日本経団連タイムス No.2732 (2004年7月29日)

日本経団連・東富士夏季フォーラム

第1セッション/講演「国際情勢の変化と日本の針路」

−東京大学東洋文化研究所所長・教授 田中明彦氏


「国際情勢の変化と日本の針路」をテーマに講演した田中教授はまず、国際情勢の変化について、次の3点を指摘。

  1. 冷戦の終結でソ連が消滅し、アメリカは世界唯一の圧倒的に強力な軍事力をもつ国となったが、力を使わなくとも諸国が慕ってくる「王道」を歩めない脆弱さが指摘されている。イデオロギーでは自由主義が勝利したものの、自由主義に関しては欧州、米国、イスラム世界でさまざまに解釈されている。

  2. 「9.11」事件によって、非国家主体からの脅威が明確になり、「対テロ」という新しい戦争状態が発生している。企業やNGO、テロリストなどの脱国家的主体が強力化している。

  3. 東アジアが、戦争の地域から経済の地域へ、また、単なる地理的区分から経済的に意味のある区分へと変化している。中国の経済発展・拡大が世界の脅威とならないか、周辺国や中国自身が危惧している。

こうした状況下で、日本が今後の針路を決めるには、(1)安全保障戦略 (2)外交戦略 (3)憲法改正――について、改めて考えねばならないと語った。

安全保障戦略については、日米同盟に自衛隊の存在を加え、侵略に対応する機能を果たしてきたが、これにエネルギーや食料確保の観点を加えた総合安全保障戦略を考える必要があると指摘。今後は特に、自衛隊を国内テロに対応できるようにするとともに、テロの芽を摘む防衛行動としてPKO活動を位置付けるといった、新しい防衛力整備や総合安全保障戦略が不可欠と強調した。

外交戦略については、アメリカ、中国とどう付き合うかが今後重要になるとした上で、日本の外交目標は、新しい総合安全戦略を確立し、経済相互依存を基礎とした、「アメリカと友好的な東アジア共同体」をつくることだと述べた。

憲法問題については、全面改正を考えるのではなく、憲法解釈を迷宮化させ、日米・国際協力の障害となっている9条2項(戦力の不保持、交戦権の否認)を削除するだけで足りるのではないかとの見解を示した。

質疑応答・討議

<日本経団連>

海上の安全保障を実施する組織として、海上保安庁と海上自衛隊があるが、役割分担などをどう考えるか。

<田中教授>

「大きな脅威は外国から国家単位で到来し、だれが起こすかわからない小さな暴力は国内から発生する」という図式が崩れたいま、両者の協調が一層必要だ。

<日本経団連>

中国の大国化は脅威にあたらずという考えと、脅威だとする考えのいずれをとるべきか。

<田中教授>

中国に巨大国家ができるときには、必ず大戦争が起こっている。問題は、大国化する過程にある。

<日本経団連>

CO2排出削減問題で日本が主導権をとり、その枠組みにアメリカと中国を引き込むにはどうすればよいか。

<田中教授>

環境問題では、アメリカ、中国ともに難しい国だと思う。東アジア全体で環境・エネルギー面での努力を進めることが重要だろう。

<日本経団連>

日本が中東戦略の中で果たすべき役割は何か。

<田中教授>

「日本は頼りになる国」というイメージを確立することが非常に重要だ。中東全体として、日本に対するイメージはいまもよい。この資産をどう活かすかが課題。あわせて、中東専門家を増やすことが必要だ。

<日本経団連>

活力と魅力溢れる日本を実現するには、日本の独自性を取り戻すことと、国際貢献を行うことが求められる。そのためには国民が日本人としての意識や国家理念を共有し、国益を考えるという姿勢が必要だ。

<田中教授>

脱国家主体の力が増しているとはいえ、個々人の安全を確保するには国がしっかりすることが必要だ。

<日本経団連>

海外との通商交渉を一元的に行う副首相格の大臣を置くべき。また、日本とASEAN+3、日本とアメリカの自由貿易協定(FTA)を検討すべきだ。

<田中教授>

日米間では、FTAより経済連携協定(EPA)のほうが、推進しやすいのではないか。これにASEANとのEPAを併行して実現できればすばらしい。

<日本経団連>

米・欧・中の現状と比べても、日本は自信を失うべきではない。崩れかかっている日本の“財産”を再建し、国際社会に貢献する国づくりや、安全で安心な社会をつくるためのルールづくりに注力すべきだ。

<日本経団連>

国際機関への分担金が増え、ODA(政府開発援助)予算が縮小している。これを再考し、日本と相手国の国益を意識したODA戦略を講じるべきだ。

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