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「希望の国、日本」の実現に向けて

〜毎日21世紀フォーラムにおける御手洗会長講演〜

2007年2月1日(木)
於 大阪 リーガロイヤルホテル ロイヤルルーム

1.はじめに

ご紹介にあずかりました御手洗でございます。
本日は、伝統ある「毎日21世紀フォーラム」に、経団連会長として初めて、お招きに預り、大変光栄に存じております。
経団連は、本年1月1日に、「希望の国、日本」と題する将来ビジョンを発表いたしました。本日は、このビジョンの内容を中心に、また、私がビジョンに込めた思いも含めまして、お話をさせていただければと思います。

2.今なぜビジョンか

はじめに、今なぜ「希望の国」なのか、このタイミングでわれわれがビジョンを出す意味合いは何かなどにつきまして、申し上げたいと思います。
私が昨年5月に経団連会長に就任してから8ヵ月が経過いたしました。振り返りますと、会長に就任する以前も、海外へはよく行っておりましたけれども、就任してからは、より一層頻繁に多くの国を訪れ、各国の経済界のトップや政府の首脳と意見を交換しております。具体的には、昨年4月以降、中国、ベルギー、ドイツ、フランス、ベトナム、韓国、アメリカの8カ国を訪問いたしました。
そうした中で、特に感じましたことは、いずれの国も、持続的な経済成長によって国民生活を向上させることこそが、国家の重要目標である、と政治家も、官僚も、経営者も強く認識していて、経済の競争力向上に全力で取り組んでいる、ということであります。そして、いずれの国も、現実に力強い成長を実現しているわけであります。
例えば、皆さんもご承知の通りですけれども、中国は目を見張る発展を遂げております。毎年10%近い成長を続けており、沿岸部を中心に中間所得層も大いに育ってきております。また、知識集約型の産業育成も着実に進められており、人材の育成も、かなり高いレベルで行われております。国内には、様々な矛盾を抱えているとも言われますが、それを乗り越えながら、中国は引き続き、高い成長を続けていくものと考えられます。
ベトナムも最近、めきめきと力をつけております。2005年、2006年の経済成長率は8%以上に達しております。WTOへの正式加盟を果たしたこともあり、今後、グローバルな市場経済体制の中で、存在感を徐々に高めていくと思っております。
成長を遂げておりますのは、いま申し上げましたような、いわゆる新興途上国だけではありません。例えば、ドイツは東西統一によって大国としての地位を確立いたしました。統合のためのコストは大きなものがありましたが、最近では、経済の活力も着実に回復してまいりました。私が昨年の10月にお会いした際、メルケル首相は経済競争力をさらに強化したい、と強い決意を表明しておられました。
また、先月後半にニューヨークに行ってまいりましたが、アメリカ経済が長期にわたって繁栄を続けていることは、ご承知の通りであります。昨年来、景気は若干ペースダウンしておりますけれども、基本的には、持続的な成長軌道にのっていくであろうと考えられます。今日の報道でも、米景気の回復が伝えられており、消費の伸びは年率で4.4%に達したとの力強いニュースでした。ブッシュ大統領も米国経済は強いと発言しているようです。
イギリス経済も同様であります。イギリスの景気回復は15年以上という長きにおよんでおり、今なお経済は拡大を続けています。
冒頭から諸外国の例をいくつかご紹介いたしましたが、要するに、1989年のベルリンの壁の崩壊に伴い冷戦が終了し、市場経済がグローバルに拡大する中で、成長力強化に向けた世界的な競争が以前からの先進国だけでなく、旧社会主義国や、インドをはじめとする発展途上国も参加いたしまして、まさに激烈に展開されている、ということです。
これに対し、日本の状況はどうだったでしょうか。このように考えるとき、いつも私はいささか残念と申しますか、悔しい気持ちを禁じえないのです。日本のこの10年間の平均成長率は、実質で1%強しか、ありませんでした。この間、中国は毎年10%近い成長を遂げており、これは別と致しましても、アメリカも、イギリスも3%程度という高い成長をこの10年間に平均で遂げています。しかも、日本はこの間、長期にわたるデフレに陥っておりましたので、いま申し上げましたように、実質の平均成長率は1%強でありましたが、これを名目値で見ますと、平均でわずか0.2%の成長率と、経済の規模はほとんど大きくなっていないのです。世界の国々が、着実な成長を続けている中で、日本だけが、言わば足踏みしているような状態であったと考えられます。相対的に見た日本の存在感は、世界経済において年々、薄まっているといっても決して過言ではありません。
日本は、90年代後半以降、10年近くの間、深刻なデフレから脱却しようと悪戦苦闘を続けてきました。デフレからの脱却こそが、国民すべての願いであり、最大の国家目標であったと言っても良いかもしれません。国民一人ひとりの頑張り、民間企業の経営改革、政府の構造改革と、それぞれのレベルにおける努力が合わさり、日本経済はようやく正常化してまいりました。足元では、丸5年にわたって景気回復を続けており、すでに「いざなぎ景気」をこえて、戦後最長の回復期間となっております。しかし、これでひと段落したとか、改革疲れだなどと言っている時ではありません。先ほどから申し上げております通り、世界経済は高い成長を続けております。長距離走に例えるならば、世界各国がデッドヒートを繰り広げる中で、日本はこのところ一休みしていたような状態でした。しかし、ようやく体力を回復して、競走に参加するスタート地点についたところなのです。新しいスタート地点についた日本が、今後、どこを目指していくのかを考えなければなりません。そこで、この度、新しいビジョンを世に問い、これからの日本の進むべき道を具体的に示しました。

3.ビジョンのタイムスパン

それでは、日本の今後の道筋をどう考えるかでありますが、その前に、ビジョンが念頭においているタイムスパンについて申し上げなければなりません。こう申しますのも、将来に向けての目標を掲げるからには、それをいつまでに実現すべきか、期間を設定することが重要であると考えたからです。ビジョンでは、およそ10年後、2015年までのタイムスパンを設定しました。日本はこれから総人口が徐々に減ってまいります。これは避けられない事実ですけれども、問題はこれにどう立ち向かっていくかであります。幸いにして、今後10年程度は、人口減少が経済に与えるマイナスの影響は適切な政策対応をとることにより、ほとんど生じないか、あるいは非常に軽いものに止めることが可能であります。したがいまして、カギとなるのは、これから10年の間にわれわれが、人口減少下においても高い経済成長を維持できるような経済社会構造を作り上げられるかどうかにかかっていると思います。先ほど、日本経済は新しいスタート地点に立ったと申し上げました。しかし、時間が無限に残されているわけではありません。まずは、この10年間が勝負です。
そこで、ビジョンでは、2015年までに目指すべき目標を、数値目標を含めて、明確に掲げております。その上で、当面の5年間に取り組む課題を、さまざまな政策分野ごとに、具体的かつ詳細に述べています。例えば当社では、長期、中期、短期の三段構えで、経営計画を立てまして、進捗状況を確認しながら、会社一丸となって、取り組んでおります。すなわち、長期のスパンで目指すべき姿を示し、中期のスパンで戦略を立てて、短期で、それを実現する戦術、行動計画を立てるわけであります。このビジョンも、そのような構成とし、着実な実現を目指しております。

4.「希望の国」の姿

それでは、ビジョンで、どのような国を目指すのか、すなわち、「希望の国」の姿について申し上げたいと思います。資料をお開きいただきますと、序文の次に目次がありまして、その次のページが全体の「概要」となっております。こちらをご覧いただきたいと思います。左上のハコで、「めざす国のかたち」として、三つの柱を掲げております。第一が「精神面を含め、より豊かな生活」、第二が「開かれた機会、公正な競争に支えられた社会」、第三が「世界から尊敬され、親しみを持たれる国」です。第一の柱である、「精神面を含め、より豊かな生活」について、その大前提となるのが、冒頭から申し上げております通り、持続的な経済成長の実現であります。ビジョンで掲げる希望の国とは、ひと言で言い表しますと、「今日より明日、明日よりあさってが良くなるという希望を、国民だれもが持つことができる」、そのような国ではないかと考えるのであります。明日への希望があるからこそ、人々は、日々働き、学び、あるいは、子供を産み、育てていく力を、得ることができるのではないでしょうか。日本では、出生率が長期的に下がっており、2005年には1.26と、戦後最低の数字を更新いたしました。日本の出生率低下の原因はさまざまな要素が考えられますので、一つの問題に解決を求めることは当然ながらできません。
しかし、少子化の問題の根底にあるのも、若い人たちの間に将来に向けての希望が薄らいでいる、あるいは将来への希望が持ちにくくなっているということがあるような気がしてなりません。国民の一人ひとりが未来への希望を持てるようにするためにも、まずは確かな成長を実現することが不可欠であります。持続的な成長は、社会の中にネガティブな影響を与える格差を固定化させずに、社会に本来あるべき絆を維持する、という面からも重要であります。
いま盛んに、いわゆる「格差問題」ということが言われております。しかし、ひと言で格差と申しましても、さまざまなものがありますので、十把一絡げに議論することは適切ではありません。もし仮に、社会からあらゆる格差をなくそうとするならば、それは結果の平等を完全に実現しようとした、社会主義経済のようものになりかねません。そうした社会においては、一人ひとりの心の中にやる気や意欲は沸いてきません。また、社会を動かしていくダイナミズムは、完全に損なわれてしまうことになるでしょう。したがって、社会を発展させていく上で認められる格差と、社会にとって解消すべき格差をまずはしっかりと整理することが重要であると思います。
この観点から、特にこのところ問題となっておりますのは、例えば、フリーターやニートなど、若年層の雇用問題であります。しかし、本質的に、こうした問題が何から生じているかを考えるならば、それは経済が十分な成長を遂げられなかったことに起因しているのです。フリーターと呼ばれる層が大きく増えたのは、90年代に入ってバブルが崩壊して以降のことです。逆に、民間主導で景気が着実に回復する中で、2004年度以降は徐々にではありますが、フリーターの数は減少に転じております。
また、若年層の雇用が、氷河期と呼ばれるまでに厳しくなりましたのも、90年代後半以降に経済が大きく失速したからです。いまや足もとでは、新卒の雇用は引く手あまたという状況であります。
格差の最たるものである失業の問題をとってみましても、失業率は一時は6%近くまで上昇いたしましたが、現在は4.1%まで大幅に低下しております。有効求人倍率も昨年は14年ぶりに1倍を超えており、地域ごとに差はありますが、希望すれば基本的にはすべての人が職を得られるという状況になってまいりました。
このように、望ましくない格差を解消し、社会の中に不要な亀裂を生じさせないためにも、経済を失速させたり、ましてやデフレに再び後戻りさせたりするようなことがあってはならないのです。格差の是正が必要だと申しましても、「富はまず、これを創造してからでなければ分配することはできない」という言葉もあります。これこそがまさに、経済における一つの真理と言えるのではないでしょうか。これを現在の文脈に置き換えて言うならば、持続的な経済成長が確保されないことには、いわゆる格差の問題も解消することはできないと理解すべきだと考えます。
それでは、今後の日本経済はいったい、どれくらいの成長を遂げることが可能でしょうか。結論から申しますと、概要の左側のページの表に掲げておりますが、今後10年間の平均で、実質で2.2%、名目で3.3%の成長を実現することは十分可能であると考えております。これは、後ほど申し上げますような、ビジョンで打ち出した様々な改革によるプラスの効果を織り込みまして、マクロ経済モデルを作って検証した結果です。
これからは、人口がどんどん減っていくのだから、経済を持続的に成長させることは難しい、という悲観的な見方も根強くあることは、確かであります。しかし、日本のこれまでの経済成長において、人口の要因が与える影響は、非常に小さな割合でしかありませんでした。これは、かつての高度成長期においても、そうであります。日本経済は、これまで常に、イノベーションと生産性の向上を二本の柱としながら、高い成長を実現してまいりました。現に、今回の景気回復を見てみましても、労働力人口はすでに減少し始めておりますが、これに打ち勝って戦後最長の成長を続けているのであります。
経済は生き物である、ということが良く言われます。一人ひとりの国民にいたしましても、あるいは企業や政府にいたしましても、経済に参加する主体がおしなべて将来に悲観的な予想しか持たなければ、国民の財布のヒモはゆるまず、あるいは企業の前向きの設備投資もなかなか出てはまいりません。その結果、経済全体が下を向いてしまうこととなります。
私は30歳を少し過ぎてから、アメリカに渡りました。以後23年間、アメリカ社会の中で、会社を立ち上げ、事業の規模を拡大していくために、懸命に働いてまいりました。その間、アメリカ社会の良いところ、悪いところをいろいろと目にすることがありました。アメリカ社会の中で非常に良いところだと思いましたのは、社会全体にみなぎるチャレンジ精神です。また、現実を見据えながらも、物事を前向きに考える、楽観主義の姿勢であります。
翻って、日本の社会を見てみますと、これは日本人の悪い癖だと思うのですが、物事を悲観的に受け止めて、あれこれと思い悩み、できない理由ばかりを指摘するという人が、少しばかり多すぎはしないでしょうか。こうした人は、一見、クレバーに見えるかもしれませんが、例えば、企業経営に携わる立場から見ますと、問題点を指摘するだけで、肝心の行動が伴わないのは、むしろ最も有害であると申せましょう。企業に限らず、組織を動かしていく上で、あるいは国家の運営に際しても同じかもしれませんが、重要なことは、達成すべき目標を明確に掲げ、たとえ問題があったとしても、それをどう解決すべきか、皆と一緒になって挑戦していく姿勢であると考えるのであります。
このようなことを考えまして、ビジョンでは、われわれが目指すべき道筋をどう考えるか、思い切って単純化いたしまして、一つの選択肢を置いております。資料の2ページ目に、その概念図を掲げております。その選択肢とは、ベストなシナリオにチャレンジするという、成長重視の考え方をとるのか、あるいは、改革をいったん中断してでも、改革の弊害とされるものの是正を重視するのか、という分かれ道であります。前者が、先ほど申し上げた、挑戦を伴う楽観主義の考え方、後者が、ともすればわれわれが陥りがちな、悲観主義の考え方であろうと思います。そして、われわれが進むべき道筋が、成長重視の選択であることは、もちろん、言うまでもないのであります。
さて、われわれが1月1日にビジョンを公表いたしました後、月末には政府から新しい中期経済方針、「日本経済の進路と戦略」が出されました。その中で、経済成長率の見通しにつきましては、改革が進んだケースの場合は今後5年間の平均で実質は2.2%、名目は3.2%という数字が示されております。われわれのビジョンは、今後10年間を対象期間としておりますので、期間の差はありますが、ほぼ同じ水準と言ってよろしいかと思います。期せずして、民間と政府の両部門から実質2%以上、名目3%以上の成長率を目指すことが、これからの日本経済の目標としてしっかりと位置づけられたわけであります。今後は、これをどう現実のものとしていくかお互いに知恵を出し合い、協力しながら改革を加速していくことが、何よりも重要だと考えております。

次に、希望の国をあらわす二番目の柱は「開かれた機会、公正な競争に支えられた社会」ということであります。これは、ひと言で申しますと、「結果の平等」から「機会の平等」へという基本的な考え方の転換であります。先ほど、いわゆる格差の問題について申し上げましたけれども、日本の社会においてはこれまで、ともすれば「結果の平等」ということが、重視されすぎてきたのではないでしょうか。格差是正の行き着く先とも言える「結果の平等」があまりにも行き過ぎれば、社会の中から挑戦の気概は失われてしまいます。172年余り前、ここ大阪の堂島で生まれ、緒方洪庵の適塾で学んだ福沢諭吉は「学問のすすめ」を著しました。その中に、「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、と言えり」という言葉があることは、皆さんもよくご承知のことと思います。しかし、これは、単純な平等主義を唱えているわけではないのです。「人の上に人を作らず、と言えり」の後には、「天は人の上に人を作らずと言われるけれども、現実の社会をみるとどうか。立派な人もいれば、そうでない人もいる、賢い人もいれば、そうでない人もいる。なぜ、このような違いが生じるかといえば、努力して学問をおさめたかどうかによる」と、こう続くのであります。
このように、もともと日本でも福沢諭吉の時代から、「結果の平等」ではなく「機会の平等」を通して、一人ひとりがチャンスをつかみ取っていくことの重要性が強調されていたことを現代に生きるわれわれも、忘れてはならないと思います。明治維新の時代もそうであったに違いないと思うのですが、時代の変革期にあっては、向上心や挑戦する気概にあふれる人々が、社会の前面に大勢登場して、様々な改革に取り組んでいくことが求められるのだと思います。このような意味合いにおきまして、ビジョンでは「開かれた機会と、公正な競争」という理念を「希望の国」を形成する重要な柱として位置づけているのであります。

続きまして、「希望の国」の三番目の柱は「世界から尊敬され、親しみを持たれる国」であります。国際社会が抱える課題は山積しております。多角的通商体制の強化、環境・エネルギー問題への対応、貧困問題の解決、さらには国際的な安全保障問題など、幅広い分野において日本の貢献が求められております。とりわけ、中国をはじめ、新興途上国が急激な成長を遂げる中で、地球環境やエネルギーの問題がますます深刻になっております。こうした分野では、日本が持つ優れた技術をいかしながら、わが国ならではの貢献をしていくことが可能であり、国際社会からの期待も大きいと考えております。
また、「世界から尊敬され、親しみを持たれる」ということは、自ら求めるというよりは、むしろ結果としてそうなる、という側面が大きいのではないかと考えております。世界から尊敬されるというからには、まずはその国自身が大いに繁栄し、国際社会における存在感を強めていかなければなりません。90年代以降の10何年かのように、世界の国々が早いスピードで発展し続ける中で、十分な成長を遂げられないというようなことでは、日本は世界からの尊敬を受けるどころか、極東の片隅に置かれた周辺国の一つに転落しかねないのであります。
また、日本が海外の人々から見て、行ってみたい、住んでみたいというオープンな社会であってはじめて、日本に対する親しみもわいてくるのだと思います。そうした意味で、第一の柱である「確かな成長」と、第二の柱である「開かれた機会」を実現していくことが、結果として、世界から尊敬され、親しみを持たれることにつながるだろうと考えるのであります。

5.ビジョンの優先課題

以上、われわれが考える、「希望の国」がいかなる姿のものか申し上げてまいりましたが、次に、これを実現するために取り組むべき優先課題についてご説明いたします。「概要」の右側に、項目を列挙いたしております。まず、大きな柱として、第一の「新しい成長エンジンに点火する」から、五番目の「教育を再生し、社会の絆を固くする」まで、五本の柱を立てております。その上で、五つの柱に沿う形で、カッコ1の「イノベーションの推進」からカッコ19の「憲法改正」まで、具体的な政策課題を全部で19個、取り上げまして、それぞれ内容をかなり具体的に述べております。さらに資料では136ページ以降となりますが、「アクションプログラム2011」と題しまして、これからの5年間で早急に取り組むべき課題を114個にブレイクダウンする形で整理いたしております。
このように、ビジョンでとり上げております政策課題は非常に幅広く、網羅的となっております。これらの課題すべてに、同時並行的に取り組むことを通じて「希望の国」への道筋が開かれると考えております。
こうした広範な課題に対して、それでは、経団連自体がどう取り組んでいくのかとういことですが、経団連には経済政策委員会や財政制度委員会などをはじめ、全部で51の政策委員会・特別委員会があります。海外との関係では、アメリカ委員会や中国委員会などといった22の国際委員会があります。そのそれぞれについて、経団連の副会長をはじめ有力な企業のトップの方々に委員長になっていただいております。また、会員企業の高い見識と専門性を持った役員や幹部の方々がそれぞれの委員会や部会のメンバーとなって、日々、精力的に活動しております。このように委員会の活動全体を通して見れば、事務局も含め、延べ何千人もの人たちが、経団連活動に従事しているわけです。その範囲は、大変に幅が広く、また、強力な推進力を持っていると思います。今回、新しいビジョンを出したことをきっかけといたしまして、すべての委員会が、ビジョンに掲げた目標を分担し、その実現に取り組むよう、私から改めて、大号令をかけているところであります。

それでは、優先課題の内容に触れてまいりたいと思います。時間の関係もありますので、このうち、われわれが特に重要と考える課題につきまして、ポイントを申し上げたいと思います。まず、一番目の「新しい成長エンジンに点火する」という柱は、ひと言で申しますと、日本経済の足腰を鍛えなおすということであります。その中核をなすのが、科学技術を出発点とするイノベーションをより一層加速することであります。
ただ、この点は改めて強調しておかなければなりませんが、イノベーションを担う中心は、われわれ民間企業であります。新しい製品やサービスを生み出していくために、まずは民間自らが努力を重ねていく必要があることは当然であります。これにより、他の企業との競争に打ち勝つ優位性、すなわちコンペティティブ・エッジを確立しえない限り、企業として生き残っていくことは、できなくなってしまいます。実際に、失われた10年、15年と言われる期間において、民間部門では血のにじむようなリストラを進めました。その一方で、研究開発だけは企業の将来になくてはならない投資として、歯を食いしばって維持し、あるいは拡大してきた企業が多かったと思います。現在、デジタル家電や、環境性能の高い自動車、あるいは高品質の素材産業など、広い範囲にわたる分野が活況を呈しているのも、そのような企業努力があってはじめて可能となったのであります。
科学技術の水準がますます進化し、また、グローバルな競争が激しくなる中で、イノベーションを生み出すために政府が果たすべき役割が、大変に大きくなっていることも確かであります。具体的にはまず、民間企業がなかなか手を出しにくいような基礎研究の推進であります。また、制度面では、知的財産政策や国際標準に関する戦略を強化することも重要であります。現在、政府においては「科学技術基本計画」や「知的財産推進計画」などが国家戦略として推進されており、従来に比べれば、この分野の政策はかなり強化されてまいりました。とりわけ、科学技術基本計画では、政府の研究開発投資額を、5年間で25兆円、諸外国なみのGDP比1%の水準まで、積み増すことを掲げており、経済界はこの方針を強く支持しております。
ただし、研究開発予算を増やしたとしても、それが重要な研究分野に重点的、効率的に投入されることが最も大切であります。例えば、アメリカでは、NASAやNIHといった、世界的な研究開発拠点に対して、資金が重点的に投入され、宇宙開発やバイオなどの基礎研究が、新素材や医薬など具体的な成果にまでつながっております。そこでビジョンでは、2010年までに30以上の世界的研究拠点を整備することを目標として掲げております。これは言うは易し、で非常にハードルの高い目標ですけれども、こうした意気込みで官民が力を合わせ、日本全体を世界のイノベーション・センターにするために全力を挙げていくことが重要だと考えております。

イノベーションの推進とならんでもう一つ、日本経済の成長戦略の重要な柱となるのが法人税の実効税率の引き下げであります。先ほど、企業は他の企業に打ち勝つコンペティティブ・エッジがない限りは市場で生き残ることはできないと申し上げました。これと同じことが、一国の経済にも当てはまるのであります。グローバルな経済において、企業に対する競争圧力はますます激化しております。企業は研究開発から生産、販売、流通に至るまで、国境をまたいで常に立地を最適化していくことが求められております。
そういたしますと、企業の公的負担、とりわけ法人実効税率の水準が、企業が投資を判断する際の重要なメルクマールとなってまいります。つまり、個々の企業レベルだけでなく、一国の経済としても、制度面でのコンペティティブ・エッジを確立することが欠かせない時代となっているのであります。実際に、こうした状況を認識した国々は法人税の軽減に動いており、世界的に法人税の引き下げ競争ともいえる状況が展開されているのであります。これに対し日本の法人実効税率は、現在約40%、と欧州の先進国に比べましても、10%程度高いという状況にあります。法人税の問題は企業優遇かどうかといった小さな議論ではなく、日本の経済がグローバルな競争の中でいかにして生き残っていけるかという観点から考えていくことが重要であります。ビジョンではこうした骨太の成長戦略の考え方に基づき、法人実効税率を現在の40%から、30%程度へ引き下げていくことを掲げております。

二番目の柱の「アジアとともに世界を支える」というセクションは、基本的な考え方としては、高い成長を遂げるグローバル経済のダイナミズムをうまく活かしながら、日本も一緒になって成長し、かつ国際社会に貢献していくということであります。冒頭に申し上げましたとおり現在、世界経済は年4%から5%と、非常に高い速度で成長を続けております。日本の周りを見渡せば、有望なマーケットが広がり、成長への「窓」が大きく開かれているのであります。
世界の成長力を自らのものとしていくうえで最大のカギとなるのが、各国との経済連携協定、すなわちEPAの締結促進であります。EPAによって、日本と海外との市場が完全に一体化し、企業がシームレスに活動できるようになれば、それは日本国内の市場が広がったのと同じ意味を持つこととなるのであります。日本が高い成長を続ける東アジア経済圏の中心という、地理的にも恵まれたポジションに位置することから、まずはASEANや韓国、中国をはじめ東アジア諸国とのEPAを一刻も早く結ぶことが重要であります。そこでビジョンでは、2015年までに東アジア全域におよぶEPAを完成させることを目標として掲げております。
同時に、EPAの必要性は東アジア諸国だけにとどまるものではなく、日本にとって重要な国々、例えばアメリカや、湾岸諸国、あるいはブラジルなどとのEPA、FTAも同時並行で進めていかなければなりません。先月19日にニューヨークでビジネス・ラウンドテーブルとの会合を開き、アメリカ経済界のトップと意見交換してまいりましたが、日米の間でEPAを結ぶことは日米経済関係をさらに発展させ、同時に、アジア太平洋地域の成長にも大いに寄与するということで、見解が一致いたしました。
日本の対外通商戦略におきましては、本来ですと、WTOの多角的通商交渉がEPAとならんで「車の両輪」であるべきなのですが、残念ながら、WTO交渉は現在、中断しております。しかし、EPA交渉をできるだけ幅広い国々と進めることによりまして、結果として、WTO体制を補完していくことになるのではないかと考えております。

三番目の柱である「政府の役割を再定義する」という項目は、行政改革、社会保障制度改革、税制改革という三つの課題からなっております。財政の持続可能性を確保し、また、国民生活の安心の前提となる社会保障制度を、安定的に維持していくために、これらを一体的に見直していくことが重要だと考えております。基本的な考え方としては、第一に、経済成長と財政健全化の両立を図ること、第二に、行政改革を徹底し、筋肉質の「小さな政府」を作ることが重要であります。
われわれは、「成長なくして財政再建なし」という考え方は、基本的に正しいと思っております。税収は、名目GDPに比例いたしますので、経済がデフレに陥れば、税収も落ち込み、巨額の政府債務を返済していくこともできなくなるのであります。諸外国の財政健全化への取り組みを見ましても、経済が順調に拡大する環境がない限り、財政を健全化することは不可能と考えられます。ただ、「成長なくして財政再建なし」と申しましても、単に成長を続けていれば自然と財政が健全化するわけではありません。成長戦略をとる中、同時に、財政健全化に向けた努力はそれはそれとして、平行して行う必要があります。
現在、政府は2011年度までに、国・地方を合わせたプライマリー・バランスを黒字化させることを目標としております。われわれはこの方針を支持するものであります。ただし、プライマリー・バランスの黒字化は、あくまで財政健全化に向けての第一歩、いわば一里塚と考えなければなりません。この点は、少し細かくなりますけれども、国と地方の合計で、プライマリー・バランスが黒字になったといたしましても、今のままで行きますと、地方財政はある程度の黒字になる一方、国の一般会計は、依然として赤字が続くこととなります。しかし、世界的に最も取引量が多い国債の残高が、今と変わらず、経済の規模以上に増えていくことになれば、国債に対する市場からの信頼は失われかねません。万が一、長期金利が急激に上昇するようなことがあれば、その結果さらに財政が悪化するという悪循環におちいる可能性も出てまいります。
こうしたことから、ビジョンではもう少し長期の観点から、国の一般会計や地方財政につきましても、それぞれ、債務残高の経済規模に対する割合を着実に低下させていく、という目標を掲げております。なお、その中で、消費税の扱いにつきましては、国民の安心の基盤となる社会保障制度を安定的に維持すること、また、税体系全体を見直していくといった観点から、新たな財源として、2011年度までに消費税率を2%程度引き上げることはやむを得ない、という書き方にいたしております。ただし、実際に、どのような歳入面の改革を行うかは、歳出改革の進行度合いや、経済の動向によっても大きく変わってまいりますので、こうした点を踏まえながら、議論を重ねていく必要があることは言うまでもありません。

四番目の柱は、道州制や労働市場の改革、少子化対策であります。このうちの「道州制の導入」は、私の思いとしても、ビジョンで最も強調したい項目であります。先ほど、成長戦略のポイントとして、科学技術を推進力とするイノベーションについて申し上げました。このような、本来の意味あいにおけるイノベーションも重要ですけれども、日本全体を豊かにし、中長期的な成長を実現していく上では、もっと幅の広いイノベーション、すなわち、経済社会の仕組みそのものを大胆に変革していく必要があると考えております。
ビジョンでは、その中心的な柱に道州制を位置付けているのであります。明治以降の日本は、中央と47都道府県が結びついた中央集権型のシステムで発展を遂げてまいりました。こうした仕組みは、日本が発展途上型の経済で、中央であらゆる政策を決め、資源配分を行うことが効率的だった時代にはうまく適合していたかもしれません。しかし、新しい成長経済においては、地域が自らの知恵と努力で自立することが必要であります。いまの47都道府県の仕組みを前提にしていては、自らの足で立てないところが、かなり出てきていることは確かであります。そこで必要となるのが道州制であります。一定の人口、面積、産業の集積や大学などの知的拠点を備えた「広域経済圏」を作ることで、それぞれの地域が自立することが可能となると考えられます。100年以上続いてきた体制を変えるわけで、具体的な制度設計を行うための論点は多岐にわたっております。そこで、経団連としても、昨年末に道州制に関する検討会を設置して、勉強を開始しております。「希望の国」の実現に欠かせない重要な課題ですので、しっかりと取り組んでいきたいと考えております。

最後の五番目の柱は、「教育を再生し、社会の絆を固くする」ということで、教育再生、企業倫理、政治参加、憲法改正と、四つの項目を挙げております。このうち特に、経済界自らの問題として取り組んでいかなければならないのが、CSRの推進であり、企業倫理の徹底であります。資料の85ページに、経団連の企業行動憲章の全文を、改めて掲載しております。企業不祥事の撲滅に向けまして、経済界として、常日頃から再点検を行っていかねばならないと強く認識いたしております。

6.おわりに

以上、ビジョンの内容を中心にお話をさせていただきました。改めて申し上げるまでもありませんが、これはわれわれなりの考え方であります。何よりも大切なことは、日本のより良い未来のために、国民一人ひとりが議論を重ね、実際に行動に移していくことであると思います。今回われわれが取りまとめたビジョンがそのきっかけになれば幸いであります。
私ども経団連といたしましても2007年を、「希望の国」の実現に向けて着実に一歩を踏み出す一年にするため、全力を挙げて取り組んでまいりたいと思っております。皆様方のなお一層のご支援、ご協力をお願いいたしまして、私からの話を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

以上

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