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日本監査役協会設立30周年記念式典
奥田会長祝辞・記念講演

「攻めの企業経営と監査役への期待」

日時:2004年4月13日(火)
場所:パシフィコ横浜(国立横浜国際会議場)

1.はじめに─祝辞

ただ今ご紹介をいただきました、日本経済団体連合会の奥田でございます。社団法人日本監査役協会が設立30周年を迎えられ、本日このように盛大な記念式典ならびに監査役全国会議が開催されますことを、心よりお慶び申し上げます。記念すべき会合にお招きをいただきましたこと、誠に光栄に存じております。
日本監査役協会が設立された1974年は、オイルショックの混乱の中で企業性悪説が台頭していた時期でして、監査役の任期は、それまでの2倍の2年に延び、業務監査の権限が与えられることとなりました。
それから30年が経過し、企業においては自主的なコーポレート・ガバナンスの充実に努めておりますが、監査役の体制や権限も商法改正のたびに強化され、今や、会社法上、大会社では監査役が3人以上、そのうち半数以上は社外監査役、任期も4年になっています。また、委員会等設置会社という新たなタイプの会社でも、委員会の過半数を社外取締役が占める監査委員会が設けられております。
それだけ監査役や監査委員会の地位と発言力が増してきているわけで、私も、監査役の方々に業務の模様を報告する際には、大変緊張いたします。ましてや本日のように強力な監査役の皆様が多数いらっしゃる前でお話をするというのは、非常に心の引き締まる思いでございます。
実は本年1月1日に発表した日本経団連の新年メッセージにおいて、私は、「2004年は守りの経営から攻めの経営に転じるべき年だ」と訴えました。本日は30年間の監査役協会の歴史を踏まえ、これからの監査のあり方を考えるという会議、そしてまた新年度に入ったばかりの会議という、せっかくの機会でありますので、産業界によるビジョンとして、日本経団連が発表いたしました「活力と魅力溢れる日本をめざして」のご紹介を交えながら、今年のキーワードである「攻めの企業経営」のあり方について、私の考えをお話申し上げたいと存じます。

2.攻めの企業戦略

まず、前提として申し上げておきたいのは、社会保障制度や財政構造などの改革を断行すれば日本経済には着実な経済成長を実現する能力が十分にあるということであります。私どものビジョンでは、冒頭に2025年度までに実質2%程度の経済成長が可能であることを示した上で、「2%の成長能力を引き出し、実際の成長に結びつけていくかを考えることが、私たちに課せられた最大の責務である」とうたっております。バブル崩壊後、長期の低迷を続けてきた日本経済にも、輸出環境の改善と設備投資の回復を背景に、ようやく明るさが見え始めてまいりました。今年度こそは、個人消費や住宅投資の拡大を図り、内需中心の持続的な成長へとつなげ、国民が豊かさを実感でき、また世界の人々からも「行ってみたい、住んでみたい、働いてみたい、投資をしてみたい」と思われるような「活力と魅力溢れる日本」への道筋を確実なものとしていかなければならない、と考えております。
その鍵を握るのは民間企業の活力でございます。各企業には、不断の経営改革と、多様な、質の高い人材の育成を行いながら、新たな需要の創造につながる魅力ある新製品や新サービスの開発に果敢に挑戦し、攻めの企業戦略を強化していくことが強く期待されます。

どのような企業戦略が必要なのか、考えてみますと、戦後のわが国の経済成長には、資本、労働、技術進歩の三要素のうち、資本の拡大、すなわち設備投資の拡大とともに、技術革新が大きな役割を果たしてまいりました。今後、少子化・高齢化の進展によって労働力の減少が予測される中で、資本投入と技術革新の役割は一層大きなものになると思われます。しかし、私が各国を回ってみますと、どこの国の指導者たちも異口同音に技術革新が大切だとおっしゃっておりますので、それだけに一刻も早く技術革新を推し進め、魅力ある新製品を生み出して「科学技術創造立国」しか、成長の道はないのではないか。とりわけ重要なのは国民の必要性(ニーズ)や欲求(ウォンツ)を満たす需要創造型の新製品の開発であると存じます。

例えば、トヨタ自動車の場合、技術面では環境戦略に力を入れております。地球規模のモータリゼーションの進展や、再生社会・循環社会の到来を踏まえれば、環境対応なくして自動車の将来はありません。そこで環境対応を、単なる社会的要請ではなく、ビジネス・チャンスとして捉えまして、1990年代から環境戦略に取り組んでまいりました。トヨタの環境技術は、その地域に最も適した環境対応技術や車種を、広範な選択肢の中から選んで提供する「適地適車思想」に基づいております。既にプリウスなど本格的なハイブリッド車が5車種あるほか、クラウンなどにもハイブリッド車を販売しております。特に、新型プリウスの人気は非常に高いものがあります。将来的には燃料電池ハイブリッド車の生産も本格化させていくことになると考えており、技術革新により新しい需要を創造していくために、攻めの企業戦略を心がけているわけでございます。

もう少し広く産業界全体の成長のイメージを考えてみますと、製造業においては、大量生産型の商品に飽和感が見られる一方、中国はじめアジア諸国への生産拠点の移転が進んでおりますので、国内においては最新技術やデザイン、あるいはブランドによって差別化した、日本でなければ作れない高度な製品開発にシフトしていくことが求められております。そのためには従来、日本が得意としてきた生産工程などにおけるプロセス・イノベーションに加えて、個性的、独創的な商品を開発するプロダクト・イノベーションを推進する必要があると存じます。
これを実現する鍵は「産学連携」です。その機運は一種の国民運動ともいえる盛り上がりを見せており、政府の調査によれば、企業と大学との共同研究数は年間7千件近くに及んでおり、これは10年前の約5倍に当たります。また大学発のベンチャーも2002年度1年間で500社以上が誕生しております。
確かにノーベル賞の連続受賞や発表されている論文の引用件数の多さ、また、GDPに対する研究開発投資額や特許件数でも、わが国は世界のトップクラスにあります。しかし、これらの成果が効率的に産業化へと結びつき、国民生活の向上や、新産業の創出、雇用の拡大につながっているかというと、いささか心許ないというのが現状だろうと存じます。企業と大学との人材の交流、あるいは産学共同での人材育成などを通じて、大学で創造された技術を、ビジネスにつなげていくことが重要です。

一方、非製造業においても、マネジメントシステムの改革、新サービスの提供による生産性の向上ならびに魅力的な商品の開発が求められます。雇用創出力のあるサービス産業では、ITを活用したソリューション・ビジネスから、医療、福祉、教育、環境など暮らしに密着したものまで、幅広いビジネス・チャンスに挑戦していくことが期待されます。
特に消費者への対応に着目いたしますと、私は21世紀を「こころの時代」にしたいと申し上げているのですが、消費者は、日々の生活の利便のためだけに消費をしているわけではなく、精神的な豊かさや「こころ」を満たす商品・サービスを求めております。例えば、社会に貢献するという観点から環境配慮型商品を購入するなど、個々人の価値観に合わせて消費を選択するようになっております。そうした消費者心理にマッチした、あるいは、それを先取りした商品・サービスの開発が求められていると存じます。
こうした、「こころの時代」と申しますか、精神的な豊かさを満たす商品やサービスに関連いたしまして、「観光立国」ということについて若干触れておきたいと思います。

わが国の海外への旅行者は、2002年において、年間約1600万人、これは世界で10位前後に入る数字ですが、一方、わが国を訪れる外国人の数は500万人余りで、これは世界の33位、というアンバランスな状況でございます。
小泉総理が「観光立国」「Visit Japan」のスローガンをかかげ、2010年までに日本への旅行者の数を倍増して1000万人にしようと云っておられますが、これでも現在のフランス7600万人、スペイン5000万人、アメリカ4500万人、イタリア3900万人などと比べたら、はるかに下位で、現在のタイあたりの水準ということになります。
私は、四季の変化に加えて、美しい自然に富み、また、古い伝統的な文化と現代的なものが混ざり合っていることなど、日本は「観光立国」として成功する条件を十分に備えていると思います。もちろん、“ファー・イースト”という地理的な不利はありますが、これも、経済成長がめざましいアジア諸国の方々の旅行需要の急増などを考えれば、決してハンデではなくなると思います。
私は、「観光立国」というのは、ひとつの“国家戦略”として取り組むべき課題であると考えております。
そう考える理由はいくつかありますが、最も重要なのは、「観光立国」を目指すことが色々な意味で、日本の再生、日本という国のあり方を変えることにつながるように思うからであります。
私は、先ほど申し上げましたように、日本経団連のビジョンで、世界の人々から「行ってみたい、住んでみたい、働いてみたい、投資をしてみたい」と思われるような日本、活力と魅力あふれる国づくりに取り組もうと提案しております。
これは、経済的な活力があるだけでなく、生活の質、多様な文化の水準、景観の美しさなども含めて、総合的に魅力のある国を目指そうということであります。そして、この考え方をつきつめていきますと、「観光立国」ということに行きつくのではないかと思います。
「観光立国」と言いますと、何か「観光というサービスで食っていく国」というイメージをお持ちの方がおられるかもしれませんが、決してそうではありません。経済、政治の力、技術力、文化のレベル、暮らしのクオリティなど、国としての多様な豊かさ、トータルな豊かさを発揮することが「観光立国」であります。
もちろん、「観光」は「住宅」とならんで、内需の拡大や雇用の創造をリードすることが期待できる分野ではありますが、「観光立国」には、それ以上の意味があると存じます。少し大げさに言うなら、日本を21世紀の「こころの時代」にふさわしい国にする戦略的な意義があるように思うわけであります。
やるべきことは沢山あります。例えば、戦後の経済成長の中で破壊され、かえりみられることの少なかった、街並みの景観の改善という課題がすぐに頭に浮かびます。日本の街並みを大きく損ねている電柱・電線類はどんどん地中化を進めなければなりません。どきつい広告や看板の規制も必要です。また、観光産業を新しいビジネスモデルで発展させることのできる人材の育成など多くの課題があります。
これらの課題に、ひとつづつスピード感を持って着実に成果を上げていくならば、日本が「観光立国」として発展する道は開けてくると思います。
折りしも、来年3月には愛知県におきまして、21世紀最初の万博が開催されます。まさにグローバルな「大交流」の時代にふさわしい、このイベントには、全体の来場者1500万人、そのうち外国からの入場者は150万人以上を見込んでおりますが、私はこの万博が「観光立国」への重要な試金石であり、起爆剤になるのではないかと考えております。
少し「観光立国」の話が長くなってしまったようですが、攻めの企業戦略、こころの時代の商品やサービスという点に関連して申し上げたしだいでございます。

3.攻めのコーポレート・ガバナンス、内部統制

こうした攻めの企業戦略を展開する上で基本となるのがコーポレート・ガバナンスです。日本経団連のビジョンでは、コーポレート・ガバナンスを「企業が競争力を失ったり、またその行動が正常でなくなったりするときに、これを感知して機動的に問題点の解消や企業行動の修正を行うこと」と定義しております。車に例えて申し上げますと、経営者の立案する企業戦略がアクセル(やブレーキ)だとすると、コーポレート・ガバナンスは、車道を適正速度で進むようにするギアやハンドルの役割を果たすというわけです。

ともするとコーポレート・ガバナンスの役割は、取締役や執行役の業務執行を監視・チェックして、ブレーキをかけることのように言われますが、それは違うと思います。もしそうならばガバナンスを強化すると企業は前に進めず、緩めればどんどん進むということになってしまいます。コーポレート・ガバナンスは、もっと前向きで積極的な取り組みであると存じます。
わが国の会社法では、大きく分けて、監査役設置会社と委員会等設置会社のいずれかのタイプの会社を選ぶことができるようになりましたが、これも、どのようなタイプの車を選ぶのかということにすぎず、いずれのタイプの車が優秀かという話ではありません。少なくとも現在のトヨタ自動車にとっては監査役設置会社を選択することが最もよいであろうと運転手たる経営陣が考え、これを支持している株主やお客様をはじめとするステークホルダーが自ら支持する車に乗り、経営者は乗客の満足が得られるよう、日々努力しているわけでございます。どちらのタイプの会社でもアクセルやブレーキ、ハンドルやギアをどう使うかが大事であり、どちらかのタイプの車に乗ればいいということにはならないのです。形にとらわれては本質を見失ってしまうと存じます。
私は日頃、「経営者が強く正しくありつづけるという姿勢が、強い競争力を育て、社会に信頼される企業をつくる」と言っております。まさにコーポレート・ガバナンスの要(かなめ)はこうした経営者の姿勢の問題でございます。

最近は、コーポレート・ガバナンスのうち、特に「内部統制」の重要性が高まっております。内部統制とは、企業が、その業務を適正かつ効率的に遂行するために、社内に構築され、運用される体制のことでございます。特に、経営理念、方針、社風や慣行といった社内環境を整備するとともに、企業の抱えるリスクを認識し評価する機能、情報を伝達する機能、さらには法令や企業倫理に違反する行為が行われていないかを監視し、問題があれば是正していく、いわゆるコンプライアンス機能などを強化していく必要があると存じます。不祥事や事故の防止に向け、社内体制の総点検を行い、内部統制システムづくりに積極的に取り組まなければならないと思います。

最近心配しているのは、製造や輸送の現場で、これまででは考えられなかったような大きな事故が相次いで発生していることでございます。
近年の事故やトラブルの内容をみますと、現場の手違いや手抜き、あるいは目先の利益や業績を過剰に意識した担当者の違反行為が原因となっていることが多いように思われます。バブル期に、財テクなど、経営トップの暴走が目立ったのとは対照的であります。
その背後には、単なる規律や気持ちの緩みといった問題ではなく、現場の人材の力、いわば「現場力」といったものの低下を招く構造的な要因があると考えずにはおられません。明白な証拠があるわけではございませんが、一連の事故の大きな要因として、現場の熟練工や高度人材の減少、ならびに過度の成果志向による従業員へのプレッシャーが働いているのではないか、と懸念しております。さらにその背景として、世間に長期雇用や企業の雇用維持努力を軽視したり批判したりする風潮が広がったことを指摘する意見もございます。一つひとつの現場の努力が国家経済の土台を支えているのであり、現場力の低下を放置しては技術革新も経済発展も期待できません。技能に限らず、先端技術の分野でも、長期間打ち込むことで身につく能力というのものは、決して少なくありません。足許の業績に気をとられ、リストラに邁進するあまり、現場の人材の力、現場力の衰退を見過ごしてこなかったのかを深く反省する必要があると存じます。
内部統制という機能も、単に現場で法令やルールが守られているかどうかをチェックするだけではなく、現場の人材が創意工夫を活かし、意欲を発揮できる環境になっているか、という観点から、経営者が、自らの責任で、現場力を維持するための仕組みとして構築する必要があると存じます。

加えて、企業には、良き企業市民として、積極的かつ主体的に社会的責任を果たしていくことが求められます。取引先、債権者、株主・投資家に対してはもちろん、社会全体にとって有用な価値を企業は生み出していかなければなりません。
日本経団連では、本年2月に企業の社会的責任、いわゆるCSR(Corporate Social Responsibility)推進についての「基本的考え方」を取りまとめました。この中では「日本経団連がCSRの推進に積極的に取り組むこと」、ただし「官主導でのCSRの規格化や法制化には反対し、民間の自主的で多様な取り組みを推進すること」をうたっております。そして「企業行動憲章と実行の手引きをCSRの観点から見直し、世界に発信する指針とする」べく、現在作業を進めているところでございます。

CSR推進の有用性を一言で申し上げますと、法令や社会通念に従って、あらゆるステークホルダーの利益を考慮しつつ、社会から見た企業価値、いわゆる「コーポレート・ブランド」の価値を高めていくことになると存じます。
コーポレート・ブランドは、今後企業にとってより大きな資産価値を占めるようになると見込まれています。強いブランドを持つ企業に共通することは、一貫した明快な価値観・フィロソフィーを持ち、それが社内に共有されているということです。コーポレート・ブランドの価値は、日々の真摯な活動を通して、はじめて消費者に受け入れられ、また高められていくのであります。仮にその企業にトラブルが発生し、あるいは強力な競争者が出現しても「それでも私はこの企業に共感し、支持をする」と表明するお客様が現れることになります。

4.経営理念と企業行動憲章

これまで、攻めの経営をする上での企業戦略、さらにはコーポレート・ガバナンスの視点を中心に述べてまいりましたが、その戦略のベースとなる企業の基本理念は何でしょうか。私が日本経団連会長となった際に、私は日本経団連運営の基本理念として「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」、ならびに、「共感と信頼」を掲げました。これは、企業や個人が、それぞれに異なる目標を掲げ、自らの責任で努力を続けていくこと、そして、企業や個人は、目標は異なっても、互いの共感と信頼で強く結び付けられ、そのダイナミズムで経済社会全体の発展を図っていこう、ということでございます。
企業経営も同じではないかと思います。取締役・執行役と監査役、従業員、株主、債権者が、それぞれの価値観に基づいて行動をしながら、互いの共感と信頼によって会社を動かし前進させていくことが必要と存じます。

日本経団連が一昨年10月に改訂した「企業行動憲章実行の手引き」では、「経営トップは、信頼がビジネスの基本にあることを肝に銘じ、国民からの信頼確保に全力をあげなくてはならない。そのために、自ら広く社会全体にとって有用な企業をつくり上げるという高い志を身をもって示し、連結子会社を含めた従業員一人ひとりに至るまでにその精神を浸透させていくことが必要である。」としています。
こうした企業トップに求められる高い倫理観や志、そして責任ある判断力は、取締役に就任してから、にわかに身につけられるものではございません。企業の構成員一人ひとりが、こうした意識や倫理観を平素から養っていくことが必要であり、企業には、それを促す雰囲気や文化、風土が求められております。

5.会社法の改正─攻めの経営のための環境整備

日本経団連では、ただ今お話申し上げたような、経営者が攻めの企業戦略、攻めのコーポレート・ガバナンスを展開するための環境整備に向けて、様々な会社法改正を要望しています。本日は、代表的な項目を3点ご紹介いたしたいと存じます。

第1は、あらゆる会社の取締役の責任を過失責任化することです。一定規模以上の会社は、委員会等設置会社か、監査役設置会社か、いずれかのタイプを選択することができます。しかし、現行法では、委員会等設置会社の取締役のみが過失責任、すなわち取締役に過失があった場合だけ責任を負い、過失がない場合には責任を負わないという構造になっております。監査役設置会社は何ら委員会等設置会社と比べて監査の質が低いわけでもないにもかかわらず、無過失責任、すなわち過失が無くても責任を負わなければならないこととなっております。このように委員会等設置会社のみが有利になっているような規定は合理的ではないと存じます。取締役が自らの不注意で事故を起こせば責任を負うのは当然としても、経営環境が複雑になっている中で、過失もないのに責任を負え、というのは酷な話です。これでは攻めの経営どころか、誰も取締役として会社を経営したいとは思わなくなってしまいます。そこで、私どもは、取締役の責任は、いずれのタイプの会社であっても過失責任とすべきであると考えております。
同様に、利益処分についても、委員会等設置会社だけでなく監査役設置会社についても、株主総会ではなく取締役会の権限とすべきであると存じます。

第2に株主代表訴訟制度を見直し、「適切代表の原則」を導入することです。株主代表訴訟制度は経営に緊張感をもたらしておりますが、実際に起こされる訴訟には、果たして株主全体、あるいは会社全体の利益になるか、首を傾げるものが多いというのが実態であります。ひとたび訴訟が提起されますと、経営者は訴訟への対応に、個人として多くの時間と費用とを費やさねばならず、本来の任務である経営に専念できなくなります。経営者が経営に専念し、大胆な経営判断に躊躇することがないようにする必要があると存じます。そのため例えば事件に関係のない監査役や社外取締役によって構成する訴訟委員会などの組織が下した判断については、これを裁判所が尊重し、審理の前の段階で訴訟を却下できるような仕組みを設けることが考えられます。また原告となりうる株主を限定することも求められます。

第3にリミテッド・ライアビリティー・カンパニー、いわゆる日本版LLC制度の導入です。これは欧米諸国にあって日本にはない、新しい有限責任の会社形態を新たに設ける、という提案でございます。資金の出し手には株主と同様の有限責任が確保される一方、会社の内部関係については株式会社のように法律で取締役を3名以上置かなければならないとか監査役を1名以上置く、ということは定めずに、出資者が自由に決めることができるという自由な発想を活かせる会社であります。リスクの大きい新規事業や共同研究開発、ジョイントベンチャーなどを展開する場合に使い勝手がいい、攻めの経営には打ってつけの仕組みで、米国では活発に利用されています。

その他の要望につきましては、お手許の「会社法改正への提言」をご覧いただきたいのですが、日本経団連では、会社法の改正に当たっては、企業の国際競争力の確保と、そのための企業・株主等の選択の尊重という視点が重要であると訴えております。それが攻めの経営の環境を整えることにつながっていくと考えている次第でございます。

6.グループ・ガバナンスの構築

これに関連しまして、今後さらに企業として取り組み、また制度の整備が必要となる課題として、グループ・ガバナンスの問題についても、触れておきたいと存じます。
昨今のグループ経営の進展に伴い、どの経営者もグループ各社の個性を活かしながら、どうやってグループ全体の競争力を高めるのか、またグループ内において不祥事をいかに防ぐのか、ということに強い関心をもっております。グループ経営につきましては、会社法制の整備も、いまだ中途半端でございます。例えば、持株会社がグループ全体の資源配分を決定するにもかかわらず配当は単体で行うとか、連結納税は100%親子会社間に限定するとか、開示は連結で行うものの監査役監査は単体で行う、というのが実情でございます。
経営者と監査役・監査委員会とが相協力して、グループという単位で、多様なステークホルダーとの「共感と信頼」の関係を構築し、「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」を実現しなければグループ経営は決してうまくいかないと思っております。監査役・監査委員をお務めの皆様には、幅広いステークホルダーの視点に立って監査をし、経営者と一緒になって最適なグループ経営のあり方を考えていただきたいと存じます。

7.監査役監査基準の活用

さて、日本監査役協会では、本年2月に「監査役監査基準」を全面的に改定されました。こちらを拝見いたしまして、コーポレート・ガバナンスにおいて重要な役割を期待されている監査役としての強い使命感や責任感が感じられ、深い感動を覚えました。改めて、吉井会長のリーダーシップや幹部の皆様方のご努力に敬意を表したいと存じます。

新しい基準は、特に、監査役の心構えとして「監査役は、監査品質の向上のため常に自己研鑽に努めなければならない」「監査役は、平素より取締役及び使用人との意思疎通を図り、情報の収集と監査環境の整備に努めなければならない」といった考え方がうたわれておりますが、経営者としましても、同様に、監査環境の充実を図ってまいりたいと存じます。
また、先ほどお話申し上げた内部統制システムが整備されているかを監査し検証することが明確にされました。企業経営にとって重要な内部統制につきまして、きちんと評価いただくことは、経営者としても大変有り難い、と感じております。

さらに、この基準には監査役が「独立の機関として取締役の職務執行を監査することにより、企業の健全で持続的な成長を確保」することが示されております。経営者といたしましても、監査役・監査委員会には、取締役・執行役と同じ思考によって同じ事柄をなぞるのではなく、違った視点から評価をして経営者が気の付かない問題点を摘出するとともに、遠慮なく物申していただきたいと存じます。

そのため、監査方法について常に工夫を重ねていただき、新しい監査基準の趣旨を十分に活かされることを強く期待いたしております。

8.おわりに─日本監査役協会と監査役・監査委員への期待

以上、監査役・監査委員の皆様への期待を含めまして、企業の健全で持続的な発展に向けた「攻めの企業戦略」、「攻めのコーポレート・ガバナンス」について述べてまいりましたが、「共感と信頼」の関係を築き上げ、取締役・監査役が互いの視点の違いが生み出す「ダイナミズムと創造」を行っていけば、わが国経済社会全体も「活力と魅力溢れる日本」にまた一歩近づくことができると存じます。
最後に改めて、日本監査役協会の設立30周年をお祝いいたしますとともに、ますます役割の大きくなる日本監査役協会のご発展と監査役・監査委員の皆様のご活躍を祈念いたしたいと存じます。
ご清聴ありがとうございました。

以上

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