経団連くりっぷ No.80 (1998年6月11日)

今井 敬

経団連第60回定時総会
新会長挨拶

「自立・自助・自己責任」が強靭な体質を築く

今井 敬



  1. 豊田前会長の路線を引継ぎ重要課題に着実・タイムリーに取り組む
  2. 21世紀の到来を目前に控え、日本の政治や経済の枠組みをさらに改革しなければならない中で、経団連に課せられた社会的使命と国際的貢献の役割の重さを考えると、責任の重大さに身が引き締まる思いがする。
    豊田前会長は、バブル崩壊後の激動と混迷の時代にあって、4年間にわたり、優れた識見とリーダーシップをもって、経団連の進路を明確に示され、活力あるわが国産業社会の実現に向けてご尽力された。
    この間の多大なる貢献に対し、改めて、心からの敬意と謝意を表する。
    豊田前会長が築いてこられた路線を引き継ぎ、「行動し、実行する経団連」を旗印に、わが国が直面する重要課題に、着実かつタイムリーに取り組むことによって、「魅力ある日本の創造」に全力を傾注する覚悟である。
    会員ならびに事務局の皆様におかれては、力強いご支援・ご協力を心からお願いする。

  3. 明るい21世紀を切り拓く基盤の構築
    1. 構造改革の着実な実現
    2. 21世紀を迎えるにあたり、日本は、グローバル・コンペティションの激化、類例を見ない少子高齢化の進展、明日の日本を背負う若者の教育という大きな問題に直面している。
      「総会決議」にもあるように、われわれが取り組むべき喫緊の課題は、低迷を続けているわが国の景気を速やかに回復軌道に乗せ、国民の間に充満している閉塞感を一日も早く打破するとともに、明るく確かな21世紀を切り拓くための基盤を構築することである。
      このためには、従来から推進してきた、経済、行政、財政、税制、金融システム、社会保障制度などの一連の構造改革を確実に実現していかなければならない。

    3. グローバルスタンダードに合致した制度の整備
    4. また、国際的なメガコンペティションが、激化の一途をたどる中で、高コスト構造を是正し、企業の国際競争力を一段と強化するためには、規制の撤廃・緩和をさらに進めると同時に、グローバルスタンダードに合致した諸制度の整備を、一刻も早く行なう必要がある。

  4. 3つの課題
  5. このような観点から、当面、さまざまな課題が山積する中で、特に以下の3つの課題に重点を絞って取り組んでいく。

    1. 金融システムの安定化
    2. 第1の課題は、金融システムの安定化である。顧みると、1992年以降に、政府が実施した、5年間で総事業費60兆円の財政支出と、3年間で17兆円の先行減税などにより、わが国の経済は、一旦は回復したかに見えた。実際、GDPは95年に2%、96年には3%の成長に達した。
      第二次橋本内閣は、この認識に立ち、96年秋から、諸々の構造改革を打ち出し、実行に移している。しかし、不幸にも昨年7月以降に、アジア地域全般で、通貨危機が発生し、また10月、11月には、国内で大型の金融機関の破綻が起きため、12月以降、家計の消費性向と、企業の投資意欲が急速に低下し、景気は、一段と厳しさを増している。
      そこで、政府は、1月以降、金融機能の回復を早急に行ない、市場の信認を得るために、30兆円の公的資金の投入を決定するとともに、97年度補正と98年度補正に、合計20兆円の財政を使うことを決めた。さらに、「金融再生のためのトータルプラン」の実行を決定した。
      このことは極めて重要である。バブル崩壊後、5代にわたる内閣は、総額100兆円に及ぶ財政を使った景気刺激策を実行してきている。しかし、景気は低迷し、閉塞感を脱しきれいていない。原因のひとつは、金融機関の不良債権の処理が遅れたことがあると思う。
      不良債権や担保不動産が処分され、動き出せば、土地の底値が確認され、約1,000兆円とも言われる資産デフレが終わるだろう。都市空間の活用が始まり、内需が回復すると考えられる。政府がこの点を正しく認識し、新たに30兆円を使った抜本的対策を実行に移そうとしていることは、正しい選択である。
      金融再編の過程では、さまざまな困難が起きるだろうし、金融機関による選別融資も止まらないだろう。私は、金融再編の過程で、預金者とともに、健全な借り手も十分保護されるべきであると考えるが、預金者が2001年からのペイオフに備えて、金融機関を選別しはじめているのと同様、企業は、金融機関の選別融資の対象とならないよう、自らのバランス・シートを健全化する必要がある。
      一連の金融自由化、金融再生の実行は、金融機関の自立を促すと同時に、預金者と借り手企業に自立を促していることを忘れてはならない。
      また、金融問題で円の国際化問題は、極めて重要である。ドルと並んだ強力な通貨 ユーロの出現、今回の東南アジアの危機が、ドルへの過度の集中に原因の一端があることを思うと、円の国際化は急がなければならない。このためには、市場規模の拡大、使い勝手のよさなど、制度を早急に整備し、厚みのある円の国内市場を構築する必要がある。経団連は、これらの金融問題に対して、積極的に提言・対応していく。

    3. 抜本的な税制改革
    4. 第2の課題は、抜本的な税制改革である。
      わが国の企業や個人が活力を十分に発揮するためには、所得税の抜本的な改革、法人実効税率の引き下げなどが不可欠である。
      特に国際的な見地から過重なわが国の法人税負担を現状のまま放置すれば、企業の国際競争力の低下や、海外移転などにより、わが国の産業の空洞化が深刻化する。
      経団連は、これらの課題に関して、本年中に、具体的な道筋を示し、早期の実現に結び付けるべく、強く政府・与党に働きかけていく。

    5. 産業基盤の強化
    6. 第3の課題は、産業基盤の強化である。
      地球環境、エネルギー、食糧、人口、医療問題など、人類共通のテーマが山積する21世紀もまた、「科学技術の時代」であると言っても過言ではない。今後とも、資源やエネルギーの大半を海外に依存せざるを得ないわが国が、バランスのとれた産業発展を続け、豊かな国民生活を実現していくには、規制撤廃による高コスト構造の是正とともに、産業基盤、特に優れた技術力の堅持が必要である。企業としても、間断なく技術革新に取り組むことにより、国際競争力を、一段と強化していかなければならない。
      このような観点から、「科学技術立国・日本」として目指すべき、技術の基本的方向やグランドデザインを、産・官・学一体で議論することにより、さまざまな産業技術の課題を摘出し、解決に取り組んでいきたい。

  6. 危機こそチャンス
  7. 現下の経済情勢は、非常に厳しいが、危機こそチャンスである。個人も、企業も、社会も、この危機への対応をバネとして、大きく変革すべきである。企業倫理の徹底の下、企業自らが、率先して変革をなし遂げると同時に、経済界が一体となって叡知を結集すれば、必ず明るい将来が切り拓かれ、日本のみならず、アジアや、世界の繁栄にも繋がるものと確信している。
    経団連としては、企業の自由、活発な活動を促進する基盤の整備に努めるが、今後、個人も企業も、いたずらに政府に頼ることなく、自立・自助・自己責任を明確に意識すべきである。これが、強靭な体質を築く根本である。
    私は、このような信念の下、諸課題の解決に正面から取り組んでいきたい。皆様方のご理解・ご支援をお願いする。


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