(公財)経団連国際教育交流財団日本人大学院生奨学生留学報告

イギリスでイスラーム陶器史を学ぶ

神田 惟 (かんだ ゆい)
2012年度奨学生(東京倶楽部奨学生)
東京大学大学院からオックスフォード大学大学院に留学

ウルフソン・カレッジにて、卒業式当日に

2012年8月より、東京倶楽部奨学生として英国オックスフォード大学大学院東洋学研究科イスラーム美術史・考古学研究科哲学修士(M.Phil.)課程で学ぶという稀有の僥倖に恵まれた。病気による1年間の休学を経て2015年に提出した学位論文において研究対象として扱ったのは、サファヴィー朝期イラン(1501〜1722年)における陶製品の銘文である。本研究で独自に着目したのは、陶製墓の銘文の一部を成すぺルシア語詩である。これまで、陶製品銘文中のペルシア語詩は、制作年や制作地などの銘文と比べ、史料として「無価値」なものであると見做されてきた。報告者はドイツ、イギリス、フランスにおける館蔵品調査に基づき、当該陶製品のカタログ・レゾネを作成し、これまで未解読であった銘文のペルシア語詩の内容およびそのコンテクストを明らかにすることで、これまで学術的合意を得ていなかった工房・年代・製作地について新知見をもたらした。幸いこの学位論文はディスティンクション(優)の評価を得、国内外の学会でも好評を博したので、現在は専門誌に投稿論文(英文)を準備中である。

一見、我が国においては馴染みの薄いテーマであるが、サファヴィー朝期にイランで制作された陶製品のうち、最も早い年記を有する作例は実は国内(中近東文化センター附属博物館)に所蔵されている。忘れもしない2012年10月某日、初めて、イスラーム美術史・考古学を共に研究する同期たちと顔を合わせたとき、「日本には良いイスラーム陶器のコレクションがあるものね!」と口を揃えて言われた。この「知る人ぞ知る」コレクションを、我が国が誇るコレクションへと変えていくこと、そしてその活動を通じて、メディアを通じてステレオタイプ化された「イスラーム」像を是正し、我が国と中近東諸国との相互理解を促進することが自らの責務だと考えている。

学位取得後は東京大学人文社会系研究科博士課程に籍を戻した。現在は日本学術振興会特別研究員(DC1)として、引き続きイスラーム陶器史の研究に従事しているが、在英中の地縁を生かし、現在も世界各国の美術館で関連作品の調査を行っている。

マンツーマンでのアラビア語講読(週7時間)やエッセイ・チュートリアル、アシュモレアン美術館やボドリアン図書館の一級品を目の前にしての授業、イスラーム陶器史の泰斗たる指導教官を相手にしたディスカッション(たまに喧嘩)、世界最大級のイスラーム美術史関連の蔵書を誇るサックラー図書館と、一級のアラビア語・ペルシア語史料を揃える東洋学研究所との間に位置するハリーリー・リサーチ・センターのオフィスでの徹夜の日々・・・これ以上望めないぐらい贅沢な環境で、夢のような時間を過ごした。しかし、何よりも恵まれたのは人の縁であった。指導教官や同期の仲間達とは、帰国後も良好な関係を築いており、一緒に国際学会で報告をしたり、投稿前の論文をメールで送りあって批評しあったりする関係である。イスラーム美術史の研究を続けている限り、世界のどこかで皆とまた会えるのだと思うと、励みになると同時に身が引き締まる思いである。最後になったが、このような貴重な機会を与えてくださった貴財団に心より御礼を申し上げたい。

指導教官オリヴァー・ワトソン教授とのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
見学ツアー後、研究室のメンバーとロンドンのイラン料理屋にて
(2016年2月掲載)

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