(公財)経団連国際教育交流財団産業リーダー人材育成奨学生留学報告

研究者への第一歩

牧原 詩林 (まきはら しりん)
2013年度奨学生
東京大学大学院からカナダ/マギル大学大学院に留学

私は2013年9月からカナダ、モントリオールにてMcGill 大学医学部脳科学科の博士課程で学んでいる。

研究のテーマは、生命がどのように複雑な神経ネットワークを形成するのか、その分子的なメカニズムの解明である。神経ネットワークは無数の神経細胞がいわば 「手をつなぎあう」ことで作られるが、手を伸ばす距離は尋常でない。人間のスケールで言えば、東京駅にいる人間が最適なルートを選びながら50kmも手を伸ばし、八王子駅にいる特定の人と手を繋ぐことに匹敵する。神経細胞はこれを可能にするために、周囲の状況に応じて「手の筋肉(実際には手でも筋肉でもないのだが)」を非常に精密にコントロールすることできる。

私はこのメカニズムに強い関心を持っている。なぜならばこのメカニズムの解明は、現在ではまだ不可能な“神経ネットワークの再生”への礎になると確信しているからである(現時点でも神経細胞自体の再生はできるが、機能的なネットワークの再生ができない)。

Charron博士の下でこの研究を行うことで、今後研究者として生きていく上で大切な経験を積むことができた。

私が注目したソニックヘッジホッグという分子は多機能であり、上記のような神経の手を誘導する機能以外にも、神経幹細胞の分裂、分化を促す作用を持つ。この分子を切り口に研究したことで、「真理は分野をまたぐ」ということを大いに実感することができた。特定の分野から現象を覗くことは、物事の一面しか見せてくれない。複数の分野に精通し、枠を壊すことで初めてそのものの本質に触れられるのだ。この研究室でガンや視神経の老化など多様なテーマを研究する優秀な仲間たちとざっくばらんに議論することで、視点から自由であることの大切さを痛感することができた。

またCharron博士の強いネットワークは 、様々な研究者と繋がる機会を私に与えてくれた。学会参加はもちろんのこと、 ブラウン大学への派遣、沖縄科学技術大学院のプログラムへの参加などを通して、自分の研究を進める重要な実験技術を学ぶことができた。こういった機会を通して、日本にいては出会うことができなかった多くの研究者と繋がることができた。 ここで知り合えた同世代の研究仲間と切磋琢磨しながら、10年、20年後の神経発生研究を引っ張っていきたい。

この2年間は、今までの人生でも最も勉強に、研究に、打ち込めた時間であった。慣れない環境の中、 時間を人より使うことでなんとか食らいついていたが、振り返ってみれば、多くのことを学べたことに気がつく。言葉や文化によらず、研究とは、孤独な作業とチームプレーのどちらもが必要である。現象と仲間に対して誠実に一生懸命に向き合うことの大切さを学べたことが最大の収穫であった。

博士課程修了後は、ポスドクとして海外でさらに武者修行する予定である。 今後は神経発生の知識を生かして、実際の「幹細胞を使った神経ネットワークの再生」を研究したいと考えている。その後は日本のアカデミアで、脊髄損傷の治療法の確立に尽力したい。これは決して一人で成し遂げられるものでなく、異なる分野の多くのプロフェッショナルの協力が不可欠なものである。研究面で自分の能力を磨くだけでなく、チームに貢献できる人間力を持った人間になれるようこれからも精進していきたい。

最後に、このような貴重な経験を与えてくださった 経団連国際教育交流財団の皆様に心より感謝申し上げます。

研究室の仲間で参加した学内のマラソン大会にて(筆者は中央)。
(2016年2月掲載)

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