経団連くりっぷ No.54 (1997年 4月24日)

国土・住宅政策委員会(委員長 古川昌彦氏)/4月4日

大競争時代の国土計画


国土審議会では、2010年を目標年次とする「新しい全国総合開発計画」の策定作業が、大詰めを迎えている。経団連では、昨年7月に『新しい全総計画に関する提言』を発表し、「官から民へ、国から地方へ」という理念に沿った地域振興策を経済界の視点から提言しているが、今回は、伊藤滋国土審議会計画部会長(慶応大学大学院教授)を招き、新しい全総計画の考え方と、現在議論されている課題について説明を聞き、懇談した。

  1. 伊藤滋教授説明要旨
    1. 新しい全総計画の必要性
    2. 新しい全総計画をめぐっては、公共投資基本計画や各分野の5カ年計画があり、また国際化、地方分権の時代に全総計画は不要ではないか、との意見がある。しかし個々の計画の積み上げではあまりにも総花的であり、提言には、財政状況の厳しい中で日本としてどの施策に力点を置くのかという視点が欠けがちである。また、地方分権も進んでおらず、引き続き国としての計画を示す必要がある。一方、これまで橋や空港の建設などハードの整備については描いてあっても、通行料や着陸料といった使う人の立場に立ったソフト面での整備が考えられていない。今回はそうした視点を重視したい。
      また、限られた社会資本を国際競争力を保てるよう効率的に配分すること、世界に誇れるような国土をつくっていくことも重要である。そこで新しい全総計画では、日本庭園の繊細さを国土に取り戻したいという願いを込めて「庭園の島」というコンセプトを打ち出すこととしている。

    3. 社会基盤投資のあり方
    4. 財政難時代の国土計画とは言っても、経済成長なくしては既存の社会資本のメンテナンスもできない。少なくとも2%程度の経済成長は前提としなければならない。
      その上で各部門、各ブロックの5カ年計画等で描かれる公共事業投資とは別に、日本の文化文明の基盤としての「社会基盤」という概念を置き、全総計画に盛り込んで、社会基盤投資は国の責任としてやり、その他の公共事業については可能な限り分権化していくべきである。
      そう考えると「庭園の島」にとっては、寺社の保全がより大切かもしれないし、中国の森林保全が日本を含むアジア全体にとって社会基盤的事業となるかもしれない。
      高速自動車道については批判が強いが、地域のネットワーク作りの観点から国費で整備を進めるべきである。例えば太平洋側と日本海側の違う文化を持った地域を結ぶという機能は、岡山のバイオ研究と香川の冷食に鳥取の砂丘農業や高知の水産業が結びつくといった大きな魅力がある。福岡と大分を道路で結んだおかげで福岡に若者が吸収されたが、大分の温泉は老人を集めることができた。

    5. 首都機能移転の手法
    6. 新しい首都を造るうえで、国有のニュータウンを建設することは時代錯誤である。しかし地震などの災害に備え、既存の市街地を再開発し、官庁街は民間企業の建物を借りるなどして簡便な首都機能移転を実現することは意味がある。私は名古屋駅前がこうした構想を実現するのには適していると考えるが、首都機能が名古屋に止まり続ける必要はなく、50年程度したらまた別の場所に移転してもよい。

    7. 大規模工業基地の活用策
    8. むつ小川原工業基地、苫小牧東部工業基地、三大湾の重化学工業基地など、既存の産業立地をどう評価するのかということも問題である。国有林野も民間が買いにくいが、むつや苫東の土地は、最終的には国が所有する以外にないのではないか。活用策としては、核融合や海洋大構造物の実験場、あるいは宇宙基地などが挙げられているが、こうした使い方ができるのかどうかは未知数の部分が多い。一方で、思い切って外国の資本に土地を提供することもありうる。昨今も東京の汐留や八重洲の旧国鉄跡地をアジア資本が落札したが、海外資本は日本企業の発想にはない土地利用をするかもしれない。その際には港湾のオペレーションごと海外資本に任せてしまうような発想も必要である。

    9. 大競争時代の地域振興
    10. 日本の国際競争力を高めるためには、少なくとも首都圏、近畿圏、中部圏の基本計画をバラバラに策定せずに、日本全体の国際競争力の観点から、新しい大都市圏計画としてひとまとめにして計画化すべきである。大都市圏全体の効率化を図った上で、限界にきている大都市の道路などを充実させるべきではないか。「これ以上大都市と地方との格差を広げるのか」という批判があるが、東京と地方との間の連絡道も充実させ、東京の人間が地方に気楽に行くことができるようにすべきである。

  2. 質疑応答
  3. 経団連側:
    東京問題の解決は非常に重要であり、生活者の立場からは、快適な生活環境が得られるというソフト面の意義がある。
    伊藤計画部会長:
    住環境についていえば、当面の策として、東京都心の空洞化を防ぐため、容積率向上、密集市街地の整備などの施策が取られているが、どちらかというと単身者住居向けの施策であり、東京の崩壊を食い止める程度の効果であろう。地方都市では、家族が安心して住み、地元で大学を卒業できる環境づくりをすべきである。

    経団連側:
    現在のような経済状況で民間の大規模立地は不可能に近い。臨海部の工場跡地などを活用する方策はあるか。
    伊藤計画部会長:
    港湾があれば、東京と横浜に偏っているコンテナ基地を分散させ、リスクを回避する上で非常に有効である。

    経団連側:
    車線数の少ない日本の道路を充実させるためには、周辺の土地収用の仕方が問題になってくるのではないか。
    伊藤計画部会長:
    道路建設の都市計画決定は都道府県が行なっている。しかし、このような広域的な有用性を持つ道路網の都市計画を都道府県や政令市に行なわせてもあまり意味がない。国家の存在をゆるがせにする社会基盤投資として道路の建設は計画、収用を含め国が行なってはどうか。


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