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「グローバル時代における日本経済」

― 北海道政経懇話会における奥田会長講演 ―

2004年9月9日(木)正午〜午後1時30分
於:札幌・京王プラザホテル札幌

1.はじめに

本題に入ります前に、今回の台風による大変な被害に関し、私自身も被害者ということになりますが、お気をつけてと申しあげますとともに、回復に是非努力されるよう祈念いたします。私も昨日、羽田をたち札幌上空まで来たものの、降りる体制になってから引き返すとのアナウンスがありました。帰りもひどく揺れた時がありましたが、戻って、夜の便であらためてこちらにまいった次第です。
本日は、伝統ある北海道政経懇話会にお招きいただき、誠に光栄に存じます。
まずは、先月行われた全国高校野球選手権大会での、駒大苫小牧高校の優勝に対し、心からお祝いを申しあげます。私もテレビで決勝戦を観戦しましたが、まさに手に汗握る好試合でした。初めての甲子園優勝という明るい話題に、ご当地も沸き立ったことと推察いたします。そうした中での台風ですが、運不運は交互にやってくるものかとも思います。

さて、本日は、「グローバル時代における日本経済」という題目をいただいております。そこで、まず、日本経済の現状と見通しについて私どもがどう見ているか、また、それに企業はどう対応すべきかについてお話しし、そのうえで、経団連が取り組んでいる政策課題を5点ほどに絞ってご説明したいと思います。最後に、北海道の課題あるいは目指すべき方向についても触れたいと思います。

2.日本経済の現状と見通し

(1) 日本経済の現状

さて、景気の現状につきましては、悲観論と楽観論とが交錯しております。一方には、実質成長率が年率6〜7%の伸びから、本年4〜6月期には1.7%の伸びに鈍化したことや、名目成長率がマイナスに転じたことを受けて、景気はすでに後退局面に入ったという見方がございます。他方、実質、名目GDPとも前年比でみれば堅調に推移しており、景気の拡大は続いているという見方もございます。
どちらが正しいかは、なかなか難しいところではございますが、私としては、景気は、着実に拡大基調で推移していると考えております。
その理由はいくつかございます。まず、輸出は、アジア、ヨーロッパ向けに支えられて前年比2桁の伸びを続けております。また、7月の消費が堅調であったことはすでに伝えられております。もちろん、記録的な猛暑やオリンピック効果など一時的な要因に支えらえている面もございますが、雇用環境が改善基調にある中で、消費は底固く推移しているのではないかと考えております。さらに、設備投資についても、非製造業で大幅に伸びており、前年比10%超の増加が続いております。

このように景気が拡大基調で推移してきたことに伴い、その影響が必ず大企業から中小企業に、大都市圏から地方へと広がっていくのが経済であり、現にそうなってきております。これは、景気ウォッチャーの判断でも理解できます。例えば、企業業績は、大企業にとどまらず、中小企業についても増収増益基調にございます。地域的なばらつきも徐々に縮小してきております。ご当地、北海道については、公共事業への依存度が高いことに加え、今回の景気回復をリードしているIT部品や輸送機械の生産比率が比較的低いこともあいまって、これまで全国的な動きにやや遅れをとった感がございました。しかし、観光産業が注目される中で、景気ウォッチャーの景況判断指数は改善しておりますし、有効求人倍率は前年に比べ増加、改善しているとうかがっております。

(2) 海外環境の先行き変化

それでは、経済の先行きについて手放しで安心できるかと言えば、必ずしもそうは申せません。イラク情勢や国際テロの脅威など政治的・軍事的な要素を別にしても、先行き日本経済に大きな影響を及ぼしかねない国際的要因が少なくありません。

第一は、原油価格の高騰でございます。代表的な指標であるニューヨーク原油先物価格は、6月には一回低下したものの、7月以降は米国の金利引き上げにもかかわらず、1バレル当たり40ドル以上という高水準で推移しております。最近、若干弱含みになっておりますが、この背景には、需要面では、世界経済の高い成長、特にBRICsという新興国の需要増、供給面では、産油国の治安悪化、ロシアのユーコス問題、OPEC諸国の産油余力の天井感などがあると言われております。これに投機筋の動きが加わり、原油価格は高止まりするだろう、40ドルは覚悟しなければならないだろうと言われています。
現在の高値のどこまでが、真の需給を反映したものであり、どこからが投機によるものかは判然といたしません。いずれにいたしましても、現在のような高値が今後も続くようなことがあれば、経済に対する影響は小さくないと見られます。国際エネルギー機関(IEA)が本年5月に発表したレポートによれば、原油価格が1バレル当たり10ドル上昇した水準で1年間推移した場合に、実質成長率への影響は、中国でマイナス0.8%ポイント、米国でマイナス0.3%ポイントとされております。2003年度平均のニューヨーク原油先物価格は31ドルでございますので、今後も40ドル台の価格で推移すれば、こうした影響は避けられないことになります。日本についても、すでにガソリン価格などは上昇しておりますし、世界経済が減速すれば輸出に影響が出るおそれがございます。幸い、原油価格は反転下落に向かっておりますが、早期に沈静化することが望まれるところでございます。

第二は、中国経済の動向でございます。中国は、2002年8.0%、2003年9.1%と極めて高い実質成長を遂げてまいりました。これに伴い、日本の対中輸出も、一般機械、電気機械、鉄鋼、化学などを中心に大幅に増加し、景気拡大の大きな支えとなってまいりました。この中国が、景気の過熱を回避するため、本年初めから、金融引き締めなど一連の投資抑制策を打ち出したことから、中国経済のハードランディングを危険視する見方が浮上してきたところでございます。実際、生産の前年比伸び率は、5ヵ月連続伸び幅が縮小しております。しかし、実質成長率は、本年に入ってからも毎四半期、前年比9%を超えております。また、固定資産投資の前年比伸び率も、6月以降、増勢に転じ、7月には30%を超える高い伸びを記録しております。中国政府がもう一段の引き締め強化策を講じる可能性もございますが、先月末に発表されたIMFの見通しでは、中国の実質成長率は、2004年が9.0%、2005年が7.5%とされており、ハードランディングの可能性は低くなっていると考えております。

第三は、米国経済の動向でございます。FRBが金利の引き上げを進めていること、もう一段の金利引き上げが示唆されていることや、減税効果がほぼ一巡したことに加え、原油価格の高騰により、米国経済が減速するのではないかと言われております。とりわけ、金利の上昇は、このところ雇用の伸びが低いこととあいまって、米国経済をリードしている消費や住宅に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されております。また、有力な調査機関である米国コンファレンスボードやOECDの発表している景気の先行指数が、ここにきてピークアウトの姿となってきていることも不安材料となっております。他方、グリーンスパンFRB議長は今後の米国経済について安定的な成長軌道をたどるという見方を示しております。また、米国の著名なエコノミストの実質成長率に関する予測の平均値も、本年後半は年率4%台、来年も3%半ばとなっております。大統領選の帰趨など予測できない要素はございますが、大規模な景気後退のおそれは少ないと考えております。

(3) 日本経済の見通し

こうした国際環境を前提として、向こう1年程度の日本経済を見通してまいりたいと存じます。私としては、一時的に景気はスローダウンする可能性はあるものの、調整期間は比較的短く、再び安定成長に向かうと考えております。

まず、不安な材料の方から申しあげますと、IT関連を中心とする在庫調整の問題がございます。今回の景気回復は、IT関連と輸送用機械がリードしておりますが、IT関連財については在庫調整局面に入りつつございます。世界的ないわゆるシリコンサイクルの動向にもよりますが、業界団体の予測でも来年度については需要の減少が見込まれております。IT産業は基幹産業だけに、IT産業の在庫調整、生産調整が、他産業を含めた在庫調整につながるおそれは否定できません。しかし、企業は、各社ともすでに在庫水準を相当引き下げておりまして、広い範囲で在庫調整が起きたとしても、その影響は景気の足踏み程度にとどまり、本格的な景気後退につながっていくことはないであろうと考えます。

次に気がかりなのは、消費の動向でございます。来年度に、老年者控除廃止などの影響が本格的に現れること、年金保険料が引き上げられること、さらには定率減税の見直しが予定されていることなど、家計の負担が増すことから、消費は伸び悩むという見方がございます。しかし、失業率はややゆり戻したとは言え、有効求人倍率は着実に上昇を続けるなど、雇用環境は基本的に改善基調にございます。また、経団連の調査ではボーナスの引き上げを行った企業の割合が増えるなど所得面でも改善の動きが見られます。したがいまして、制度的な負担増だけを見て、いたずらに悲観的になる必要はないと存じます。むしろ、消費については、爆発的な売れ行きとなっている薄型テレビ、DVDプレイヤー、携帯音楽プレイヤーなどデジタル家電の動向に注目すべきであると存じます。内閣府の調査では、デジタル家電の購入は、新規の購入として行われることが多く、他の支出がそのために手控えられる割合も低いという結果になっております。このように、企業が消費者の琴線に触れる商品を提供できれば、新たな需要は喚起できるわけであり、今後、消費が上向くかどうかは企業の商品開発力によるところが大きいと考えております。

最後に問題となりますのが、設備投資でございます。バブル崩壊以降、企業は新規投資や既存設備の更新を手控えてまいりました。例えば、上場企業における設備の取得価格に対する減価償却の累計額の割合を見ますと、2003年度で68%と、1985年当時と比較して10%ポイント上昇しております。この結果、余剰設備はかなり解消し、むしろ設備の老朽化・陳腐化が問題となってきております。これへの対策が設備余剰となって出てくるとみております。他方で、企業は過剰債務の縮減をはじめ財務体質の改善に努めており、手元のキャッシュフローは潤沢になっております。こうした変化を受けて、企業戦略も変化してきております。経団連では高収益企業の戦略を分析した報告書を、本年5月に発表いたしましたが、これによれば、これまでの「守りのリストラ」に加え、設備増強や研究開発など「攻めのリストラ」に積極的に取り組む企業の姿が明らかになってきております。電子部品における厳しい国際競争の中での生き残りをかけた大型投資、製造業全般における国内回帰の動きなどはこの現れであろうと存じます。日銀をはじめ各種機関の調査を見ても、企業の設備投資計画は、企業規模の大小、製造・非製造の別を問わず上方修正されていく方向にございまして、設備投資は景気の多少の波にかかわらず堅調に推移するとみております。

以上、申しあげてきたところは、あくまで見通しでございます。国際環境が大きく悪化して、政治的問題が突発するようなことは予測できませんし、輸出が伸び悩むことになれば、また別のシナリオとなることは避けられません。ただ確かなことは、これからの経済の先行きを考えていくうえで、企業の果たすべき役割は極めて大きいということでございます。

3.企業の対応

経済のグローバル化が進む中で、企業も、そこで働く人間も、厳しい競争の中で日夜奮闘していることは、今さら申すまでもございません。何もかもが右肩上がりであった時代は終わり、私どもは、絶えず新たなモノを生み出し、新たな技術を開発し、それらを他に先んじて市場に送り出し、さらに新たな販路を開拓していかなければ、グローバル経済の中で持続的に成長を遂げることができなくなっています。プロセス・イノベーションからプロダクト・イノベーションの話もございます。
例えば、自社の例で恐縮ですが、世間からは「トヨタ好調」「独り勝ち」などと言われてはおりますものの、まだまだ克服しなければならない課題がございます。現状に甘んじることなく、常に高いレベルを目指し、危機感を持って、足元を固めていく努力と、従来の延長線上にない思い切った改革や改善をしていくことが大事であります。トヨタの従業員は、日本人7万人に対し、海外ではその数をはるかに超えており、オペレーションも日本中心から世界全体に変わってきております。このため発想を世界規模に変え、今までのやり方や仕組みを見直し、真のグローバル企業を目指した、新しい土壌づくりに取り組んでいるところでございます。トヨタの場合、世界中で自動車を販売していますが、大きな国で生産していないのは、ロシアくらいです。ロシアについて、いつ進出するのかと聞かれますが、早晩実現しなければならないと考えております。
真のグローバル企業として成長を続けていくためには、幅広い先端技術開発、グローバルなコスト競争に打ち勝つ企業体制の構築、グローバルな事業展開、マーケットに敏感に応じた商品開発、効率的な地域事業経営と市場に合った販売体制の構築等の課題に向け、従来の構造や体質、手法を大胆に見直すパラダイムチェンジが必要であります。特に、資本ならびに経営陣をグローバル化することが必要であります。現在トヨタでは、「強い情熱と高い志を持ち、あらゆる変革に挑戦していく」という心構えで、そうした課題に果敢に取り組んでおります。資本、経営陣のグローバル化という意味では、外国人投資家を増やし、経営陣に外国人経営者を入れることも考えております。

4.経団連が取り組む主要課題

さて、ようやく回復という明るい光が差し込み始めたわが国経済がこれからも持続的に発展していくためには、企業やそこで働く人々の努力が決め手でありますが、民間の努力をサポートし、より良い環境を整備するうえでの公的部門の役割も大変重要です。そうした観点から、経団連では、日本経済の活性化に向けて、まさに日々、様々な分野の問題に取り組んでおりますが、本日は、時間の制約もありますので、最近の動きとして、(1) 社会保障制度改革、(2) 産学官連携による競争力強化、(3) 東アジアとの経済連携、(4) 憲法を含む国の基本問題、(5) 政治との関係、の5点に絞ってご説明したいと思います。

(1) 社会保障制度改革

まず、社会保障制度改革につきましては、ご承知のように、本年6月の通常国会で、改正年金関連法が成立しました。今回の年金関連法は、社会保障制度全体の見直しへの第一歩であると理解しています。しかし、この年金関連法が家計や企業に与える影響は大きいうえに、国民年金保険料の未納や未払い、世代間、さらには世代内で生じている負担と給付における格差など、重要な課題も残されており、今回の改革をもって抜本改革と呼ぶには疑問があります。また、社会保障制度から年金だけを取り出し、厚生年金の保険料率や国民年金保険料の引き上げ、給付の削減だけを行っても、限られた部分の解決にしかならず、その解決も、将来にわたって永続性があるものとは思えません。
さらに、国民の間には、年金に介護や医療を合わせた負担がどれくらいまで増え、自分の給付がどれくらいに抑えられるのかが見えず、将来への不安が高まっているうえに、国民の負担が限界に近づきつつあることを懸念する声も上がっています。
これに対して、現状では、本年は年金、来年は介護、再来年は医療保険と、それぞれ別々に議論して改正が行われていきます。しかし、少子・高齢化などを背景に、それぞれの制度が極めて膨大となっており、利害関係の錯綜、制度間の重複も起こっていることから、年金・介護・医療を、それぞれ独立した縦割りの制度として議論することは現実的ではなくなっています。
こうした中、与党の2004年度税制改正大綱において、2007年度を目途に消費税を含む抜本的税制改革を実現することが明示されたほか、年金関連法案の衆議院可決に際して、「社会保障制度全般の一体的見直しを行い、2007年3月を目途に結論を得て随時実施する」との附則の修正が追加されました。また、本年4月に私が小泉首相を訪問し、社会保障制度全体の見直しを国民に開かれた場で行うよう要請したことを受けまして、細田官房長官の私的懇談会として「社会保障の在り方に関する懇談会」が新設されました。

経団連としては、社会保障制度を、年金に介護、医療を加えたパッケージで考え、さらに、財政や税制と一体的に改革し、国民にわかりやすく、また、将来の世代にとっても持続可能性のある制度として再構築することが重要と考え、ビジョンの作成に取り組んでいます。その実現に向けて、私も参加している経済財政諮問会議や、西室副会長にご参加いただくことになった「社会保障の在り方に関する懇談会」、さらには審議会等、様々な場を通じて、政府等に引き続き働きかけてまいりたいと思います。さらに、これに関連して問題になっている社会保険庁の改革についても、政府の「社会保険庁の在り方に関する有識者会議」に事務局役員が参加するなど、経団連としてできる限り必要な協力を最大限行っていきたいと思います。

(2) 産学官連携による競争力強化

次に、産学官連携による競争力強化についてお話ししたいと思います。
資源に乏しいわが国が、少子高齢化社会においても持続的な成長を遂げていくためには、「科学技術」を発展の糧と位置付け、国全体としての技術優位性を維持強化していくように、戦略的に取り組む必要があります。現在、「科学技術創造立国」を目指して、官民挙げて様々な政策が展開されていますが、とりわけ、知の創造拠点である大学と、その活用・産業化を担う産業界の連携強化、双方の国際競争力の強化として不可欠です。

経団連では、ここ数年、関連各省、日本学術会議と共同で、毎年6月には京都で、また秋には東京で、産学官連携推進のための大会合を開催するなど、連携強化に向けた積極的な取り組みを進めております。その甲斐もあり、企業と大学の共同研究の年間件数は、10年前の6倍以上にも増加しておりますし、昨年度の大学発ベンチャーは800社にも達するなど、着実に成果に結びつきつつあります。また、本年4月からは、かねてから産業界が求めておりました、国立大学の法人化が実施され、一層の連携強化が期待されております。
ここで、肝心なのは、大学と私ども産業界が、互いの役割分担を認識し合い、責任を持って進んでいくことだと思います。科学技術の進展とともに、研究開発が多様化、高度化、長期化の傾向にある中で、軸足を長期、かつ国家的視点においた、基礎研究や基幹技術開発は、大学や国の研究機関に着実に取り組んでいただきたいところであります。一方で、プロセス・イノベーションはもとより、社会のニーズを先取りしたプロダクト・イノベーションなどの面で、産業界がしっかりと役割を果たしていかねばなりません。
また、産学官連携は、研究開発だけにはとどまらず、教育の面でも進めていく必要があります。今後のわが国企業を担う人材には、どのような能力が求められているのか、産業界としても、積極的に発信してまいりたいと考えております。個々人の人生を左右する重要な青春期を過ごす、大学教育のあり方は、わが国の将来も左右するものであり、産業界とのインターンシップや人材交流などを通じて、国際競争力ある人材の育成面でも、協力をしてまいりたいと考えております。

(3) 東アジアにおける経済連携強化

次に、国際分野の課題の中から、東アジアにおける経済連携の問題を取りあげたいと思います。
経済のグローバル化が進展する中で、わが国が自国の安定とさらなる繁栄を図っていくためには、貿易・投資をはじめとする国境を越えた経済活動が自由かつ円滑に展開しうる制度的基盤が不可欠であります。そうした観点からわが国は、GATT/WTOによる自由無差別・多角的な国際通商体制の構築を目指してきました。それと同時に、最近では、わが国にとって重要な国・地域との間で、より高度な自由化や幅広い経済交流の強化を目指し、包括的な経済連携協定(EPA)を締結しようという動きが高まっています。
すでにわが国は、シンガポールとの間で包括的経済連携協定を締結し、また、メキシコとの経済連携協定についても大筋合意し、明年には発効する運びとなっております。そうした中で今後は、わが国と地理的に近く、経済関係も緊密で、今後さらなる成長が期待される東アジアを重要戦略地域としてあらためて認識し、EPAを早期に締結していく必要があると考えます。現在、韓国、タイ、フィリピン、マレーシア各国との間で、EPA締結交渉が進められております。これら諸国との交渉に際しては、農水産物の貿易や人の移動をめぐる問題など、国内に非常に難しい問題を抱えておりますが、これらの課題についても、互恵的な協定締結と国内構造改革推進の観点から、前向きに取り組んでいく必要があろうかと存じます。

経団連では、本年3月に、「経済連携の強化に向けた緊急提言」をとりまとめ、EPA推進に不可欠な重要課題についての考えを発表いたしました。この中で、農業分野の取り扱いについては、EPA交渉から農業分野全体を除外することはありえないものの、EPAの締結が農業構造改革への取り組み努力を無にし、わが国農業の荒廃を招くようなことが決してあってはならないと、肝に銘じて考えております。EPA交渉を促進し、国益にかなった協定を締結するためには、農業界が目下取り組んでいる農業構造改革の動きを支援し、改革のスピードを加速することが重要であります。農業界にとって最も深刻な問題である後継者難を解決するうえでも、農業構造改革を実現して農業の活性化を図り、産業としての農業の国際競争力強化を図る必要があると考えております。この点、ご当地北海道では、広大な平地をはじめとする恵まれた環境を最大限活かしながら、他の産業セクターとの密接な協力を進めつつ、攻めの農業を展開してほしいと期待しております。経団連としても、そうした意欲ある農業を応援すべく、「食料・農業・農村基本計画」の見直しに積極的に参画しているところであります。
また、もう一つの重要課題であります人の移動に関しましては、私は常々、「多様性の持つダイナミズム」を活かし、国民一人ひとりの「付加価値創造力」を高めていくことが、わが国経済の活性化に役立つと考えております。そうした観点から、労働市場においても、外国人を秩序ある形で積極的に受け入れ、彼らの持つ多様な考えや能力などをわが国経済の活力向上に十分に活かしていくべきであると考えます。EPA締結交渉に際しましては、タイやフィリピンなどから、看護や介護分野等での人材の受け入れを強く要望されており、わが国としても、そうした要望に積極的に対応していく必要があろうかと存じます。これらの分野を含め、外国人の受け入れ推進にあたっては、わが国の雇用情勢や治安への影響等にも十分配慮しながら、各種の環境整備を総合的に進めることが不可欠であります。
以上申しあげたような課題を一つひとつ解決していきながら、わが国として総合的・一体的・集中的に経済連携協定を推進するためには、官邸に司令塔を設置し、その下で戦略的に「東アジア自由経済圏」の実現に取り組む必要があると考えます。そして、このような「東アジア自由経済圏」の形成を通じて、そこに加わる国々・地域が「イコール・パートナー」として相互利益を実現していくことが望ましいと考えております。

(4) 憲法を含む国の基本問題

次に、やや基本的な話になりますが、経団連では、本年5月の総会で新たに「国の基本問題検討委員会」を設置いたしましたので、その目的についてご説明したいと思います。
ご存知のことと思いますが、本年は、黒船来航から150年、日露戦争開戦から丸100年、自衛隊が発足してから50年にあたります。戦後、わが国は、現行憲法のもとで目覚しい発展を遂げ、短期間で先進諸国の仲間入りを果たし、国際社会において重要な一翼を担っております。しかし、周囲を振り返ってみますと、国内では、倫理や道徳観の低下、教育の荒廃、過度な個人主義、なかなか進まない構造改革、省庁縦割りの弊害など、また、外国との関係につきましても、わが国の国際平和への貢献のあり方や、アジアにおける位置付けなど、様々な環境の変化に、現行の国の基本的枠組みがうまくマッチしていない面が顕在化してきているように感じます。

経団連では、これまでも、企業を取り巻く諸制度や労使問題などを中心に、積極的な活動を展開してまいりました。諸先輩のご努力によって、多くの制度改革が行われてきたところですが、現在の日本という国が、私ども国民や企業にとって、世界に向かって堂々と胸を張って誇れる「国のかたち」になっているか、という点を振り返るべき時期に、今、来ているのではないかと考えております。
そこで経団連では、先般、「国の基本問題検討委員会」を新たに設置し、憲法や安全保障問題を含む国の基本的枠組みについて、検討を進めていくことといたしました。
すでに、7月から委員会での検討が開始されており、また、恒例の、経団連の東富士夏季フォーラムにおきましても、テーマを「日本は国としてどうあるべきか」という点に据え、安全保障の観点、歴史的な観点、アジアにおける日本の役割など、大変活発なご議論をいただいたところでございます。
ご意見の中には、「憲法9条の第2項や武器輸出三原則などについても、タブー視することなく検討すべきである」とか、「日本人としてのアイデンティティーを大切にするため、教育のあり方も検討が必要である」といったものもございました。委員会では、精力的に検討を進めまして、年内か年明けくらいには、論点を整理してまいりたいと考えております。

(5) 政治との関係

経団連が取り組む主要課題の最後として、これまでの課題を実現するうえでも重要な政治との関係について、現状をご報告いたします。
経団連としては、わが国が直面する諸課題を解決するためには、政治と経済が車の両輪となって取り組む必要があると考えています。そこで、政治に対して積極的に政策提言を行うとともに、政党の政策立案やその推進に必要なコストについては、企業の社会的責任の一端として、資金面からも応分の貢献を自発的に行うよう、会員企業に呼びかけているところでございます。
この約10年の間に、わが国をとりまく環境は大きく変化いたしました。経済のグローバル化の中で、一国の経済の盛衰がその国の制度に左右される度合いがますます強くなってきており、企業は国際競争力の強化に向けて、経営刷新や研究開発などに懸命に取り組んでおります。そうした企業努力が報われるためには、企業活動を支える法律や制度面のインフラがきちんと整っていることが前提となります。いくら企業が努力しようにも、税金が高かったり、規制で活動ががんじがらめに縛られていたりでは、国際競争に太刀打ちできません。
規制改革、税制改革、経済連携協定の締結といった制度改革に責任を持つのは政府です。中でも、議会制民主主義のもとでは政党の果たす役割が大きく、ドッグイヤーと言われる世界経済の急激な変化を踏まえたスピード感のある積極果敢な政策立案とその実現が求められます。
このためには、政党あるいは政治家が本来の任務である政策立案とその実現に専念できるような政治のインフラが重要です。経団連では、「民主導の経済社会の実現」のために重要と思われる優先政策事項に照らし、政党の政策やその実現に向けた取り組みを評価し、その評価を参考に、会員企業が政党に寄付することを奨励しております。
初めての評価を本年1月に発表いたしましたが、本年の通常国会での取り組み等を踏まえ、近く、2回目の評価を公表する予定にしております。民間による政策評価に触発されて政党間の政策競争が加速されるという、緊張感のある政治環境が生まれることを期待しております。

5.北海道の課題、目指すべき方向

最後に、ご当地、北海道の課題あるいは目指すべき方向について、私の考えを述べさせていただきます。特に、観光振興の重要性を中心にお話ししたいと思います。
観光は単に旅行業やホテル業のみならず、航空、鉄道、道路、外食産業、製造業などにまたがる総合産業であり、観光の振興はわが国経済活性化の起爆剤となります。残念ながら自動車も電機も及ばないほどの経済効果を、観光はもたらしています。現に観光は、波及効果も合わせると、50兆円あまりもの国内総生産を創出するとの試算もございます。これに加え、観光振興は、(1) 個性を活かした地域振興の推進、(2) 外国人観光客の誘致を含む国際的な人的交流の推進、さらには (3) 活気ある魅力的な街づくりや都市再生の推進の契機、となります。
こうした観点から経団連では、観光振興を重点テーマの一つととらえ、2000年10月に「21世紀のわが国観光のあり方に関する提言」を発表しております。また、本件に関する議論をさらに深めるべく、今月中を目処に「観光振興委員会」を新設し、再度提言をとりまとめ、その実現方を関係各方面に働きかけていく所存でございます。
ご当地、北海道の最大の魅力は、豊かな自然や広大な農地が醸し出す、雄大かつ美しい景観にあると存じます。このような既存の資源を有効活用し、観光振興を推進することで、地域の活性化が図れるものと考えております。
その典型が、グリーン・ツーリズムの推進であり、また郷土料理や地元の食材を生かした「スロー・フード」の推進です。グリーン・ツーリズム、すなわち地域の自然環境や農業と結びついた体験型観光は、都市と農村の人的交流を促進し、農村地域を活性化させます。一方で、都市生活者、中でもわが国の将来を担う若い世代の人々が、農山村地域の素晴らしさや都会とは違った豊かさを感じ、農産物の生産者としての喜びを共感できるというメリットもございます。言うまでもないことですが、このグリーン・ツーリズムは、農業の担い手がいなければ成立しません。自然や農村の美しい景観、そこに育まれた文化、さらにはそこで農業を営みながら生活する人々の活気があってはじめて、訪れる人々との交流が生じ、感動が生まれるのです。北海道において農業の担い手を育成し、グリーン・ツーリズムを通じて都市生活者に農村生活に関心をもってもらい、それに魅力を感じた都市生活者の一部が北海道に移住する、といった好循環を生み出していくことが重要なのではないでしょうか。
数年前、当時の総理府が都市生活者を対象に実施したアンケートによると、実に都市生活者の3割が、「条件さえ整えば農村で生活をしてみたい」と考えているとのことです。また、同種のアンケートでどこに住んでみたいかを尋ねると、北海道は常に1位になると聞いています。よって、グリーン・ツーリズムを通じて都市生活者に北海道の自然、農村での生活の魅力を知ってもらうことで、将来的に、都市生活者が北海道に定住し、農山村地域の振興に貢献するという可能性は、やり方によっては大いにあり得るのではないかと思います。
また、観光振興によるご当地の活性化を図るうえでは、外国人観光客の誘致に力を入れる必要があると存じます。わが国を訪れる外国人観光客は、年間500万人強と、フランスの7,500万人、イタリアの4,000万人と比べても、決して多くはないのですが、そのような中にあって北海道は非常に健闘されていると聞いております。韓国、台湾の方々を中心に、雪遊びをするために北海道に来るというケースが多いとのことですので、今後とも、スキー・リゾート等、既存の観光施設をフルに活用し、これら各国からの観光客を誘致していく必要があろうかと存じます。外国人観光客の誘致にあたっては、質の面でも価格の面でも、魅力的な観光商品を開発していくという民間の自助努力が何よりも重要です。しかし、これに加えて、わが国政府もインフラ整備を行う必要があり、外国人観光客に対するビザ発給要件の緩和等、取り組むべき課題があると存じます。経団連では、かねてよりアジア諸国からの観光客に対して、一定の条件のもと、観光ビザを免除する等の措置を政府・与党に働きかけております。今後、アセアンならびに韓国等との経済連携協定締結の議論が本格化する中で、「人の移動」に関する議論は間違いなく活発化していきます。この流れの中で、観光目的の短期滞在者に対するビザ発給要件の緩和についても議論していくべきであると考えております。
さらに、観光振興を図るうえでは、ご当地の中核都市において、住民、民間企業ならびに公共セクターが連携して、道路整備、市街地の活性化、魅力ある街づくりを推進していくことが重要ではないかと存じます。要するに、地域が一体となって、美しく活気があり、「自分たちが住んでいて楽しい街」を整備することによって、観光客をも引き寄せる、観光客が訪問することでより活気が生じるという好循環を喚起する必要があるということです。そのうえで、各自治体がより広域的なネットワークを構築することによって、地域の観光資源を有機的に結び付けていく必要がございます。換言すれば、一つの観光資源を「点」としてとらえるのではなく、地域全体を「面」としてとらえ、そこを訪れる人々に満足してもらえる空間を創造していくことが重要ではないかと存じます。
以上、観光振興について見解を述べさせていただきましたが、すでにご当地におかれては、こうした点も念頭において、「産業クラスターの創造」や「次世代型産業技術の創出」にも取り組んでおられるとうかがっております。こうした産業構造の転換に向けた活動は、地域が主体性を発揮しつつ、将来に向けた発展基盤を築いていくものとして私どもも大いに期待しております。

6.おわりに

そろそろ時間がまいりましたので、最近の出来事について1、2申しあげて、私の話を終えたいと思います。
冒頭で、駒大苫小牧高校の甲子園優勝に触れましたが、この夏は、アテネ・オリンピックでの日本人選手団の活躍も非常に印象的でありました。今回のオリンピックで日本選手が活躍できた背景には、3点あると思います。一つは、世界に認められている科学的トレーニングを導入して活用したことがありますが、もう一つは、日本選手の活動が国内だけでなく、デンバーなど海外で行われていることがあります。高校野球や大学野球も海外で交流試合を行い、外国人に対する劣等感のようなものがなくなってきていると思います。もう一つは、食生活が豊かになってきたということがあり、そういうことからも、科学的トレーニングの成果があらわれてきているのだと思います。日本は、企業、文化のみでなくスポーツも含めグローバル化に参加せざるを得なくなっているということを、心に留めていただきたいと思います。いわゆる坂の上の雲を追う時代を終えたわが国にとっては、もう一つの坂の上の雲を追うために、若い世代の中から、これからの日本を引っ張っていくリーダーを養成することが急務となっております。私は、日本で非常に優秀な人材が育つことは可能であり、現実に育ちつつあると考えております。若者に大いに期待したいと思います。

最後になりましたが、来年の3月末より愛知県にて「愛・地球博」が半年間の日程で開催されます。わが国においては1970年の大阪万博以来のビッグイベントであり、世界125ヵ国が参加を表明しています。経団連もこのイベントを支援しており、国内はもとより海外からもできるだけ多くの方にご来場いただき、観光振興の起爆剤になればと思っております。「愛・地球博」という名前については、当初、「愛知万博」でありましたが、海外での愛知の知名度の問題もあり、国レベルのイベントでもあるとの問題提起をしたところ、「愛・地球博」という名前となった経緯もあります。皆様のご理解とご協力をお願い申しあげて、私からの話を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

以上

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