月刊・経済Trend 2007年10月号 巻頭言

安全に万全はない

大橋副議長 大橋洋治
(おおはし ようじ)

日本経団連評議員会副議長
全日本空輸会長

以前目を通した書物の中に、ある学者の興味深い説があった。それによれば、地球の年齢46億歳を時計の針に置き換えてみると、地球の誕生時刻は午前零時、現在は正午の12時、そして人類が地球上に出現した時刻は午前11時59分41秒だそうである。であるとすれば、人類は僅か19秒の間に急速な進歩を遂げ、その過程の中で、素晴らしいハード、ソフトが発明、開発されて、私たちはこの利便性や安全性等の機能を社会生活に取り入れ、享受していることになる。一方において、人類の「知」、「情」、「意」を司る大脳の進化は10万年前から停止しているそうである。

今年春から、私の身のまわりで、航空機材の不具合、空港のシステムダウン、台風の襲来、地震など、お客様にご迷惑をおかけする状況が発生したが、それらの状況を見るにつけ、思うところがあった。視る、聴く、触れる、味わう、嗅ぐの五感に「勘」を加えて六感というが、現代人は、ハード・ソフトがあまりに高性能で、安全で便利なものだから、その上に安住してしまい、この勘という第六感も使って危険を予知・回避することを重要視せず、おざなりにしてきているのではないだろうか。

「安全」と「利便性」に安住すると危険が見えなくなる、という言葉は安全哲学の基本として真に至言である。安全は表面的なお題目ではない。「何かおかしいことはないか」、「おかしければどうすればよいか」を日常の中で常に弛むことなく、雲の動き、風の流れ、動植物の営み、そして人々の目線、動作等を含む、いわゆる森羅万象を常に敏感に感じながら、世界から発信されるさまざまな情報にもアンテナを研ぎ澄ましていなければならないと思う。

危険発生後の迅速かつ的確な対応が最も重要であることは言を俟たないが、それに備えるためにも、この危険を予知し、回避する能力を鍛えることも常に意識しておくことが大切である。


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