4月20日/経済政策委員会(委員長 千速晃氏、共同委員長 井口武雄氏)

国と企業の戦略を考える

−スタンフォード大学 青木名誉教授よりきく


Introduction
経済政策委員会では、スタンフォード大学の青木昌彦名誉教授(前・独立行政法人経済産業研究所所長)を招き、国や企業における戦略のあり方について、説明をきいた。併せて、報告書「これからの企業戦略−『守りの経営再構築(リストラ)』から『攻めの経営再構築(リストラ)』へ−」(案)の審議を行った。

I.青木名誉教授説明要旨

  1. 情報革命、価値観の多様化、アジア経済の統合などが進む中、日本の大学・政府・企業も、組織構造の適応を迫られている。情報共有の要素などを取り入れると、単純に「タテ社会か、ヨコ社会か」と割り切れない部分があるが、基本的にはタテ割りである構造をどうヨコに紡いでいくかが、日本社会の共通の課題である。

  2. まず大学を例にとろう。国立大学は本年4月に法人化したが、タテの論理をどう克服するか。これまでは学部自治によって独立した王国(学部)が形成され、学長の力は強くなかった。
    文部科学省の「21世紀COE(Center of Excellence=卓越した研究拠点)プログラム」などを有効に働かせようとすると、学部を超えた連携が必要である。たとえば、ジェンダー研究を行うためのセンターを設立するとすれば、法学、社会学、生物学など、学問の領域を超えた取り組みが求められる。東京大学では、法学部と経済学部による連携のもと、本年4月に公共政策大学院を開校した。同大学では医学政策センターの設立の動きもあるが、伝統的な医学だけでなく、倫理学、経済学なども必要となるだろう。
    学問の領域を超えることは、海外では珍しくない。スタンフォード大学には、医学博士と経済学博士の両方を取得している教員が3名いる。日本の大学も、学部の壁を超えたプログラムを増やしていくことが、大学改革の一つの方法であろう。専門的な研究を深める必要性はいうまでもないが。

  3. 国と地方を合わせて約700兆円(GDPの約140%)にのぼる政府債務の問題も、「タテからヨコへ」の枠組みで考えるべきではないか。社会保障、地方財政、財政のプライマリーバランスなどをタテ割りで改革しようとしても、事態は改善しない。
    現行制度では、官庁のタテ割りで予算要求が行われる。官僚はいかに予算を多く獲得するかによって評価され、それが有効活用されたかどうかは重視されない。大蔵省(現・財務省)主計局の力が強かった1950〜60年代は、この仕組みがそれなりに機能した。しかし、社会の複雑化が進んで主計局の統治能力も低下し、シーリング(概算要求基準)に基づき、各省庁内で事実上の査定が行われるようになった。こうした「査定の分散化」に伴い、各省庁に介入する族議員も跋扈するようになった。
    これを是正する上では、機械的なシーリングから脱却し、いかに横串を刺すかが一つの課題となる。私が本年3月まで所長を務めた経済産業研究所では、主要な社会システムのデザインや予算に関する優先順位付けを行うためのチームを、首相官邸に設置するよう提言している。
    政府の仕事のあり方自体、タテの論理(生産者・供給者の保護)から脱却し、健康、安心・安全など生活者への便益供給のためにヨコの連携を強めていくべきである。

  4. 企業においても、タテ割り構造が硬直化すると、弊害が生じる。かんばん方式などはヨコに貫く試みであり、これを実践している自動車産業は高い競争力を持つ。
    タテの企業・産業構造と対極をなすのが、モジュール化の流れである。これは、デジタル時代の組織革新と言え、複雑なシステム設計を、特定のデザインルールのもとでモジュール(交換可能な構成成分)に分解するものである。その発端は、米国のIBMが1960年代に開発したコンピューター「システム/360」であり、個別モジュールの自立的な結合によって自由に改良できる、進化的なシステム革新だった。それがゆえに、多数の技術者がIBMという大企業から脱出して、小企業をつくるようになった。シリコンバレー現象である。現在では世界有数の資産価値を持つシスコシステムズは、約70社に及ぶ優秀な小企業の買収の結果としてできあがった。これらは、上からの事前の計画によってではなく、下からの自立した革新を結びつける動きである。「自動車産業などはモジュール化になじみにくい」との議論もあるが、少なくともコンピューターや情報の分野は、モジュール化との相性が非常に良い。

  5. こう考えると、組織戦略の要は、何をアウトソーシングして何を内部化するか、専門家集団(モジュールとしての位置付け)をどう結合するかである。また、それぞれの独立した組織を誰がヨコに紡いでいくのか、誰が全体のロードマップを示すのか。シリコンバレーでは大学やベンチャーキャピタリストがその役割を果たしている。
    「タテからヨコへ」の流れが進むと、労働市場の流動化(アカデミズムと産業の間を含め)が進み、人材の確保・育成のあり方も変わっていく。人材の組織間流動性が高まると、逆に「良い人材をどうやって確保し、どのように評価するか」がこれまで以上に大きな課題となり、各企業の戦略的な対応が求められている。
    異質な分野の接触・結合も、これからの組織戦略として非常に重要である。ものづくりのノウハウ自体は、遅かれ早かれ、アジア圏全体に拡散することが避けられない。日本の国際競争力を維持していくためには、「ものづくり」と「文化力」の結合が欠かせない。最近はGNPに代えて「GNC」(Gross National Cool=格好よい)といった点で日本は先進的だという評価がアメリカにもあるが、広い意味での日本のソフトビジネスは、世界でもリーディング的な立場にある。海外の人々は、それが日本発であるかどうかは知らずとも、日本の漫画・アニメ・ファッションなどを愛好している。他国がこうした文化力をものづくり力と結合させていくことはそう簡単ではなく、日本はニッチとしての地位を確保できる。

II.意見交換要旨

日本経団連側:
戦略の定義をどう考えるか。

青木名誉教授:
戦略とは、他の組織にない自前の強みを、競争において有効活用するプランである。かつての日本には、ものづくりの強みがあった。これからは「ものづくり」と「文化力(デザイン力)」をいかに結びつけるかが重要となる。
《担当:経済本部》

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