経団連くりっぷ No.49 (1997年 2月13日)

貿易投資委員会 WTOスタディ・グループ(座長 櫻井 威氏)/1月28日

多角的自由貿易体制と米国
―第1回WTO閣僚会議を終えて


WTOスタディ・グループでは、昨年12月の第1回WTO閣僚会議をレビューするためにエドワード・グラハムIIE(国際経済研究所)上級研究員兼スタンフォード大学客員教授より第1回WTO閣僚会議の評価と多角的自由貿易体制における米国のイニシアチブ等について説明を聞くとともに、意見交換を行なった。

  1. エドワード・グラハムIIE(国際経済研究所)上級研究員説明要旨
    1. 近年の米国の通商政策の特徴
      1. 米国が自由貿易体制の維持・推進にイニシアチブを発揮したのは、レーガンおよびブッシュ政権時代のUR(ウルグアイ・ラウンド)だった。クリントン政権になってからは米国企業の利益に応えることに重点を置き、主要貿易国に対して数値設定を行なうなど管理貿易体制へと大きく傾斜していった。
      2. 管理貿易論者の影響力が最も強かったのは、日米自動車協議の時である。日本がGATT23条に基づきWTO協定と通商法301条との整合性についてWTOの紛争解決機関に提訴すれば、米国が負ける可能性が大きかったため、クリントン大統領は二国間ベースでの問題解決を目指した。結果的にこの交渉は日本側の勝利に終わり、米国が二国間協議において通商法301条を交渉の武器として用いる可能性は少なくなった。

    2. WTOの紛争解決機能と米国
      1. 米国は、米国の通商政策に対する各国のWTOへの申し立ての増加により、米国の主権が侵されることを恐れている。
      2. 今後の日米間の紛争解決方法とWTOの紛争処理機能を占う上で富士フィルム・コダックの事例は極めて重要である。
        米国は、GATT23条1項、GATS23条1項ならびに「制限的商慣行に関する1960年GATT決定」に基づき、WTOに紛争パネル設置を要求したが、WTO協定のもとで日本の競争制限効果および貿易阻害効果を立証することは困難である。
      3. 富士フィルム・コダックの事例よりさらに難しいのは、米国のヘルムズ・バートン法に対するEUの提訴である。EUは、ヘルムズ・バートン法がGATSに違反するとの立場を取っている。ヘルムズ・バートン法は極めて政治的な法律であることは言うまでもない。しかし、WTOパネルが米国に不利な結論を出せばWTOに対する米国共和党右派の支持が得られなくなり、WTOにおける米国のイニシアチブは低下するであろう。反対にEUが負けた場合、カナダ、メキシコ、日本など多くの国々のWTOへの信頼が著しく損なわれることは避けられない。

    3. 競争政策と投資について
      1. 昨年12月の第1回WTO閣僚会議では、米国のイニシアチブの低下が目立った。
        特に、競争政策と投資の両作業部会の設置については、米国が明確な考えさえ持っていなかったため、投資についてはカナダと日本、競争政策についてはEUがイニシアチブを発揮した。
      2. 「貿易と投資」について米国政府がイニシアチブを発揮しなかった理由としては、WTOよりも高い水準の協定を実現させるためにOECDで行なわれているMAIを重視したことがあげられる。
      3. 「貿易と競争政策」については、第1に司法省反トラスト局が二国間交渉ではなくWTOの場で競争政策に関連した貿易措置に関する紛争を取り扱うことに強く反対したことがあげられる。第2に競争政策がWTOで取り上げられるようになればアンチ・ダンピング措置についてWTOルールとの整合性を問われることになるという懸念が政財界にあったことがあげられる。
      4. アンチ・ダンピングに関するWTOルールの見直しは不可欠である。経団連の見書では、競争政策とアンチ・ダンピングは不可分であると述べられているが、この意見を歓迎する。また、両作業部会の設置を評価した経団連とUNICE(欧州産業連盟)の共同声明を支持する。同声明にNAM(全米製造業者協会)が参加しなかったことを残念に思う。

  2. 質疑応答
  3. 経団連側:
    OECDで進められている多国間投資協定(MAI)交渉についてどのように考えるか。
    グラハムIIE上級研究員:
    OECD非加盟国は、自国の参加なしに投資協定の作成作業が進められていることに危機感を持っている。昨年3月に香港で開催されたOECDのMAI作成会合では、ゲストとして参加していたインド、マレーシア、中国などが将来、MAIが国際的投資協定の交渉のたたき台になることに強く反対していたのをはじめ、穏健派のシンガポールも否定的立場をとっていた。
    OECDで投資協定を作成すれば、WTOの場で作成するよりも高い水準のものができあがるだろうが、WTOのように多くの国々の参加を得ることはできない。MAIがOECD非加盟国にどれだけ評価されるものになるかを注目したい。例えば、台湾政府は中国政府の投資補助により被害を受けているため、直接投資に対する補助金にMAIがどれだけ対応することができるか注目している。MAIは、残念ながらOECD諸国の観点から作成されており、世界経済をリードするアジア諸国および途上国が抱える問題を取り上げているとは言えない。

    経団連側:
    MAIをWTOにおける「貿易と投資」に関する作業部会の作業に活用していくことはできないのか。
    グラハムIIE上級研究員:
    本年5月のOECD閣僚会議までにOECD非加盟国の意見を取り入れていくことは不可能であろう。MAIが高い水準の協定を締結した場合は、政府調達、民間航空機に関する協定と同様に、まずは一部の加盟国の参加を得て徐々にWTOに移行していく方法がある。


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