」は、公的な性格としての代行部分を持たない以上、現行制度で課せられている加算部分に対する規制、例えば、加算部分の給付現価を代行部分の3割以上とすること、終身年金を原則とすること、等の適用を受ける必要はないと考える。

    2. 基金制度の枠外に位置づけ、適格退職年金へ移行
      代行部分を返上した後、適格退職年金へ移行する。この場合、次の2つの選択肢が考えられる。
      選択肢1: 基金に代わる運営主体として、新たに、事業主から独立した権利義務主体である「適格退職年金基金(仮称)」を設ける。
      選択肢2: 基金に代わる運営主体を、現行の適格退職年金と同様、事業主とする。

    3. 確定拠出型年金への移行
      代行部分を返上した後、加算部分を確定拠出型年金へ移行する。

  9. 税制上の取扱い
    1. 当会では、かねてより、従業員の老後所得を確保するための税制上の支援策として、拠出時・運用時非課税、受給時課税への一本化、特別法人税の撤廃を求めている。代行部分返上後の加算部分の制度についても、上記原則を基本とする。

    2. 代行部分を返上した後、加算部分を適格退職年金や確定拠出型年金へ移行する際には、課税されることなく円滑に移行できる措置を設ける。

3. 今後の課題

  1. 代行部分返上後の位置づけ、税制上の取扱いなどを整理する観点から、企業年金に関する必要最低限の共通ルールと税制上の支援策のための法整備が必要と考える。

  2. 代行部分の返上が進めば、厚生年金の報酬比例部分は公的年金として純化されていく。現在、公的年金制度改正法案が国会に提出されているが、代行部分の返上を契機に、報酬比例部分の今後のあり方についても、抜本的に見直すことが不可欠である。

以 上

1 開放型総合保険料方式とは、現在、制度加入している者に加えて、毎年一定人数の新規加入者があることを前提に、毎年の掛金を設定する財政方式である。また、開放基金方式とは、開放型総合保険料方式の一形態で、計算時点以降の将来勤務期間のみを対象に掛金を算定し、この掛金及び積立金で賄えない債務を過去勤務債務として、特別掛金により有期で償却している。
2 最低責任準備金は、「厚生年金保険法第85条の二に規定する責任準備金に相当する額の算出方法を定める告示」により算出した額とされており、厚生年金保険法第85条の二に規定する責任準備金の算定の基礎となる予定利率は、年五分五厘である(厚生年金基金令第55条)。
この告示では、「厚生年金保険法第85条の二に規定する責任準備金に相当する額は、基金又は厚生年金基金連合会が解散した日において当該基金又は連合会が年金たる給付の支給に関する義務を負っている者について、それぞれの次の各号に定める額を合計した額に、その者の性別及びその解散した日におけるその者の年齢に応じて別表に定める数を乗じて得た額を合算した額とする」となっている。
3 現行制度では、厚生年金保険法第162条の三において、「連合会は、基金が解散したときには、解散基金加入員に係る第85条の二に規定する責任準備金に相当する額を当該解散した基金から徴収する」とされており、連合会が解散基金から最低責任準備金を徴収することになっている。
4 最低責任準備金の納付について、具体的には、解散基金が解散した日において年金給付の支給に関する義務を負っていた者について、「解散基金加入員一覧表」を作成し、加入員台帳および受給権者台帳を添えるとともに、最低責任準備金の計算を行い、「厚生年金保険法第162条の三第1項に規定する責任準備金に相当する額の明細書」を作成して、連合会へ提出することとなる。連合会において、これらの提出資料に基づいて最低責任準備金の検証が行われ、連合会から納入告知書が届いたら、指定期限までに最低責任準備金を納付することになる。さらに連合会が解散した場合には、政府は同額を連合会から徴収することとなっている(同法85条の二)(以上、『厚生年金基金制度の解説』(厚生省年金局企業年金国民年金基金課監修))。

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