魅力ある日本の創造

読売国際経済懇話会
1996年 2月 7日

社団法人 経済団体連合会
会長 豊田章一郎


経団連会長の豊田でございます。本日は、読売国際経済懇話会にお招きいただきまして、ありがとうございます。早速ではございますが、『魅力ある日本の創造』というテーマでお話しさせていただきたいと存じます。
  1. さる1月16日、経団連では、『魅力ある日本−創造への責任−』と題する経済・社会の長期ビジョンをとりまとめました。これは、わが国の高齢者人口がピークを迎える西暦2020年を展望したビジョンです。日本の目指すべき未来はどうあるべきか、またそれを実現するためにはどのように経済社会を改革していかなければならないか、という問題について、経団連の総力を挙げてまとめたものでございます。お蔭様で、このビジョンは時宣にかなったものであるとして、各方面から多大なご関心をお寄せいただいております。

  2. 最初に、なぜ私たちがこのような長期ビジョンを掲げることにしたのかにつきまして、お話しさせていただきたいと思います。

    1. まず第1に、日本経済が構造的に停滞していることでございます。
      日本経済が依然として、バブルの崩壊と急激な円高に端を発する戦後最大の迷路から抜け出せず、ゼロないしは1%台の低成長が続いております。〔平成4年度0.4%、平成5年度0.2%、平成6年度0.5%、平成7年度1.2%(政府見通し)〕 
      翻って考えてみますと、わが国は、世界的に見ても高い勤勉性、教育水準、技術・ノウハウ、貯蓄率などを有しており、これらの能力を充分に発揮することができれば年率3%程度の安定的な成長を達成することは可能であると思われます。
      最大の問題は、今私たちが持っている潜在的な能力を、どういう方向に、どう発揮していったら良いのかが明確でないことにあります。そのことが、一種の閉塞感に結びついているのではないでしょうか。
      わが国は、世界的に見れば冷戦構造の終焉の中で、メガ・コンペティション時代の到来、高度情報化社会への対応、環境問題の深刻化といった課題を抱え、また、国内的にも高齢化の進展、価値観の多様化など、大きな時代の変化の波にさらされております。そのような中で、明治以来の、欧米先進諸国に「追いつけ、追い越せ」型の経済発展を前提とした日本の経済・社会システムは、今や行き詰まり、むしろ未来に向けての発展の足かせになっています。この古くなった革袋を全く新しいものに取り替えなければならないという思いは、皆様もお持ちではないかと存じます。

    2. 第2に、国民が将来に対する期待を持てないでいる、という点でございます。
      昨年4月、私は経団連ミッションで、アセアン諸国を訪問いたしました。その際、アジアの若者が、自国の将来や、自分の未来に、明るい夢や希望を抱いて、活き活きと国づくりに励んでいる姿に深い感銘を受けてまいりました。
      また、昨年11月にはヨーロッパを訪問いたしましたが、各国のリーダーの方々は、自信を持って自国の改革について語られ、着々と成果をあげられているとのことでした。ヨーロッパの首脳の方々は、「欧州の家」と称して、欧州を統一するという理想を掲げ、これに向かって邁進されておりました。
      他方、わが国では、昨年、総理府が実施しました「国民生活に関する世論調査」によりますと、現在の日本の生活に満足している人の割合が72.7%と、過去最高になったとのことです。私自身は、これは日本の抱えている問題を直視していないからではないかと危惧しておりますが、同じ調査で、「今後の生活が、これから先、良くなっていく」と答えた人は、13.9%しかございませんでした。この世論調査は、毎年実施されておりまして、「今後の生活が良くなっていく」と答えた人の割合は、1970年の37.4%をピークに年々低下しており、昨年の13.9%という数字は、1968年調査以降、最低の水準となっております。
      この調査結果を見ましても、日本の国民は、現在の生活はある程度の水準までは来ているものの、将来に対しては、多くの人が不安感を抱いていると言えましょう。

    3. 第3に、個別の制度改革を議論する際に、目指すべき将来像を持つべきである、という点でございます。
      皆様すでにご承知の通り、経団連では、長い間、行政改革、規制緩和、税制改革の必要性を訴えるとともに、これを推進してまいりました。しかし、これらの改革はいずれも道半ばと評価せざるを得ません。これは、関係の方々が、既存の経済社会システムに安住し、改革を怠っているという側面もございますが、私ども経済界も、規制撤廃・緩和、税制改革などが実現した暁にどのような日本が実現するのか、その姿を明確に示して来なかったという反省もございます。

    4. このような問題意識から、経団連として、2020年を展望した日本のあるべき姿と、それを実現するための道筋を国民に広く提示し、日本の将来について一緒に議論していきたいと考えた次第でございます。

  3. 次に、本題に入りまして、このビジョンで、私たちがどのような国家像を掲げているのかについて、お話しいたします。
    お手許にお配りしました、『魅力ある日本』(骨子)の5ページをご覧ください。

    1. ここに、基本的な理念として「我々が目指す日本の未来」をお示ししております。私たちは日本が目指すべき国家像として、「活力あるグローバル国家」を提唱いたしました。これは国民や企業の自由な創意工夫と活力が最大限尊重されるとともに、地球的な視野で行動し、責任を果たすという国家をイメージしております。
      その具体的な姿として、国内では「真に豊かで、活力ある市民社会」を構築するとしております(5ページ)。
      その具体的な姿を簡単にご紹介いたしますと、
      1. まず、経済の面では、「官から民へ」の原則のもと、規制のない、また行政に依存しない、真の自由主義経済が実現されている、
      2. 政治・行政の面では、政治のリーダーシップのもとに国の進路が決定され、透明で小さく効率的な政府が、それを着実に実行している、
      3. 地方行政は、市民の声の届く所にあり、地域の個性や多様性が反映されている、
      4. 個人は、自己責任原則とモラル・コード(倫理規範)の遵守を前提に、家庭、地域、職場の間にバランスのとれた暮らしを送っている、
      5. 企業は、厳しい企業倫理を前提に自由に活動し、国民の豊かさに貢献する商品・サービスの開発、提供を行っている、
      6. 市民活動団体は、機動的かつ多彩な活動を展開し、国民生活、政治にとって不可欠な存在となっている、
      このような姿が「真に豊かで、活力ある市民社会」の具体的なイメージです。

      また、対外的には、「世界の平和と繁栄に貢献する国家」を目指すこととしております(8ページ)。その特徴的な姿をご紹介いたしますと、

      1. まず、世界の中の日本として、自由、民主、人権、環境、自由主義経済などの理念に基づき、わが国の果たすべき国際的責務を内外に示し、着実に実行している、
      2. また、これまでのように既存の政治・経済秩序に合わせるという外交スタイルを改め、世界各国と協力して国際的なルール・メーキングの一翼を担っている、
      3. 国際的な平和維持活動にできる限りの協力をしていくとともに、経済協力、環境、科学技術の3分野に重点を置いて世界に貢献している、
      4. 市場を一層開放し、貿易・投資の自由な交流が拡大している、
      5. また、これらの前提として、一人ひとりが相手の立場や歴史、文化的背景を尊重するとともに、自分の国を愛し、自国の歴史や文化についての理解を深めている。

    2. このような姿を国内的にも、対外的にも実現することができれば、わが国は、若者が未来に希望を持ち、世界の人々が住んでみたい、仕事をしてみたいと思う社会となり、結果として、「世界から信頼され、尊敬される国」になるのではないかと考えております。
      私は国際社会において、「信頼」こそ最も重要なことではないかと思っております。昨年の日本と米国の自動車ならびに自動車部品分野の協議を通じて、このことを再認識いたしました。私は、本来、経済摩擦は、政治問題化する前に、両国の経済人の間で冷静に解決すべきであると考えております。そこで、政府間協議が続けられている中、日本の主要自動車メーカーは、外国製自動車の輸入や、部品の調達に関する自主的な計画を発表いたしました。私は「企業人として発言したことは、実現するよう、万全を尽くす」ことを信念としております。こうした自主計画を達成する努力を積み重ねることにより、国際社会における信頼を得られるようになるものと確信しております。
      この経団連がまとめました長期ビジョンにつきましても、私たちが掲げた理想に向かって、改革の実現に努力していくことが、最も重要ではないかと存じます。

  4. このような総論に続きまして、ビジョンでは各論として、「経済と技術」 「政治と行政」 「外交と国際交流」 「教育」 「企業」の5分野について、望ましい姿ならびに改革すべき具体的な課題と提言を述べております(10ページ以降)。
    これらの内容につきまして、一つひとつ詳しくご説明する時間がございませんので、後ほどお読みいただければ幸いでございます。

  5. さて、この長期ビジョンの目標は、2020年となっております。先程申しあげましたように厚生省の推計によりますと、65歳以上の老年人口は、2021年にピークに達し、3,275万人となります。他方、今後、高齢化と共に少子化が進んでいくことから、日本の総人口は、2010年までにピーク(1億3044万人)を迎えます。従いまして、比較的日本の経済力がある、今後15年の間に、ソフト・ハード両面にわたり、新たな経済社会システムの基盤を作り上げておく必要がございます。
    こうした考え方に基づいて、このビジョンでは、官民の適切な役割分担のもとに、29ページにありますように、10項目にわたる「新日本創造プログラム2010(アクション21)」を策定し、2010年までに優先的に推進することを提案しております。

  6. このアクション・プログラムを簡単にご紹介させていただきますと、
    1. 脱規制社会の構築
    2. 透明で小さく効率的な政府の実現
    3. 新首都の建設と分権型国家システムの構築
    4. 自然環境と調和した豊かな国土の建設
    5. 研究開発体制の強化
    6. 創造的な人材の育成
    7. 国際的な金融資本市場の整備
    8. 安心できる長寿社会の実現
    9. 市民活動団体がより自由闊達に活躍できる社会の建設
    10. 外交力の強化
    でございます。
    ここに掲げました項目は、いずれも重要課題であり、早急に着手する必要がありますが、本日は、これらの中から、特に経団連としての優先課題である4項目について、触れさせていただきたいと存じます。

    1. 第1は、規制の撤廃・緩和でございます。この課題につきましては、従来から経団連が、特に力を入れて取り組んでおります。社会の高齢化が進展し、労働力人口が減少する中で、意欲、才能のある人々・企業が、最大限にその能力を発揮できる、そういう活力ある経済社会を実現するためには、市場の透明性を確保し、公正かつ自由な競争を促すことが必要不可欠でございます。
      ビジョンでは、「規制の抜本的な見直し」(30ページ)として、2000年までに需給調整の観点からの参入規制、設備新増設規制を完全撤廃すると同時に、価格規制を含む経済的規制を半減し、2010年までに経済的規制を原則撤廃することを主張しております。同時に、社会的規制については、全ての洗い直しを行い、安全、健康、環境等に関する必要最小限のものに限定することを求めております。

    2. 第2に、税制改革でございます(30ページ)。ここでは、「所得税負担、法人税負担を欧米先進国並みに引き下げるとともに、消費税率を引き上げ、国税の直接税比率を50%程度まで引き下げる」旨を主張しております。
      この部分につきましては、マスコミでも大きく報道され、また、皆様の関心も高い所と存じますので、少し詳しく触れさせていただきたいと存じます。
      このビジョンで申し上げていることは、21世紀のメガ・コンペティションの時代、高齢化社会の中で、わが国経済が活力を維持するためには、企業の国際競争力、企業家精神の高揚が必要不可欠であるということです。そのような環境を作り上げるためには、法人税負担を、少なくとも欧米先進諸国並みに引き下げる必要があります。また、個人のやる気や才能を充分に発揮できるようにするために、所得税負担を軽減することも必要です。
      ある試算によりますと、今後の高齢化に伴って発生する負担増を、所得税、消費税、社会保険料の各財源で賄った場合、経済成長が最も高くなるのは消費税で賄った場合であるとの結果が出ております。
      このような意味から、ビジョンでは、所得税、法人税などの直接税による国民の負担を軽くする必要があると主張しております。
      他方、ビジョンでは、総人口がピークを迎える2010年までに、新しい経済社会システムの基盤作りを重点的に行う必要があるということも申しております。
      つまり、一方で直接税の減税を行い、他方で基盤整備のための財政支出を求めております。そういたしますと、ビジョンを実現する過程で、国の財政は破綻しないのかという疑問が生じます。これに答えるために、いくつかの前提を置いて、機械的に試算してみた結果が「2020年までのマクロ・フレームの試算について」(40〜41ページ)です。
      この試算では、前提といたしまして、財政支出につきましては、人件費や社会保障費などの経常的経費と、公共投資などの投資的経費に分け、経常的経費については、行財政改革を徹底的に行うことを大前提としていますが、高齢化に伴う社会保障費がある程度増大していくのはやむを得ないであろうとの立場に立っております。
      また、投資的経費については、「新日本創造プログラム2010」の考え方に沿って、必要な社会資本、生活資本の整備を行うという観点から、2000年までは6%と高い伸びを想定し、それ以降は2%の伸びを想定しております。
      次に、所得税については、2000年度と2005年度に、それぞれ3兆円規模の減税を行うこととしております。また、法人税については、1997年度と2000年度に、それぞれ2兆円規模の減税を行うこととしております。
      このような前提条件を置きました上で、消費税率を1997年度に5%に引き上げる場合から、これをさらに7%、10%あるいは12%へと、段階的に引き上げていくという4つのケースに分けて試算してみました。
      その結果、消費税率が5%、または7%の場合ですと、2010年の時点で、国債費が歳出に占める割合が25%を超えております。つまり、国の歳出の4分の1以上が、借金の返済に充てられるという状態でございます。これでは、いかにも財政状況として好ましくありません。
      他方、最終的に10%あるいは12%に引き上げるケース3、4の場合には、国債費が歳出に占める割合は、かろうじてではございますが、25%以下におさまりますし、国債依存度もほぼゼロとなり、国債に頼らずに財政収支のバランスがとれるという状況になります。また、国民負担率を見ましても、いずれも50%以下におさまっております。
      これらは、極めて機械的な試算でございますが、ケース3やケース4であれば、活力ある経済社会を構築し、しかも財政の健全性を維持できるのではないかと考えております。
      むろん、消費税を含め、税制改革を具体的にどのように進めていくかは、国民が選択すべき問題でありますので、今後、広く議論が展開されることを期待いたしたいと存じます。

    3. 第3に、新首都の建設でございます(31ページ)。新首都の建設を、この新しい日本の創造の象徴として位置づけ、行政改革・規制撤廃・地方分権と一体的に進めることにより、これまでの中央集権的な国家システム、経済社会システムを改め、新しい分権型国家を構築すべきであることを主張しております。
      具体的には、2000年までに新首都の建設に着手し、2010年までには新首都での第1回国会を開催するよう求めております。
      また、先程も申し上げましたように、新しい分権型国家の構築のためには、新首都の建設と同時並行的に、行政改革、歳出改革、地方分権を進めていく必要がございます。その結果、中央政府はスリム化していくこととなります。昨年、ドイツのコール首相とお会いした際、「ドイツは80年代に、政府部門のGDPに占める割合を減らし、民間部門で300万人の雇用を創出した。今後も、さらに行政改革を推進し、公務員数の削減をする必要がある」とのお話を伺いました。先進諸国は、小さな政府の実現に向け、懸命な努力を重ねております。
      さらに、政府は、小さいだけではなく、時代の要請に適確に対応した行政を実施していく必要がございます。そのためには、今の縦割り行政の弊害を排除し、内政、外交の両面で整合性を確保し、総合的な見地から行政を実施しなければなりません。そのような政府を実現するための一つの方策として、このビジョンでは、中央政府を大くくりに再編し、政策の一体化、総合調整を充分に図るべきであると主張しております(30ページ)。たとえば、現在、日本の交通システムを考える場合、空港や港は運輸省、道路は建設省が所管しています。これを、陸・海・空全体の総合交通システムはどうあるべきか、との観点から行政を実施する「総合交通省」という形に再編成してはどうか、という提案でございます。
      また、高度情報化社会に向けて、現在の情報、通信、放送が融合されていく中で、これに対応した施策を進めるために、「情報通信省」として再編していくという考え方もありましょう。

    4. 第4に、金融資本市場、金融システムの整備でございます。金融の問題は、わが国経済に対する信頼感とも密接に結びついていることから、わが国の金融市場、金融システムを、国際金融センターに相応しいものとすることが、大変重要であると考えております。この観点からすれば、現在国会で議論されております住専の不良債権問題の処理については、一刻も早く国民のコンセンサスを得られる形で決着をつけ、海外からの懸念を払拭する必要がございます。
      ビジョンでは、「市場規律に基づく金融システムの構築」と、「円の国際化の推進」を掲げております(34ページ)。具体的には、金融に関する規制緩和を推進し、原則自由の市場を構築するとともに、経営が破綻した金融機関に対して、迅速かつ適確な措置を講ずる必要がございます。同時に、官はあくまでも民の補完に徹するという趣旨から、肥大化した郵貯・簡保を分割・民営化するとともに、公的金融機関の業務のうち、民間金融機関で対応可能なものは縮小すべきです。
      また、円の利便性の向上を図るため、短期国債市場の整備、金融資本市場における規制緩和、金融・資本取引に係る税制の見直しも必要でありましょう。

    以上がアクション・プログラムの概要と、主要項目についての説明ですが、これが完全に実施されれば、21世紀以降も、豊かな国民生活と自由闊達で活き活きとした社会が実現するものと確信しております。なお、これを円滑に推進するためには、民間活力の発揮等により、2010年頃まで年平均3%程度の経済成長を達成し、その果実を充てていくことが必要であり、また、わが国は、それだけの潜在的能力を充分有していると考えております。

  7. 今後、このビジョンを実現するにあたっては、政治のリーダーシップが不可欠でございます。
    ビジョンの中でも強調いたしましたが、政党主導による政策本位の政治を早急に実現する必要があります。そのためには、政党の政策立案能力が強化されるとともに、政策本位の国会運営が大いに期待されるところです。各政党が切磋琢磨し、政党間の政策本位の論争が、国民の目の前で、本会議ならびに委員会を通じて行われるようになれば、政治に対する国民の関心も高まり、自ずと日本の将来はどうあるべきか、についての議論も深まっていくものと存じます。
    これもヨーロッパを訪問した際のことですが、英国のメジャー首相から、次のようなお話を伺いました。
    「英国経済は、この100年の中で、今が最も景気が良い。インフレ率もこの60年間で最低の水準にある。設備投資や輸出も堅調であり、失業率も年々低下している。こうした状態を実現できたのは、市場の規制をできる限りなくし、公的支出を抑制することでインフレ心理を絶つことができたからである。
    こうした政策を採ることは困難な選択ではあったが、選挙のために英国経済を犠牲にはしたくなかった。」
    このメジャー首相の言葉こそ、わが国で求められている、政治のリーダーシップではないかと存じます。

  8. 冒頭にも申し上げましたが、日本経済は長い混迷の時代にありますが、行き過ぎた円高の修正、公定歩合の引き下げ、さらには14.2兆円もの大規模な経済対策等が功を奏し、景気にようやく明るさが感じられるようになりました。特に、生産の持ち直しや、企業収益の改善等を背景に、今年度の設備投資は、4年ぶりに増加の見込みであるほか、消費も緩やかではございますが、回復基調にあります。また、株価も2万円台を維持するなど、しっかりとした動きが見られます。
    昨年12月に、経団連が実施したアンケートを見ましても、7割方の経営者が、景気は緩やかに回復するとみており、6割の経営者が96年度に企業業績が改善するとしております。
    この明るさの見えてきた景気を、早急に本格的な回復軌道に乗せ、このビジョンで掲げたように、潜在成長力に見合った3%成長を早急に実現していくことが、わが国にとって重要な課題でございます。
    経済社会システムの改革は、いずれも痛みを伴うものであり、今後の道は決して平坦ではなく、「いばらの道」でもございます。しかしながら、企業経営者自らも、21世紀文明の中心的な担い手たる企業の責任者として、変革と創造をリードするとともに、社会的ならびに国際的な立場を自覚し、責任ある行動を取らなければならないと存じます。
    ビジョンでは、政府への要望ばかりでなく、企業自らが取り組むべき課題も、多く掲げております。例えば、「規制の抜本的見直し」(30ページ)のところでは、「企業としても、規制の撤廃・緩和に協力するとともに、規制の撤廃・緩和の成果を活用する。また、企業自らも、自由な競争を妨げている商慣行について、見直しを図る」としております。他にも、各分野で、企業が新たな発想で取り組むべき課題が盛り込まれております。
    私ども経営者も、21世紀の新しい経済社会システムのあり方を見据えつつ、改めて自らの経営姿勢を見直していくことが必要でありましょう。
    また、経団連といたしましても、このビジョンを、今後の活動指針として位置づけ、この実現に努めてまいりたいと考えております。
    実は、私は、先週、スイスのダボスで開かれた、「世界経済フォーラム」という会議に、名誉議長の一人として参加して参りました。これは、世界の大統領、首相、閣僚クラス200名を含む、各界のリーダー1000名以上が集まり、今後の世界情勢について意見交換をする場です。そこで、このビジョンを紹介いたしましたところ、用意した1000部のパンフレットはまたたく間になくなり、「日本の有力な民間経済団体から、これほど包括的かつ具体的な長期ビジョンが提示されたことは画期的である」「日本が変わりつつあることが実感できた」「日本の顔が見えてきた」などの高い評価をいただきました。
    このような海外の方々との意見交換や、諸情勢の変化、国内での議論の積み重ねを踏まえ、経団連では、今後4年毎にこのビジョンを見直し、諸情勢の変化や内外の人々の声を踏まえ、常に時代の要請に応えたものにしていきたいと考えております。

  9. 経団連は、今年8月に、創立50周年を迎えます。そうした記念すべき年の初めに、このような長期ビジョンを、世に出すことができましたことを、大変嬉しく存じております。このビジョンは、新しい『魅力ある日本』の創造についての、経済界からの問題提起でございます。今後は、皆様や、各界各層の方々のご批判やご意見を賜ることができれば幸いでございます。このビジョンが、国民の皆様が日本の将来を語らうきっかけになれば、この上ない幸せでございます。私自身、微力ではありますが、できるだけ多くの皆様に、経団連のビジョンをお示しし、議論を重ねて参りたいと存じております。
    このビジョンをインターネットでも公開いたしましたところ、国内からは2000件以上、海外からも100件以上のアクセスがございました。このようなこともあり、普段は経団連とあまりお付き合いのないような方からも、ビジョンについての問い合わせが相次ぎました。その中には、横浜市の高校生から、「日本経済、世界経済の将来について興味を持っているので、是非資料を送ってもらいたい。」との手紙もありました。また、静岡市の中学校からは、学校の教材として利用したいので、まとまった部数を送ってもらいたいとのご要請もございました。
    このような若い方々に、是非経団連ビジョンを読んでいただき、大いに将来を考え、また語ってもらいたいと思います。私たちも、このような若者が25年後に素晴らしい社会を築くことができるよう、その基盤作りに汗を流してまいる所存でございます。

    ご静聴ありがとうございました。


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