日本経団連タイムス No.2777 (2005年7月28日)

日本経団連・第4回東富士夏季フォーラム <第1日> 第1セッション

ユニバソロジの世界観―社会を活性化する意識改革

−日本科学未来館館長 毛利 衛氏


「ユニバソロジ」とは、宇宙のUniverseに、学術を意味するlogyをつけた、私の造語であり、いろいろな視点でものを見ることを意味している。
宇宙では上下の概念さえ無い。地上での価値判断とは全く違い、日々の常識にとらわれない発想で新たな問題解決の方法が発見できる一方、人間の限界を知ることもある。地球では当たり前にある重力・空気・水がない世界では、地球そのものが大きな生命の維持装置であることに気づく。また宇宙からは、地球全体の環境の変化がはっきりと見てとれる。

1992年の第1回ミッションで宇宙から地球を眺めた時に私は、すべては本質的につながっているのではないかという感覚を覚えた。夜になると、人間の存在を示す都市の明かりがネットワークのようにつながっているのが見え、人と人はつながって生きていると感じた。
20世紀以降人類は、宇宙から地球を見ることが可能となり、またヒトゲノムの解読で、全ての人に関する情報を得ることができるようになった。ズームアウトとズームイン、この2つの視点によって、地球上の全ての生命は、時間的にも空間的にもつながっていることがわかった。今後もこの視点をもって次の世紀を考える必要があるだろう。
その後再び私はNASAの宇宙飛行士をめざし挑戦し続けたが、こうした自分の経験から、人はなぜ挑戦するのかを考え、そのキーワードに「生命」があるとの思いを強くした。

生命の時間は、個としては約100年だが、地球生命体としてなら40億年の寿命を保っている。個の生命は、常に新しい環境へ挑戦し、多様化し、種としての繁栄や持続の過程を経てつながり続けている。こうした生命の原理の中では、「1人勝ち」の個や種では長続きできないだろう。
また、個の挑戦は社会全体、生命全体が発展する源である。イチローや松井の活躍を、他人の私たちが「嬉しい」と感じるのは、生き延びる可能性が増えたことを無意識に感じている点にあると思う。人類は皆、異なる遺伝子の組み合わせを持っていることがゲノム研究により判明したが、それは、適応した環境において誰もが高い能力を発揮し、成功者となる可能性があることを示している。環境と個性が適合すれば、個は「突然力」を発揮する。そこで教育は、社会に適応するための基礎的な能力を養い、その上で個の優れた能力を引き出すことを重要視し、また、自分は他とつながっていて、他にも喜びを与える存在であること、地球生命全体の中で自分を考えることを教えるべきである。

物質社会が行き詰まりを見せている現在、客観的で科学技術的な視点や考え方に基づく、自然環境、多様性、持続性、共生といった哲学を構築し、共有することが重要と考える。日本にはそれらに価する「思いやり」や「真・善・美」といった考え方が伝統的な文化としてあったと思うが、最近の物質重視の社会の中で日本人もこうした感性を見失っているようだ。
一方、社会が経済成長を続ける中で、見える範囲しか考えず、公害に悩まされてきた現実がある。今後は、見えないものを見通し、次の時代にも責任を持てるような社会活動や経済活動を行っていくべきであると考える。

質疑応答・討議

日本経団連:将来、火星や月で人類が生活したり、生産活動を行ったりできるのはいつ頃になるか。

毛利館長:人類がどれだけ宇宙に行きたがるかによる。現在、国際宇宙ステーション計画にロシアが加わり、ロシアは1人20億円で宇宙に送り込むビジネスを始めている。もし2000万円になったら希望者はもっと増えるだろう。

日本経団連:有人宇宙飛行において、ロシアや中国はロケットをどんどん打ち上げているが、アメリカはスペースシャトルで慎重に進めている。この違いの背景はどのようなことか。

毛利館長:人が乗って快適なスペースシャトルには高度な技術が集約されているため、構造が複雑になり、トラブルが多くなる。人を飛ばすだけならロシアや中国のようにカプセルを打ち上げればいいが、社会としてどういう挑戦をするかという選択や国民の意識の差にあると思う。

日本経団連:今の日本社会では経済も科学も自己目的化しているようだ。他者とのつながりを意識し、他者を認めるという、教育が必要と考えている。

毛利館長:半年という長い期間、違う国のチームの人と交流することも求められる国際宇宙ステーションの宇宙飛行士の選抜では、今や他者を認め、じっくりと一緒に仕事を進めていくフォロワーシップにすぐれた人材が求められている。日本人には、何を今更という感じがするが、日本の伝統的な「向こう3軒両隣」というような考え方が重要視されている。

(文責記者)
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